第75話 神様の虜囚。



 数分歩いた先に見えた深夜まで営業しているファミリーレストランで暖をとることに決め、俺と兄は連れだってその全国チェーンのレストランへお邪魔した。


 何名様でしょうかという定型文に二人ですと答えると、店員さんに四人がけの片面椅子二つ、片面ソファーの席に案内された。


 会社経営により、多くの株を所有しているこの男は、自身の資産でも株の運用をしているらしくこのレストランの株主優待券をチラつかせて、自分は大量のデザートとドリンクバーを注文した。俺はといえば、由利亜先輩の料理がしっかりと胃に居座っているのでドリンクバーのみを注文し、払いは兄に任せる気満々だ。何しろ俺は財布を持ってきていない。


 注文を終え、飲み物を取りに行くと、兄は当然のように様々な飲み物を組み合わせて、器用にも六つのコップを持って席へ戻っていった。


「はしゃぎすぎだろ」


 小さくツッコミを入れるのは、ウーロン茶を注いで席に戻るところの俺の役目だろう。


 角席のソファーに腰をかけると、作ったジュースを吟味する兄が軽い調子で話しかけてきた。


「いやあ、最近無駄に高級な店ばっかり行ってたから、ファミレス久々だったけどやっぱ良いなぁ、落ち着くわ~」


 店内を見回し、更に一口飲み物を口に含むと、お盆に注文した料理を載せた店員さんが歩み寄ってくるのを見つけ俺の方へと顔を戻す。


 店員さんが俺たちの座る席の横に来て、


「お待たせしました・・・」


と、品物の名前を告げながらテーブルへと並べていく。


 俺はそれを見ながら、胃の加減と自分があまり甘い物が駄目なことも相まって、少し胸焼けを起こしそうになっていた。


「以上でおそろいでしょうか?」


 問いかける店員さんに兄が「はい。ありがとうございます」と笑顔で答えると、腰を折るほどお辞儀をして去って行った。この男、わざとやっているのだろうか。


 あまり身内褒めになっても嫌なので多くは語ってこなかったが、この男、俺の兄という人間は高校時代にモデルをしていた経験もあるくらいには顔が整っており、身長も高い。筋肉質な割に着痩せするので服を着ているとかなり細身に見えることで、街を歩いていれば大抵の男よりは女性受けが良いのだ。


 はっきり言って不公平なのではなかろうか。同じ腹から出てきたとは思えないスペックの差だ。


 母親に対して文句を言ったのも一度や二度ではないが、中学に上がった頃、兄が大学に上がると、母は俺のこの言い分を咎めるようになった。その理由は未だに謎のままだが、兎に角、容姿も頭脳も運動も芸術も、全てに置いてハイスペックな兄を持った俺の気持ちは一律にして絶対的に、


「うぜえ……」


 だった。


「なんだ急に?」


「いや、なんでも」


 俺はウーロン茶と一緒に不平を喉に流し込み、腹の奥にしまい込んだ。


 何事にも限度があるだろうとか、嫌がらせにも程があるとか、比べられる身にもなれとか、今までさんざん言ってきたが、今はそんなことを言うための場ではない。


 わざわざこんな所まで足を運んだのは、由利亜先輩には聞かせたくない話があったからだ。


「じゃ、本題に入ろうか」


 特大のパフェに、専用のスプーンをつっこみながら兄はぱくぱくと話題を提示した。


 今回の議題、という奴だ。


 この一週間で俺がたどり着いた、荒唐無稽で滑稽千万な答えに対し、この男は取りあえずの及第点を示した。その根拠を知ることこそが、今回の議題だ。


「すなわち、神に行き会った女性達と、神に同情されてしまった少女のお話だ」


 男は語り始めた。


 なんと言うことでもないという風を装いながら、注文した甘味を一つ、また一つと平らげつつ。






「一つ目は、神様に出会ってしまった女性達の話から。


 お前も、水守神社の宮司、弓削司さんの姿は見たろう?


 そう、あの人も神に行き会った女性の一人だ。病状から察するに、だがな。誰にも確認できない事象の確認をとる方法はないから、そうなんだと言わせて貰う。


 ん? ああ、いや、お前の先輩の両親の話は今はなしだ。あれは例外だから。


 今話しているのは神の牢獄に収容されてしまった、うら若き女性達の話だからな。


 水守神社の宮司と、全く同じように目覚めない患者の事象を、俺は日本で六件確認している。海外でも存在るようだが俺の所にその話しが回ってきたことはない。


 今現在、この病気について怪奇現象だという見解を持っているのは俺と、バチカンの司祭、それにアフリカの呪術師の三人。


 いや、怪しくないぞ、何せ二人とも俺の友人だ。といっても、呪術師の方、ムバペと言うんだが、ムバペは俺のことが嫌いみたいなんだがな。


 お前今、俺のことが嫌いじゃない人間なんていないとか思っただろ。これでもかなりモテる方だ。


 悪い、話しを戻そう。


 神に行き会う。


 これは言葉通り、神に遭遇すると言うことだ。


 まあ聞け、質問は説明が終わった後に受け付ける。


 神がいるのかいないのか、今はもうそんな次元の話しじゃない。その存在しないかもしれない非存在から、人間を助け出さないといけないんだからな。


 さっき、日本では六人と言ったが、この六人の容態の共通点は寝たきりであること、それと、そう、体が光り輝くことだ。これは比喩だがな。輝いているように見える。


 ただ寝ているだけなのに、誰よりも生きているように見える。


 それが共通点で、最後にもう一つある。


 ……そう、流石だ。何のヒントもなしにそこにたどり着ける人間は、お前くらいだろうな。


 水守神社、横川神社、日影神社、戸個盧こころ神社、千軒神社、後白こうはく神社。


 合計六人の、女性の宮司が祈祷中に倒れ、現在に至っている。つまり、土地神を祀る神社の女性神主であることが、神に行き会う前提条件と言うことだ。


 俺がここまでたどり着くのには二年かかった。


 やっぱお前は天才だな。


 はあ…謙遜は美徳だが、本気で言ってるなら嫌味だぞ?


 まあいいや…


 ようやっと俺がその入り口に立ったとき、お前があの先輩、長谷川さんを連れていたのは偶然か、それともお前の才覚か?


 それはどっちでも良いんだけど、俺は後者に賭けたいね。


 あのマンションでお前達を見たときは驚いた、俺の直面している問題が、根底から覆っていったんだからな。


 俺は、あの病気の患者は、寝たきりでなくてはならない、そう考えていたんだ。でも違うのかもしれないと、情報を洗い直し、神に行き会ったのだという結論を出した。三ヶ月くらい前のことだ。


 いや、さっきの友人二人とはネットでやりとりしてるからな。


 写真を送り質問したんだ。俺は何も言わなかったが、二人とも一目で俺の行き着いた答えを口にした。


 だが、神様に行き会ったと言う文言ではなく、もっと正確に二人の言葉を言い表すと、


『神に、囚われている』


 俺にはすぐには理解できなかったが、お前なら出来るだろ。


 これで一つ目、神に囚われた女性達の話しは終わりだ。解決策は未だない。


 さて、二つ目に行く前、太一、お前に聞いておきたいことがある」






 長話に一区切りがついた。


 正直不明瞭だ。曖昧模糊として視界不良も良いところなのだが、まだまだ話しは続くらしい。


「質問?」


 こんなタイミングで何を、という意味合いを込めて聞く。


「ああ。簡単な質問だ、一言で答えてくれ」


 真剣さのかけらもない、プリンを頬張る形でそんなことを言い、続いて発せられた質問は以下の通り。


「お前、長谷川真琴が好きか?」


「もちろん」


 俺の解答は、若干食い気味だったかもしれない。




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