第52話 文化祭?学校祭?なんにしても良い思いではない。



 俺の中では、学校という場所は勉学に励む場所であり、誰かと遊ぶ場所では無い。


 にもかかわらず、この集団行動ばかりに重きを置く教育機関という場所は、何故かことあるごとに他人との共同作業を無理強いしてくるのだ。




 憂鬱以外に感じることも無いままに、九月の中頃の今日、俺は教室の自分の席で机に肘をついた姿勢で手を組み、そこにあごを乗せてため息をついた。


(ああ、退屈だ…)


 冒頭の文言を無視して憂鬱を振り払った俺にやってきたのは、憂鬱にも勝る退屈だった。


 何事にも無駄に前向きな我が校は、十月の中旬に控えた学校祭の準備で浮き足立ち始めていた。準備と言っても、まだ何をするか決めて生徒会に報告する段にまで至っていないのだが、俺の所属するクラスでは、もう既にすることも決まり係決めが始まっていた。


 学校祭のための活動が始まったのがおとといの事。


 クラスごとに委員が決められ、とりまとめを行っている。今壇上で会を進行しているのも、おととい突然クラスメイトの理不尽な民主主義によって選出された可哀想な被害者達だった。


「係は一人一つ割り振りますのでなるべく自薦でお願いします」


 いつもは俺と同等に陰を薄めているなんとか君が、刻々と過ぎていく時間をなんとか短くしようと奮闘し、多少ながらも大きな声で主張する。


 中学の時のように、その声に対して「お前が全部やれば」だの「早く終わらせてよ」等の文句が出ない分まだましなのだが、それにしたって自分たちでやりたいと言ったわりには係のメインを占める所に入ろうとする人間がいない。このままでは、この放課後会議が終わりを見ることは無いだろう。


 窓の外を見ると、だいぶ日が傾いている。真っ赤に染まった空を見つめながら、もう秋なんだなあと上の空を飛行していると、何かを激しく訴えてくる視線を感じた。


 前方から注がれている気のする視線を探し、そっちを見ると、可哀想な人が助けを求めるように俺を拝んでいる。三好さん。俺にはどうすることも出来ないんだよ。もう俺には、受付という大役があるのだから。


 心の中でそう言うと、握り拳で親指だけを立て、力強くしかし人に見られない程度に掲げ励ますと、顔を背けた。


「ぁぁ…」


 そんな苦痛の声が俺の耳にも届いていた。






 俺たちの通う学校はそれなりの進学校を名乗っている。


 だからこそ、学校行事にも力を入れている。


 毎日のように机にかじり付き、それで勉強が出来るのは当然で、さらに行事などを楽しめる、しかもそれを自治で運営できるという生徒の質の高さを売りにしているのだ。


 学校祭は四日間とされているが、初日は準備期間に当てられるため開催期間は三日だ。


 その三日間の内訳は、一日目は合唱などの鑑賞をメインにした保護者目線の会。二日目からはクラスごと部活ごとの出し物がメインになり、三日目は二日目と同様に出し物メインになる、が、二日目は生徒のみ、三日目は誰でも参加可能となる。


 合唱に関しては俺たちのクラスは不参加なのでノータッチとなり、現在話あわれているのは二日目と三日目のクラスの話だった。


 こちらには、強制参加なので必ず何かをしなければならない。


 そして、調子に乗った級友達が言い出したのが、原子爆弾の歴史と危険性をまとめて掲示するという物だった。


 最初、掲示物の出し物なら当日は自由に出来るなどの理由で全員がゴーサインを出したのだが、その掲示を作る役割に入りたがる人間がいないのだった。もうほんと、尽くに。


 そもそも――




「――そもそもなんでそんな厄介な題材にしたの?」


 俺がクラス会議中に考えていたことと全く同じ事を質問してきたのは、部室で帰り支度を始めた先輩だった。


 結局、係はほとんどが決まることなく会は終了の時刻となった。


 俺の勝ち取った受付の地位だけは、なんとか死守した。何しろ、人数の問題で、受付は四人。半日交替で終わりという好条件。これを逃す手は無い。


 そして現在、会を終えた俺は部室に来てことのあらましをなんとなく話したのだった。


 教師が無関係を突き通した結果、委員二人はもはやお通夜となった教室で絞り出すように、


『じゃあ、明日決めます』


 とそれだけしか言えなくなっていた。そしてそれを言ったのは三好さんだった。本当に可哀想に見えてきたから不思議だ。


「俺に聞かれても分かる訳ないじゃないですか」


「いや、君もそのクラスの一員でしょ」


「どうですかね、少なくとも俺は、三好さんしか名前を知りませんし」


 はあ、とため息をつく先輩に首を傾げて見せ、


「ねえ、なんであんな題材にしたの?」


 俺の前の席に座り、呆然としていた三好さんに話しかけた。俺と一緒にここまで来たはずなのに、今日話すのはこれが初めてだ。


「ああ、あれはね…」


 疲れ切った様子の三好さんは、わかりやすく話してくれているはずなのだが、何でか理解できない点が多々出てきて、俺は先輩に視線を送った。


「君のその、俺馬鹿なんでよくわかんないんですけど分かりますか?みたいな態度、本当にどうにかした方が良いよ、社会に出たとき大変だから」


 なんか怒られたし。


「で、結局なんでこんな題材にしたのか全く理解出来なかったんだけど、隣のクラスよりすごいのがやりたかったって事?」


「出来てるじゃん、なんだったのその前振り」


 呆れられちゃったし。


「でもそんな理由で出来もしないこと言い出すもんですか?」


「プライドだけは高いんでしょ、君のクラスって特別進学クラスなんだから」


「クラス分けでプライドが芽生えるんですか?」


「…あー、なるほどね…へー」


 片付けを終えて鞄を閉じた先輩が、そのままの姿勢で俺をジトーっと睨んでくる。


「な、なんですか…?」


「…なんでもー」


 そんな風に先輩からの視線に耐えていると、


「山野君はあんまりプライドとかなさそうだもんね」


 と、思わぬ所から狙撃された。


 あんまりにも言われた内容が酷すぎて、反応が数秒遅れる程だった。


「……待って…、俺にもプライドくらいあるよ」


 反論し始めると、三好さんは口を開いた。


「あるの? 自分の家に押しかけてきた先輩二人を居候させたあげく、毎日の家事はその一人にやらせて、あまつさえ腕枕しながら寝かせ付けて、もう一人の先輩とは毎日のように部室でおいしいお茶を煎れてもらってイチャイチャしてる人に、プライドが、あるの?」


「お、俺にも、プライドくらい……あ、ない…かも…」


 もはや反論の余地は無いのかもしれない。


「で、そんなプライドのない山野君にお願いなんだけど」


「その感じでお願いして良く引き受けると思ったな?!」


 ビックリだよ!!と態度で示す。


「思うよ、だって山野君だもん」


 何でも屋の、弟だもん。


 そう言われたきがした。多分勘違いだろう。この人は俺の兄の事は知らないはずだ。


 だがそれも、反論は出来ない。結局お願いは聞いてしまうのだろうから。


「はあ…」


 大きくため息を吐いてから、俺は改めて聞いた。


「それで、今回は何をお願いされるんだ?」

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