時の移ろいが、夏休みをつれていく。
第50話 夏休み明けの授業って、基本ぼうっとしがちだよね。
夏休みが終わり、二学期だか後期だか、なんだか良くは分からないが兎に角授業が再開された。
始業式では、花街先生の離任が発表され生徒に衝撃が走った。もちろん俺も驚いた。
きっと、夏休み頭のあの出来事が原因なのだろうと察しはついたが、そんなことが分かっていたところで驚いたことに代わりはなかった。
原因が分からない分、他生徒の衝撃は俺以上だったかもしれない。
今年赴任してきた新任の教師が、一年も勤めずに辞めていく。容姿の良さと、授業の面白さで男女両方から頼りにされるお姉さんのような先生だった事もあり、始業式の終わった後は、学校中がなんとなく暗い感じがしていた。
追いだした形になったような気がして、俺は俺でなんとなくいたたまれない気持ちにもなり、始業式が終わるなり始まった授業もほとんど上の空で放課後を迎えていた。
俺の通う学校は、二学期制を敷いているようで学期編成も「前期・後期」となっているらしい。あまり浸透していないようで、普通に三学期制のように読んでいる生徒のほうが多いが。俺もその一人だったりする。
一学期同様、授業が終われば発掘部の部室に赴く。
足取りは重くもなく軽くもなく、退屈しのぎの読書でページをめくる時のような、そんな何の感慨も憂いもないような日常の一ページ。
部室棟の窓から見上げた空には、ちぎれ雲が浮かんでいて、太陽も未だに地上へと暑さを振りまいている。
九月の初めだ。
昨日までの夏休みは、今までにないほど濃密な長期休暇となった。
一人の人間の過去を踏みにじり、職を捨てさせ望みさえ叶えることも無く切って捨てた。二人の先輩に連れられて、いろいろな所に行った。海や遊園地、プールであんなにはしゃぐのは初めてだった。疲労はすごかったが、良い経験になった。何かに役立つとは思えないが、そう思わなければ俺の大事な夏休みが終わってしまったことを嘆く結果になってしまう。それだけはしたくない。多分いつか何かの役に立つ、何かをした経験はきっと家の中でだらけているよりは良い物だと、そう思いたい。
何もしなかった経験よりは、きっと役に立つだろう。
そう、総括して立ち止まっていた足を部室へと進ませた。
三学期制だろうと二学期制だろうと、先輩が授業に参加しないことには何の関わりも無い。
しかし、花街先生がいなくなってしまったことは、先輩にはかなり関わりが深い。
ようやく先輩の美人性に慣れてきて、普通に会話まで出来るようになっていた唯一の教師がいなくなってしまったのだ。死活問題である。
授業には出られない。教師も教えに来ない。
こんな学校体制が許されて良いのかと、少し疑問に思うのだが、どこに行ってもこの人のこの魅了体質が変わるわけでも無いのだろう、与えられた環境で生きていく。それが人間の知性の生かし方なのだ。
そしてこの先輩は、それを当然のように自分の力のみでやってのけていた。一年までは。
端的に言おう、二年前期中間期末とテストを重ね、成績が落ちたのだ。
人に教わることも無く、自力だけで勉学に励むこの人の成績が落ちたことを叱責する者はいなかったが、先輩自身はかなり自責していた。
だから俺は花街先生やその他の先生に来ていただいていたのだが、一番頻繁に来ていた先生がいなくなったことは何よりも痛手だった。
今日から始まった授業に、先輩はやはり出席は出来ない。先輩の裁量では無く、学校の独断で。
ここで、俺の考える学校の授業の大事さを話しておかないと、「なんでこいつはこんなに学校の授業が受けられない程度で憤っているんだ、気でも狂ったのか」などと思われてしまうかもしれないので、一応しておこうと思う。
まず、第一に授業というのは知っている者が知らぬ者に対して知識を提供するための物だ。
その知識の提供を受けず、一からその考えに行き着ける者なら、授業を受ける必要は無いだろう。そしてそういう人間の事を人は天才と呼び、天才は時に時代から排斥される。
しかし先輩は天才では無い。秀才だ。やった分だけ出来るようになる、人間らしい人間。 容姿とは似つかわしくも無いその人らしさが、ある種ギャップなのだが、兎に角、そんな人らしい人間が、授業も受けずに教科書にだけかじり付いていると起こるのが、教科書の読解ミス。読み解き方に失敗した教科書の内容はその人を回答ミスへと誘い、結果テストの点数も下がる。
教師が教えるのは教科書の内容だけでは無く、教科書の内容を間違った理解で覚えないための方法だったりもするのだ。
それが出来ない教師はゴミも良いところなのだが、花街先生に限って言えば口出しも出来ないほど完璧だった。流石にあの兄を先生と呼ぶだけのことはある、そう思わざるを得なかった。
そんな訳で、授業を受けていない人間と、受けた人間とでは教科書の内容の理解が若干ずれている事があり、そのずれが成績に反映される。
だから、学校で作成されるテストの点数は、授業を受けた者の方が高くなる。
早く、新しく教師を見繕わねば。
「あ、太一君お疲れ~」
部室にたどり着き、扉を開けると先輩と由梨亜先輩が定位置でお茶を飲みつつだらけていた。
「お疲れ様です」
言って、俺も定位置の席、由梨亜先輩の隣の席に机の足に鞄を立てかけて座る。
長机の上には教科書が開かれて置かれていた。
「由梨亜先輩が教えてるんですか?」
隣の人の目の前にも同じ教科書が開かれていて、それを見ながら質問した。
「教えてるっていうか、お互いに分からないところを嘆いてるって感じかな~」
指先でシャープペンを弄びながら、笑顔でそう答える由梨亜先輩の教科書も、開かれているページは単元では無くまとめのページで、成績優秀者は予習のために嘆くのかと驚いた。
「太一くんほど良い点取った事無いから、そう言われると皮肉を言われている気がする」
「テストなんて要領ですからね。出るぞって言われた所をやっておけばなんとかなりますし、どんなに意地の悪い問題でも、教科書を丸暗記しておけば外すことはありませんよ」
「普通は丸暗記が出来ないんだよ?」
先輩が抗議してくるので、
「数学に限って言えば、丸暗記しなくても数式と使う公式をセットで覚えれば丸々暗記する必要も無いですし、歴史や理系科目も必要最低限覚える所を押さえて暗記すれば、そんなに大変でも無いんですって」
と、本当の所を言う。
学校教育の暗記重視は今にはじまった事では無い。
大学入試に至っても、センター試験は結局マークシートなのだ。運の良い奴は適当に回答しても満点が取れるかもしれない。
「ちなみに、期末試験の時に太一くんのテストって一学年の範囲全部だったでしょ? あの時はどうしたの?」
「あんなのどんなに頑張ったって範囲は見極めつかないんで、去年と一昨年のテスト問題をみて山をはっただけです。テスト問題一々作るのも面倒なんでしょうね、大当たりでした」
「……まさかだよ…」
先輩も由梨亜先輩も、驚いたような顔をして俺を見る。
「まさかこの男、自分が凡人だと思ってるのか?」
そして先輩の言葉は、聞き捨てならないものだった。
「俺は平凡な一般人でしょ、何言ってるんですか」
俺は確固たる一言で抗議した。
お茶を煎れるため席を立ち、湯飲みにお茶を注ぐ。ついでに二人の湯飲みにも注ぎ足してから元の位置に座った。
出来る男だね。とかなんとか言われてからお茶を飲む。
「この学校、それなりに学力高めだと思うけどなあ」
「そうですねぇ、入試の点数はそれなりに採らないと入れないですよねぇ」
なんか納得いかないなあ、とぶつぶつ言う先輩と、そんなことより太一くんこの問題分かる?と聞いてくる由梨亜先輩。
高校一年の後期授業は、こんな風にぬるっと始まった。
花街先生の話題は、出なかった。
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