第34話 平行線の向こうに立つ、誰かを忘れているような?

ボールが弧を描き、輪の中へと吸い込まれ、そこを潜り抜けるとドンドンと音を立て床に落ちて回転の力を借りて投げた者の前へと戻って行く。


「そうそう、そんな感じです。上手いじゃないですか」


素直な感想とともに由利亜先輩の方を見ると笑顔で、


「イエイ!」


と、得意気にピースサインである。


ところは区営の体育館。


ときは三好さんと初の二人三脚練習を終えてから二時間ほど後、そこからさらに今に至るのに三十分を以上の経過を要していた。


予約した体育館の日程が二日間、しかしその二日間というのが球技大会二週間前の今日と、前日の二週間後という、以外とみんな運動が好きということがわかる結果となっていたのは隠していた事実であった。


その一日にあたる今日、俺はこうして由利亜先輩のお世話係として練習を見ているわけなのだが、本人があまり得意でないというからに、俺としては練習に付き合う申し出をするほどに下手なのだと思っていたのだが見てみてびっくり普通にバスケになっているのだ。


基礎的な動きであるドリブル、パス、シュートは素人のレベルではないし、しっかりとキャッチもできる。


何を学びたがっていたのか、それが今になって疑問になっていた。


「もう一回同じ動きでやってみましょうか」


「はーい」


俺の言葉で、ボード(リングの横のいたの余白)にぶつけて遊んでいた手を止めて、フリースローラインに立ち、シュートを細々打っていく。


一つ決めるごとに移動していく練習方法。


何のことはない基礎練習なのだが、これが以外と難しい。全部決めなければいけないプレッシャーを与えるため、一本外す毎に罰ゲームを用意するのは部活動などでは定番だが、今回は一回外す毎に一回変顔をするという珍妙な罰ゲームとなった。(体育会系の罰ゲームは腕立て伏せや体育館の端から端へを全力で走るなどがある)


軽めのランニング、準備運動をしてからドリブル、パス、シュートを一通り見て、シュートを重視することに決めたが、正直あまり教え甲斐はない。


言ったこと、見せたものをすぐに出来るようになってしまうので、教えているという感覚がそもそもない。


運動神経が悪いと本人からの宣告もあった。


ではなぜ?


スパッと、音を立ててボールがリングから落ちていく。


「どうよ?」


清々しいほどのどや顔で、こちらを見る由利亜先輩に、


「次はスリーライン(フリースローラインを囲う半円)からにしますか」


「それは、無理い!!!」


鬼の宣告をした。




由利亜先輩が一人、絶対に素人では不可能な難題に挑むなか、俺は一人思案に更ける。


どうでもいいことを、ぽつぽつと考える。


そもそも、何で由利亜先輩は俺にこんなことを頼んだろう。


俺がバスケをやったことがあると知る以前に、この練習のことを頼もうとしていたのは、俺ではないはずなのだ。なにしろ俺がバスケをしていたことを知ったのはそれこそあの時あのタイミングで、なのだ。


その時まで、俺のことを野球orバドミントン少年だと思っていた人が、バスケを教えてくれなどとお願いするはずがない。


ならば由利亜先輩は俺がバスケを出来ることを前提として、あの時に至っているということだ。


しかし、大体問題、俺にお願いしなくともバスケ部の知り合いなど山ほど、というよりは部員の数と同等にはいるはずだろうに、なのに何故、しからば何故、俺なのだ?


俺は高校に来てからこっち、運動という運動には手をつけていない。それは絶対で、なのに何故、由利亜先輩は俺がバスケを出来るだなどと思ったのだろう。




「どーーーーだ!!!!!」


由利亜先輩が叫んだ。


顔をあげると由利亜先輩が先ほど立っていた位置の真反対まで移動してボールがリングのしたに転がっていた。


「見たか!!!」


へっへーんと口でいって、バカっぽさを滲み出すロリっ子に、俺は素直に言う。


「すいません、見てなかったんでもう一回で」


「にやぁぁぁぁあああ!!!!!」


断末魔が響く体育館。


職員の人がニコニコ微笑んでいるのが、入り口に見える。




それにしても、終わっただと?


スリーポイントをこの短時間に素人が?




「素人じゃないってことか…?」


ふと、本当になんの気なしに思い付いたことがポロリと口からこぼれ落ちる。


「おぉ! よく気づいたね!」


聞こえるほど近い距離ではなかったのだが、由利亜先輩はそれでも俺の声を拾い聞いて、回答に丸をつけてくれた。


それはいい。


「何で黙ってたんですか?」


「べ、別に隠して訳じゃないよ?」


自分の顔より一回り大きいボールを抱え、胸をボールにのせる。そうして身を隠して目をそらしながらとぼけて見せた。


「部活はやってなかったって言ってませんでしたか?」


「そんなこと言ってないよ~」


あれ? そうだっけ?


「でも、一つ理由があるとすれば断られると思ったからかな…」


小さな声でそう言って、俯いてしまう。


「別に、やったことがあるからって断ったりしませんよ。現に今だってこうしてここにいるじゃないですか」


「それは…そうだけど…」


言葉が、だんだんと小さくなっていく。


「わ…わたしね…中学の時三年間バスケをやってたの…。でもこんなにちっちゃいでしょ? それに、あんまり上手くもなかったし…だからずっとベンチでね、悔しかったんだけど、でもそれ以上うまくは成れなかったし…高校にはいってからは辞めちゃった…」


泣きそうな、消えてしまいそうな細々い声。


俺はその言葉をなんの感慨もなく受け止める。


「でも、球技大会でバスケがあるのを知って、せめてここで位勝ちたい、そう思って…去年、出たんだ…でも負けちゃった……」


球技大会にそんなに全力な人いないですよ。


こんなこと言えない。


いくら空気の読めない俺でもこんなことは言えない。


「だから……! 今度は上手い人に教わって、勝ってやるって思ったの!」


「そう、なんですか」


涙のたまった目を、キッと見開き、俺に訴えかけてくる先輩は、可愛らしくて、一つのことに一所懸命になれるところは素直にすごいと思った。


「じゃあ、取りあえずはもう一周しますか」


「うん!」






スポーツにおいて、できないという理由で悩んだことがなかった。


見れば出来たし、やればこなせた。


小学生の時の野球は、周りの友達と遊んでいる感覚だったし、バトミントンは完全に遊びだった。


だからこそ長続きしたしそれなりに楽しむこともできた。


中学に入って、部活という制度になった。


上手いフリをする奴らがわんさかいて、自尊心だけが高いそいつらの、そんなつまらない考え方も理解できなかった。




練習をし、試合をし、勝つ。




この一連の流れを繰り返すだけのつまらない毎日。


練習は辛くないが、試合は物足りない。勝つのは難しくないが、そんなことをしているだけの時間は、ただつまらなかった。


スポーツは、楽しくなければ意味がない。


そう思った。


勝ち負けに重きを置くと、俺はとことんつまらないから。






「楽しかったね!」


「ですね~、まさかこんなに白熱するとは!」


練習を終えて、二人でアパートまでの帰路を歩いている。


教えられるだけのことを教え尽くした後、シュート対決となった。


俺にハーフラインから、由利亜先輩にスリーラインからという条件のガチバトル。


交互に打ち合い、先に十本決めた方が勝ちという単純なルール。


勝ったら一つ言うことを聞くというご褒美?罰ゲーム?を付け加えた。


俺の条件が「鷲崎由利亜フレンチフルコース」


由利亜先輩の条件が「五分間私とディープキス」




……


……


…いや、俺が勝ったからね?






てなわけで、10対9で幕を閉じたその勝負で練習も終え、俺は晴れて「鷲崎由利亜フレンチフルコース」を手に入れたのだ。


「いつに作るかは由利亜先輩に任せます」


「任しとけ~ 極上のフレンチを振る舞ってやるぜ!!」


これは普通に楽しみだ。

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