第28話 学校行事の参加率は、成績には反映されないらしい。

 注意力が欠けるとブルジョワを発揮するという、たぶん俺には一生縁のない欠点を披露してくれた由利亜先輩の連れて行ってくれた高級店を後にし、買い物を済ませてアパートに戻ってきた。


 レストランではよく分からないままにお店を出てしまったのだが、思い返してみると会計をしていない。


由利亜先輩が何か裏技を使ったのだろうが、自分の食べた分くらい自分で払わねばと思い、


「あの、いくらでしたか?」


 と、弱弱しく聞いてみた。金額があまりにも高すぎたときのことを考えると、恐る恐るになってしまうのは仕方ないと思う、情けなくなんかない!!


「太一くんはそんなことを気にする必要はないの!」


「いや、そうも行きませんよ、一人に全額払わせるなんて」


「私が連れてったお店だし、まあお詫びもかねてってことで今日のところは私に払わせて?」


「でも…」


「じゃあ、こんど私とデートしてよ。それでチャラ」


「それは…」


「決まりね~」


 それは俺にとってもご褒美なのでは? 思いながらも、由利亜先輩の笑顔に黙るほかなかった。


 のちにネットで検索してみると、あのお店は完全予約制でしかも一見さんお断りの紹介制まで敷いているお店で、メニューもその日の仕入れで決まり、基本毎日違うのだそう。料金は、怖すぎて見られなかった。








 一人の時、いつも余計なことを考えている。


 なぜ、あの二人が俺と一緒にいるのか、兄は俺に聞かない。それは多分あの男の中で一つの回答が出ているからだろう。しかし、俺の中にはその答えがない。あの二人が俺と一緒に、それも家に住むような理由を、持ち合わせていない。普段の生活を送っていると、こんなことを考えて居る暇はなくていつもはっちゃけた人たちの中でぬるま湯につかるように過ごしていることで、俺の感覚は麻痺してきているのかもしれない。


 だから時々、静かになると自分という殻の中で一人考えることから抜け出せない。


最初は迷惑に思っていたはずだった。最初は平穏に過ごすはずだった。


 それがどうだ、ふたを開ければ小学校の時より濃い人間関係の構築に躍起になっているようではないか。俺の性格に、あの人たちがついてきてくれているのではない。俺が、あの二人に合わせている状態で。


 はっきり言って奇妙な状態なのだ。


中学時代、教師以外と会話したのは事務連絡のみ。教師との会話だって、三者面談だったり、呼び出された時だったり、そんな業務命令的な状況での会話だった。そして、高校でも俺はそれを継続する気でいたのだ、面倒なしがらみから身を引いて、俗世とはかかわらずに生きていこうと、そんな風に考えていたのは三か月も前ではない。


人間関係を見て見ぬふりして生きていくことに、まったく頓着しなくなったのは中学の部活の出来事が原因ではあるが、それ以前から人とのかかわりに面倒くささを感じていたのは確かで、そんな人間関係から一線を引いて傍観するという自らに科したアイデンティティーにも似たそれを、今の俺はあの二人によって壊されている状態なのではないか。


 であるなら、俺はあの二人にここを今すぐにでも出て行ってもらう必要があるのではないか――


「たいちく~ん!!」


 突然発せられた大声に、身を固めると、首には細く暖かい腕が、背中にはえもいえぬような至福の柔らかさが広がり考えていたことが霧消する。


 懸命に声を抑え、平静を保ちつつ、


「とりあえず離れてください」


 お願いした。もうこれ以上は耐えられません!!


 名残惜しそうに、腕を解き、背中からも離れて隣の席に由利亜先輩は座った。


「なんで下は下着なんですか」


「ダジャレ?」


「なんで上はスウェット着てるのに下は履いてないんですか」


「暑いし?」


「ちょっと待っててください」


 そういって席を立ち、俺の部屋となった四畳半にいき箪笥の一番下の段を引っ張り出す。


「確かここに…、お、これだこれだ」


 ぶつぶつ独り言を言いつつ探し物を見つけ、振り返ると由利亜先輩が覗き込んでいた。気づいていたので驚くこともなく掘り出したものを差し出した。


「どうぞ、暑くないので履いてください」


「なにこれ、半ズボン?」


 渡されたズボンを両手で広げてもち、見たままの感想を言う。


「中学の時にバスケをやってたんです。その時使ってたバスパンってやつですね」


「へえ~って、あれ、小学校の終わりにバトミントンにはまってたんじゃなかったの?」


 いそいそとズボンをはきつつ質問してくる。子供体系な由利亜先輩には少し大きいが、俺の体も小学生くらいの時のものなのでひどくダボついたりはしていない。


「ああ、バトミントンはほら、その当時そのクラブで一番強いって言われてた大学生に勝ったんでやめたんですよ。それで中学に入ったらバスケを始めたんです。まあ二三か月くらいでやめちゃったんで、親にムダ金使わせたなと少し反省して、高校では運動部はやめたんです」


「小学生のうちに大学生に勝ったってこと…?」


「まあ油断大敵ってことですかね」


 唖然とする由利亜先輩にうそをついて、戻りましょうと促す。


 その時、俺はその大学生を多少おちょくっていた。そして半分なぶり殺しのような勝ち方をした。あれを油断で片づける人間はあの場にはいないだろう。


 椅子を引いて先輩を座らせ、隣に座る。定位置となった向かい側に、いつも座っている人は今日はいない。明日用があるとかで今日は自分の家に帰ったのだ。


「太一くんはさ、運動とか好きなの?」


「好きか嫌いかで聞かれれば好きですかね。最近はあんまりしてませんけど、体育の授業はそこそこ楽しいですし」


「そうなんだ…」と、一人で納得して、


「そんな運動神経抜群な太一くんに一つお願いがあるんだけどね?」


なにやらおねだりがはじまった。


 もじもじしている由利亜先輩は可愛らしいのだが、お願いという単語にはあまりいい予感がしない。


「は、はあ、俺に、かなえられる願いならいいなあ」


 嫌な予感がしすぎて、あまりにも露骨に断る前姿勢に入ってしまう。


「再来週の金曜にさ、球技大会があるのはしってる?」


「知ってはいますけど、行く気はないですね」


「なんで!!?」


勢いよく立ち上がり、顔を寄せて来る。


近い…


「学校行事に参加する義理はないので、担任に今度のテストで学年一位をとったら免除にしてくれと言ったら『やれるものならやってみろ』と言われたのでとりました」


 個々人に配られる順位表は来ていないが、テスト結果的に一位は確定だろう。


「学年一位って…そんな簡単に…?」


「簡単じゃなかったですよ? 先輩たちと勉強してなかったらさすがに一位は厳しかったと思います」


 ありがとうございました。と感謝しておいた。


「で、でも!! やっぱり行事には参加しようよ! 私、太一くんの運動してるところ、見たいのに…」


「そう言われましても、もう俺はどこにも分配されないまま話が進んでるんで…」


 なんかここまで露骨に残念がられると俺が悪いことしてるみたいだな。


「でもぉ…」


「ま、まあ、今からでも人数の少ないところに補欠で入れてもらうことはできると思いますけどね~…」


 罪悪感の結果、思ってもないことを口にするあたり、俺はこの人に相当当てられているようだった。


「そ、そうだよね! 私もお願いしにいってあげる!」


「それは勘弁してください」


 そんなことされたらいじめに合うこと請け合いだ。


「それで、お願いって俺に球技大会に出てほしいってことじゃないでしょう?」


「おお! そうだった、そのね、何とも言いにくいんだけど、私に、」


 言いよどむ由利亜先輩は、意を決して俺に言い放った。予想は的中。


「私にバスケを教えてほしいんだ!!」


 来週の俺は、たぶん全校に疎まれる存在になるのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る