第3話 郷に入らば郷に従え

 遥か大昔から穆斯林たちが平穏に暮らす町がありました。ある日そこに一人の異教徒が引っ越してきました。


 毎朝毎昼毎晩繰り返される礼拝を呼びかけるアッザーンの声が町中に響き渡っていました。その異教徒は毎朝毎昼毎晩のアッザーンが五月蠅くて煩わしくて我慢なりませんでした。ある週の金曜日、その異教徒は町で一番大きな寺院ジャーミー・マスジッドに出かけていきました。


 異教徒は寺院の正殿に土足で上がり、群衆たちを描き分けて、奥の説教壇ミンバルに向い、つかつか進みました。これに気付いた群衆たちは怒って立ち上がろうとしました。それを制止するように、説教壇のイマームは口を開きました。

 「پسم الله الرحمن الرحيم 慈しみ遍く、慈しみ深き神の御名に於いて、皆の者よ我々も心寛くあらねばならない」

 群衆たちは、イマームの顔を立て、取りあえず矛を収めました。

 「そこの異国の客人よ!土足で聖域に上がるとは何事ですかな?」

 「毎朝毎昼毎晩町中に響き渡る呼び声が五月蠅くて、煩わしくて、俺は堪らないのだ」

 「ならば、あのミナレットに上ってムアッジンに文句を言うが好い」


 異教徒は、高く聳える尖塔ミナレットにすたすたと登っていきました。最上段に登り付くと、一休みするムアッジンが居りました。

 「そこの異国の客人よ!わざわざ高いミナレットに登ってくるとは何事ですかな?」

 「毎朝毎昼毎晩町中に響き渡る呼び声が五月蠅くて、煩わしくて、俺は堪らないのだ」

 「پسم الله الرحمن الرحيم 慈しみ遍く、慈しみ深き神の御名に於いて、アッザーンの声をあげることは、ムアッジンである私の天職です。偉大なる神が私に与え賜えたことなのです。文句があるなら神に言ってください」

 「神に文句を言うには、どうすりゃいいんだ?」

 「このミナレットから飛び降りれば、すぐですよ」

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