薬と嗤う

@yasuhitooooo

薬と嗤う(1話完結)

きっといつの時代であろうと、不老不死は人間の夢見るところではないだろうか。

しかしながら、人は生まれると同時に死へと向かう巨大な箱舟の一員となるのであり、

その旅程においてはあらゆる病魔や不遇な事故などの荒波に苛まれ、時として強烈な苦痛を伴うものだ。


なぜ神は心臓の鼓動に制限を設けたのだろう。

誰であれ一度はこの解のない問いに悩まされるものだ。


人間がこの星に誕生し多くの知恵が生まれてきた。

そして今も現在進行形で新たな知恵が生み出され続けている。


知恵は過去からの積み重ねで作られていると思う。

この世に生を受けた人間は、過去の人間が築き上げた知恵を使って

さらに高次元な知恵を生み出すわけだ。


その結果、

例えば地球が太陽を中心として公転する回転楕円体であることを知り、

例えば、遠く離れた地に暮らす人々と会話ができるようになり、

例えば、あらゆる病を治療し命を先延ばしにするなどが可能になった。

誰もが思った。不老不死も遠い未来の話ではないと。


それから長い年月が流れた・・・



世界中の人々が立体テレビの映像を見つめていた。

映像には眩い光に照らされた白衣を着た男が映し出されていた。


「ついに、私は人間の夢を叶える薬を開発しました。

この薬はあらゆる病気を治すだけでなく、細胞の老化を停止させる。まさに不老不死が手に入ったのです。」


会場からは大きな歓声があがった。


「人間は肉体的に破壊されない限り、死の恐怖から逃れることができるのです。もう恐れるものはなくなりました・・」


「・・と言いたいのですが。」


そこで博士は一度深くため息をつき、さらに言葉を続けた。


「残念ながら薬には副作用が付き物です。」


会場にいる者、そして立体テレビの映像を見ている者は皆思った。

なにさ、不老不死が手に入るのならばどんな副作用だって受け入れるさ。

永遠の命に勝るものなど無いに決まっている。


「なんですか、副作用とは。」

一人の記者が興奮気味に訪ねた。


視力が落ちるとでも?メガネがあるさ。

耳が悪くなるとでも?補聴器があるさ。

歩けなくなるとでも?人工歩行器があるさ。

人間がこれまで築き上げた知恵や技術は様々な困難を克服してきたではないか。

どんな副作用だって跳ね除けてみせるさ。


「副作用とは・・」


誰もが固唾を飲んで博士の言葉を待った。


「・・この薬を服用した人間は、服用後24時間以内に自ら命を絶っています。」

残念ながらこの薬は強烈な自殺願望を抱くという副作用があるのです。」


あらゆる病魔を治す不老不死の薬の副作用が自殺とは。

あぁなんて皮肉なものだ。

人間は、神に踊らされているのでしょうか。


神がクスリと嗤ったような気がした・・







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