第八章 六日目・プロトタイプ完成(三)

 正宗はそれから夜までGRC側に渡した仕様書を見ながら、実現が困難と思われる箇所に当たりを付けて、グッドマンと一緒に仕様のチエックしていった。

 結果、大方は仕様を満たしていた。だが、連想ゲームをやらせると、いくつか意味を持つイメージが複数並んだ局面で、理解に苦しむ回答が出てきた。


 これでは『複数のテーマを関連づけて考えることができ、最良の結論を出せること』についての項目に引っ掛かる。

 また、GRCの社員が部屋に持ち込んでいた人気のトレーディング・カードゲーム(全カード一千種類)をやらせると、処理が極端に遅くなった。


 調べると『考えるにあたって、全てを検証するのではなく、直感的に判断できること』の仕様に引っ掛かる箇所も見つかった。

 それでも、現時点では総合すると、他に大した問題は見当たらなかった。もっと広範囲なテストを繰り返しても問題点が増えるとは思えないほどに、このプログラムは良くできていた。


 後は今回わかった問題点を解決すればいい。多少、目を瞑れば納品が間に合う。だが、そこに問題があった。

 正宗は元々プログラムの開発を中途半端に受注させないように、追加の仕様書を書くに際して、実現が難しい要求を盛りこんだ仕様書を作った。


 グッドマンに提出する前に、今度は事前に内部の技術スタッフにも意見を聞いたところ「これは高度な技術を要求されるから、難しいだろう」と言われた。

 そこで正宗は、内心ではグッドマンが「降ります」と断ってくれることを期待して、仕様書と契約書作成した。


 ところがグッドマンは文句も言わず、断らないで前向きに取り組んだ。それがかえって、本当に実現させようとした局面で裏目に出た。

 今回のデモでGRCは、九割九分まで正宗の要望に応えてしまったのだ。先ほどの欠陥を修正すれば、正宗から見てもこれは間違いなく知性を持った電子情報生命体と言える。


 少なくとも〝電子情報生命体の星〟というキャッチ・コピーで売り出しても、見に来た人に笑われるような代物では断じてなかった。

 しかし正宗は「自分が作成した仕様書の項目を全て満たせる」という観点から、ガチガチの契約書を作っていた。


 つまり、このレベルの仕事でも、まだ契約違反になるし、正宗のほうからハードルを下げられないのだ。契約書の縛りは、プロジェクトを推進するにあたって、正宗自身の失策となった。


 テストを終えてもしばらく何も言わない正宗を、茶色の縞の入ったグッドマンの顔は不安げに見上げた。

「いかがでしょうか?」


 正宗は正直な感想を告げた。

「幾つかの点で、仕様を満たせていないようですが?」

「それについては、完成版の納品時には改善できる予定です」


「大丈夫ですか?」

 グッドマンは強張った表情で、

「どっ、努力します」

 グッドマンの声は、どことなく硬かった。グッドマンの答を聞いて正宗は、また迷った。確約はできないのか。それも無理なかった。


 残っているのは技術の人間にも「これは難しいだろう」と言われている箇所、人間でいう感性や直感と呼ばれものの表現だ。

 正宗が見つけた仕様書の不備、一パーセントを突破すれば、電子情報生命体は独自の文明を創造し、ある程度の期間は存在できるであろうと思われる。それは最も重い部分として残っていた。


 だが、もし、足りない一パーセントの部分を克服できれば、この惑星開発が成功する可能性が俄然、出てきたのだ。

「見込みはあるんですね?」

 グッドマンは真剣な面持ちで、がくがくと頷いた。

「はい」


「どれくらいの確率ですか?」

 グッドマンはすぐに答えられなかった。深い海の底で手探りで何かを探すかのような重苦しい沈黙が流れた。

 正宗は部屋が異様に静かになっていることに気がついた。


 後ろをチラリと振り返ってみると、夜遅くなったにも関わらず、社員は誰一人として帰っていなかった。

 社員全員が手を休め、黙って正宗と社長のやりとりの成り行きを、ジーッと見守っていた。あたかも、長年月を費やして待ちに待った判決がようやく出る、冤罪事件や公害事件の被告のように。


 グッドマンの黒い清んだ瞳が、真っ直ぐに正宗を見据えて、きっぱり答えた。

「百パーセントできます」

 未知のことに関して百パーセントできる。それはビジネスの場では、普通は口に出してはいけない言葉だ。


 それに、後ろの静かだった社員たちの間で小さな波紋のように、ざわめきが広がっている。この様子から見ても、真に百パーセントではないことがわかった。「百パーセントできたらいいな」ぐらいの希望的観測値だ。


 正宗はグッドマンに、しっかりと念を押した。

「グッドマンさん。ここでそれを言って、万一できなかったら、後で大変な事態になりますよ」

「わかっています。やらせてください」


 どうやらこの若者は、事態を簡単に考えたり、その場しのぎで物を言っているのではない。そのことは、グッドマンの強い眼光からもわかる。

 だが「百パーセントできる」と言った決断は、若さゆえの無謀じゃないのか。若いグッドマンの決断に自分が巻き込まれてもいいのだろうか?


 正宗はこの場では中止とも続行とも決断できなかった。

「あなたの熱意はわかりました。ですが、この時点で完成していないのも事実です。電子情報生命体の開発は、この惑星開発のプロジェクトで心臓となる部分なので、帰って技術の者と話し合ってから結論を出します」


「わかりました」

 正宗はグッドマンと別れると、惑星開発公社に向かう帰りの夜間シャトルの中でネクタイを緩め、今回の仕事を振り返った。


 どうも今回の惑星開発は、最初から自分の思いどおりにならない局面が多すぎる。

「結局、打ち切りの話は切り出せなかったしな」

 帰りのシャトルの中で日ごろの疲れのせいか、正宗は眠くなり、寝てしまった。

 起きた時には内容を忘れてしまったが、夢を抱いて惑星開発に憧れていた学生時代の夢を見ていたような気がした。

「何で、今さら?」


 正宗は帰ってからも、オフィスの部屋で悩んでいた。

 正宗には惑星開発を進める上で判断ができなかった。今度はちゃんと専門家の意見を聞こうと、技術部の情報課に電話を掛けた。


 すると、聞き覚えのある声がした。

「はい、技術部情報課情報係、秀吉です」

「あれ? 正宗だけど、秀吉か。何で情報係にいるの?」

「あ、正宗先輩。今度、こっちに異動になったんですよ」

「技術部情報課とは、また突拍子もない異動だな」


 秀吉は少し自慢げに答える。

「ええ、でも俺、大学は経済学部ですけど、コンピュータ好きで、独学で勉強していたんですよ。上級情報開発技術者資格も取っているんです」

「へー、すげえな」


 正宗は素直に感心し、羨ましくも思った。そんな資格があれば「辞めてやるー」と言ってゴネまくって現状を変えるように頼んで、失敗しても、別の職場にすぐ行けるだろう。

 だが、正宗には優れた資格も退路もない。

「あれ、でも、前の部署に異動して半年しか経ってないだろ」


 秀吉は声をひそめた。

「ここだけの話、観介が何かやらかしたみたいで、人事が困って、どこかに押し付けたらしいですよ。まあ、玉突き人事って奴ですよ」


 有り得ない話ではない。春日の陰謀で、正宗も危うく犠牲者になりかけたのだ。

 正宗は苦笑した。

「それにしても、お前は観介とは、よくよく縁があるね」

「ええ、もう、これっきりにして欲しいですけどね。それで、ご用件は?」


「ちょっと電子情報生命体のことで、意見を聞きたくてね」

「お、何か面白そうですね」

 正宗はこれまでの経緯を説明した。

「先輩も大変ですね。わかりました。それなら、松義さんがいいと思います。ちょっと変わり者だけど、人工知能とかには詳しいと思います」


 もはや、この組織で「ちょっと変わり者」というのは絶対「ちょっと」のわけがない。また今回の惑星開発の星の巡り会わせだと「かなりの変わり者」ということも有り得る。

 いや、むしろヤバイくらい超電波系の変わり者かもしれない。それに、正宗の今回の仕事での対人関係運は最悪に近い気がした。


 正宗は、やんわりと断った。

「それはさておき」

「さて、おくんですね?」

「うん。そうだ、秀吉。お前が見てくれないか」


 秀吉は驚いた様子で訊く。

「え、僕ですか」

「頼むよ。心のおける奴のほうがいい」

 もし、何かあったら、見なかったことにしてもらえるし、秀吉なら腹を割って話し合える。


 秀吉は考え込むように、

「うーん、でも専門的なことまで、わかるかな」

「わからなかったら、わからないって言ってくれていいから。そしたら、松義さんに頼むよ」


「わかりました。少し、お時間をください」

「無理のうえに無理を言って悪いけど、あまり時間ないから。明日から五日くらいの期間で御願いできるかな」

「了解しました」

 珍らしく、すんなり行った。正宗は電話を切って、少し不安になった。順調だけど大丈夫か?

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