第四章 四日目・ITと金融(四)
真っ白な顔で半笑いのお多福。笑みを浮かべ、皺だらけのくすんだ茶色の翁。真っ赤な鬼を思わせる面。三種類の能面ができてきた。
正宗は気味の悪い能面で七穂が何をしたいか、全然わからなかった。
七穂は三つの面を作り上げると、満足げに宣言した。
「できた! これを、この星の中枢を司る意思決定機関にするの」
ゲッツ、拙いな。正宗はもうロボの国を認めていた。そんなことぐらい、どうということはない――という段階に、もう来てしまった。
けれども、この能面主権論には賛同できない。おおよそ中枢を作ると、狙ったように中枢が故障する。そうなると、ロボの星の住人は一度に全滅する怖れ出てくる。
売却後の星の管理は、星の住民がしなければならないので、一度の事故による全滅は避けねばならない。これは先ほどのトレンドの話と違い、遙かに実務的な手順なのだ。
「あの、七穂さん。ロボットの星はいいんですが、その三体を中枢にするのは、ちょっとばかり、どうかと。その場合、その三体のうち一体に問題が起きると、星の運営に支障を来たすのではないかと」
「いやだなー、クロさん、これは入れ物ですよー」
七穂が何を言いたいのか皆目わからない。
「というと?」
「そうね、わかりやすく言うと、この星の住民は、このお面をサーバーにして、電子情報として、お面の中で暮らすの。さっき作ったロボットは、このサーバーの保守要員。そうだ! いっそ安全な地下にサーバーを置いて、地下都市にしましょう」
そんなの、ロボの国ですらない。電子情報生命体の地下帝国だと? そんな星、聞いた覚えがない。というか、それこそ本当に可能なのか。
「あの七穂さんの言いたい趣旨はわかりますが、現時点では無理です」
七穂のクリッとした目が大きく開く。
「ええーっ、そうなの?」
それは嘘偽りではなく、正宗の素直な意見だった。
「はい、ロボット工場はあくまでロボットを生み出すための工場。それをやるなら、ソフト開発と、それを入れる環境が必要になります」
「じゃあ、ソフト開発と環境の導入をお願い」
(おいおい、簡単に言ってくれるぜ。家電量販店でワープロソフトを買うのとはわけが違うんだよ。専門の業者を探しオーダーメイドで作ってもらわなければ、ダメなんだよ。ソフトは一点ものなんだよ。しかも、かなり高価で珍妙な一点ものになるんだよ)
正宗は、やんわりと断りを入れようとした。
「そう言われましても、人間並みに思考するプログラムを開発するとなると、果たして期間が期限に間に合うかどうか」
正宗の後ろ向きな態度に、七穂は目に明らかな不快感を浮かべ、叱責した。
「でも、それはクロさんが作るわけじゃないでしょ。だったら、まず、できそうな所を探して見てよ」
「そうですが……」
正宗はこれ以上の議論をしても無意味だと感じていた。おそらく探しても無駄だろう。
納期が惑星開発時間で残り二日。ということは、正宗のいる宇宙では九十日程度。そんな短い時間で、絶対できるわけがない。
いや、正確に言えば、できるかもしれない。予算を三倍も注ぎこめば、速度は二倍になる。だが、そんな金は、もう全然ない。
「まだ何か、問題があるの?」
正宗は予算の限界を打ち明けるか、迷った。
予算があることがわかれば創造者は十中八九、予算をギリギリまで使いたがるものだ。そうなれば、正宗からは歯止めが利かなくなる。
だが、正宗はここでも素直になることにした。
「七穂さんたち創造者の方は詳しく知らないかもしれませんが、実は予算の関係がありまして。推進器を購入すると、現時点で予算の八十パーセントを使ってしまいます。これからソフト開発を行うと、少々たりないのです」
ところが七穂は、明るく言い放った。
「予算のことは何とかなるよ。増額してもらおうよ」
何とかなるで、何とかなった予算を、正宗は知らない。増額は不可能に近い。それをやったら、際限がなくなる恐れがあるからだ。
予算の増額決定だけは、チーフクラスの正宗にも、創造者にも、権限がない。あるのは財務部の連中だけだ。
財務部の連中の頭には、減額の文字はあっても、増額の文字はない。
もっとも、予算の増額申請とは別に予算を手にする危険な抜け道もあるのだが、それは流石に言いたくなかった。
「予算が少ないからといって、他から持ってくることは難しいですよ」
「よし、じゃあ、この星を担保に入れて、お金を借りましょう」
またも七穂は、危険な抜け道を簡単に見つけた。星が売れるということは星に資産価値があることを意味する。つまり、売却前に抵当に入れて借り入れが可能なのだ。
借り入れをするなら、財務部に対する予算の増額申請よりは、許可される可能性は高い。しかも、社内規定に従う限り、創造者は借り入れの申請をすることができる。もし、そう決まったのなら、正宗は補佐しなければならない。
正宗は話の流れが危険区域に達する前に回避しようとした。
「あのですね、七穂さん。簡単には行かないですよ。組織内でも部は独立しているので、惑星開発事業部と財務部は半分は別会社みたいなものです。借り入れるにしても、キチンとした審査があるんです」
七穂は元気よく両手を拡げた。
「じゃあ、いっそ、ファンドを組んでバーンと資金を集めましょう」
確かに、外部の銀行からの借り入れやファンドによる募集といった方法もある。
でも、ファンドによる募集は大規模惑星開発のような募集額が大きい案件向きだ。今回のようなケースでは必要な額が小さすぎて、引き受け手がないだろう。
銀行相手の場合は、金額の少なさは問題にならない。が、当然、金利が財務部より高く、審査のハードルも高い。更に、支社長の許可が要るので、実際問題として使えない。
正宗は言葉を濁しながら語る。
「すいません。それは、ちょっと。規模的にどうかと。あまり資金が集まりすぎても使い道が、その……」
七穂は当然できると言わんばかりに、サラリと、
「そうなの? なら、じゃあ、財務部に申請して」
今の状況では財務部からの借り入れが一番可能性としてあるのだが、簡単ではない。なぜなら、借り入れは惑星事業部のチーフの正宗の実力がものを言うからだ。
おそらく実際に申請するとしても、チーフに成り立ての正宗の力だと、五回に一回くらいしか通らない。
それに別の問題がついて回る。借り入れは予算以上の開発が可能であると同時に、失敗すれば予算の上限以上に巨額な負債を残す可能性があるからだ。
特にこの星は、前例がないだけに売れるかどうかの見極めが難しい。おまけに、危険な爆弾のような惑星推進装置を積んでいる。
正宗は内心どーっと冷や汗を掻きながら、七穂の計画の修正に乗り出した。
「借り入れを行うと、星の価値が下がるんです。ですから、今のままでやりましょう」
七穂は笑顔で拒否した。
「大丈夫よ。お金を借りてソフトを購入するんですもの。借入金の負債と同額を無形固定資産に計上すれば、財務上負債と資産は打ち消しあって、帳簿上は問題ないわ」
正宗は心の中で声を大にして反論した。
「帳簿上は問題なくても実際上は問題ありです。マイナスと同額をプラスとして書き込んで帳尻を合わせる。七穂さんの言うことは、帳簿上は確かに正しいですよ。ですけど、惑星の資産としてソフトがあること自体、おかしいでしょー」
そんな、正宗の心の叫びも気にせず、七穂は続けた。
「それがダメなら、未来の収益を担保に、ファイナンスを組みましょう」
また、ウルトラC級の裏技を言う。正宗は再び嫌な予感がしてきた。巨額な負債は、金融テクニックを駆使したときに生まれる。
新聞紙上の世界の話だと思っていたが、今度はそこに自分が片足をずっぽり踏み込むかもしれない。
いや、待てよ。正宗はここで考えた。
よく考えると、ここは一旦は七穂の提案を聞いても大丈夫かな、という気がしてきた。
電子情報生命体という、聞いたことのないプログラムの開発。それに伴う時間的制約。更には予算の借り入れ。
この三つの難題が三つとも解決されない限り、今回の七穂のご無体な要求は通らない。
これは強固な三重の壁だ。正宗は、ことさら難しそうな顔を作ってみせた。
「それじゃあ、とりあえず、お金を借りられて、なおかつ、こちらの希望する納期でソフトを開発してくれる企業体が見つかったら、という条件でいいですか?」
七穂は正宗の提案に、将棋で何十手も先を読む棋士のような表情で思案しながら、
「それはそうね。資金調達がうまくいかないと、ダメよね」
よかった、納得してくれて。今度は流石にうまく行かないだろう。
だが、が正宗は心の隅に、強固な壁の辺りをウロウロする蟻のような小さな引っ掛っりを感じた。正宗は頭を振る。
いやいや、七穂の要求は三重の壁だ。蟻のごときき小さな可能性では、ビクともしないだろう。いや、でも、今までの流れ的には……。
「いや、そんなはずはない」
正宗は不吉な予感の凝縮した不安感を押しやり、心に引っ掛かった不安を忘れるべく、七穂と一緒にロボットの機能別に種類を増やす作業に没頭した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます