第31話

第31話 決意と後悔


「な、え…どうして」


「なんとか帰ってこれましたよ…いだだだ…よっこいしょ」


ドボドボと血を流しながら真春のとなりに腰掛ける。


真春はどんな反応をすれば良いのかわからなかった。当然ながら嬉しい。どれほど焦り、どれほど悩み、どれほど心配しただろうか。


本当なら今すぐにも抱きついてしたかった。ふだんの冷静なキャラクターなどかなぐり捨てて彼の帰還を喜びたかった。


そうできなかったのは彼の姿があまりに異様だったから。血まみれで傷だらけで、腕なんか皮一枚で繋がっているようなものだ。


しかし彼は笑顔である。まるで彼女の治療に全幅の信頼を置いてるかのように…


「あの…治せたり…します…?」


申し訳なさそうに彼が尋ねる。その時、彼女は思い出した。


『不死身の再生力』


そう、彼は本来このような傷を負うはずがないのだ。それどころか今までの仕事でもなぜあれほどの傷を負っていたのか。


「な、何よ」


これほどの傷を治せるかわからない不安と、彼の、能力を秘密にしていたことへの疑心から真春の口を継いで出たのは悪態であった。


「な、治せるくせに!私の下手くそな手当てを見てバカにしてたんでしょう!?ほ、ほんといい性格よね!さ、さっさと治りなさいよ!」


言ってからはっとして真春は彼を見た。


彼は先ほどとは打って変わって、ひどく悲しそうな顔をした。


「そう…ですか。バレちゃいましたか」


その瞬間、彼の体は体のパーツ1つ1つが石を持っているかのように「元」に戻っていった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ほ、本当に治った…」


「あなたの手当ては…上手ですよ。本当に、あったかくて優しくて、傷がみるみる塞がりましたよ」


「そ、そんなわけ…!聞いたわよ…あなた強いんでしょう…?ならなんであんなボロボロになるのよ!?わ、私に迷惑をかけたかったんでしょう…?治るくせに、強いくせに!」


「…ごめんなさい。迷惑をかけるつもりは…でも…迷惑でしたね。本当にすみません」


「べ、別にそこまで嫌だったわけでは」


「…治療をしてもらってる間は、あなたと2人だけで話せて…それが嬉しくて…楽しくて。怪我を負わなきゃ、あなたとおしゃべりできないじゃないですか?」


「私はと…話すのが…ふーん…!?!?そ、そんな!?そんな…」


真春がとても大事なことに気づきそうになったその時


「さ、坂上くん!?ど、どうしてここに!?」


「ああ、神城さん…なんとか帰ってこれました!」


「そ、そんなの…と、とにかくちょっと来てください!」


霧子が無理やり雅信の腕を引っ張っていった。


「わあっとと!じゃあ真春さんまた後で!」


「え、ええ…」


ほんの少しだけ、2人の頰が赤らんでいたことに気づくものはいなかった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


パシィン!


奈美が雅信の頰を打つ音がロビーに響いた。


周りの全員が虚をつかれた顔をした。


「次に…次に…こんなことをしたら…」


奈美の目には涙がいっぱいに溜まっていた。


「絶交する!嫌いになる!私の犠牲で誰かが死ぬなんて絶対許さない!」


何度も何度も弱々しい拳が雅信の胸を叩いた。


「…ごめんなさい。でも…死んでませんから。私はここにいますよ」


やっと少し落ち着いた奈美が絞り出すように言った。


「『借り』はこれで終わりだからね…」


「…ええ。それも話したんですか」


雅信は少し士郎の方を睨んだ。


士郎は両手を上げて、そっぽを向いた。


「なんにせよ…無事に帰ってこれて…よかったです」


霧子が一息ついて言った。


その言葉を合図にするかのごとく、その場にいた陽太、健、一郎太、伊有、彩香がため息をついた。


「みんなもだけど…私をかばうなんて考えないで。私そんなことされてその後まともに生きていけない…」


奈美はそういうと、1人トレーニングルームに戻って言った。慌てて霧子がついていく。


皆押し黙ってしまったロビーで唯一、何処吹く風だった愛羅が雅信の肩を叩いた。


「…あんたのせいでひどい目にあいましたよ…」


「あ?なんの話だ?…まあいい、今度なんかあったらついて行ってやるよ」


「目的が違いますよねえ…はは」


雅信は苦笑いしながら、後悔と決意の入り混じった感情をかみしめていた。


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