20 準備

賢司と由里は、ブラックブラックの残り一枚を分け合って食べた。

それと、土臭い濁り水を飲んで、夕食はおしまいだった。


夕方から夜までにすることはたくさんあった。二人は一刻も休まなかった。

必要なこと以外の言葉も交わさなかった。言葉は不要だった。


仲間達が、人を信じられなくなったときに倒れていったことを知っていたから、二人は、信じ合うことにした。

お互い、相手に全幅の信頼をおいた。


海神と真剣に戦うつもりだったので、綿密に作戦を練った。

やはり、外に出るよりもこの家にたてこもるほうがいいということで二人の意見は一致した。


まず、賢司と由里は、辰也の亡骸をリビングに運んだ。

物置にあった布を被せて、ひとまず安置しておくことにした。

土を掘るような力は二人にはなかった。それだけの体力は、海神と戦うために残しておかなければならなかった。


それから賢司は、辰也が壊してしまった明かりを再び作ることにした。

林から、よく燃えそうな小枝や、乾いた葉を集めてきた。物置からは、布も集めてきた。ソファもガラス片で切り裂いて可燃物を集めた。

そうして、雑誌を焚き付けにして大きな焚き火を作った。


ジッポは、焚き火に点火するだけに使った。

焚き火のそばには、火を絶やさないために大量の可燃物を積んだ。バルコニーそのものの角材もへし折り、そこに加えた。

辰也が、転落して手すりを壊したために、皮肉にもバルコニーの木が思ったより傷んでいることがわかったのだ。


そうして、ジッポよりはずっとましな光量の光が、室内と家の前の地面を照らすようになった。

ときおり揺らぐ不安な光であることに変わりはないが、それでも、賢司達にとっては命ともいえるものだった。

人間は明かりがないと夜には行動出来ないのだと賢司は痛感した。

頭では行動をしようと思っていても、身体が暗闇に脅えてしまうのだ。


二人は、バルコニーの部屋に陣取ることにした。

海神がどこから来るにしても、明かりが灯っていればそこに向かってくるだろう。現に昨日もそうだったのだから。

バルコニーから外を一人が監視して、室内から廊下にかけてをもう一人が監視すれば、どこから海神が来ても事前に気付くことが出来る。


賢司は由里に指示を出し、由里は忠実に動いた。


枯れたものではない、まだ頑丈な若い枝を集めた。

その枝の先に薄い布や細い藁のような枯れ枝を巻きつけた。そういう枝を何十本ぐらいか作ると、一つずつ、バルコニーの床板の隙間に刺して斜めに突き立てていった。


もっと太い枝も、さらに百本近く集めた。

特に太いものを何本か、ガラス片を使って先を尖らせて槍状にした。物置にあったドライバーのような、金属がついた工具をいくつか、長い箒の柄に取り付けて、槍のようにした。


それよりもう少し細いものや短い枝は、さまざまな長さのまま、両端をしっかりと尖らせ、玄関から階段に至る廊下の壁に、手当たり次第に突き立てていった。

それから、作った槍のいくつかを、すぐに使えるように廊下のところどころの床に置いた。


由里が集めていたものは、枝だけではなかった。

ソフトボール大の、四角っぽくごつごつした石をかき集めて、すべて、バルコニーに積んだ。

力仕事だったが、二人がやらなければならない準備のなかではまだ軽い仕事のほうだった。


続けて賢司は、物置部屋を物色した。

由里の言っていたとおり、武器になりそうなものがたくさんあった。


賢司は頭を働かせた。

色々な道具を使って、ちょっとタチの悪いいたずらをする。

学校にいた頃は、よく辰也とそんなことを企んだものだと思い出して、賢司はふいに泣きたくなった。

だが唇を噛んで、自分で自分の顔に強く平手打ちをくらわせて、涙を抑えた。


賢司は、物置部屋にあるものをほとんど外に持ち出した。

そして、頭を精一杯はたらかせて、それぞれがもっとも武器として効果を発揮しそうな場所に配置することにした。


重量のあるものは階段のてっぺんに置いた。

賢司は、海神を玄関から誘いこもうと考えていた。そうすれば、海神が賢司達のところに来るには階段を使うしかない。

位置エネルギーは最も効率のよい攻撃力だろう。戦いにおいて上に立つものは有利だ。

漫画だかで仕入れたそんな雑学知識も役に立つものだ。そこらのお偉い人達の言葉なんかより、よっぽど生きる役に立つ。


賢司が気になったのは、釣り竿だった。


カーボン製でよくしなる。釣り糸でこれをぴんと引っ張り、角度をつけ玄関のドアの内側に取り付けて、ドアを閉めた。

たいしたことはないだろうが、文字どおり出鼻をくじく役には立つだろう。賢司は、内心でこれを猫だましトラップと名づけておくことにした。


玄関のドアは、窓ガラスを割ったためにぽっかり穴が開いていた。

その穴を、二階の窓からはずしたガラスで塞いだ。


これが海神を防ぐことは期待していなかった。ただ、こうしておけば、海神が入ってくるには玄関を礼儀正しく開けるか、ガラス板を外すしかない。

どちらにしても、入ってきたことははっきりわかるはずだ。


そこまでのことがすべて終わると、賢司は、守りに役立つ一階のガラスはそのままにして、二階にある残りのあらゆるガラスを叩き割り、そのかけらを集めて、玄関から階段までの廊下に撒き散らした。

かすかな明かりでもキラキラと光る、きれいな絨毯を敷いたようになった。


賢司は、自分達が原始人に戻ったのだと実感した。


賢司は、生きたかった。由里を死なせたくなかった。

そのために知恵を絞りきるのだ。

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