20 由里Ⅰ

由里は、紀雄達と別れてからまず、家の周りを歩いてみた。


由里は賢司を信頼していたから、賢司の分担した海のほうはなにも心配していなかった。

ちょっと悪ふざけが過ぎることもあるし、口も悪いが、賢司からは、他の男から感じるような悪意のようなもの、嫌悪感、そういったものを感じたことがない。


それに、賢司は、決断力、行動力も優れている。

学祭まではそれほど賢司を信頼していなかったのだが、学祭での賢司の頑張りは、由里には驚くべきことであって、それ以来彼への評価を変えた。


それ以来、本人に悟られたくはないのだが、賢司のことを悪くない男だと思っている自分がいることに気付いた。


由里は、自分の性格が男に好かれるものではないということぐらい自覚している。

それに、賢司は、一般的な見地でみれば、いい男だと思う。きっともっと素敵な恋人が見つかるだろう。


だから由里は、賢司に好意はもっていても、決してそれを表には出さないことにしていた。

その裏返しで、以前よりもぶつかることが多くなった気がする。

賢司の能力と人柄を信頼しているから、だから逆に厳しい注文を思わずすることが多くなってしまう。

それで本当に賢司を怒らせてしまったりしなければいいのだが。


いまも、賢司に任せておけば向こうは大丈夫だと判断したから、こっちに残った。

そして、家の中は紀雄達に任せ、由里自身は、一行にとってなにより大切なものを探すことにした。


この家のある一角だけは、丈の低い草が茂った空き地になっているが、その周囲は密集した林だ。

林のへりに沿って少し歩いて、足元が湿っているところを見つけた。

湿った草を踏んで、林の中に入っていく。


どういう事態に巻きこまれているのかはわからないが、このまま少なくとも一日をここで過ごすことは間違いなさそうだ。

そうなると、急ぎまず必要なのは水の確保だ。


林の中の地面に、ごろんと岩が突き出していた。その岩の周囲は少し沈んでいて、水溜りになっている。岩のくぼみにも水が溜っている。

地形からして湧き水とはちょっと考えにくい。何日か前の雨水が、日陰で残っていたのだろう。


由里は少しだけほっとした。

寝る場所も、食べ物も、その気になればなんとかなるものだろうが、水が確保出来なかったらたいへんなところだった。


由里は、その雨水のある場所を忘れないように林から出て、こつ然と立っている家を見上げた。

霊感とかそんなものを信じる気はない由里だが、それでもやはりこの家にはなにか気味の悪いものを感じる。

ここで一晩過ごさなければならなくなる可能性が濃厚とは、なんとも苦いものだ。


由里は、進むのをためらう脚に言い聞かせ、家のほうに戻ることにした。

水を汲めるようなものを取ってこないと。

それから、紀雄達では見逃してしまうようなことが家の中にあるといけないから、それも、あとで調べないと。


由里は、出来るだけ色々なことを考えようとしていた。出来るだけ色々なことをしようとしていた。

そうして、気を紛らわそうとしていた。


それでも、得体のしれない不安が身を締める感覚だけは、どうしても消えてくれなかった。

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