165 ベルベットは辣腕コンサルタント

「ちっ、金持ちが見せつけやがって。どうせ悪どいことして稼いだに決まってらぁ。なぁ、黒髪のあんちゃんもそう思うだろ?必死に金稼いでる冒険者を馬鹿にしてるんじゃねぇのか」


「…い、いや、これはギルド長が真っ当な戦利品だそうだぞ?それを皆に見てもらいたかったんじゃないのだろうか」


「へっ、そんなもん見せびらかしてどうするってんだ。お貴族様の考えることはわからねーぜ。だいたい建物に自分の名前を入れるやつは碌でもない奴と相場が決まってんだよ!」


 …ぐぬぬぬ。


 ほぞを噛む黒髪黒目の冒険者、もといトシゾウ。

 迷宮を出てからここまで挫折感を味わうのは初めてのことかもしれない。

 トシゾウギャラリーの素晴らしさがわからないなど、この世界は間違っていると言わざるを得ない。


 ギルドメンバーはおろか、冒険者ギルドに訪れる人間たちもほとんど関心を示さなかった。

 美しく飾られた宝の数々を見て、その輝きに一瞬目を奪われはするのだが、すぐにフンと鼻を鳴らして立ち去ってしまう。


 どうにもこの世界の人間は即物的というか、芸術に対してひねくれているというか。

 宝を鑑賞するだけで満足するという文化がないようだ。

 あるいは、高嶺の花すぎてつまらないと言うことだろうか?


 一部の貴族や富裕層、高レベルの冒険者の中には飾られた宝に興味を示す者もそれなりにいた。

 だがそれは美術館にある芸術を鑑賞するというよりは、店で商品を買い付ける時のような目線であった。

 やれ飾られている宝を購入したいだとか、やれそれをどこで手に入れたのだとかいうことばかり尋ねてくる。


 せっかくレイアウトの一つ一つから気合いを入れて設計したというのに、称賛を得られないのは片手落ちである。

 宝を手に入れるだけで満足していた頃から考えれば面白い発想ができるようになったものだと満足していたのだが、その展示した宝を誰も愛でてくれないのでは意味がない。


 前世の美術館や博物館というものはそれなりに繁盛していたはずだ。

 金を払ってでも訪れる者もたくさんいたように思うのだが、やはり文化的な所で壁があるのだろうか。


 価値のある宝を展示する、前世は美術館のような建物があれば、興味を持った人間たちがわらわらと集まってくると思っていたのだが、どうにも違うらしい。


「かつて城の兵士がシオンを所有する俺のことを羨ましがったように、自分のコレクションを見せつけることでショーケースにへばりついて宝を欲しがる者を見て悦に入りたかったのだが…」


「うん、なんというか、トシゾウはんもゲスなところあるんやな。手に入らん宝を見せつけられても誰も喜ばへんで」


 ぐぬぬ。

 悔しいが言い返すことができない。



 一応、例外もいることはいた。


「おおお、これは三代前の勇者様が愛用したと言われるシャクジョーではないか!? そしてこれはあの伝承に出てくる魔道具か?とてつもない力を感じるぞい…。あぁ、ずっとこの中で生活したいくらいじゃ…!」


「…ダストン、お前は素晴らしい人間だ。実に知的で、先進的で、物事をよくわかっている。そうだ、お前をこのギャラリーの館長に…」


「ひっ。トシゾウ殿、今のは言葉の綾というやつですじゃ。さすがにこれ以上はエリクサーがあっても過労死してしまうゆえ勘弁願いたく…」


 足早に立ち去っていくラ・メイズ宰相、もとい勇者オタク。



 閑古鳥が鳴いている。大合唱だ。…おかしい。


 単に価値ある品を見せびらかせば人が寄ってきて感心したり羨ましがると思っていた。

 そして見物料でギルドの収益にもなると考えていたのだが、どうやら見通しが甘かったらしい。


 別に誰に見られずとも自己満足のためだけにギャラリーを設置していても構わないのだが、ベルに言われた金持ちの道楽という言葉がどうにも心に引っかかった。

 冒険者ギルドの敷地内に建てる以上、一応僅かながらでも収益化をする予定だったのだが…。


「どうやら俺には商才がないらしい。背に腹は代えられんか」


 トシゾウはベルベットを呼び出した。

 その背中には、腕利きのコンサルタントに自分のふんどしを差し出す経営者のような寂しさが宿っていた。


「ベル、このギャラリーで収益を出すにはどうしたら良い。なぜここまで人が来ない」


「いや、そう言われてもなぁ」


 呼び出されたベルベットはどう答えたものかとしばらく腕を組んで唸る。


「…ようわからんけど、トシゾウはんのおった世界では美術館っちゅうやつが流行っとったんやろ?せやけどそれをこの世界の人間でも同じやと考えたらあかへんで。話を聞く限り、トシゾウはんの世界の人間は相当洗練されとるんやな。みんながみんな貴族みたいや」


「貴族か。たしかに…」


 言われてみればそうだったのかもしれないと考えるトシゾウ。


 前世日本の記憶は全て思い出せるわけではないが、この世界の人間よりははるかに良い生活をしていたのは間違いない。

 生活が安定し、宝を愛でる余裕のある者が多かったということだろうか。

 冒険者の質の向上によりこの世界の人間の生活水準は高くなりつつあるが、それでもほとんどの者は生きるだけで精いっぱいということなのかもしれない。


「例えば鍛冶屋が新しい魔法のついた武器を作るときなんかはまずパトロンを探すんや。いくら素材費だけしかかからんいうても、一鍛冶屋やと金が足りへん。今は冒険者が素材を手に入れやすくなったから、冒険者がそのまま素材を持ち込んで依頼することも増えたんやろうけど、冒険者は実用的な武器を求めるから、あんまり冒険はせえへん」


「そうだな」


「トシゾウはんのギャラリーを見たいなんて言う物好きは、いわばそのパトロンになるような人種やろな。新しいものが好きで、それに金や労力をかけようっちゅうもんは少ないけどおる」


「…うむ」


 迷宮の深層から提供される良質の素材があっても、ただ素材があるだけでは良い宝は生まれないということなのだろう。

 より高い水準の宝を求める人間が増えなければ、宝の質は上がらないのだ。

 金持ちの道楽が素晴らしい発明や宝を生むということは往々にして起こり得る。

 馬鹿貴族の唯一の利点と言っても良い。


「あとは話を聞いとって思いついたんやけど、美術館には価値のあるもんを失わないように保存するっちゅう意味もあるんやないか?あとは最新の技術を展示して何かの参考にするとか」


「たしかにその通りだ」


「そういった学術的な価値のあるもんを中心に展示すれば識者層に一定の需要はあるんちゃうかな。まぁ普通に考えてこのままやと万人が喜んで見に来るような性質のもんではないなぁ」


 言われてみれば前世は日本の美術館も、見学料だけではなくもっと他の所からの補助などで運営していたのではなかったか。

 研究目的の入館を無償としていた場所もあったはずだ。

 美術館や博物館に訪れる者も、なんとなく上流階級の雰囲気を漂わせていた気がする。


「つまり単なる見せ物だけで客を得るのは難しいということか」


「そういうことやな。ウチが思うに、客層とニーズに対する認識がズレとるんやないか。そもそも貴族区画ならまだしもここは冒険者区画やからな。まぁトシゾウはんがおるなら別に維持費がかかるわけでもなし、収益化は気にせんでもええんやけどな。それでも人を呼びたいなら、その宝もんをエサにして他の客を釣り上げるなり、冒険者への褒賞にしてやる気を出させるなりするとええんとちゃうか」


「なるほど。さすがベルは優秀だな。この上はエサをばら撒くのもやむを得ないだろう。最初はエサに釣られて来ようが、中には純粋に宝を愛でることの良さに気付く賢者がいるかもしれん。それで具体的にどうする」


「せやなぁ…。まずはエサになる宝を用意して、適当に広告打ってサクラを使って…」


 ブツブツと呟きながら頭のソロバーンを弾き出すベル。

 かくしてトシゾウギャラリーは開館数日にしてコンサルタントのテコ入れを入れることになったのである。

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