165 トシゾウギャラリー
冒険者ギルド トシゾウギャラリー
冒険者ギルドの一角にそのギャラリーは建設された。
その建物を一言で表すならば、ガラスの城だ。
かの水晶宮クリスタルパレスもかくやという荘厳な佇まいは、この世界において無二の輝きを放つ建物となっている。
クリスタルの天井から差し込む光が室内を厳かに照らせば、壁、窓、床に至るまで宝をより美しく見せるための精緻な意匠が凝らされている。
装飾に利用されたステンドグラスや中央に走る広い通路がどことなく西洋の教会を思わせるが、そこに飾られている品々は教会に置いておくには少々物騒で、さらに価値が高すぎる。
壁際に、あるいは通路の中央にバランスよく配置されている無数のクリスタルの中には、トシゾウが迷宮で集めてきた宝の数々が思い思いの輝きを放っていた。
「フム、スバラシイ。ヤハリクリスタルケースハタカラノホゾンニヨイナ」
透明なクリスタルキューブの中に入った宝を満足げに見やる魔物がいた。トシゾウである。
スキル【擬態ノ神】を使用したこの姿ではどうしても滑舌が悪くなる。
現在は最後の展示品であるコンテツという宝刀をクリスタルで覆う最中である。
種 族:クリスタル・キーパー(オーバード・ボックス)
レベル:60()
スキル:【クリスタル精製ノ神】【対物理絶対障壁】(【擬態ノ神】【蒐集ノ神】【無限工房ノ主】)
装 備:主従のミサンガ 不死鳥の尾羽
その見た目はクリスタルでできたゴーレムだ。
人族よりも二回りは大きく、ドワーフのようにずんぐりとした体躯を持つ。
頭の突起に引っかけられたミサンガと尾羽がちょっとしたアクセントだ。
光を反射し神々しく輝く両腕、その指先から透明の液体が流れ出ていく。
澄んだ水のようにも見えるそれは、粘土の高いマグマのようにゆっくりとコンテツの周囲を覆っていく。
その液体はやがて意思を持ったようにコンテツを中心に取り込んだままキューブ状になり、徐々に凝固していった。
トシゾウが擬態する深層の魔物【クリスタル・キーパー】による、クリスタルを精製するスキルだ。
生み出されたクリスタルは本来クリスタル・キーパーを守る強固な盾となるのだが、このように対象を覆うように展開することもできる。
トシゾウのスキルにより生み出されたクリスタルは、本来のクリスタル・キーパーが生み出すクリスタルよりも固く透過性が高い。
そのクリスタルは光のほとんどを透過し、中に閉じ込められた宝の美しさを一切損なうことがない。
陽光をわずかに反射した光がキラキラと瞬き、それがクリスタルの内部にある宝の輝きと合わさることでより美しい輝きを放っている。
さらにこのクリスタルは取り込んだ対象が外部から受ける影響を完全に遮断する強固な盾でもあり、美術品を展示するショーケースとしては最高の素材であると言える。
魔物、もといトシゾウの視界に広がるのはクリスタルに覆われた宝の数々。
氷よりも透明なクリスタルの中で色とりどりに輝く宝の山は、教会のカラフルなステンドグラスも真っ青な神々しいまでの輝きを放っている。
その価値は、もはや衰退した現代の人間の尺度では計れないだろう。
光り輝くその一つ一つがスキル【無限工房】で大切に保管していたトシゾウの戦利品であり、一つ一つが特別な思い入れのある、命の次に大切な存在である。
「良い、素晴らしい」
加工を終え人族の姿に戻っても、目の前に広がる光景に表情が緩んでいくのを感じる。
宝を飾ることの喜び。
無限工房で保存しているだけでも素晴らしい充足感があったものだが、このように一望できるように展示するとまた違った趣があって良いものだ。
「トシゾウはんここにおったんか…ってなんやニヤニヤして気持ち悪いな」
悦に入っているところに現れたのはベルベットだ。
「ベルは口が悪いな。それより見てくれ、ついに完成したんだ。俺はこれをトシゾウギャラリーと名付けようと思う。安直だがこの宝が俺のものであることを端的に示しており、我ながら良いネーミングだと思っている」
「あー、そらおめでとさん。キラッキラでええんとちゃう?」
クリスタルの中に飾り付けられた宝の山を一瞥し、すぐに興味なさげに視線を戻すベル。
…ベルのやつ、実は目が悪いのだろうか。
「なんだ、いつもの大仰なリアクションはどこへ行った。この素晴らしい宝の数々をみて何も思わないのか。もっと他の感想があるだろう」
別に目を$マークにしろとか、ぶっ飛んだリアクションを期待しているわけではない。
ただ普通ならどっひゃーすごいなトシゾウはんこの宝の山はなんなんやー!キンキラキンが唸っとるでえええ!程度の反応はあってしかるべきではないのか。
ベルベットはトシゾウの内心の不満を知ったことではないと半目になる。
「いやー、金持ちの道楽で大げさに喜んでやるんは商談の時だけで充分やで。まぁトシゾウはんにも意外と俗な趣味があったと安心したくらいや」
「いや、そうではなく、もっとこう、この目の前に美しく飾られた宝を見て何か思うところはないのか?どのような美術館も我がギャラリーには敵わないだろう」
「美術館?びじゅつかんってなんや。宝物庫みたいなもんか?いやー、そらたしかにとんでもないお宝ばかりやけど、どれだけの宝でも自分のものになるわけでもないんやし、そんなの見てもしゃーないんちゃう?それやったらまだ露店を漁るほうが有益ちゃうか。逆に何がええんや?」
「む、それはそうかもしれないが。というかこの世界に美術館はないのか…」
それはトシゾウにとって盲点だった。
普通ならすぐに気づいていたはずだが、王城の宝物庫にそれほど興味を惹かれる品がなかったため、それ以降は迷宮の外にある宝を積極的に探すことはしていなかったのだ。
まぁ、それなら我がトシゾウギャラリーを人間世界初の美術館として栄えさせれば良いだろう。
宝を愛でる気持ちは多かれ少なかれ皆持っているはずだ。
「芸術を愛でる心とでも言おうか、宝を見ていると心がザワザワしないか?羨ましいとか、殺してでも奪いたいとか、こう、普通はかぶりつきたくなるものだろう」
「うん、ウチには理解できへん感覚やな」
「そうか、ベルは残念だな」
まったく、心の底から残念な奴だ。
ベルは商業において比類ない才を持つ。
だがそれゆえに金(コル)に目が眩んで宝の何たるかを理解できていないようだ。
金で買えない価値がある。買えないものは奪い取れ。
前世の偉人の言葉である。誰の言葉かは思い出せないが概ねそんな言葉だった。
「いいかベル、世の中カネが全てではないのだ。もっと多様な価値観を持つべきだ」
「いや、それはわかっとるけどな。しかし実際問題、やっぱりゲンナマが一番っちゅーか、宝もんを見せられても何コルになるかで考えてしまうなぁ」
「…そうか。宝の良さがわからんとはもったいないことだ。まぁ商人とはそういうものなのかもしれんな。仕方ない、他のギルドメンバーを連れて来るか」
トシゾウギャラリーに展示された品々は、間違いなく一級品ぞろいである。
トシゾウはその価値を周りの者に見せつけるべく、ギルドマスター権限でギルドメンバーを招集した。
「はぁ?宝もんを飾り付けるだけだと?まだまだ建てなきゃいけない建物がごまんとあるのに、そんなしょうもない建物を優先させたのか。ワシはてっきり並べた商品を販売するのかと思っとったぞ。お貴族様じゃあるまいし、そんなもん建てるなら先に酒蔵を建てて欲しいわい」
フンッと鼻を鳴らして去っていくドワイト。だが酒蔵は建てんぞ。
「ほう、さすがは閣下の秘蔵の品だけあって、どの展示品からも只ならぬ気配を感じます」
「そうだろうそうだろう。コウエンは二人と違って目が肥えているようだ。素晴らしい」
「して、これらの品がどうかしたのですか?」
「…ほら、なんというか、見ているとワクワクしてこないか?あの剣なんてどうだ、サイトゥーンからもらったものだ。他にもいろいろあるぞ、どうだ見て回りたくて仕方ないだろう」
「ワクワクですか。コンテツを持つ勇者と手合わせができるのならば気が昂るかと思いますが、武器だけを見てもそれほどには…。い、いえ、爪型の武器ならば…」
どこか歯切れ悪く言葉を返すコウエン。
好ましい態度だが求めている答えではない。
パワハラ上司の圧力に嫌々同調する部下のような、なんとも寒い空気が流れる。
もっとこう、ギラギラしたやつはいないものか。
「キラキラして綺麗です。一つでも売ればギルドの皆がずっと生活できそうです」
「う、うむ。副ギルド長として自覚があるのは良いことだ。だが売らんぞ」
「はい、ありがとうございます!」
意外に所帯じみているというか、貧しい環境で暮らしてきたシオンもトシゾウの意を得ることはできないようである。
所帯じみたシオンもかわいい。だが求めていた回答ではなかった。本物の宝とは売り買いや生活とはまた別の、高次にある存在なのだ。
「そんなもん見ても腹は膨れないからね。あたしゃ料理ができればそれで良いのさ」
エルダは料理で忙しいからと不参加だった。
飯を作るためと言われればやむをえん。
…。
まだだ。一般の冒険者にこのギャラリーを見せれば、あまりの素晴らしさに腰を抜かすに違いない。
暗雲立ち込める中、トシゾウはトシゾウギャラリーの一般公開に踏み切った。
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