136 依頼書の束は誠意と趨勢を語る
シオンは俺にとって特別な宝だ。
その価値は常に変化し、魅力を増していく。
シオンは俺が初めて所有した人間だ。
所有した時は今ほどの価値を感じていなかった。
価値は主観的なものだ。俺の心次第で変化していく。
俺が魔物として生まれた時、最初に手に入れた粗末な石の槍。
その槍を今でも大切に無限工房に保管しているように。
あるいは冒険者ギルドへ登録に訪れている者たちの中からも、将来俺にとって価値ある存在になる者がいるのかもしれない。
もっとも、原石は加工の過程で痛み割れることもある。
それは宝を宝たらしめるために必要な試練であり、避けることのできない通過儀礼だ。
ゆえに博愛主義者の真似事をする気など微塵もないが、人間は自らを磨くためのチャンスを等しく与えられるべきである。
「トシゾウはんとしーちゃんが昼間から良くわからない空気を醸しとる。そういうのは部屋でやらなみんな気まずなるから気をつけや」
ふざけたことを言いつつ顔を出したのはベルだ。
ベルに話しかけられたことで、朧げに頭を巡っていた思考が霧散していく。
食堂では他のギルドメンバーもチラホラ食事をしているのだが、俺とシオンの会話に遠慮なく入ってくることは少ない。
「ベルは残念だな」
「いやいや、ウチ何も悪いことしとらへんで。残念ちゃうで。なぁエルちゃん」
「アタシにわかるわけないさね。ベルベットもなにか食べるかい?」
「あ、じゃあウチもトシゾウはんのと同じもの頼むわ。お腹と背中がくっつきそうや」
「あんたも良く働いているからね。量はシオンちゃんと同じくらいで良いかい?」
「いや、さすがにそれは無理やろ。その肉の塊見てるだけでお腹が張ってくるわ。しーちゃんはダイエットに苦しむ乙女の敵やな」
シオンの前の皿に盛られた一キロはありそうな肉の塊を見て呆れ顔のベル。
ベルが加わったことで賑やかさを増した食堂で俺たちは食事を続ける。
話題は、ベルの主導で行われた商人向けの説明会についてだ。
「トシゾウはん、依頼がガッポガッポやで」
ベルが親指と人差し指で輪っかを作りながら笑った。
テーブルの上には分厚い紙束が積み上げられている。
共通の書式に書き込まれた内容は、素材の収集依頼であったり、近場の特殊区画の定期討伐依頼などだ。
この全てが商会や領地などからの依頼であるらしい。かなりの量だ。
依頼主、素材の売買などでギルドと関わることになる商人への説明会はベルに一任していた。
ベルは何度も俺に価値を示している。この手の交渉なら、俺よりもよほど上手くやるだろうと考えたためだ。
その結果が今テーブルの上に積み上げられた依頼書の山というわけだ。
食べ物がつかないように別のテーブルに置かれたその紙束は、カバーを付ければそのまま辞書が数冊作れそうだ。
初回でもあるため緊急性の低いものだけを優先的に受け付けたらしい。それでもこの量か。
「ベルさん、それが全て依頼なのですか?まるでラ・メイズ全ての依頼が集まっているようです」
シオンもその依頼の量に目を丸くしている。
「せやでしーちゃん。目端の利く商人はちょっとでもギルドに恩を売っておくつもりのようやな。こちらに敵対的な商人や貴族以外は依頼を持って来とる。それも割のええ仕事が多いあたり、ええ心がけやな。どこの誰がどれくらいの“誠意”を出して来とるかウチはしっかり覚えとるで」
「さ、さすがベルさんです」
ニカリと笑うベル。良い笑顔だ。
軽く引いているシオンもかわいいな。
「うむ、良くやった。ベルは頼りになるな。このまま進めろ」
「はいなおおきに。まぁこんだけ条件が揃とったら誰がやってもそんなに変わらへんやろけどな。商品の横流しだけで儲けとる商会を全滅させる勢いや」
「うむ、今後素材の仲介はほぼすべてギルドが行うことになるだろう。それ以外に付加価値を付けられない、価値を横取りするだけの商人など俺の目的のためには必要ない。行商人か冒険者に転職してもらうことになるな。とりあえずこれで初日から依頼が不足することはなさそうだな」
「甘いでトシゾウはん。広報誌もばら撒いとるし、商業班の方では実績のある冒険者向けの事前登録も始めとるんやけど、そういえばまだ人数を報告してなかったんやったな」
「そんなに登録希望者が多いのか。予想以上だな。その辺りはすでに商業班に一任していたからな。簡単に説明してくれ」
「了解や。ただ、見てもろた方が早いかもしれへんな。トシゾウはん、ここ数日は準備で冒険者ギルドから外に出てへんやろ?」
「うむ。しかしギルドのオープンは明日だ。外に出れば何がわかるというのだ?」
「それは出てからのお楽しみやな。できればラ・メイズの全てを見渡せる場所がおもしろいんやけど、今は城壁も取っ払っとるから仕方あらへんな」
「そうか、なら息抜きも兼ねて散歩でもしてみるか…空を」
「「空?」」
俺の言葉に首を傾げるベルとシオン。
何かの例えだとでも思っているのだろうか。
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