135 俺のやることは変わらない
冒険者たちが解散していく。
俺は今日の説明会に確かな手ごたえを感じていた。
「ご主人様、みんなすごいやる気になっていました。心臓がたくさん動いていたし、目の動きも速くなっていました」
「トシゾウはんは相変わらず説明が上手やな。ホントに魔物とは思えへんわ。…トシゾウはんの説明は聞いとったな?次からはあんたらが説明するんや。しっかりメモしときや」
「はい!」
参加者たちと一緒に話を聞いていた商業班のメンバーたちが良い返事をする。
ベルも他の班長たちと同じく人の扱いに長けている。俺は楽ができる。良いことだ。
「それでは解散だ。全員いつもの仕事に戻れ」
「トシゾウの旦那、ちょいと相談事があるんだが」
広場から人がはけていく。
俺も次の用事にかかるかと考えていた時、後ろから呼び止められた。
「ドルフか。お前は動かなくてよいのか?たしか国庫が寂しいとか言っていただろう」
「ははは、俺は難しいことは苦手なんだよ。こういうことは優秀な副官に丸投げするに限るぜ。小うるさいビクターは目を金のマークにして走り去っていったからあいつに任せておけば良い」
そう言って豪快に笑うのは人族軍団長のドルフだ。
いつも隣で文句を言っているビクターはいない。
ドルフの言う通り、金策へ走っているのだろう。
「ふむ、優秀な所有物、部下を持つと楽で良いものだな。それで何か用か?」
「ああ、さっきの話なんだが、宝物庫を開くから、兵士たちにその【邪神の天秤】を使ってもらうことはできねぇか? 」
「却下だ。城の宝物庫の宝は悪くない対価だが、それだけでは不足だな」
「つれねぇな。国とギルドは協力関係だろう。兵士が強くなれば新たな特殊区画の開放や、人間全体の力の底上げにもつながる。そうすれば旦那の求める宝も手に入りやすくなるんじゃねぇか?」
「ドルフは良く俺の目的を理解しているようだな。だが答えは同じだ。特別扱いはしない。どうしてもと言うのなら、兵士を冒険者ギルドに登録させ、個人の力で条件を達成させろ。そうすれば使用を認める」
「そうか。駄目なら仕方ねぇ。だが兵士を冒険者ギルドに登録ってのは良さそうだ。検討するから、そうなったらよろしく頼むわ」
「うむ、冒険者ギルドは迷宮へ潜る全ての人間を支援する。ドルフ、お前には価値がある。軍団長なんかやってないでお前も迷宮へ潜れ」
「ははは、旦那に認めてもらえるとなんでこんなに良い気分になるのかね。ひよっこの兵士どもがもちっとマシになったらそうさせてもらうぜ」
「そうか、それなら見込みのあるものをギルドに連れて来ると良い。戦闘班と合同訓練をすれば互いに得るものもあるだろう」
「おう、そりゃ面白れぇ提案だな」
少々の打ち合わせの後、ドルフは後ろ手を上げながら帰っていった。
【邪神の天秤】によって強化された兵士による迷宮の攻略。
ドルフの提案は悪いものではなかったが、今回は却下だ。
俺は【邪神の天秤】を、一部の“本当に見込みのある者”にしか使わないと決めていた。
【邪神の天秤】でレベルアップをするならば、それに見合った瘴気をあらかじめ吸収する必要がある。
瘴気は魔物の素材からでも集めることができるため、俺ならば実質無限に人間を強化することができる。
だが無制限の強化は迷宮主から止めてほしいと言われているし、俺にもそのつもりはない。
地力のない者をいくら強化しても、行きつく先は知れている。
確かに一時的に迷宮の攻略が進み、多くの宝が溢れるようになるかもしれないが、それが続くことはないだろう。
結局のところ、人間も魔物も己の力で修羅場を乗り越えてこそ本物としての価値が高まるのだ。
【邪神の天秤】によるブーストは強力だが、あくまでも補助にすぎない。
下地があってこそ装飾は輝くのだ。
価値ある宝がみな違う輝きを放つように。
それは付加価値を貼り付けた程度で左右できるような軽さではないのである。
☆
「オークの肉炒め定食あがったよ。熱いうちに食いな。シオンちゃんは山盛りだったね」
「おお、今日も美味そうだ」
「はい!エルダさんの料理は本当に美味しいです」
「そりゃ年季が入ってるからね。まだまだそこらの若いもんには負けないよ」
説明会から準備を進めること数日。
オープンが明日に迫った昼下がり、俺とシオンは食堂で少し遅めの食事をしていた。
人族の身体は腹も減れば疲れもする。
料理班長エルダの食事はいつも安定して美味く、俺の楽しみの一つとなっている。
ここ数日は高名な冒険者や王族などを招いて依頼やランクについての細かい調整を進めていたため、ギルドの会議室からほとんど出ていなかった。
ようやくオープン前日までに調整を終え、ギルドの代表と副代表である俺とシオンはひとまず仕事を終わらせた形となる。
ギルドメンバーはすごい勢いで増員され、初期メンバーの能力も高まりつつある。
全て丸投げしたかったが、発案者の俺でなければ詰められないルールも存在したため、それなりに働いていた。
面倒なことには違いないが、それも宝を手に入れるための行動だと考えれば苦にならない。
俺の第一目的は人間を強くし、迷宮で手に入る宝の質を上げること。
今では他にも目的が増えつつあるが、最初の目的は迷宮を出た時から変わらない。
「あとはオープンを待つのみだな。まさか魔物となってから会議に明け暮れる日が訪れるとは思っていなかった。わからないものだな」
「はい。私も拾い屋をしていた時がすごい昔のように思います。片腕で、お腹も減って、迷賊に捕まって…、ご主人様に出会わなかったらと思うと時々怖くなることがあります」
「そうか」
「でも、今はあの時とは違います。もし昔の私に会えるなら、もう少しがんばれば幸せになれるって教えてあげたいです。昔の私のような人を、なるべく助けてあげたいです」
「…そうか、シオンは優しいな」
シオンと二人、ゆっくりと過去を振り返る。
今にして思えば、俺はずいぶんと長い時を迷宮で生きてきたのだと思う。
もちろん、そのことを後悔しているわけではない。
宝を求める闘争と蒐集の日々。そこには満足があった。
だが迷宮を出たことで、それ以外の楽しみを知ったのも事実だ。
観光、食事などいくつか思いつくものはあるが、その中でも特筆するべきは、やはり人間というものの存在についてだろう。
人間はみな磨けば光る、価値ある原石だ。
シオンを知り、コレットを知り、ギルドメンバーを知り、それぞれの生き様に触れてきた。
俺は今、明確に人間に価値を見出している。
最初にラ・メイズに訪れた時、多くの者が挑戦の機会を奪われ死んでいくことを知り、もったいないと思った。
全ての人間がチャンスを与えられ、迷宮に潜る世界にするために人間の世界を変革することを決めた。
それはまだ道半ばで、今ですらその世界の輪郭がおぼろげに見えてきただけにすぎない。
それでも、俺は俺の行いに確かな満足感を感じていた。
そして、その満足感を俺の所有物と共有できれば、それは素晴らしいことなのではないかとも思う。思えるようになった。
「俺は人間臭くなったと思うか?」
シオンに訪ねる。
「?ご主人様はご主人様です。良い匂いです。…ええと、問題ないと思います」
シオンはキョトンと小首を傾げる。かわいい。
俺への無条件の信頼が伝わってくる。
「そうか。そうだな」
シオンが問題ないというのならば、それは問題ないのだろう。
価値ある人間を育て、それ以外の宝も集め続けよう。すべては俺の欲のために。
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