129 当たり前の搾取は終わる

「ま、待ってくれ、質問だ。【依頼掲示板】には誰でも依頼できるというのはどういうことだ」


 参加者の一人が驚いたように質問する。


「言葉通りの意味だ。今までは商会ごとにバラバラに依頼を出していたのだろう。それでは確認するだけで面倒だし、どうしても商会の言い値になったり、手間が発生するからな。すべての者が少額の手数料を払うことで依頼を出せるようにし、冒険者ギルドで依頼を一元管理しようと考えている」


「なるほど。そうすれば大量の依頼を一度で確認できるし、条件が明らかであるため質の悪い依頼は自動で弾かれるようになるわけか」


「理解が早くて助かる。それに問題を起こした利用者はギルドの依頼から除外する予定だ。そうすることで安心して依頼を受けられるようになり、面倒なもめ事も減るだろう」


「依頼が出せることそのものが信用になるということか。…だが、その条件で依頼は集まるのか?」


 早い話が、冒険者ギルドが各商会の依頼を取りまとめるということのようだ。

 冒険者はわざわざ商会を回って依頼を探さずとも、冒険者ギルドに来れば良くなる。

 しかし冒険者からすれば助かるが、依頼を出す側からすれば面白くないのではないだろうか。


「ふむ、良い質問だ。王女サティアをはじめ、有力者や一部の大商人については依頼をこちらに回すようにすでに交渉済みだ。このシステムの利点が広がれば、今後も依頼は増えていくだろう。万が一依頼が集まらなかった場合は、無理に冒険者ギルドの依頼を待つ必要などない。冒険者に不利益はない」


「なるほど。それならこれは余計な心配になってしまうのだが…、依頼を出す側にメリットが少ないのではないか」


「そこでランクの話になる。冒険者ギルドに出された依頼は、その難易度に合わせてランクを設定する。そのランクに満たない冒険者は依頼を受けることができない。そうすることで依頼の達成率を上げることができるだろう。依頼者側も、冒険者ギルドに依頼を出すだけで受注者を募れるから手間がかからない。適正な価格というのもわかるしな。まっとうな依頼を出そうと思う者にとって、これ以上楽な仕組みはないだろう」


「たしかに…。依頼者とのトラブルによる金の不払いや、無茶な依頼で冒険者が命を落とすことは日常茶飯事だった。それが減るのは大きい。…だが依頼の難易度判定は誰がする。相当に難しいのではないか」


「もちろんだ。冒険者ギルドを中心に、優秀な冒険者たちにも意見を求めながら基準を作っていくことになる。一応の基準はすでに用意してあるが、実際は運用しながら調整していくことになるだろう」


「なるほど、理解した」


 誰でも依頼を出すことができる【依頼掲示板】。

 それだけ聞けば、なぜ今までその仕組みがなかったのかと考えるかもしれないが…。


 話が長くなるため一言で言うなら、がめつい商人と貴族の仕業であった。

 商人や貴族は横のつながりが強く、商業ギルドとして結託し、冒険者から搾取を繰り返していた。


 冒険者は社会を維持するためには必須の職業でありながら、数々の策略によって今日まで弱い立場に立たされてきたのだ。

 国や冒険者にもそれを是正しようという動きはあったのだが…、結局ゼニを持っとるもんが強いんやとはベルの談である。


 ともあれ、ゼニの面でも超越した宝箱が改革を推し進める以上、それが是正されるのは時間の問題だと言える。


 参加者たちはこれまで冒険者ギルドと聞いても、ちょっと変わった商会のようなものをイメージしていたのかもしれないが、それは誤りだ。



「では次だが、【素材売買所】についての説明は不要だな。依頼に出ていない素材についても、需要があればギルドが一定額で引き取ろう。また、ポーションなどの販売も行っている。オープンしたらぜひ利用してほしい」


 参加者からの質問はない。トシゾウは話を続ける。


「ランクについての説明に戻る。二つ目のランク、俺へ…ギルドへの貢献度が高い者には、冒険者ギルドのサービスを利用する時に特典が付く。いわゆるお得意様の割引サービスだな。あとは一定のランクに達した者しか利用できない特別なサービスがある。それはこの後説明する。二つ目のランクはギルドの依頼を達成したり、特別な貢献が認められた場合に上がる。ぜひ挑戦してくれ」


「すごいです。偉くなったらお金もお得になるです。ビップなのですぅ」


 カルストは例によってセリカの言うことを聞き流しつつ、トシゾウの話に感心していた。


 これまでの依頼でも、何度か同じ依頼をこなすうちに報酬を上げてくれたりした依頼主はいる。冒険者ギルドのランクによる特典もそれと本質的には同じものだ。

 その基準を明確にすることで透明性を確保し、冒険者間の競争を促すということなのだろう。


 透明性を確保しているといっても、ランク昇格の条件に冒険者ギルドへの特別な貢献が盛り込まれているところがミソだ。

 その気になれば優先度の高い依頼をランク昇格の条件とすることで受注させることも可能だろう。ギルドは依頼がはけてホクホク、冒険者はランクが上がってホクホクだ。

 もちろんそれを受ける受けないは冒険者次第だが、実によく考えられていると言える。


 冒険者ギルドのランクが冒険者の価値を示す指標になる日も近いのかもしれないな。


 カルストは内心で舌を巻いた。

 ここまでの話の半分でも、すでに冒険者ギルドの繁栄は約束されているようなものだ。

 だがまだまだこの程度ではないのだろう。


 説明をするトシゾウと、その脇でフォローするシオン。そしてその横で静かに微笑んでいるのはベルベットだ。

 一見すれば美しい赤髪の美女。その微笑みには一分の隙もない。

 だがカルストはベルベットのあの表情をよく知っていた。


 そして案の定、この後の説明で参加者一同はさらなる驚愕の嵐に巻き込まれることになる。

 カルストは“冒険者ギルドのオープン初日に必ず訪れる”と頭の中のメモ帳に太い文字で書きこんだのだった。



「…俺はお前たち冒険者のことを気に入っている。お前たちが迷宮の主役だ。ここまで説明を聞けば、今まで冒険者の足元を見てきた者たちがどうなるかわかるな?働きにはそれに見合った対価が与えられるべきだ。それでこそ、この世に価値ある宝が増えていく。そう思わないか?」


 昼の休憩に入る直前。トシゾウの言葉が、カルストの耳にやけに鮮明に残った。


「ご主人様、話が逸れています」


「む、いかん、つい。シオンは優秀だな。以上で大まかな説明を終了する。食堂で食事をしたら、最後のサービスについて説明をして、あとは解散だ」


 トシゾウは改めて参加者一同を見渡し去っていった。

 どこからともなく現れた女性が参加者たちを食堂に案内する。


「シオン様もすごいけど、トシゾウ様もすごいですぅ」


「…そうだな」


 カルストは神を信じないが、トシゾウを敵に回した者たちに合掌せずにはいられなかった。

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