130 最高のサービスは最高の冒険者に

「外に出てくれ。最後に、冒険者ギルドに所属する者の目標としてもらいたい最高のサービスについて説明しよう」


 食事休憩を取った後、トシゾウはそう言ってカルストたちを冒険者ギルド前の広場の一画に案内した。

 柔らかい土の地面が広がっているこの場所は、説明によるとギルドの訓練所らしい。

 訓練所では初心者に戦い方や迷宮での注意点を教えたり、自由に鍛錬できる場所として開放するそうだ。


「最高のサービス、か。ここまでの内容でも充分に驚かされたが、さすがと言うべきか、やはりと言うべきか。知恵ある魔物にとってはまだ序の口に過ぎなかったようだ」


 半ば呆れたように呟くカルスト。


 初心者向けの訓練所、資料室、闘技場、病院、保険、雑魚寝部屋、食堂、売店、取引所、無限倉庫、修理所、パーティマッチングサービスetc…


 つらつらと説明されたそれらは、説明会へ参加した者たちの脳みそをかき回した。


 食堂や取引所といった、聞き慣れているはずなのになぜか魔改造されたもの。

 保険、無限倉庫など、そもそも説明されないと意味が理解できないなにか。


 それらの説明がようやく頭の中で整理されてきたところに特大のおかわりが追加されるという。


「正直なところ、すでに腹いっぱいなのだがな」


「たくさん食べたからお腹いっぱいですぅ」


「違う。お前と一緒にするな」


「えぇ、同意しただけなのになぜかししょーに馬鹿にされたですぅ…」


「その腹に詰め込む食事の半分でもいいから脳みそにもスペースを用意しておけ。いいか?つまり冒険者ギルドは…」


 冒険者ギルドでまず目を引くのは数々のサービスだろう。

 冒険者ギルド一つがあれば、冒険者の活動に必要な仕事の大半を、冒険者ギルドと迷宮の往復で満たせるようになる。


 これまでは素材を売るなら商人を訪ね、装備が痛めば鍛冶屋に持ち込み、傷を負えば病院に行く必要があった。

 当たり前のことで考えたことがなかったが、気付いてみれば無駄の多い話だ。

 カネも手間も無駄にかかっていた。

 その全てを一か所で済ませられればどれだけ効率的か考えるまでもない。


 あまりやりすぎて既存の有用な人材が職に困らないように配慮するという心配りも素晴らしい。

 宿に泊まる金もない駆け出しのための雑魚寝部屋に、簡易修理だけの修理サービスというのは実にバランス感覚に優れている。

 冒険者が困っている痒いところに手を伸ばしつつも、掻きすぎて肌に傷がつかないように工夫しているとでも言おうか。


 さらに適正な取引によって冒険者が安心して迷宮に挑めるように配慮し、国を巻き込んでの…冒険者の本来の悲願である深層への…さらにさらに…



「うわ、またししょーの面倒くさいスイッチが入っちゃったですぅ。つまりはお得でらくちんになったってことですぅ…いたい、いたいですぅ」


 間違っていないのだが、自分がしきりに感心していることを“お得でらくちん”の一言で済まされたことが釈然としない。おまけに面倒くさいとはなんだ。これは冒険者にとっては重要なことなのである。

 だが説教臭かったと言われれば否定できない。カルストの悪いクセである。

 いろいろと言いたいことはあったが、カルストはとりあえずセリカにデコピンをしておいた。


 二人の冒険者の漫才はトシゾウがどこからか魔道具を取り出すまで続いた。



「みな揃っているな」


 手に黒色の天秤を携えたトシゾウが口を開く。

 全員の視線がトシゾウに、いや、トシゾウの持つ黒色の天秤に吸い込まれる。

 それは不思議な天秤だった。


 魔物を倒した時に立ち昇る瘴気を凝縮したかのようなその天秤は、夏の陽の光が降り注ぐ屋外においても禍々しい気配を放ち続けていた。

 その天秤の周りだけ空間が歪んでいるようにも見える。黒く、得体の知れないナニか。

 光をほとんど反射しないその天秤は、黒色というよりは、闇色と表現すべきなのかもしれない。

 無神論者のカルストですら、その天秤は神が作ったものだと言われれば信じてしまいそうだった。


 トシゾウの手にある天秤から目を離せないカルスト。他の参加者たちも同様だ。


「それでは最後に冒険者ギルドの持つ力の証明と、ランクを上げた冒険者のみに適用される最高の報酬について話しておこう」


 ザワリ


 参加者たちが色めき立つ。


 ここまでの説明をした者が言う最高の報酬。

 それが気にならない者はいない。


 ここに集まっているのは当世最高の冒険者たち。

 トシゾウの話す説明はまさに自分たちへ向けてのものなのだ。

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