100 遠征軍は半壊する

「魔物から煙が出ていないですわ…っ!?、総員散開!」


 最初に違和感に気付いたコレットが指示を飛ばす。


 遠征軍はゆるみかけた気を引き締め、指示に従ってテンペスト・サーペントから距離を取る。

 しかし僅かに遅かった。


 GYUAAAAAAAA!!!


「なに、まだ頭が残っていたのか!?いったいどこから…ギャアアアアア!」


 地面から突然現れた巨大な口に、数名の兵士がまとめて丸呑みにされる。


 口が閉じられる直前、兵士たちが赤い光に包まれた。

 【不死鳥の尾羽】が発動し、致命的なダメージを防いだのだ。


 だが、丸呑みされた事実は変わらない。

 不死鳥の尾羽の効果が切れた時、兵士たちはそのまま命を失うことになるだろう。


 兵士たちを飲み込んだのはテンペスト・サーペントの尾についていた頭部だ。

 本命を泥の中に沈め、機を伺っていたらしい。


 コレットは唇を噛みしめながら頭を回転させる。

 これは明らかな異常事態。4つ目の頭部の存在など、文献では語られていない。


 文献を妄信していたわけではなかったが、事態が上手く運び、油断が生じていたのも事実だ。

 枝分かれしていない頭部は、先ほどシオンたちが分断した頭部に比べて三倍の大きさがある。


 明らかにこの頭が本命。テンペスト・サーペントの本体だ。


 テンペスト・サーペントは、すでに遠征団を脅威として認識している。

 ゆえに時間はもらえない。遠征軍が散開を追えるまでに、最後の頭が口を開く。


「ブレスですわ!退避を…!」


 全ては刹那の出来事。

 コレットの指示は間に合わない。

 泥の足場に阻まれ、シオンも一瞬で本体まで戻るのは不可能だ。


 テンペスト・サーペントからブレスが放たれる。


 吐き出されたのは“黒色”のブレス。

 その性質は文献に語り継がれる【黒死の雨】と同質のものだ。


「う、ゴホゴホッ!」


 コレットの視界が黒一色に染まる。遅れて見えたのは赤色の輝き。

 【不死鳥の尾羽】だ。輝く羽が遠征軍に訪れる死を、わずかばかり引き延ばしている。


 黒色のブレスは遠征軍に絡みつくように停滞している。

 この赤色の輝きが失われた時が、遠征軍の終わりだ。


 全員が必死に距離を取ろうとするが、ブレスの範囲は絶望的なまでに広い。


 テンペスト・サーペントは遠征軍の死を確信した。

 細い目をさらに細め、長い舌を震わせる。


 まるで懺悔の時間を与えられているかのような、いくばくかの猶予の時間。


 コレットは悔やむ。

 ふがいない。なんと情けないことか。

 自責の念に押し潰されそうになる。

 自分に力があれば、もっと備えをしていれば。


「…いえ、今私がすべきことは、後悔ではありませんわね。…トシゾウ様」


「そうだな、後悔は後でいくらでもできる。反省し、次に繋げろ。俺の役に立てるよう、その価値を高めろ」


「はい、トシゾウ様。あなた様の力が必要ですわ。後を頼みます」


 コレットの身に着けた髪飾りが、不死鳥の尾羽をしのぐほどの赤色の輝きを放つ。


 遠征軍だけの力で特殊区画を開放することはできなかった。

 だがコレットは揺らがない。奇跡を願う必要はない。


 ただ現状を冷静に判断し、最善の判断をする。

 すべてはレインベルを守るために。

 コレットはすでにトシゾウに魂まで捧げているのだ。



 俺は満足している。コレットは役に立つ。


 コレットと遠征軍は、俺に人間の可能性と輝きを見せてくれた。素晴らしい。

 テンペスト・サーペントを倒しきれなかったことは残念だが、やむを得ない理由もある。


 【蒐集ノ神】発動。


 種 族:テンペスト・サーペント

 レベル:25

 スキル:万病ノ吐息 泥ノ大波

 装 備:邪神の欠片

 状 態:邪神の眷属


 邪神の眷属、か。

 どうも、また邪神がヤンチャをしているらしい。

 そんなに俺に奪われたいのだろうか。


 俺がスタンピードの時に邪神と会話したことで、目を付けられたのかもしれない。

 とはいえこの程度の魔物では、俺はおろかシオンを倒すこともできないのだが、それくらい邪神もわかっているはず。考えが読めないな。


 ただ、俺にとって雑魚とはいえ、遠征軍には厳しい相手だろう。

 このボスの力は明らかに15層の力を超えている。


 泥の津波に、強力なブレス。

 そして尾についた頭部を温存する知恵。


 そこに特殊区画の異常さを加えれば、深層の魔物に迫るほどの強さがあると言える。


 ある意味では、俺が参加したことで遠征軍にとばっちりを与えてしまった。

 災難だったな。謝る気はないが。


 迷宮で理不尽な目にあうことは当たり前のことである。


 窮地を何度も潜り抜けてこそ、人間は磨かれていく。

 理不尽に備えることが、迷宮で長生きするコツだ。


 その意味では、コレットは備えを怠らなかった。


 俺に自らを捧げ、理不尽への備えとした。

 ならば予定通り、俺の力で遠征軍から死者を出さず、特殊区画を開放する。これで問題ない。


「トシゾウ様、あなた様の力が必要ですわ。後を頼みます」


「コレット、俺は満足している。お前が払った対価にふさわしい働きを見せよう。また遠征軍の働きに敬意を払い、その極致を見せてやる」


 蹂躙の開始だ。

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