99 テンペスト・サーペント

 青黒い体表、濡れたように光るのは鱗だ。

 異様な巨体、沼から出ている部分だけでも、その体長は白竜を超える。

 丸太よりもはるかに太い首が三本。

 それぞれが巨大なヘビの頭部へとつながり、頭はそれぞれが意志を持つようにうごめく。


 【常雨の湿地】のボス、テンペスト・サーペントは、招かれざる客を滅ぼそうと機を伺う。


 六つの黄色い瞳が遠征軍を睨みつける。

 だが、その瞳に怯えるような遠征軍ではない。


 テンペスト・サーペントがこちらを睨んでいる間にも、遠征軍は粛々と迎撃用意を整えていく。


「白竜よりも大きいです。顔がたくさんあります」


「ほう、こいつがボスというわけか。的がでかいのは弓で狙いやすくて良い」


「がはは、斧の振るい甲斐がありそうだわい」


「ヘビ肉か。食いでがありそうだ」


「かの白竜に比べ、なんと迫力に劣ることか。芸も事前にわかっていれば恐れるに足りん」


 平常心を保つリーダーたちを見て、遠征軍の兵たちも落ち着きを保つ。


 戦闘開始だ。


「テンペスト・サーペントの次の特殊攻撃までには時間がありますわ。総員、作戦通り火力の集中を!ドワグル!ルシア!」


「よく狙えよお前ら!外したらメシ抜きだ!」


「おう!」


「総員、矢と魔力の残量は考えなくてよい。全力で放て!」


「はい!」


 先手を取ったのは遠征軍だ。コレットの指示に従い、ドワーフが斧を投擲し、エルフの矢が雨のように降り注ぐ。


 テンペスト・サーペントは回避をしない。

 ドワーフの斧が鱗の一部を弾き飛ばし、柔らかい肉を露出させる。

 あらわになった弱点に、エルフの放った矢が次々と突き刺さった。


 SIGIIIIIIIIIII!!!


 忌々し気に咆哮するテンペスト・サーペント。

 自慢の鱗を剥がされたことに腹を立てているのか。


「ドワーフの投げ斧が鱗払いにしかならんとは。呆れた硬さだわい」


「ち、浅いか。どうやら肉もそれなりに硬いらしいな。矢では決定打にかける」


 ドワーフとエルフのコンビネーションによる攻撃は、テンペスト・サーペントに矢傷を負わせたが、致命傷にはほど遠い。


 GYUAAAAAAAAAAAA


 遠距離攻撃が途切れたことを好機と思ったか。

 テンペスト・サーペントは首をもたげて遠征軍を飲み込もうと動き出した。


 巨大な三ツ口が遠征軍を食い殺そうと迫るが…。


「今だ、広げろ!」


 人族の兵士と冒険者が、テンペスト・サーペントに特製の網を投げつける。

 レインベル領で漁に用いられる投網を改造したものだ。


 愚直に突進してきたテンペスト・サーペントに網が絡まり、その動きを阻害する。

 兵士と冒険者は網を握ったまま、全力でテンペスト・サーペントを押しとどめようとした。


「ぐ、引きずられるか」


 兵士たちの力は階層推奨レベルを超えているが、それでもテンペスト・サーペントの圧倒的な巨体の前に、その突進の勢いを弱めることで精いっぱいだ。


 このままでは本体が押し潰されるのは時間の問題。しかし…。


「すべて想定通りですわ」


 コレットは余裕ある表情を崩さない。


 足場を作り、動きを鈍らせた。ならばあとは、彼らがやってくれる。


 彼女の大切な親友と、遠征軍随一のスピードを持つ部隊が動いているのだ。



 かゆい。


 遠征軍に迫りながら、テンペスト・サーペントは体中を何かが走り回るような違和感に動きを鈍らせる。

 首を回転させ、違和感の正体を探った。


 右の頭が見たものは、中央の首へ駆け上がる白銀の閃光。


「大きな足場があると動きやすいです…やぁっ!」


 シオンは両手に装備した祖白竜の短剣をテンペスト・サーペントの首に深々と突き刺し、丸ノコギリのように回転する。


 ブシャッ


 SIGI,IIII…


 まるで缶切りでフタを切るように、首の外周に切れ目が入る。

 吹き出る血しぶきが空中に青い円を描く。


 テンペスト・サーペントの頭部が、その意思とは関係なく横に傾き、そのまま転がり落ちていく。

 中央の首と頭がシオンによって分断された。



 沼に転がり落ちた頭が最後に見たものは、左右の首へ駆け上がる獣人たち。


「シオン殿のようにはいかないが、矢の足場があれば!」


「ははは!本当に化け物だな、シオンとか言うやつは」


 コウエンとゴルオンも、両手に装備した爪をテンペスト・サーペントの身体に突き刺し、矢を足場にして首を駆け上がる。

 二人は同時に右頭と首の付け根に到達する。


「コウエン、合わせろ」


「無論だ」


 二人の獣人は、まるで一つの生き物のように完璧なタイミングで掌底を繰り出した。

 首の付け根を挟み込むように繰り出された掌底が、テンペスト・サーペントの頭を揺らす。


 SI…GYAAAAAAAAA


 波のように力が伝播していく。だが…。


 たいした衝撃だが、それだけか。


 テンペスト・サーペントは嗤う。

 どうやら自分を脅かすほどの威力ではないらしい。

 二人の力ない獣人を飲み込もうと口を開けるが…。


 ドバンッ


 直後に首の中心で発生した衝撃波に耐えることができず、口を開いたまま弾け飛んだ。


 シオンの攻撃のような鋭い切り口ではない。

 無理やり肉を引きちぎったかのように歪な断面が覗いている。


 二人の繰り出した掌底は、そのエネルギーを体内で炸裂させ、内部から破壊する獣人の技である。


 それを一流の獣人が左右から挟み込むように放つとどうなるか。

 通常ならば敵の反対側から逃げていくはずのエネルギーすら、行き場を失い体内で炸裂することになる。


 掌底の反動を利用して離脱し、回転しながら着地するコウエンとゴルオン。

 その動きは最後まで乱れることはない。

 この結果は、初めからわかっていたことだ。



 テンペスト・サーペントに残されたのは左の頭のみ。だがそれも…。


「うおぉぉぉ!」


 冒険者ギルドの戦闘班を含めた獣人のパーティが、最後の首に群がる。

 彼らは一人一人の自力ではシオンたちに劣るが、それを補うだけの数と連携を持つ。


 SIGYAAAAAAAA!!!


 狂乱したように首を振り回すテンペスト・サーペント。

 何人もの獣人が弾き飛ばされるが、それでも少なくない数の獣人が頭の付け根に到達した。


 手にした爪を、剣を首に突き刺す。弾き飛ばされても再度飛びかかる。

 まるでヤスリで木を削るかのように、ジワジワと傷を広げていく。

 やがて最後の首が半ばから千切れ、力なく垂れさがった。


 圧倒的な手数を利用した攻撃。

 それは力のない人間が圧倒的な強者を倒すときに用いる、伝統的な攻撃手段だ。


 巨大な魔物を倒せるのは英雄だけではない。

 数と連携を活かした攻撃こそが、人間の真骨頂なのだ。


 崩れ落ち、動きを止めるテンペスト・サーペント。

 歓声を上げる遠征軍。


 【常雨の湿地】は解放された――かに思えた。

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