48 エルダとドワイト 冒険者ギルドは歩き出す
100人を4つの班に割り振った。
料理班、製作班、戦闘班、商業班だ。
いま一番仕事をこなしているのは料理班。冒険者ギルドの胃袋を担う。
「よし、野菜を入れな。それと塩を一つまみ追加だ。みんな腹減らしてんだから手早くやるよ!」
冒険者ギルド中央。
巨大な鍋が火にかけられ、ぐつぐつと音を立てる。
ゴロゴロとした芋。大ぶりにカットされたオーク肉。
ラ・メイズ近郊で収穫された野菜たちが沸き立つ泡に合わせて踊る。
鍋から立ち上る湯気。素朴だが食欲をそそる香りが広がる。
迷宮低階層の魔物、トレントからドロップした木材を加工したテーブル。
その上に同じくトレントから作った木匙と椀が並ぶ。燃えている薪もトレント製だ。
前世で見たことがあるな。芋煮会とかいうイベントに似ている。
ラ・メイズは人族の中心。メインゲートを擁する迷宮都市だ。
迷宮から産出される素材を中心に、周辺都市から輸入される商品や、小規模ながら他種族からの交易品などで生活している。
輸入品の多くは香辛料や酒類などの嗜好品だ。
庶民は、もっぱら迷宮の低階層から産出される素材に頼って生活している。
オークの皮と肉、トレントの木材、アイアンゴーレムの鉄…。
庶民の生活に貢献している魔物たちは多い。
深層へ挑む冒険者はめっきり減ったが、逆に低階層は専門のパーティが効率よく巡回し、素材を回収している。
「そろそろ煮えるよ。椀を持って一列に並びな。そこ、順番を守れないなら飯抜きだよ!」
鍋の前、威勢の良い声で指示を飛ばしているのはエルダ。
ギルドメンバーの胃袋を掴む料理班の班長だ。
ラ・メイズの外縁部にある工房区で、職人たち相手に腕を振るっていたらしい。
白い割烹着を着こなし、ものすごい速度で椀に汁をよそっていく。
あれで汁がまったく飛び散らないのだから、もはや職人技と言ってもいい。
他にも料理の腕を持つギルドメンバーがいたが、調理を進めるうちにいつのまにかエルダが実権を握っていた。
一瞬で完成する上下関係。
もはや逆転することはなさそうだ。俺はエルダを料理班の班長に任命した。
「腹いっぱい食ってしっかり働け、っていうあんたの言葉が気に入ったよ。ギルドメンバーの腹は任せときな!」
バンバンと背中を叩かれる。遠慮のない態度は新鮮で好ましい。
それに実に頼りがいがある。素晴らしい。
肝っ玉かあちゃん、食堂のおばちゃん、どちらで呼ぶべきかとトシゾウは考えた。
前世の忍者アニメに出てくるキャラに似ていたので、名前を忘れたら食堂のおばちゃんと呼ぶことにする。
「よし、お前ら休憩だ。飯にするぞ!…おい馬鹿野郎、道具を放り出す奴があるか!」
飯ができたと聞いて一目散に駆けだした少年に勢いよくゲンコツが振り下ろされた。少年は頭を押さえて蹲る。
「道具は命だ!道具を大切にできない奴は、いつまでたっても半人前だ。飯を食う前にまず道具を手入れしろ!俺が確認する。まずは磨くだけで良い。手入れがなってないやつはメシ抜きだ!」
エルダに勝るとも劣らぬ大声を張り上げるのはドワイト。製作班の班長だ。
絵に描いたようなドワーフの男性で、小柄で筋肉質、髭面。炭鉱夫の服を着せたらよく似合うだろう。
オヤジだ、うむ、名前を忘れたらオヤジと呼べば通じるだろう。
しかし調理はともかく食材を用意したのは俺なのだが…。
飯抜きを当然のように脅し文句にするとは、二人とも人を使い慣れているようだ。
とりあえず力仕事ができる者を製作班として一まとめにし、今日の寝床の設営を指示した。
仮の寝床が出来上がり次第、本格的な冒険者ギルドの建築へ移ってもらうことになるだろう。
製作班にも資材を渡して放り出したのだが、いつの間にやらドワイトが指示を飛ばしていた。
職人の世界は奥が深いなーとトシゾウは思った。
料理を作るエルダと、鍛冶、建設など製作ができるドワイト。彼らは職人だ。
トシゾウは職人を好ましく感じる。職人は宝を生み出すからだ。
冒険者から宝を奪う自分が、今は何かを生み出す指示をしている。
人間は強い。きっかけさえ与えてやれば、何もない広場に食事とテントが並ぶ。
100人の人間が動き回る様子を見て、トシゾウは不思議な気持ちになったのだった。
「なんじゃ、酒はないのか」
芋煮汁と水を手渡され、酒がないことにしょんぼりとするドワイト。
オヤジの髭が情けなく垂れる。不覚、だがかわいい。
水は魔石で供給した。
普通は井戸を利用する。冒険者区画の井戸はスタンピードで破損しないように、マンホールのように蓋ができる変わった井戸だ。
迷宮は決まった入口からしか繋がらないので、穴を掘っても迷宮には潜れない。
「寝床の設営が終わったら特別に一杯だけ飲ませてやる。次からは自分の給料で買え」
「本当か!?おいお前ら!仕事終わりにボスが全員に酒を振る舞ってくれるそうだ!早く飯食って仕事に戻るぞ!」
製作班から歓声が上がる。
ドワイトは喜び勇んで飯を掻き込み、一番乗りで仕事に戻っていく。
いつの間にやら全員に酒を驕ることになっていた。
仕事終わりにということは、今日中に100人分の寝床を設営し切るつもりらしい。半分は野宿になるかと考えていたのだが。
酒を飲ませるだけで仕事が早くなって、ギルドメンバーが喜ぶのなら安いものか。ここはドワイトに担がれてやろう。
俺は宝を集めることが好きだが、所有物を磨くことにも無上の喜びを感じる。
厳密には、ギルドメンバー全員が俺の所有物というわけではない。しかし自分が立ち上げた組織で、俺はギルドマスターだ。
将来のためにもギルドメンバーを甘やかす気はないが、ギルドマスターとして気を配ってやるくらいは良いだろう。
「みんな生き生きとしていてすごいです。とてもさっきまで奴隷や拾い屋をしていたとは思えません」
「うむ。人間の強さだな。良いことだ」
「普通こうはならないと思います。みなご主人様の優しさと、力強さを感じ取っているんだと思います」
さすがご主人様です。と尊敬の眼差しで俺を見上げてくるシオン。
紫のグラデーションがかかった瞳がどことなく熱っぽい。
スッキリしたばかりだというのに、グラりとくる。
嬉しいことを言ってくれる。それを嬉しいと感じられるのは、良いことだろう。
「ご、ご主人様!?んう」
ごまかすようにシオンを抱き寄せ、強引にモフる。白い髪をぐしゃぐしゃと撫で、尻尾を手ですく。
「シオン、お前は俺の右腕、副ギルドマスターだ。これからも俺の役に立つ所有物でいろ」
「は、はいご主人様。がんばります…。」
シオンは俺の腕の中で大人しくなる。
所有物が俺を誘惑するなど3日早い。スッキリした俺は一味違うのだ。
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