49 ベル 冒険者ギルドは動き出す

 なんだかんだとゴタゴタしつつも冒険者ギルドの初日は終わり、次の朝が来る。


 良い匂いで目を覚ます。


 エルダ率いる料理班が早起きして朝食を用意していた。

 ふかし芋と黒パン。メイズ・ダックの卵焼きに特殊区画産の野菜盛り。

 一通りの栄養を摂取できる、予算を抑えた食事だ。


 素朴で良い味だ。ギルドメンバーも美味そうに食べている。

 風見鶏の寄木亭で出されたような高級料理とは、また違った良さがある。


 食事はバイキング形式だ。

 大人数の食事を短時間で用意する時の定番だな。

 まとめて調理できる汁物か、今日のようなバイキング形式がしばらく続くことになるだろう。

 起きた者から自由に食事を始め、班ごとに仕事に取り掛かることになる。



 昨日で最低限の食と住の目途はついた。次は商売と戦闘だな。


「ベルベット、お前に商業班の班長を命じる。冒険者ギルドの財布の紐を預ける。重要な仕事だ。今は食材の買い出し程度だが、どこまで仕事が広がるかはお前次第だ」


「ベルでええで、トシゾウはん。ワクワクすること言うてくれるやんか。有言実行、黙って部下に任せてくれる上司は貴重や!やりがいのある仕事や。最高の仕事をしたるさかい、大船に乗ったつもりでウチに任せとき!」


 前世は関西の地方で耳にした、独特の話し方をするのはベルベット。ベルでいいか。

 奴隷商館で娼婦の服装をさせられていた女性だ。


 娼婦として売りに出されていただけあって、愛嬌がありながらも整った顔立ちをしている。

 燃えるような赤い髪が美しい。長い髪を編み込んだ髪型が、より一層ベルの魅力を引き立てている。アイシャには及ばないがスタイルも良い。

 奴隷になる前はそこそこの商会のそこそこの地位にいたらしい。詳しくは忘れた。


「うむ、任せた。ベルは美人だな」


「ありがとさん。トシゾウはんかっこええし、たまにやったら夜の相手をしたってもええで。色仕掛けで出世街道まっしぐらや!」


「ありがたい話だ。だが俺が重用するかどうかは、俺の役に立つかどうかで決める。欲望を発散する相手は他にもいるから、出世したいなら商売班長として励め」


「あはは、トシゾウはんは素直やな。ウチは使えるもんはなんでも使うけど、自分の椅子は実力で手に入れて見せるで」


「期待している。ではベル、これを売却して、食料と雑貨を買えるだけ買ってこい。他に必要なものがあればギルドメンバーの要望を聞き、お前の判断で調達しろ。併せて帳簿を付け、管理しろ」


「了解や。商業班の教育もバッチリ進めるで…って、トシゾウはん。これ、ひょっとして竜玉ちゃうか…?」


「そうだ。45階層の風竜の竜玉だな。不足か?」


「い、いやいやいや。これ、貴族の宝物庫のど真ん中に飾ってあるレベルの逸品やで。こんなんそこらで売るわけにはいかへん」


「そうか、ベルには荷が重かったか。では金貨を渡そう」


「ちょっと待ちぃ!無理やとは言うてへんで。ええやろ、その挑戦受けたるわ。せやけどこれは下手したら商売相手に襲われかねへん。誰か荒事に向いたやつ貸してくれへんか?」


「挑戦?…ふむ、それならシオンを連れていけ。風竜に止めを刺したのはシオンだ。ついでに商売のいろはを教えてやってくれ」


「シオンって、副ギルドマスターのお嬢ちゃんか!?なんや、トシゾウはんのオキニってだけかと思いきや、お嬢ちゃんも魔物やったんやな」


「いや、シオンは白狼種の獣人だ。そこらの奴に負けないことは保証する。安心して行ってこい。あぁ、もし相手がケンカを売ってきたら買っても良いぞ。根こそぎ略奪しろ。収入があればベルの実績だ」


「規格外とは思とったけど、ほんまたいがいやな…」



「ご主人様、副ギルドマスターとしてがんばってきます!」


 耳をピコピコさせ、ふんすと気合いの入ったシオンが、ベルと他の商業班を連れて出かけていく。


 ギルドメンバーには全員に不死鳥の尾羽を渡している。

 何かあっても即死はしないし、二度目があってもシオンが阻むだろう。

 勇者でも連れてこない限りはシオンに勝てない。


 俺の所有物となったギルドメンバーには、俺のスキル【無限工房ノ主】の一部を貸し与え、権限に応じて必要なものを収納、取り出しできるようにしている。


 ベルは無限工房を使えるため、買い出しだけなら商業班全員で行く必要はないのだが、教育も兼ねての配置だ。


 ギルドメンバー全員が無限工房を共有できたわけではない。

 無限工房を貸し与えるには、相手がある程度こちらに臣従している必要があるようだ。

 できるできないは相性の問題と説明している。嘘ではない。


 ギルドメンバー全員が表向き懸命に働いているのは、俺が全員に給与を支払い、働きに応じて奴隷から解放することを約束しているというのも大きい。


 奴隷から解放されることばかり考える者は、俺への忠誠心が薄く、無限工房を使えないのだ。


 もっとも、それは悪いことではない。

 人間にはそれぞれ事情がある。だからこその人間であり、それゆえに人間に価値があると言える。

 人間は自由を与えてこそ、価値のある輝きを放つのだ。


 俺は無限工房を使える使えないで差別する気はない。

 それによって役に立たなくなるのならば区別するが。今のところは問題ない。


 いずれはギルドメンバー全員が無限工房を共有できれば良いと考えつつ、俺は次の人事を行うことにした。

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