14 宝箱は宿を探す

 食事が終わった後は、気の向くまま冒険者区画を巡った。


 色とりどりのテントと、そこに並べられたり吊るされたりしている様々な商品。

 魔物由来の食品をはじめとして、迷宮の特殊な区画に自生する植物や茸類、魔物を倒したときに生じる魔石やドロップ品、あるいはそれらを加工した装飾品など。


 ただ通りを歩いているだけでもそれなりに目を引くものも多かった。


 何度か、冒険者区画にあるあらゆる商品をまとめて奪い去りたい衝動に駆られたが、それをすれば将来的に得られる宝が減ることは理解しているので我慢する。


 代わりにシオンの強化に必要そうなアイテムや、雑貨類などを多めに買い込んだ。

 無限工房の中にあるもので十二分に足りるのだが、何かを手に入れないとストレスが溜まりそうだったのだ。


 食べ物や雑貨の屋台を巡ったことで、おおよその相場も把握できたのも収穫だ。


「すいません、トシゾウ様…」


 買い与えられるばかりの現状に恐縮しているのか、シオンは申し訳なさそうにしている。


 耳と尻尾がヘニャリとなっている。かわいい。

 しょげた様子になんとなくシロを思い出す。


 ペット枠だと思えば擬態による性衝動も抑えられるかもしれないな。


「かまわない。俺は迷宮の外の事情に疎いので、シオンが横にいて役に立っている。それでも足りないと思うのなら、より俺の役に立てるように励め」


「はい、がんばります」


 シオンの尻尾が少し元気になる。実にわかりやすい。


「さて、日も暮れてきた。そろそろ宿を探すか」


 シオンはもちろん、俺も人間に擬態しているので睡眠が必要になる。

 野宿でも問題はないのだが、どうせなら宿を利用してみたいし、質の良い睡眠を取りたい。


「シオン、このあたりに宿はあるか?」


「はい、あるにはあるのですが…。トシゾウ様がお休みになる場所としては、相応しくないかもしれません」


「いや、俺は魔物だぞ。ずっと迷宮の中にいたわけだし、相応しいも相応しくないもないと思うが」


「あ、あの、主である方に、自分が利用するような粗末な宿をおすすめするわけにはいきません。ただ冒険者区画となると…」


 シオンの俺への評価がいまいちわからんな。


 どうやらシオンにとって、主というのは特別な意味を持つらしい。


 命の恩人とはいえ、魔物は本来なら敵対する存在のはずだ。


 俺としても、シオンの働きにそれほど期待していたわけではない。

 最低限の役割さえこなしてくれれば十分だと考えていたのだが…。


 シオンは口だけでなく、行動と態度で俺への臣従を示してくる。


 白狼種や獣人全体に共通した考えなのか、あるいはシオンのこだわりなのか。

 それは不明だが、まぁ悪いことではないだろう。


 シオンによると、冒険者区画にある宿は、冒険者向けの安宿ばかりらしい。

 地面に布や藁を敷いて仕切り板をしただけの寝床がほとんどなのだとか。


 しっかりとした造りの宿に泊まるには、少なくとも内壁から出ないといけないらしい。


「シオンは今までどこに泊まっていたのだ?」


「私はその、さっきの拾い屋の皆さんのいたところで、そのまま寝ていました。安宿も料金がかかりますし、一人だと危ないので」


 なるほど。

 獣人の少女が冒険者たちに交じって一人で安宿に泊まるよりは、野宿とはいえ、同じ境遇の仲間がいる場所の方が安全というわけか。


 とはいえ、あそこには風呂はもちろん、水を使えそうな場所もなかった。

 魔石は高価なものらしいし、どこかの井戸でも使うのだろうか。


「ふむ。せっかくだ。どうせなら良い宿に泊まってみるか。さっきすれ違った冒険者達が、いつか泊まりたいと話していた宿があったな。貴族区画にある【風見鶏の寄木亭】だったか?そこに行こう」


 別に冒険者区画の安宿でも良いのだが、他の区画にも行ってみたかったので丁度良いだろう。


「風見鶏の寄木亭はお金持ちの人達にしか泊まれない宿です。料金も高いですし、私たちの外見では、その…」


 ドレスコードのようなものでもあるのか。格式の高い宿なのだろう。


「貴族でないと泊まれないのか?」


「いえ、裕福な商人やトップクラスの冒険者なら宿泊できると聞いたことがあります。獣人も人族が同伴なら宿泊が許されるはずです」


「それなら問題ないな。よし決めた、そこにしよう」


「は、はい」


 どこかオドオドして不安そうなシオンだが、俺の指示に従い貴族区画へ向けて歩き出す。


 私なんかが…、と自信なさげな心の声が聞こえてくるようだった。

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