13 宝箱は串焼きを買う
「シオン、この地面についている蓋はなんだ」
「そ、それは井戸です」
「井戸。こっちの小さな穴もか?」
「えぇと、そっちのは…」
歩きながら気になったことをシオンに尋ねていく。
目的の屋台にはすぐ到着した。
網の上で旨そうな串肉が焼かれている。
垂れる肉汁が炭の上に落ち、ジュウジュウと食欲をそそる音を立てる。
「その肉をよこせ」
「らっしゃい!串焼き一本1コルだ」
手際よく肉を焼いていたヒゲ面の店主が、俺へ向けて手を突き出してくる。
1コル?なんのことだ。
説明を求めてシオンを見る。
「あ、あのすいませんトシゾウ様。私、お金を持っていなくて、その…」
俺が顔を向けたことをどう解釈したのか、シオンが申し訳なさそうな顔をする。
あぁ、そうか。人族から物を手に入れるには、対価として硬貨を渡すのだった。
世界が違うとはいえ、前世の俺は普通に買い物をしていたはずだが、魔物暮らしが長すぎて人の常識を忘れがちだ。
「なんだい兄ちゃん、小さな女の子に払わせる気か?男なら銅貨一枚くらい気前よく出してやりな」
なるほど、銅貨一枚で1コルか。
俺は懐に手を入れ、銅貨が二種類存在することに気づいた。
大きいのと小さいのがある。
まぁどちらも腐るほどあるし、とりあえず大きいほうを渡せば良いか。
「これで良いか?」
俺は懐から銅貨を取り出し、店主に渡した。
「おう。10コルだな。2本でいいか?」
「うむ」
「はいよ。これが釣りだ」
店主は串焼き2本と、小さな銅貨を8枚渡してきた。
大きな銅貨が10コルで、小さな銅貨が1コルか。
他の硬貨についても、何コルになるのかシオンに聞いておく必要があるな。
トシゾウは銅貨以外にも銀貨や金貨、他にも変わった種類の硬貨を大量に持っていた。
迷宮内で冒険者や商人から奪ったものだ。
意外なことに、ほとんどの冒険者は金を持って迷宮に潜る。
金貨や銀貨を一枚だけ懐に忍ばせておく者も多い。
硬貨は重くかさばるし、ポーションのように使えるわけでもない。
だが迷宮内で他の冒険者に助けを求めるときや、アイテムや素材のやり取りをするときに役に立つのだ。
緊急でポーションが必要になった時、思わぬ収穫でアイテムを持ちきれないとき、そういったときに他の冒険者に金を渡して力を貸してもらうのだ。
当然割高にはなるが、命には代えられないということだろう。
「ほら、食え」
俺は店主から受け取った串焼きをシオンに渡す。
「頂いてもよろしいのですか?」
「もちろんだ。所有物の管理は持ち主の仕事だ。衣食住について遠慮する必要はない」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
シオンは串焼きを受け取ってもすぐに食べずにちらちらとこちらを見ていたが、俺が串焼きにかぶりつくのを見て自分も食べだした。
肉は鑑定によるとオークの肉のようだ。
味も前世で良く食べていた豚肉に似ていて、決して高価なものではない。
肉は焼き立てだが、味付けなどは最小限だ。
それでも…。
「旨いな」
思えば、食事をするのは前世以来だ。
宝箱の魔物である俺に食事は不要だった。
だからなのか、何の変哲もない肉がやたらと美味く感じる。
「はい。美味しいです。こんなに美味しいものは久しぶりに食べました。こんなに美味しい食べものを、本当にありがとうございます」
シオンは小さい口ではぐはぐと肉をほおばっている。
白い尻尾が激しく揺れている。
大げさな反応だなと思ったが、シオンは迷族に捕まっていたのだ。
エリクサーで改善したとはいえ、一時は飢餓状態だった。
本当に喜んでいるのだろう。
腐るほど余っている銅貨でシオンが喜ぶのなら、割の良い取引だったと言える。
串焼きはそれなりに大きく、子供なら一本も食べれば十分に腹が膨れるサイズだ。
だがシオンは獣人の例に漏れず良く食べるようで、その後も何件かの屋台で買い食いをすることになった。
俺も久しぶりの食事で食欲があったので問題ない。
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