北の大地に春が行く
タツキ
第1話 夜の明ける町
海の向こうが薄暗くなってきた。あと三十分もすれば日の出を迎えるだろう。吐息は白く色づくが、日の出の早さが春の近づきを仄かに感じさせる。それでも未だ集落の家々は雪に埋もれている。
ボクとギトは海岸沿いの
春が近づいてきたとはいえ、未だ三月の初め。冬の早朝に起床する物好きな老人など、この集落にはいないようだ。
海岸沿いに佇むボクたちだけがこの小さな社会共同体を制したような感覚に吸われた気がしたその時、ギトがボクに寄りかかってきた。
「寒いな…。」
ギトが呟いた。ボクが言語化するには厨二臭いことを考え鳥肌を立て微かに身震いしたのを気付いたのだろうか。勘違いをさせてしまったが、まあいいだろう。やっぱり優しいな。
不意に今此処にいる理由を思い出した。
「神渡りはまだかな…?」
ボクの問いにギトはボクの肩に腕をまわし、頭を撫でながら答えてくれた。
「もうすぐだ。」
ギトの声は少し息巻いていた。
この地で春になる直前に凍った海が割れる時に轟音を奏でる『神渡り』。昔から神が春を連れてやって来ると考えられていた。半世紀前まではこの集落の皆や隣町の地主なんかも来てその瞬間を待ったものだが、今日は二人。昨年祖父が亡くなり、今年はボクとギトの二人だけ。
ただ待っている。未だ寒さに閉ざされたこの集落に、自分自身のもとに暖かい春が来ることを。
さっきからずっとボクの頭を撫でるため肩にかけていたギトの鍛えられた太い腕に一瞬力の入ったと思った。刹那、地鳴りのような未だに聞き馴れることのない海と大地の呻き声が轟いた。
氷の張る海を見つめるギトの眼が大地の力を愛惜しむような、いつもボクを見るときの優しい目つきとはまた違う優しさをもった眼を輝かせた。そんなギトの表情に戸惑ったが、いつの間にか声が出ていた。
「ギト…。」
ボクは少し身体をギトの方に寄せた。
「嗚呼、春が来るぞ。」
ギトの身体が少し熱くなった気がした。
#登場人物紹介 vol.1#
ボク
推定年齢十二歳
背はそこそこ高いが、瘦せ型。
幼い頃に両親を亡くしている。
ギトを兄同然に慕い好いている。
隣町の児童数三十名の小学校に通い、成績はそこそこらしい。
基本インドア派。
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