ほんまにくだらん話やな!?

春槻航真

第1話、このカルパスってさ、つまみ?おやつ?

「なあ、くだらない話していい?」


 やたらと真面目な顔をして尋ねてきた哲哉あきやに対して、花奈かなはうっと少し仰け反って身構えてしまった。くだんないと言う割には声も顔も真剣そのもので、何か重大で深刻な話を聞かされるのではないかと思ったからだ。なんとなく、空気がピリピリとしてきた気がした。


「え、ええけど……何?」


 唾を少し飲み込み、恐る恐る答えた花奈に対して、哲哉はやたらの深刻そうな声でこう言った。


「このカルパスってさ、お肉?おやつ?どっちだと思う?」

「ほんまにくだらん話やなそれ」


 思わず突っ込んでしまった。さっきまでの真剣な眼差しはどこかへ消え、いつものふんわりとした空気が流れ始めた。花奈からしたら拍子抜けもいいとこだったが、哲哉は表情1つ変えずにこう続けた。


「いやでも気にならね?これ、おやつとしてもいけるし、でも肉っぽいだろ?」

「いやまあ、確かに微妙なラインやけどさあ……」

「だろだろ??」


 沢山の言いたいことを胸の内にしまって、花奈はこのくだらない話に乗っかることにした。ひきつる頬や無理してる目を悟られないよう必死だった。


「あれちゃう?今、私(あたし)ら酒のあてとしてこれ食っとるやろ?」

「そうだな。ビールによく合う」

「発泡酒やけどねこれ」


 そう言いつつ花奈は持っていたカルパスを口にして、発泡酒ビールを煽った。残り半分くらいの量だったから、全部飲み干してやった。


「相変わらず豪快だな」

「そんなことないわ!ええやん缶かん一気飲みしたわけでもないねんから」

「それは人間じゃない。化け物」


 そう言って哲哉はいつも通りチビチビと発泡酒を飲んでいた。


「話戻すけど、つまみなんやったらこれは肉なんちゃうん?ほら、生ハムとかれっきとした肉やん。お菓子って、あんまつまみにならんイメージあるわ」

「そうか?ポテトチップスとか結構つまみの定番じゃね?」

「え?ポテチで酒飲むん?」

「割と普通だぞ」

「うそー信じられへんわ!」


 花奈は2本目の発泡酒を冷蔵庫から取り出しつつ、哲哉の話に乗っかっていった。


「あんなんで何飲むんよ」

「普通にビールとかだろ」

「いやあ、味濃いし無理やわ。絶対それお金ないからしゃーなしでうて満足してるんやで」

「完全に花奈の主観じゃねえかそれww」


 手を叩きながら陽気に笑う哲哉。花奈はそんな彼を見ながら彼の対面に再び腰を下ろした。


「まあポテトチップス以外にも、例えばチョコレートとワインとかあるだろ?」

「あー確かにそれはありそうやね」

「だからそれは一概には言えないんじゃね?」

「うーん、納得いかんけどなあ」

「花奈はお肉派なの?」


 哲哉の近くにカルパスの袋がどんどんと溜まっていっていた。哲哉はまるでカルパスしか食べていないんじゃないかと疑うくらいに手を伸ばしていた。ちょっとはその左手に持ってるビールも飲めやと、花奈は思っていた。


「まあお肉派かな」


 少し時間を開けて花奈は答えた。


「なんで?」

「なんでっつうか、なんか直感的に。ほら、おやつのコーナーにカルパスって売られてへんやん。大体つまみんとこあるやろ?」

「確かに……でも駄菓子屋とかカルパス売ってなかったか?」

「駄菓子屋行ったことないから知らんわー」


 この言葉に、哲哉はまるで自分の聞こえてきたものを疑っているかのごとく驚いていた。


「行ったことないの?」

「ないわ。私んとこの地元にそんなん無かったし」

「嘘だろ?田舎民なのに」

「あんた関西のこと田舎や言うんやめーや。悪いけど私の地元はお菓子買うんならその辺のスーパーとかコンビニ行っとったわ。お菓子売ってる商店街のお店とかも、スーパーのお菓子売り場でっかくしたみたいな感じで駄菓子屋感ゼロやったし」

「玉出?」


 哲哉は久し振りに発泡酒を口元に近づけていた。


「どっちかっていうと関スパやな」

「関スパってなに?」

「関西スーパー。関西では有名やで」

「知らないな、そんなロートルな名前。こっちだったら……」

「それローカルやろ??」


 花奈は即座に突っ込んだ。


「ロートルてなんやねん。それならむしろ駄菓子の方がよっぽどロートル感あるわ」


 それを哲哉は尊敬の眼差しで見ていた。


「な、なんやあんたそんな変な顔して」

「いや、関西人だなあと」

「いやいやどこが?どこでそんなこと思ったん?」

「突っ込みの速さ」

「しゃーないやんあんたがボケるんが悪いんやで!!」


 花奈は少し恥ずかしくなってまたぐびっと酒を煽った。


「で?話戻すと、駄菓子にカルパスってあったんやな?」

「そうそう。でもなんか、こんなに味濃かった記憶ないなあ」


 哲哉は袋に入ったままのカルパスを掌に転がしていた。


「その辺は子どもやから味薄めにしてたんちゃう?」

「いや、本来はおやつで、味薄かったらつまみとして成立しないから味濃いタイプができたんじゃね?」

「ほーあんたはあくまでもおやつ派やねんな」

「そりゃな。子供の頃から食べてきたあれが肉とは認めたくない」

「ならまあ、人それぞれってことでよくない?私はカルパスは肉やと思(おも)てて、あんたはカルパスはおやつやと思(おも)てる。その齟齬の原因は子ども時代に食べてきたか否か。これですっきりやろ?」

「いいや!そんなことではいけない!」


 哲哉は今日1番の大声で否決してきた。これには流石の花奈も理由を聞きたくなった。


「なんでや?」

「だってこれから、俺はどうやってこいつと向き合ったらいいの?」

「こいつって、カルパス?」

「そう!これまでそこら辺の駄菓子と同じ扱いだったものが、実は高級ステーキや黒毛和牛と同じ分類だったなんて、そんな下剋上されてしまっては大変だわ」

「いや何が大変やねん!なんなんそのアホな下剋上」


 哲哉は真剣な顔で続けた。


「いやだってこれは、例えるなら昨日までチープな魚代表だったイカが、いきなり雲丹の仲間になるようなものだろ?」

「ちゃうちゃうそれはちゃう!物変わっとるやんけ!」

「それくらいの衝撃があるってことだよ俺にとっては!」

「あんたにとっての肉はどれだけ高価なものやねん……そもそもおやつやって高いものは高いやろ?お肉も外国産とか安いし」

「高いおやつ!?例えば、なに?」

「ほらあれやん、モロゾフのチョコレートとかめっちゃ高いで!」

「そこはゴディバだろこの関西人!」

「ええやんけ別に!!私はモロゾフの方が好きなんや!!」


 こんなことを言い合っていたが、お互いゴディバのチョコレートなど食べたことはなく、花奈が一度モロゾフのチョコレートを食べたことがあるだけだった。


「そもそもの疑問なんだけどさ」


 哲哉はカルパスの小分けの袋を両端持ってぐるぐる回しながら新たな議題を打ち出してきた。


「このカルパスって、なんの肉が使われてんの?」

「知らんわ」


 花奈は反射的にそう答えた。


「あれちゃう?挽肉とかちゃうん?」

「挽肉かあ……」

「その商品にはなんて書いてるん?裏になんか表示あるやろ?」


 花奈ははそう言ってベットと机の間に乱雑に置かれていたカルパスの袋を指差した。花奈からしたらそんな意図はなかったのだが、指差すと同時に哲哉が立ってそれを取りに行った。


「あーごめんね。取りに行かせてもうて」

「大丈夫大丈夫。えーと、材料は鶏肉、豚脂肪、豚肉、でん粉、麦芽糖、食塩……」

「いや全部読まんでええよ。そっか豚肉と鶏肉かあ……豚脂肪って何?」


 哲哉は首を横に振りながらそのまま冷蔵庫へと向かった。


「豚の脂肪じゃね?文字通り。あ、追加でビールいる?」

「あーほんまごめんな」

「大丈夫大丈夫。それよりどう?」


 追加の発泡酒を貰いながら、花奈は今持ってる缶をぐびっと飲みきっていた。


「どうって、肉かおやつかって?」

「そうそう」

「そりゃあんた、肉やろ。だって肉使っとるんやで??」

「いやでも待て、肉使ってたらおやつじゃなくて肉なのかと言ったらそれは早計だろ?」

「いやいや、肉原料なら肉やろ」

「さては花奈、肉に対する認識が甘いな?」


 は?という呆れた顔で、花奈は哲哉の顔を見た。


「肉というのは我々みたいな貧乏人にとって神々しき食べ物なんだぞ?毎日毎日必死に生き抜いて、その玉のご褒美としてありつける。辛い日々に光る一筋の希望!我々を照らす一縷の望み!それが肉!それこそが肉なんだよ!」

「……さてはあんた酔ってきてんな?」

「酔ってない!いたって平常だ」


 そう言いながら哲哉は発泡酒をぐびっと飲んでいた。


「そのあんたの基準が世間一般とずれてるんやって。そもそも肉の定義は動物の肉が使用されてることやろ?なら肉でええやん。簡単な話や」

「それは花奈が駄菓子屋に行ったことがないからそう言えるんだ!駄菓子屋に行ってた者は皆わかる!あれが肉とは断じて認めないと」

「……まあ確かに私はおつまみ用のカルパスしか食べたことないけどさあ」

「そうだろ?そうだろ?」

「ちなみにこれどこで買うたん?」

「ん?成城石井」

「高級スーパーやんけ!あんたなにが貧乏人やねん!」


 花奈はつい勢いよく突っ込んでしまった。ちょっと笑顔になってる哲哉が、花奈からしたら悔しかった。


「ともかく、俺ははっきりさせたいんだ!カルパスは肉なのか、おやつなのか」


 めんどくさいなあというのが花奈の正直な感想だった。そして花奈はおもむろにポケットからiPhoneを取り出して、ホーム画面に人差し指を当てた。そしてSafariを開こうとした瞬間に、哲哉が口を開いた。


「ちょっと待て花奈、何をしようとしている」

「や、なんか気になって来たから調べよかなって。そしたら早いやん!」

「だめだ!今すぐ閉じろ!」

「なんでや!?」


 そう抵抗しながらも花奈はタップしたSafariを慌てて閉じていた。


「そんな簡単に調べたらダメだ!それではすぐに答えが見つかってしまう」

「見つかったらええやん。あんたもすっきりしてカルパスと向き合えるやろ?」

「いや、それではダメなのだ!それでは自考力が育たないだろ!」

「じこうりょく?」


 花奈は首を傾げながらカルパスに手を伸ばしていた。


「そうだ!自分で考える力、それが自考力だ!この調べればなんでも情報が揃ってしまうこの現代において、揃った情報を整理し、自ら考えていく力、これこそが最も必要なスキルだとは思わないか?」

「あったわーそんなこと言って勧誘やっとる塾。長期休暇前とかめっちゃポストにチラシ入れてくるやつ」


 負けじと哲哉もカルパスに手を伸ばしていた。


「でもそういうのって10代前半の若い子らがやるもんなんとちゃうん?こんな20過ぎて能力衰えるばっかの私らに言う言葉とちゃうやろ」

「いや、人間死ぬまで勉強って孔子も言ってただろ?」

「講師?あ、儒教の方?」

「そうだ」

「別にさっさと答え見つけたらええと思うねんけどなあ」


 そう言いながら、花奈は今度はtwitterを開こうとしていた。それすらも哲哉は咎めた。


「あ、次はなに調べてるんだ?」

「調べてへんわ!twitterやてtwitter」

「いいじゃん今見なくて」

「いや通知入ってたからさ。それにタイムラインも……」

「今は俺といっしょにいるんだから、俺の方だけ見ててよ」


 そう言われて、花奈は視線をiPhoneから哲哉の方に向けた。これまでで1番、真っ直ぐな瞳をしていた。


「……ごめん」


 花奈はそう謝って、iPhoneをポケットにしまった。


「あんた、たまにそういうかっこええこと言うよな」

「え?なにが?」


 本気でとぼけた顔をする哲哉に、花奈は少し視線を逸らし頬を赤くして、

「何でもないわ、アホ」

 と不貞腐れてしまった。恥ずかしかった。そして少しだけ、嬉しかった。そんな花奈の心情を全部読んでいたかのように、哲哉はニタニタした顔をしていた。


「で?なんやカルパスは肉かおやつかってことやな?」

「お、ついに花奈もやる気になってくれたか」

「もうここまで来たら核心的なこと言ったるわ。私がこの議論当初から抱いてた疑問をな」

「ん?なんだなんだ?」


 哲哉の期待の眼差しを一身に浴びつつ、花奈は語り始めた。


「そもそも、肉かおやつかって言う議題が背反するものやないねん。だってそうやろ?肉っていうのは材料的概念であって、おやつっていうのは用途的概念やんか。確かに肉とおやつは相関するところが少ないかも知れん。ただお肉を使ったおやつやって別に創造できんわけない。つまりお肉とおやつは二律背反するものではなくて、互いに交わる概念として存立しているものやないの?つまるところこの集合においては……」

「ストップストーップ!!」


 哲哉の懸命な制止により、花奈は語る勢いを削がれてしまった。


「花奈、もっとわかりやすく言ってくれないか?」

「いやわかりやすかったやろ?」

「二律背反とか相関とか集合とか、聞いてるだけで高校数学思い出して頭痛くなる」

「これくらい理解して頷けなあかんでー」


 カルパスはいよいよ残り少なくなっていたが、2人ともそれに気づかないまま口に入れていた。


「まあ簡単に言ったらカルパスは肉でありなおかつおやつという用途もいけるということやね。どっちの概念も持ってるってことや」


 花奈が1つカルパスを口に入れる。


「なにそのなあなあな落とし所」


 哲哉もカルパスを手に取る。


「いやこれが理論的に見て最も妥当な結論やろ」


 負けじと花奈もカルパスを取る。


「そんな真面目な結論やなくて、感性の話をしよーよ」


 哲哉もカルパスを食べる。


「なんや感性って」

「いいじゃん感性」


 そして同時にカルパスに手を伸ばした。お互いの手と手がぶつかった瞬間に、お互いが気づいてしまった。これが、最後のカルパスだということに。


 哲哉はこれでポッキーゲームを提案したら花奈はどんな顔になるかなと一瞬考えた。花奈はなんとか頑張って真ん中を切ったら2人で分けられるんじゃないかと一瞬考えた。しかしながら2人は、結局同じ結論に行き着いていた。


「じゃーん」

「けーん」

「「ぽん!」」


 なんの申し合わせもなく始まったじゃんけんに、花奈はグーを出し、哲哉はパーを出した。


「よし!」


 そう言って哲哉は有無を言わさずラストカルパスを取っていった。


「ふ、ふぬぬぬ」


 花奈は机に突っ伏してしまった。発泡酒にはまだまだ一杯残っていた。


「よしそれじゃあ、つまみも無くなったし片付けますか?」

「や、待って待って!私まだ結構お酒残っとるから……他につまみないん?」

「他に?」


 そう言いつつ哲哉はおもむろに立ち上がった。そしてカルパスのゴミを集めていた。


「つうかさっきあんたのとこの冷蔵庫開けたんやけどビビるくらいなんもないやん!どしたん?生きてけてるん?」

「今確かに何にもないな。調味料ばっかだわ」

「ほんまそれ!なんで食材がなんもないねん!今日あんたんで宅飲みやって言ってたのに」


 そうして冷蔵庫の中身を確認する哲哉の後ろから花奈が覗き込んでいた。


「あ、マヨネーズあるよ」

「いらんわ!どうやってマヨネーズでお酒飲むねん!」

「マヨラーならいけるんじゃね?」

「私を勝手にマヨラーにせんとってや。ご飯にかけたりせんから」


 そんな軽口をよそに早々と冷蔵庫を閉じる哲哉。


「ない、ですね」

「いや、じゃあ私はこの余ったビール何で飲めばええねん」

「あ、こんなんあった!」

「え?なになに?」


 そうして哲哉が持ってきたのは、まさかのポテトチップスだった。


「ポテチやんけ!!」


 花奈はうっかりこう突っ込んでしまった。


「しかもあんた、なんでのり塩やねん!せめて関西だししょうゆにしろや」

「売ってるわけねえだろ?いいじゃんか俺はのり塩が好きなんだよ!」


 そう言いつつ哲哉は内容量40gくらいのポテトチップスを花奈に手渡してきた。


「そもそも私、ポテチはおつまみに入らないって言ってたやんね?」

「そうだな。まあいいから食べろよ……あ!」


 哲哉はまた何か思いついた顔をしていた。


「そういや疑問なんだけどさ、またくだらない話していい?ポテトチップスっておやつ?それともつまみ………」

「おやつ!!!」


 今度は迷わずそう一刀両断して、花奈はのり塩と発泡酒を同時に口に入れたのであった。

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