番外編 あたしメリーさん。いま隠れ里にいるの……。

 暑くて食欲がなかったので、ありあわせのものでお昼にしようかと冷蔵庫を開けてみたが、残念ながら即座に食えそうなものは何もなかった。


「う~~~ん、素麺はさすがに飽きたし、気分的には冷やし中華なんだけど材料が足りないし、買い出しに行くのも億劫おっくうだし、それなら外で食べたほうが楽だしなぁ……」

“ラーメン屋なら駅方面に五分くらい歩いたところに『斧乱軒ふらんけん』って店があるけど?”


 勝手に冷凍庫からガ○ガリ君ソーダを取り出して口に咥えながら、ぐっしょり濡れた全身と薄着一枚という、見た目涼し気な俺のイマジネーション妄想上のフレンド同居人(平たく言えば幻覚)である霊子(仮名)が思い出したかのように言い添える。


「――ああ、あのやたら敷居が高いラーメン屋か」

 この場合の『敷居が高い』は『(正)相手に面目がなく家に行きにくい』の誤用である『(誤)高級すぎて行きにくい』の意味ではなく(ま、広辞苑で誤用の方も正しいと認定されたので、あながち間違いではないのだが)、実際問題ラーメン屋とは思えないほど門構えが立派で、玄関ドアがどこの神社仏閣の正門かと思えるほどでかくて重厚、足元の段差が三十センチくらいあるので、一見の客は入りにくいんだよなぁ。


 試しに喰いログを見てみたところ感想もほとんどが、

『常に斧を持った身長二メートル半くらいの店主がいて、入った瞬間後悔した』

『無言のまま血走った目で眺めてくる店主が怖くて味がわからなかった』

『私は確かに店に入った……けど、そこから先のことはよく覚えていない』

『店主の顔がトラウマになってノイローゼと寝小便が再発した』

『後輩のアパートに抜き打ちで行こうとして迷……光の神アフラ・マズダの神託に従い、たまたま入った店だけど、聖なる部族ディキアンの生き残りである店主と、互いに真実を知ったが故の孤独を語り合うことができた。人間との暮らしは大変ね、全く……。/味:姫路の鶴○屋にだったら勝てるレベル』

 ひとり最後に変なのが――気のせいか語り口が知り合いに酷似しているような――高評価(?)している以外は、さんざんな書き込み内容だし。

 あとローカル過ぎて比較対象の基準がわからん。


 だいたい味覚なんて個人差や相性があるんだから、他人の評価なんぞアテにならんだろう。

 メリーさんのところのスズカとか、

「台湾ラーメンといえば元祖の味○こそ至高! 他は○仙の後追いだし、あそこほどのインパクトもないので、本家にして元祖台湾ラーメンを食べたいなら、味○に行くべきです!!」

 と熱く語っていたらしいが、名古屋(もしくは愛知、岐阜)出身の学生曰く、

「○仙を異常に持ち上げるのはオッサンくらいだぞ。実際一度食べたけど辛すぎて一瞬で心が折れた。俺なら普通に歌○軒に行くわ」

 という話だしな。


 ちなみに最近は『古書とカレーの街』として認知されている神保町だが、どっちかと言えば俺的には当然のように二千~三千円取られる有名店よりも、学生が気軽に入れる新規カレー店の方が美味いと思う。


“ついでに言うと店主の人造人間……じゃなかった、斧乱軒ふらんけんのモンスはこのアパートの一階に住んでるわ”

 階下を指さす霊子(仮名)の追加情報(ま、俺の脳内妄想の可能性が高いが)に、

「あー、やっぱりな。なんとなくそんな気がしてたんだ。名前は知らないけど、やたら背が高くてゴツイ外国人がたまに出入りしているのを見かけたことあるし」

 と納得できる俺は、いい加減都会に馴染んできたと思う。


 田舎じゃ外国人は割と珍しかったけど、都会には白人も黒人も中東人も、あと珍しいところではたまに管理人さんを訪ねて赤い肌の外国人や、腕が六本ある身長五メートルの緑色の肌をした巨人とか――は、さすがに三人くらいが着ぐるみか何かに入っての扮装ふんそうだろう。いくら俺でもそんな人間が存在しないことぐらいW○kiで知っている――が顔を見せるので、妙な外国人に対する物珍しさや偏見はなくなった。


 なおそんな彼ないし彼女らは、管理人さん曰く、

地球ここのすぐ隣にある惑星ところ――火星バルスームにお住いの原住民代表なのですけど、地球ここを侵りゃ……こほん。支配下に置く仲良くする前に、我々の統治下にはいったのですが、たまに大気製造工場の調子が悪いとかで、転移装置で陳情にくるので出先である私の方で対処しているのですわ」

 とのことで、要するにご近所さんらしいがバスルームの具合が悪いので、管理人さんのところへお風呂を借りに来ているらしい。


 アパートのみならずご近所の外国人の世話まで焼くとは、さすがは管理人さん。俺の知っている狂幼女を筆頭とした、常識外れの連中にも爪の垢を煎じて飲んで欲しいものである。

 俺としても積極的に国際交流を図りたいとは思うのだが、前に緑色をした人が飼っていた十本足の犬のしつけがなってなくて、いきなり襲っていた時につい素手で半殺しにしてしまったので、後ろめたさから距離を置いているのが実情だった。


「そういや近所にあった昔ながらの銭湯が最近しまっているから、その関係なのかも知れないな」


 瓦屋根に煙突が立っている昔ながらの情緒ある銭湯――確か名前は『瑞鶴ずいかくノ湯』だったかな――で、俺ものびのびと湯船に浸かりたいときなんかに何回か行ったことがあるんだが、最近は新型君ウイルスの影響なのかずっと臨時休館中なのが実に残念である。


「最後に行ったのは……だいたい二週間前か。そーいえば湯殿から続くボイラー室。いつも閉まっているので、何の気なしに鍵穴を覗いたら、向こう側からもこっちを覗いている瞳孔とバッチ目が合っちまって焦って鍵穴から目を離したんだけど、よくよく考えてみればあっち側は男湯を覗いている痴漢か痴女なわけだろう? もう一度確認のために鍵穴を覗いたら、何の躊躇もなく鍵穴からマイナスドライバーが突き刺されて――」

“ちょっ……ちょっと、大丈夫だったのそれ!? 目が、目が……! ……潰れてない……わよね?”


 焦った様子でアイスを噛み砕いて、俺の両目を代わる代わる確認する霊子(仮名)。


「ああ、俺も咄嗟の事だったので、つい反射的に実家の流派の奥義・二指真空無空把にししんくうむくうはで受け止めて、根元からへし折って鍵穴目掛けて撃ち返しちまったんだ」

 そーいや、あれ以来あそこの銭湯休館しているような? 何か関係が……あるわけないか! たまたま新型君ウイルスの影響と重なったんだろう。


『瑞鶴、沈みます!』

 と書かれた休館の張り紙を見て、馴染みの客なのだろう老人がさめざめと涙を流す光景を通るたびに見るので、この騒ぎが終息したら無事に再開できるように祈るばかりである。


“アンタって周囲への警戒レベルが目隠ししたドードー鳥と同じぐらいないのに、戦闘力と回避能力、ついでに悪運だけはゴ○ゴ並みにあるんだから、ある意味無敵よね……”

『東北を○り戻せ』と背中に、正面には北斗七星が描かれた東日本大震災の時に販売された俺のシャツを眺めながら、嘆息した霊子(仮名)が立ち上がってアイスの棒をゴミ箱に捨てた。


“アンタが行ってる大学って割とメジャーだし、頭は悪くないんだと思うけど、明らかに脳みその使い方を間違えてる気がするわ。というか『都会』の日常の基準が魔界都市もびっくりの方角にズレまくっているんだけど、幽霊あたしがそれ指摘しても説得力ないし”

 義務教育の敗北ね、と一言付け加えてキッチンに向かう霊子(仮名)。


 そこへメリーさんからの着信があった。

『あたしメリーさん。最近の小学生って「ご○ぎつね」のラストで衝撃を受けるとか、豆腐メンタル過ぎるの。ついでに二段変身するイ○ズマンのサ○ギマンが苦戦する姿を見るのがタルいからって、Fではサ○ギマンがほぼカットされているとか、どんだけストレスに耐性がないの! おおかた連中が大人になっても、何のスキルも無職でもすぐなれるまとめブ○グ管理人くらいにしかなれないの……』

「そーいう全力で危険球を投げ込んでいるような話はやめろ!」


 いきなり現代教育批判を始めるメリーさん。

 扇風機もエアコンもない異世界の夏の暑さで、ただでさえ熱暴走気味のオツムが完全に茹で上がっているのだろう。


「つーか、ドラゴンポール集めて現世へ帰ってくる話はどうなったんだ?」

 確か『力士編』『砂漠編』『鬼ヶ島編』で三本しか集まってないよな。異様に手際が悪い連中である。

 他のなろう作品だったら五話ぐらいで集め終わって、次の展開へ進んでいるぞ。


『ぶっちゃけインフレが進み過ぎると話がワンパターンになるし、「どうせチートで何とかなるだろう」って感じで、キャラの魅力も希薄になるからメリーさんくらいがちょうどいいの……』

 また別な意味で危ない話題を……。

「――そーいや、いまのメリーさんのステータスってどんななんだ?」

 とりあえず話題を変えることにした。


『あたしメリーさん。そういえば漫画版では毎回見てるけど、こっちで確認するのは久々なの……』

 メリーさんこいつ案外自分の評価に対するチェックに余念がないな。


・メリーさん お騒がせ幼女人形(通称:異世界メリーさん) Lv29

・職業:勇者兼賢者(笑)

・HP:36 MP:58 SP:47

・筋力:25 知能:1.1 耐久:30 精神:36 敏捷:27 幸運SAN値:計測不能 

・スキル:霊界通信。無限全種類包丁。攻撃耐性。異常状態耐性。精神耐性ストレスを感じない。剣術4。牛乳魔術2。邪神魔術2。

・奥義:包丁乱舞。

・装備:ベベのフォーマル仕様のワンピース。リボンカチューシャ。レースのソックス(白)。ピンクラテのサンダル。殲滅型機動重甲冑。妖聖剣|煌帝Ⅱ《こーてーツー》。

・資格:壱拾番撃滅ヒトマカセ流剣術免許皆伝(通信講座)。ドラゴンを撃退した者。クラーケンを食べた者。魔王をある意味斃した者。魔族の天敵関わるな危険。

・加護:●纊aU●神の加護【纊aUヲgウユBニnォbj2)M悁EjSx岻`k)WヲマRフ0_M)ーWソ醢カa坥ミフ}イウナFマ】


「……誤差の範囲内とはいえ微妙に知能が上がっているのが、俺には信じられんのだが」

 前はきっかり1だったのが、1.1に上昇している。

 こいつに限って賢さが上がる可能性は万に一もないと踏んでいたんだが。


『あたしメリーさん。隠しステータスを確認したら、遥か昔に夕日に消えたはずの「良識」が、朝日を浴びて帰ってきていたの。虫の息って感じで点滅しているけど……』

「――ああ、ニ○ニ○漫画で絶大な声援を受けたので、瀕死の状態から甦ったんだろうな」

 もっともメリーさんの中に居つくとか、しず○ちゃんのバイオリンとジャ○アンの歌をステレオで延々と聞かせられるくらいの地獄だろう(ちなみに公式に破壊力は互角とされている)。


『あと、ついでにメリーさんの好感度は……』

・文系:145。

・理系:131。

・芸術:136。

・運動:150。

・雑学:133。

・容姿:120。

・根性:天元突破。

『なのですでに攻略条件は突破しているの。このままストレス50以下にして、体調を50以上を維持していれば、何の問題もないの……』

「いや、メリーさんと絡んだ時点でストレスは思いっきり50以上をキープしているんだが……つーか、いらん情報を開示せんでもいい! 意味あるのかそれ!?」


 幼女攻略しても通報待ったなしだろう。だいたい他にヒロインとかいないわけだし。


『あたしメリーさん。本人には自覚がないみたいだけど、オープニングでは毎回総勢十七人のヒロインたちが、暗闇の中で延々と暗黒太極拳とか死霊の盆踊りとか呼ばれるタコ踊りを踊る苦労があるの……』


【メリーさんは不思議な踊りを踊った】


「それは同○生じゃなくてチングラだ!」

 とはいえ、これで0.1増加した理由はわかった。

 あと新しいところでは、耐性なんぞなくても、そもそも最初からストレスなんぞ感じないだろう。


『そうでもないの。オリーヴとかが「癒しの空間」とかいう隠し部屋をいつの間にか作っていて、メリーさんの顔写真が貼られたサンドバッグがあったのを発見した時には、思いっきりストレスを感じたの……!』

「それはお前が感じるべきストレスを仲間が肩代わりしているんだから、甘んじて受け入れるべきだと思うぞ」


 俺の忠告に不承不承電話の向こうでメリーさんが頷く気配がした。

『わかっているの。メリーさん人間ができているからギリギリ我慢したの。本当だったら善悪中庸相殺の誓い(※善人も悪人も無関係な人間も、とりあえずむしゃくしゃしたらぶっ殺す宣言)で、全員なますにしたところ、ハ○ター×ハ○ターみたいに減刑されるイベントで妥協して、いまとある隠れ里【オノトココ村】へ行って、四本目のドラゴンポールを報酬に貰ってくるように命令しておいたの……』

「……まあお前にしちゃ、わりかし穏当な処分……かな?」

『男は皆殺し、女は攫って18禁という極悪盗賊団が攻めてくるって噂の村で、お尻を狙われる恐怖に駆られた男の娘連中からの依頼で、ケツを守ったらドラゴンポールを報酬でもらえるの……』


 それは正当な取引なのだろうか? 男の娘って要するに女装した男だろう? 男女をスッパリ分けて殺すか犯すか明確な悪人相手に、貞操の危機よりも生命の危機を抱くべきだと思うのだが……?


「LGBTがうるさい昨今、声を大きくして言えないが。シャークトレード過ぎないか?」

『メリーさん盗賊団の性癖まで関知しないの。屈強な盗賊団に狙われる可憐な男の娘オトメというシュチュエ―ションに、勝手にテンション爆上がりで脳汁ヤバい変態どもの依頼に従うだけなの……』

 いや、まあ、仕事ってそういうものかも知れんけど。

 なお、その後霊子(仮名)が作ったあり合わせの素麺のイタリアン風を食べている最中に、【オノトココ村】は盗賊団に攻め込まれ、当然のように全員がその場で始末され、メリーさんたちはドサクサ紛れにドラゴンポールを報酬として担いで、

『ブッブーッ。しゅっぱつしんこーっ!』

 電車ごっごの要領でゼ○ダマンの歌を歌いつつ、女に飢えた盗賊団を蹴散らしながら王都へ戻ったということだった。


 血河屍山しざんけつがを乗り越えて、燃え盛る隠れ里を後にしながら、メリーさんがしみじみと全滅した男の娘たちをいたむ。

『 「女子高生」はダメだけど「女子校生」にすれば審査が通るビ○倫っておかしいと思うの……』

「おかしいのはお前だ! ちゃんと死者を悼めよっ。仮にも雇用主だろう!?」

 復活した“良識”が瀕死の状態で集中治療室ICUに運び込まれる光景が幻視された。


『あたしメリーさん。おかしいやつらを亡くしたの……』

 とりあえずという感じでそう口にしてから、

『でも、アイツらみたいな生産性のない無価値な命で、将来があるメリーさんを救える方が幸せだと思うの……』

 そう本音を漏らすメリーさんだった。


「…………」

“…………”

『ストレスを感じない』ってことは、ストレスが発生しても、その原因と結果を他人に転嫁できる技能だろうなー、となんとなく漠然と思って黙り込む俺と霊子(仮名)。


 しばしスマホから流れる男の娘の断末魔の叫び(男の声やね)や、山賊どもの雄叫び、メリーさんたちの無双の様子をBGMにしながら、無言で昼食を食べ進める。

 冷やした素麺をオリーブオイルで和え、トマト、めんつゆ、粉チーズをぶっかけただけ(味変用にしらす干しとカリカリの梅干しもあり)の手抜き料理を味わいながら(まあ実際は俺がボケて自分で作ったのを霊子が作ったと誤認しているのだろうが)、

「あー、意外とめんつゆに粉チーズが合うな」

“だいたいめんつゆは万能調味料よね。そもそも和食のレシピって最初の『味醂ミリン』つまづくもんね”

「普通、味醂常備している学生はいないだろうからなぁ。うん、美味い」

 うんうんと頷きながら何の気なしに言うと、なぜか霊子(仮名)が妙な顔をして箸を止めていた。


「――?」

 俺の不可解な視線を感じたのか、若干焦ったような……ニヤつきたいのを押さえたいような表情で顔をほころばせる。

“いや~~、もしも私が生きて同棲していたら、いただきますとごちそうさまを言い合えるようなエモい関係になれたのかな~、とか思っちゃって……”

「…………」


 いかん。どうやら夏の暑さは俺の脳の一番深刻な部分にダメージを与えているらしい。

 自分でもどんな表情をしているのかよくわからん顔で、俺は残った素麺を頬張った。

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