番外編 あたしメリーさん。いまテレビに出演しているの……。

 世間では相変わらず新型君ウイルスが(テレビの中では)猛威を振るっているらしい。その影響で、首都は封鎖され、

『あたしメリーさん。東京消失なの! 小○左京なの! 綿とドライアイスの煙が一面を覆うの……!』

 メリーさんのテンションが上がった。

「映画版の話はよせ。低予算でいろいろ頑張ったんだ」

『じゃあ菊○秀行なの! 新宿が亀裂に覆われて、なに考えてるのか不明な煎餅屋や、免許持っているのか怪しい医者が活躍する魔界と化すの……!』

「いや、そんな限定的な話じゃないんだが」

『永○豪なの! 関東が地獄と化して、ヒャッハー世界になるんだけど、なぜか最後はデビ○マンに帰結するの! 石○賢の晩年の作品がだいたい虚○戦記だか、時○空だか、全時空に集約されるよーなものなの……!!』

「新宿区からいきなり関東全域、宇宙全般とか、話が飛び過ぎてるぞ、あと宇宙の外から侵略する時天○って、基本的にアザートースお前のことだよな!?」

『メリーさんよくわからないけど、作者気が狂ったんだと思うの。漫画家は続けていると最後、精神が壊れる説……』


 ともあれこんな状態なものだから、大学もバイト先の『ロンブローゾ古書店』も休みということで、仕方ないのでアパートのある埼玉県内で、短期のアルバイトがないか四方八方に打診したところ、ダメもとで応募した【埼玉ピティレスTV】という、ローカルテレビ局でレポーターをするバイトに受かった。


「う~む、『体力に自信があります。埼玉ピティレスTVは昔から見ていました』と書いたのがよかったのかねぇ」

 無論、埼玉ローカルテレビなんぞ、こっちに引っ越してきて初めて見ただけの嘘っぱちブラフなのだが。

『あたしメリーさん。何でも「昔から好きでした」って言うのが無難なの。中○翔子あたりもSNSで「子供の頃から日本酒が大好きでぇ!」と、呟いているの……』

「それについてはお前の噓八百だとは思うが、マジでショ○タンの場合、過去捏造し過ぎて、自分でもわからなくなってそうな可能性が無きにしも非ずなんだよなぁ……」


 ともあれバイトの内容は、なんでも僻地へ行って、現地で二週間ほど泊まり込んで現地の生活に馴染む様子をレポートする出演者らしい。

 俺の他にも四人ほど、とりあえず体力だけは有り余っている学生やフリーターなどが集められたとか。


「――ということで、二週間ほど不在になりますので」

「そうなんですか。お気をつけて」

 その旨をちょうど庭にいた管理人さんにことづけて、テレビ局へ向かう。

 庭で一抱え程もある、巨大なタコを金属製のトングで生ゴミの容器に入れていた管理人さんが、いつもの金魚鉢の向こうから優雅に微笑んだ。

「……アル……アル……」

 山積みになっているタコの一部はいまだに息があるようで、断末魔の声に似た鳴き声を上げてる。タコってチューチュー鳴くのかと思っていたが、スマホで検索するとどうも違うらしい。

 中国人の「○○アル」や相撲取りの「○○でごんす」、成金マダムの「○○ザマス」、ゴリラの好物がバナナという思い込み同様に(そもそもバナナは東南アジアに生えていてアフリカにはない。あと糖分が高すぎて動物園でも食わせない)、都市伝説であったようだ。


「変わったタコですね」

「ええ、火星の現住生物なのですが、百年ぶりに地球侵略の先兵に使おうと思ったら、新型君ウイルスに感染して、またもや使えないので処分しているところなんです」

 いくらワクチン接種をしても、次々と新しい疾患が現れて後手に回っている状況です、とため息をつく管理人さん。

 新型君ウイルスはタコにも感染するのか。そりゃ処分するしかないだろうな。

 納得した俺は、

「そーですか、お手伝いしたいんですけど、バスの時間が迫っているんで、管理人さんも移らないように気を付けてくださいね」

「はい、ありがとうございます。一応、この惑星の空気も放射線もすべて遮蔽されているので大丈夫です」

 にこやかに笑ういつも菩薩のようになごやかな管理人さん。

 相変わらず俺の日常における一服の清涼剤のような女性ひとだ。

「……次回からは冥王星基地から遊星爆弾を落とすべきかしら?」

 手際よくタコを生ごみの袋に詰めながら、管理人さんが何やら呟いていた。


 * * *


 さて、たどり着いた【埼玉ピティレスTV】(※ビティレス=無慈悲、容赦のない)の社屋は四階建ての安っぽいビルで、札幌空港に慣れた人間が、福島空港に降り立って、「え、これ空港!?」とカルチャーショックを覚えるようなもので、まだしも在京FMラジオ局の社屋の方が立派というか、辛うじて【岩手め○こいテレビ】本社と伍する程度の建物だった。

【埼玉ピティレスTV】のご当地キャラである、ドーナツ型座布団を持った『ビティ骨クラッシャー君』の案内で、小部屋に案内された俺を待っていたのは、

「わははははははっはっ! すげーぜ! アレを見ろ! マシュー・ルイスが素っ裸で箒に乗って飛んでるぜっ!」

 完全にイっちゃってる目で俺を指さして爆笑している二十歳ほどの青年と、

「なんでこんな……家族を人質に取られていなければ……」

 頭を抱えてブツブツと煩悶している俺と同年代くらいの若干気の弱そうな青年だった。


 ついでに正面のホワイトボードを見れば、でかでかと書かれた番組タイトル。

『異世界の果てまでイッテ:||(3+1)』

「……『Q』じゃないのか」

 なぜか俺の脳裏に決戦用人型兵器が暴走している情景が甦る(ちなみに『:||」は音楽記号の『リピート』を指す)。

 ついでによくよくホワイトボードを見ると、『異世界の果てまでイッテ:||(3+1)』の前に『異世界DASH』というタイトルを慌てて消して書き直した痕跡があった。


「な・る・ほ・ど」

 俺ははからずしも一瞬で、いろいろと察することができた。

 とりあえず五個等間隔で並んでいたパイプ椅子のうち、三個ほど無人だったので座ったところ、いかにもギョーカイ人を気取った肩掛けカーディガンにサングラスに帽子をかぶった、三十台ほどのチャラそうな男がズカズカと部屋に入ってきて、

「よーし、全員揃っているな! 押している(※業界用語で時間がない)ので早速始める。俺はこの番組担当プロデューサーの真木まきだ。気楽に真木Pと呼んでほしいみょん」

 とりあえず俺の中では「痛チャラP」というネーミングが生まれた。

「番組の内容については、シノプシスを各自よく読んでおいて、君たち五人のローカルアイドル『PsyサイTAMAタマ』には、ロケハンが確保してきた異世界へ行ってもらうみょん!」


 いつの間に俺たちバッタモノ臭い上に、頭おかしいサイコパスを連想する系のアイドルになったのだろう?

ついでにホワイトボードをよくよく見れば、『チーム・PsyサイTAMAタマコンセプト・五人全員スキンヘッドでマント着用。インパクト重視!!』と書かれた上に、赤で大きくバッテンが引かれていた。

 ありがとう、どこの誰かは知らないけど、まともな感性と理性ある人!


「つーか、三人しかいないんですが……?」

 俺の質問に、痛チャラPは手元の資料(業界用語で香盤表と呼ぶらしい)を確認して、『あちゃあ!』という顔で額を叩いた。

「当初、五人組の予定だったんだが、ドタキャンで岡松と瀬長のふたりがトンズラこいたらしいな。とりあえず三人で頑張ってちょーらい、内原リーダー」

 なんか俺の与り知らないところでリーダーに抜擢されたぞ、をい!

「おーっ、頼りにしてるぜ、リーダー! なーに、俺くらいになれば薬の力でいつも異世界に行っているから安心だ!」

 完全に瞳孔が開いた目で、陽気に――というか「ロッキーのテーマ」を聴き終えた直後のような躁状態で――俺の肩を叩く、『谷口たにぐち』と首からぶら下げるネームプレートに手書きで書かれたメンバーのひとり。


「――つーか、この人、完全にヤクチュウなんじゃ……」

「ハハハハハハハ、そんなわけないじゃん。ちょっと精神の躁鬱状態の幅が広いだけみょん」

 わざとらしく白々しい笑いを振りまく痛チャラP。

 そーかぁ??? 気のせいか隣で恍惚の表情で、当人が鼻からストローで何かを吸入しているんだが……?


 ……仮に書籍化が続行したとしても、この話はお蔵入りだな。

 そう悟りを開いた俺に向かって、どこか捨て鉢な雰囲気をしたメンバーのひとりで、『太一郎』と名札を付けた青年が話しかけ……訴えかけてきた。

「人質になっている妻と子の安全のためにも、このバイトを成功させましょう! 失敗したらアナタの責任ですよ、リーダー! だってリーダーなんですからっ!!」

 この年で妻子アリか。しかし家庭を持ちながらバイト生活とは……なんか谷口君とは別のベクトルで駄目人間ぽいな。

 役に立たないものが二倍になるってことは、役に立つようになるのか? 互いに打ち消し合うんだろうか? 逆に拒否反応で宇宙が爆発するような……。


「なかなかのメンバーだと思わない、内原リーダー? あと異世界にはENG班がワンチェーン同行するのでよろしくみょろ」

 いや、業界用語で言われても何もわからないんだが……。あと、どうして自分から縛りプレイにしようとする?

 なお、ENGというのはディレクター、カメラ、音声、照明の4名編成のことらしい。

 説明を受けた俺は思わず深々と嘆息をして、

「いやぁ、なんか泣けそうなバイトですねぇ」

 そう正直な感想を口に出したところ、即座に太一郎が同意した。

「俺んとこも嫁が毎日泣いてんだわ」

「それはお前が無職だからだと思うぞ」

 そう切り返す俺を眺めて、痛チャラPが業界人特有の馴れ馴れしさで近寄ってきて、俺の肩を両手で揉みながら、水素ガスよりも軽い口調でヨイショする。

「さすがはリーダーにょろ。オレは一目見た瞬間にわかったにょろ。リーダーならどんなトラブルに巻き込まれても平気――例えば、間違って乗った女性専用車両で、周囲の冷たい目を躱すために延々とオネエのふりを通せるような臨機応変さ。また、気軽に座ったトイレの便座が予想以上に冷たくても、そのまま微動だにしない胆力を併せ持っていると、見込んだにょろ!」


 どんな種類の慧眼やねん!?

 と、ツッコミを入れたところで、準備されていた必要な書類が渡され、適当に判子を捺して(命にかかわることがあっても局は無関係とか、非常に嫌な内容の書類であった)、後日、改めて痛チャラP曰く「剣と魔法の異世界」へ二週間の予定で行くことになった。

 まあ、そういう設定なんだろうけど。

「生贄――もとい、準備に必要なADがなかなか定数確保できないみょん。それができたら連絡するから、各自、異世界に行くのに必要な準備をするにょろ。あと番組はBOCOBOCO動画でも公開するにょろ」

 若干、個人情報の流出に引っかかるものがあったが、超ローカル番組とネット動画なら、それほど慎重になることもないだろう。あと、ギャラは後払いで、二週間で二十万だそうである。

 高いんだか安いんだか妥当なのか、実際にやってみないと何とも言えないな。


 そんなわけで、それから三日後。

 ネットで異世界に行くのに当たって適当に巡回して、なぜかAmaz○nの『あなたにおすすめ』が槍とか甲冑になった頃、準備が整ったと連絡が入ったので、テレビ局に集合して、それからロケバスで現地へと向かうことになった俺たちだった。


「現地はまさに世紀末。剣と魔法、暴力と権力が支配する中世ヨーロッパ風世界よ。みんなも十分注意してねン」

 ディレクターだという松平たけしさんという細身の三十歳くらいの男性が、尻をプリプリさせながら再三に渡って注意をする。

 つーか、せめて海外でロケするのかと思ったら、神奈川県内かよ……。

 ガッカリしながら俺が窓の外を見た瞬間、なぜか松平Dがガスマスクを付けて、

「ということで、今日はこれから皆さんに、ちょっと殺し合いをして……じゃなかった、異世界へ行ってもらいます」

 そんなバトルなロワイアル的宣言と同時にロケバスの中に白煙が立ち込め、それを吸ったスタッフやメンバーがバタバタと倒れるのだった。


「うひゃー、キク~~っ! 笑気ガスじゃん! おおおっ、パライソが見えるぞーっ!!」

 薬物に耐性のある谷口君が結構持っていたみたいだが、やがて収まり、無酸素運動で三分間は動ける俺も我慢しきれず、眠りに落ちた。

 どーいう状況だ!? バスで拉致、毒ガス、人質とかシ○ッカーかティ○ーンズの仕業か?!

 混乱しながら最後にそう思ったのだった。


 * * *


「ここはメリーさんに任せて先に行くの……!」

 決死の覚悟でそう言い放ったメリーさんを、オリーヴとローラが揃って引き摺っていく。

「いいから、ホテルのビュッフェ形式の朝食に、最後まで居座らないでさっさと仕事に行くわよ」

「冒険者ギルドからの依頼では、午前十一時から『てれび局のサポート』をしなければいけないのですから」

 引き摺りながら言い聞かせるふたり。

「『なるべく絵になる女のコばかりの冒険者パーティがいい』ってことで指名依頼を受けたんだよね~」

「どうでもいいですけど、先方の都合で仕事の予定がコロコロ変わるなんて、冒険者の雇用形態って、売れてない芸人や新人声優みたいなものですねー」

 その後をついて歩きながら、エマとスズカが今回の仕事について、愚痴をこぼし合っていた。

「麦わら一味にジ○ベエが加入し、ゾ○は3番手に、サ○ジも6番ぐらいに降格しそうな流れだし、ここも新メンバーが加入してお前らもそのうち降格の事態なの……!」

 無理やり仕事に連れ出されたメリーさんが、オリーヴとローラに悪態をつく声が響く。

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