番外編 あたしメリーさん。いま病魔が横行しているの……。

 世間ではいまどこに行ってもマスクが品切れになっているようだ。

 そのせいか、ちょいちょいと物陰から手招きする女性の腕が見えたので、ついフラフラと好奇心から細い脇道へ入れば、

「わたし、綺麗?」

 と、オカメの仮面をかぶった若い女性が、返答に困る質問をしてきた。

「……頓知トンチ?」

「トンチじゃないわよ! この騒ぎでぜんぜんマスクが手に入らないので、仕方なくてオカメの面こんなものを装備しなくちゃいけなくなったのよ!! 私の伝統が! 都市伝説が! こんなことが知れたらあの阿呆な幼女に馬鹿にされるわっ!」

 地団太踏む女性。

 何の話かはわからないが、どこにでも阿呆な幼女はいるらしい。

「あー、よくわかりませんけど、マスクの代わりにこう口元鼻元を三角巾で覆って、花粉だか埃対策だかにすればいいんじゃないですか?」

 昔の人が掃除をするときの要領で。

 そんな俺の提案に、オカメの女性は憤然と反論する。

「んな、西部劇の強盗みたいな覆面をしている女が、街角に立っていたら不審者丸出しじゃないの!」

 いや、オカメの仮面も十分に不審者丸出しだと思うが。

「大都会東京では、このくらいは許容範囲なのよ!」

 東京の闇は深いな……。

 なおもエキサイトする女性。

「……なぜ荒ぶるのか⁉」

「ねえ、わたし、綺麗?!」

「はいはい、そなたは美しい」

「ふふふ、これでも――」

 面倒なのに絡まれたな、と思いながら視線を逸らせば、

「マスク、マスクを買ってください。マスクを――」

 街頭でマスク売りの少女がマスク(三枚入り)を、一袋五千円で転売している(オレオレ詐欺が最近は自宅へ集金に来るように、ネットだとバレるので、ゲリラライブみたいに実働体勢になっているのだろう)その傍らでは、

「念願のマスクを手に入れたぞ!」

 無事にドラッグストアでマスクを手に入れられた男性が、晴れ晴れとした顔で店から出てきたところ。

「「殺してでも奪い取る」」

「マグネットパゥワー、プラース!」

「マグネットパゥワー、マイナース!」

「「クロスしてボンバー! マスク狩りだーっ!!」」

 変なお面を被ったチョッキ男と、剣道防具、剣道着、剣道袴を装備した巨漢とが、オヤジ狩りならぬマスク狩りで、ようやく手に入れられたマスクを略奪する事件が起きていた。


「ママ~、アレ……」

「しっ、見ちゃいけません!」

 マスクを巡る騒動を前に、小学下級生くらいの子供を連れた母親が、賢明にも見ないふりをして通り過ぎて行く。

 都会は魑魅魍魎の巣窟すくつだな、と思いながらさっさと踵を返して、その場から離れる俺を追って、オカメの女が、

「ちょ、ちょっと待って。まだ最後のどんでん返しが――ぎゃあああああああああああっ!!」

「「マグネットパワー嵐を呼ぶぜ! マグネット嵐クラッシュ!!」」

 覆面二人組に捕まって謎の技をかけられていた。変態と変態が潰し合う様子に留飲を下げながら、結果を確認せずにその場を後にする俺だった(次に矛先が向けられたら嫌なので)。


 ちなみに小中学校は休校となっているが、大本営発表――もとい、政府の所見では、五十人以下の集会は問題ないとのことで、大学の講義のほとんどが普通に行われていた。

 そのため俺も、耐え難きを耐え、忍び難きを忍いで、絶賛都会の人ごみの中を移動せざるを得ないのである。

 パンデミックってこうやって発生するんだろうな~、胸熱むねあつ……と思いつつ大学からの帰り道、食料や生活必需品が尽きたので買い出しのため寄り道したのだが、いつの間に世間はこんなに世紀末じみてしまったのだろうか?


 なお、聞いたところでは原因となった通称・新型君(『君』の字を分解するとコロ…、なお、コ○ナといっても基本腕力で何でも解決する〈筋肉娘〉のことではないので悪しからず)ウイルス。一度は終息したと思ったら、別な感染ルートが見つかったそうで、ドラ○エⅡのアトラス、バズズ、べリアルみたいに、倒したのに1度引き返したらまた復活していたバグのような状態になっているらしい。


「とりあえず飯を食ってから、買い物をして帰るか」

 アパートの近所にある定食屋に入って焼肉定食を注文。わりとすぐに届いていざ口に運んだところへ、メリーさんからの通話が入った。

>【メリーさん@豚の死体は美味いか?】

手前てめーだって、普段からもりもりと哺乳類や魚類、鳥類の死体を食ってるだろう!」

 即座にスマホを取り出して一言言い放った。

『あたしメリーさん。そういえば昨日のご飯は飲茶ヤムチャだったの……』


 相変わらず贅沢し放題だな。俺なんてサ○ゼリアで三品注文するのだって、清水の舞台から飛び降りる……いや、むかし書いた、WEB小説(評価一桁)を第三者に朗読されるような、「くっ、いっそ殺せ……!」と言いたくなる覚悟が必要だっていうのに。


「そりゃよかったな。こっちは連日連日、新型君ウイルスの話題で大変だっていうのに」

『どこも似たような騒ぎなの。異世界こっちでも、いま国中に《病魔》が発生して、病気を蔓延させているの……』

「病魔? お前のことか?」

 疫病神とはお前メリーさんのことだろう。

『なんでメリーさんが《病魔》なの!? メリーさんは実体化した《病魔》を斃すために、新規に異世界から召喚された勇者ゆーしゃたちと、《病魔》が巣食うダンジョンへ向かっているところなの……』

 憤慨するメリーさんの向こうでは、

『いきなり魔物を斃せとか無理だ~~っ!』

『俺、ただのサラリーマンだぞ。四十肩にぎっくり腰を抱えているっていうのに』

『ううう、妻と子供が人質でなければ……』

 多分、無理やり召喚されたらしいおっさんたちの嘆き節が聞こえる。


「おっさんばっかりか。もうちょっとフレッシュな勇者を召喚できなかったもんかね?」

 なんか《病魔》相手には、一番危険な年代の気がするんだが。

『あたしメリーさん。勇者といえばリストラされたおっさんか、昨今は幼馴染に虐げられた下僕が下剋上ざまぁする展開が流行りだから、とりあえずオーソドックスにおっさんを集めたらしいの』

 召喚主がなにを参考にしているのかは不明だが、なんでもかんでも流行りに乗ればいいってもんじゃないぞ。

「……まあ、チート能力とかで使えるなら問題ないけど」

『ううん、実社会で冴えないおっさんが、異世界に転移してきたって、変わらずハゲデブで使えないままだし、魔力のある身体に変わるわけでもなく、チートアビリティを手にするでもなく、邪魔なだけなの……』

 あっさりと勇者おっさんたちを切って捨てるメリーさん。

 ついでのように、おっさんたちの、

『『『ハゲじゃない、ちょっと薄くなっただけだっ!!』』』

 という反駁の叫びが上がったが、それに対してメリーさんは、

『♪てーきを、あざむく、ハゲ、ハゲ、ハゲ~ッ♪』

『『『わざとらしく破○拳ポリマーの替え歌を歌うな!』』』

 さすがはタ○ノコ世代。一発で元ネタがわかったらしい。


『あたしメリーさん。お前ら全員Lv1なんだから、グダグダ文句を言わずにさっさとレベル上げするの! あと逃げたりサボったりしたら、「あのおじちゃんねー、メリーさんのお股さわさわしてきたのーっ!」と全方位に叫びまくるの……!』

『『『ぎゃああああああっ、やめてくれーっ!!!』』』

 メリーさんの恐ろしいに恫喝に、おっさんたちが戦慄するのだった。


「つーか、なんでそんな連中を連れて行く羽目になった⁉」

 なんかメリーさん以上に『勇者……?』という感じなのだが。例えるなら『伯方○塩(メキシコ産)』、『ウラジオ・ストック』ではなくて『ウラジ・オストック』という、「えっ……? ちょっ、ちょっと待った!」と言いたくなるボタンの掛け違いというか。そもそも本人の能力以上の仕事を要求するのは、パワハラやぞ。

『とりあえず敵の前に連れて行けば、もしかすると覚醒するかも知れないので、そこら辺に期待してメリーさんに指導役が回ってきたの。それに、能力でなくメリーさんの軍師的な作戦で勝てる可能性も……』


 ないと思うな~。

「そういえば、どこぞには落とし穴しか考えられない軍師がいたらしいけど、お前と同レベルだろうな」

 海のナントカに至っては、最早ラ○ウの手先と言っても過言ではない。

「まだしもオリーヴたちと行動を共にしたほうがマシだったと思うけど、今回は別行動なのか?」

 俺の疑問に、メリーさんが憮然とした口調で答える。

『あいつら四十℃くらいの微熱で、ことごとく寝込んでいて、黄金○闘士ゴールド○イント完璧○人始祖パーフェク○オリジン並みに、いざという時に使えないの! メリーさんは平気で一晩踊り明かしたというのに……!』

 そう言って、

『♪うぉーんちゅしまへー、あーをにのうぇー。そーちゅなごろなしっまいなろうぇ? わーなわなどぅー、どーんちゅぴちゅくるー。すぃんぐないずろぴわぴがとぅどぅ?♪』

 と、どこぞのサラ金がかつてCMで流した激しいダンスを、歌って踊るメリーさん。


 いや、三十九℃台は命の危機に関わる高熱だぞ。まあメリーさんの場合は、肉体ノーダメ精神ノーダメでゴーイングマイウェイすぎて普段誰からも心配されなさそうではあるが。


『ともかく《病魔》のアジトに着くまでに、おっさん連中を鍛えるの! おっさんたちも前金はもらっているんだから「金は命より重い!」と言って働くのがサラリーマンなの! それと異世界の粗食に堪えられるように、マヨネーズだけは持参したから、いざとなればマヨネーズを啜ってカロリーを補充できるから十分なの……!』

「お前なぁ。筒井先生の『通いの軍隊』じゃないんだから、サラリーマンに無理強いは――」

『あれも結構、なろう的に無双したような気がするの……』

「個人の資質の問題だろう。同じ環境でもタフな奴とダメな奴とがいるように、今回はハズレ枠ばっかだと思うぞ」

『はだし○ゲン』のキャラクターたちが、『火垂る○墓』の舞台に転生したら無双する説と同じだな。


 と――。

『『『うわああああああああああっ!?!』』』

 メリーさんを説得しようとしたその瞬間、おっさんたちの悲鳴が辺りに響き渡った。


「――どうした!?!」 

『あたしメリーさん。おっさんたちがオーガに捕まって、リック・フレアーばりに半ケツになって逃げ惑っている姿が見えるの……』

「オーガ⁉ 人食い鬼か⁈ ヤバいなんてもんじゃないだろう!」

 Lv1でオーガとか、洒落にならんだろう。どうする? ア○フル?

『大丈夫なの。このあたりのオーガは別名「男喰い鬼」とも呼ばれていて、別な意味で男を食いまくる……と有名なの。だからこの辺に来る時には、万が一のために「ホモを連れて行け」というのが鉄則なの……』

「いやいや、まてまて! 黙ってみているつもりか⁉ おっさんたちの家族が泣くぞ!」

『ここで覚醒イベントが発生するのを期待するの。できなきゃ無駄骨なの……』


 このガキ、自分が安全地帯だから完全に見捨てて高みの見物モードだな。


 やがて必死の抵抗も虚しく、男喰い鬼ホモオーガに茂みに連れ去られるおっさんたち。

 その様子を眺めながら、メリーさんが、

『なんにせよマヨネーズはお尻にも優しく、なんにでも使えるという教訓なの……』

 持たせおいて功を奏したの、と付け加えるのを聞きながら、俺は定食の付け合わせのキャベツにマヨネーズをつけて口の中に掻き込んだ。


 ちなみにその病魔は、放置しておいたところ高温多湿に弱いという弱点が判明して、夏の到来とともに自滅したそうである。

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