番外編 あたしメリーさん。いま王都が水不足なの……。

『夜は深く、重く、無窮へと広がりゆく……。然り、我こそは漆黒なりし、ダークネス・オーバー・エレメント!』

「ちわっす、先輩。そうですね、毎日雨で嫌になりますね」

『さぁ、時は満ちた。その意思あらば、封印されしエグゾディア。隠された伝説のステージへと赴き、これより簒奪者とならん!』

「いまから観光地へ出かけて、名物を食べ歩きですか? どこに行くつもりです?」


〝あんた、よく会話が成立するわね……。てっきりドク○ストーンでも探しに行くのかと思ったわ”

 連日の空模様のせいか、いつも以上にジメジメと湿っている霊子が、電話の会話に聞き耳を立てながら、感心と呆れが半々の口調で嘆息した。

 慣れだよ慣れ。特定の言葉について、『息子や孫になりきって電話をかけるだけの簡単な仕事』とか『刑務所の受刑者の作業場』ということを隠すための隠語として『簡単でアットホームな職場です』と言うようなもんだ。


 でまあ、その後の会話を要約すると、

『これからドロンパと車で善光寺に行って、ついでに長野名物を食べ歩きする予定なんだけど、よかったら一緒にいかない?』

 という某元テニスプレーヤーが異世界にでも転移したような記録的な豪雨が続く昨今、気分転換にドライブしようという樺音ハナコ先輩からのお誘いであった。


「長野名物ですか。つーと、蕎麦とかおやき、五平餅ってところですかね~」

 ちなみに長野はザザムシ、蜂の子、いなごの佃煮などの昆虫食でも有名だが、地元民にことさらに指摘すると「二ホンジン、鯨喰うんやろ?」と、オーストラリア人に言われた時のような、「『天○の子』でアイドルが声を当ててるけど、どんなもん?」と聞かれた時のような、もにょっとした表情になるので、わざわざ地雷を踏み抜く必要はない。

 いや、俺は悪くないと思うよ。アイドルが声を当てても。アレはアレで、少なくともジ○゛リよりかはマシというか……。


『そういう探せば首都圏でも食べられるものじゃなくて、我らが力の源にして、超越者の魂魄こんぱくを磨く至高のアーティファクトを探求するのよ。すなわちローメンと山賊焼き、てんぷらまんじゅう、やしょうま、おしぼりうどん、あとさくら丼にごぼとん丼を食べて、スーパーツ○ヤで地元名物を買いまくる予定なんだけど』

「微妙にストライクゾーンギリギリの線を責めてますねえ」

 つーか、買い物するなら女子らしく『開○堂』とか、善光寺なら『藤田○衛門商店』の鯉焼き食うとか『豆○』でどら焼き食うとかしろよ。


『OH! ジャパニーズ・カントリーフード! とてもとても楽しみで~~す!』

 隣にいるらしいドロンパが歓声を上げているが、お前この間、俺とふたりで話した時に、

「ジャンクフードとか洋食とかならともかく、ホントとのところ和食とかヘドが出るほど嫌いデース! でもハッキリ言うと悪いので、ボランティアに参加するみたいなノリで『日本食大好き!』と言ってるですYO」

 という、お前はデ○ビッド・ラ○スか!? と言いたくなるような告白してたよな、ドロンパ!!


 見える。郷土食に舌鼓を打つ先輩と、顔だけはニコニコしながら一口食べて毒舌を吐くドロンパの女ふたり――うちの高校ではそうした女同士の神経戦を「合戦」と呼んでいた――そして、その間に座った俺のSAN値が、バームクーヘンを一枚一枚剥くようにすり減って行く様子が、シンクに落ちていく焼きそばのように嫌に明瞭に見える。


「あと、ちなみに車ってことは――」

『勿論、私が運転するわよ。最近、映画を見て「切り札」的に使われるパワーアップアイテムの「NOSノス」を取り付けてみたの。あ、ちなみに今回の車は〝ノーブルM600”よ』

 ※ノーブルM600:イギリスのスーパーカー。あえて電子制御デバイスを装備せず、ドライバーの技量に応じたハンドリングを要求するため、素人では簡単に乗り回せない車と呼ばれている。最高速度362km/h。


「……なんてことを」

 ペーパードライバーで発進する時にウイリーかましたり、カーブを曲がる時に、適当にアクセルとブレーキを踏んで四輪ドリフトかマックスターンを決めまくる先輩が、ただでさえ身の丈に合わない凶暴な性能の車に乗って、それにNOSノスを搭載したとか、水鉄砲しか撃ったことがない中学生が街中でデザートイーグルぶっ放すようなもんだ。


「……まことに申し訳ありませんが、謹んでご辞退申し上げます。ヤマザキでも誘ってください」

『え~~っ、アレと長時間同じ室内にいると鬱陶しそうだから、我とともにジハードを生き抜きエリュシオンへと辿り着いた〈狭間トワイライトの守護者ガーディアン〉と共に行こうかと思ってたのに』

「つーか、なんで先輩って何かあると俺を誘うわけですか? 友達いないのはわかりますけど――」

『と、と、友達くらいいるわよ。えーと、その内原って毒にも薬にもならないというか、つまりあれよ、マヨネーズの何にでも合う感があるから誘うのよ!』


 明らかに動揺した様子で、適当な答えを捻り出す樺音ハナコ先輩。


〝はははぁ……ン”

 何かを悟った顔で霊子がスマホと俺の顔とを見比べる。


「いやぁ、『いつもなら醤油の所を今日はソースにしてみた』ってチャレンジも必要ですよ」

『え~~~っ』

 不満そうな先輩に向かって、

「あ、じゃあ普通の格好をしてコンタクト外して、髪も染めてない先輩を見せてくれれば、喜んでいきますよ」

 ふと思いついて提案してみた。


『わ、我のこの姿は真実の姿であり、コンタクトとか染めるとかはしてないのであり……』

 お前はデーモンさんかというような言い訳をする樺音ハナコ先輩。とりあえず双方の意見の隔たりが大きかったことから、

「じゃあ、次に前から行きたかった『く○だおれビル』にでも行くことがあればお供しますよ」

『絶対よ。あと、また今度うちのマンションで『バズるまで帰れま10』やること。約束よ!』

 ということで、無事に俺は命の危機を避けることができたのだった。


〝てか、年頃の男女が一晩中、マンションの一室でなにしているわけ!?”

 なぜか目を三角にした霊子に詰め寄られたが、ほっと安堵の吐息を吐く間もなく、いつものようにメリーさんから電話が掛かってきた。


『あたしメリーさん。王都が記録的旱魃でインクライスフィールド川も干上がって、水を求めてモヒカンになって半裸にトゲ付きの肩パットをした連中が、増殖してヒャッハーしているし、サラリーマンは全裸にネクタイ姿がトレンドになっているの……』

 どうやら異世界はこっちとは逆で水不足で苦しんでいるらしい。


「どーしたんだ。核戦争でもあったのか?」

 20XX年、世界は核の炎に包まれた!! 文明は消え去り、世界は暴力が支配する時代になっていた──!

「という感じで」


『ううん、単にウドン国のウドン人たちがダムを作って水を独占して、延々とウドンをねて、茹でてるらしんだけど……』

ウドン人あいつらまだいたのか!? つーか、渇水の時ぐらいウドンはやめろよ!」

 ウドン茹でないと生きていけないのか、ウドン人あいつらは。

『きっと死んだ後で異世界転生しても、ウドンばっかり作って食べてるのに違いないの……』

「あー、そういえば『うどん県』でハガキ出しても届く場所があるらしいな。どこにあるかは知らんけど(棒)」

『案外身近にあるかも知れないの。青い鳥や花○子ル○ルン以来、世界中を探し回って一周回って自宅にあったいうのが伝統なの……』

 いやいや、絶対に地元にはないね。


『そういえば、いま思い出したんだけど、この間も熱中症で行き倒れた男がいて、冒険者ギルドが牢屋に入れてメリーさんも同席して身体検査をしたら、胸に七つも傷跡があったの。あれは堅気ではないの……』

「ちょっと待て、こら。何て名前の男だったんだ?!」

『確か「ケン」とか言ったかしら……? 執拗に「水」「水をくれ……」と言ってたので、メリーさん牢屋越しに、キンキンに冷えたタピオカティーを飲んで、音だけサービスしてあげたの……』

「さらに待て! そういう場合は幼女が水を渡すのが、ク○リス以来の伝統だろう!?」

『伝統の幼女水?』

「そういう特定の狭いコミュニティにいるフェチが喜ぶ水じゃなくて、普通にコップに水を入れて渡すもんなの! 幼女は無垢でないとヒロインになれないの! つーか、お前は未来の救世主を見殺しにしたかも知れないんだぞ」

『あたしメリーさん。そんな御大層な感じではなかったの。昔はすぐ上に兄がいたんだけど、いつの間にいなかったことになっていたとか……』

 聞いたことのある設定だな。

『あと妹がいて、最終的に「チャコ」になったんだけど、そこに至るまでに当初はトコだったのが、途中から父親の知り合いだったマコが、妹の立場に収まったりと、明かに複雑な家庭環境を抱えていたらしいの……』

「ああ、すまん。そのケンは無視してもいいわ。いろいろと勘違いしていた」

『そうなの? なんか異世界人っぽいからとりあえず明日あたり、異端審問をして異端者だったら火あぶりにする予定らしいけれど……』


 う~~む、異世界は異物には容赦ねえな。と冷や汗を流したところで、ふと気になって尋ねた。

「つーか、タピオカティーぃ? 水不足じゃなかったのか?」

『お金を出せばだいたいは何とかなるのが文明人なの。いまのところ水一リットルが二万A・Cアーカム・コインかしら……?』

 出た、庶民を見下す上級市民の発言!


「って、一リットルで二万!? セレブ御用達の超高級ミネラルウォーター『FILLICOフィリコ』よりも高いじゃねえか!」

 しかもあっちは基本的に高級容器に収めた値段であって、中身の水は神戸の水だぞ。

 そりゃ確かに水を求めて暴力と略奪が横行するわな。

「何とかして水を確保する気はないのかお前らは? クッ○゜に攫われたピー○姫を助ける感じで」

 例えばウドン国に行っていつものノリでダムを爆破するとか。

『メリーさんはテロリストではなくて勇者なので、そんな法律に反するようなことはしないの……!』

 この餓鬼、こんな時だけ常識人ぶりやがって。

『それにいまは立て込んでいて、それどころではないの……』


 珍しく本気で憂慮しているような口調で弱音を吐くメリーさん。


「どうかしたのか?」

『いままでパーティ組んでたメンバーが、方向性の違いで解散しかかっているの……』

 どっかのバンドかお前らは!?

「つーか、方向性って何の方向性だよ!?」

『冷やし中華にマヨネーズを入れるか入れないかで、意見が真っ二つに分かれたの……!』

「平和だな、お前ら!!」


 ホテルの窓から見える路上では、いかにも『放射能でミュータント化しました』という外見の、八つの目に三つ口、三十六本の足を持った怪しい生物に跨ったモヒカン刈りの男たちが斧を持ってヒャッハーしてるっていうのに!


『平和じゃないの! これは重大な問題なの。マヨネーズを入れるか入れないかは水と油なの。いわば「俺により強い奴に会いに行く」で「敗北と挫折をバネに努力と友情で勝利を掴む」熱血少年漫画の主人公と、「俺より弱い奴を相手にイキりまくる」が信条で、底辺の人間が努力せずに貰い物の力で無双したり、W○kip○diaの知識や現代の道具で原住民にマウント取りまくる、ぶっちゃけ「オチで、の○゛太が痛い目に遭わないドラ○もん」みたいな、典型的ななろ――』

「ストップ! それ以上はさすがにマズい! つまりあれだ、九州とか中国地方における、ゆめ○ウンとイ○ンのような関係というわけだな?」

 そしていまのところゆめ○ウンの攻勢によって、イ○ンが軒並みシャッター街になっているらしいが。

『あたしメリーさん。だいたいそうなの。あと関係ないけどゆめ○ウンって九州が本場だと思っていたら、本社が広島な罠』

 マジでどうでもいいこと言ってるな。

『なお、イ○ンに閑古鳥が鳴いても、潰れた地元商店街は復活しない模様……』

「商店街の話はともかく、お前、仮にも勇者なんだからその情熱を世のため人のために使おうって気はないのか?」


『メリーさん勇者の前に一個の幼女であるの。あと、なにげに書籍版の2巻発売が決定したので、カクヨムこっちでも宣伝する必要があるので、それどころではないの……』

 勝手なことを言っていたせいだろうか、ローラが来客があることを伝えに来た。

『ご主人様、冒険者ギルド長が、ご主人様に指名以来で「ウドン国に行って、ダムを開放してくれるように交渉してくれ。ウドンと互角に渡り合えるのは、消去法だと君しかいない!」とのことです。それとやはり冷やし中華にマヨネーズはなしだと思います』


 ものすごいやっつけ感のある依頼だな、おい!

 そしてローラはマヨネーズなし派だったか。


『マヨネーズをかけないなんて考えられないの! かけるとまろやかになって酢のツンとくるのもなくなるの……!』

『いや、その時の気分によってかけてもかけなくてもいいんじゃないの?』

『そもそもマヨネーズをかけるという発想自体がおかしいのですよ、オリーブさん』

『そうだよね、お姉ちゃん。カラシをかけるなら納得できるけど』

『いや、でも冷やし中華にマヨネーズはスガ○ヤが始めたことで、あっという間に全国に広まったということは、それを支持する人間がいるということで……』


「お前らマジで不毛な論争をしているな。味の嗜好なんて、『キ○とア○ランとシ○が同じ条件でタイマンしたら誰が強いのか』と議論するようなもんで、下手したらきのこたけのこ以上の戦争になるぞ」


 再燃した論争を前に、俺が嘆息すると、

『あのぉ、ワシの依頼なんだけれど、聞いとるのかのぉ……?』

 びっくりするほど蚊帳の外に置かれた冒険者ギルド長が、玄関のところから恐る恐る声をかける声が聞こえたのだった。

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