第18話 あたしメリーさん。いま誘拐されているの……。
アパートの前で管理人さんが自家用車の洗車をしていた。
軽自動車なのか、標準体型の人が頑張ればどうにか四人乗れるサイズの銀色の車である。
田舎じゃ車がないとなにもできないので、俺も高校卒業前に親の金で免許を取ったが、昨今の若者の常であまり車には興味はない。おまけに管理人さんの車は外国産らしく、英語? のナンバープレートが付いている見たことのない車種で、なんという車なのかまったく知識がなかった。
気のせいか小型の円盤を自動車に偽装しているようなディテールだけれど、外国産ともなれば軽自動車でもこういう垢抜けたデザインになるのだろう。
「こんちはー、管理人さん。どこかへお出かけですか?」
「レレレのレー?」
「……えーと……」
「あ、すみません。『お出かけですか』ときたら『レレレのレー?』と付けるのが、この銀河の共通認識な挨拶なものですから、咄嗟に出てしまいました」
嘘つけ~~~っ!!
絶叫したいが、店子と管理人さんの関係でそれはできない。
「それで、ええと……そうそう。今日はグレイさん主催の集会があるので、これから
「ああ、G〇AYですか。じゃあ遠出ですね(コンサートかな? 〝ユゴス”なんていかにも地方の多目的施設っぽい名前だし)』
なんでか知らないけど田舎にある多目的施設やホールって、無理してシャレオツを気取って、大概が一周回って意味不明な名称になるんだよなあ。
例えるなら『田吾作村文化会館』が『サク文化シャルウイホール』って感じで、ぶっちゃけセンス的には目くそ鼻くそというか、いまやシティボーイとなった俺から見れば、せいぜいニートとプー太郎、ゼ〇シイと鈍器の違い、すけべかむっつりかといった程度の差異にしか感じられない。
「そうですね。幸い現在は最接近軌道を通っているので、割と近場なのですが私のコレは小型なので、手土産のアブダクション用の
高速使っても七時間か。まあ軽自動車だから仕方ないな。
にしてもプロダクション用のお土産とか、もしかして管理人さんかなりのミーハーなのだろうか?
「大変ですねー。事故には気を付けてください」
「はい、ありがとうございます~っ」
微笑ましい気持ちでそう
うんうん。常識のある人と話すと心が晴れやかになるな。俺の周りにいる連中も、管理人さんくらい常識人だったらいいのに。
そう思いながらアパートの階段を上っていると、マナーモードにしてあったスマホが鳴った。
階段の途中で懐からスマホを取り出して誰か確認――
>【メリーさん@誘拐なう】
「誰を誘拐した~~っ!?」
思わず反射的にそう表示された件名に向かって絶叫する……と、なぜか洗車中の管理人さんが、
「すみませんすみません! で、でも近所では
なぜか
「えーと、すまいません。こちらの話でして……別に管理人さんのことではないです。驚かせてすみません、失礼します!」
慌ててそう言って部屋に入って鍵を閉める俺。
「――失敗した。ついいつものメリーさんとのテンションで騒いじまった。くそ~~っ、絶対に俺が変人みたいに思われただろうな……ああっ」
〝いや、あなた思いっきり変人だから! むしろ自分を常識人だと思っていること自体に、小一時間問い詰めたい気持ちなんですけど!?”
途端に換気のために開けっ放しにしておいた押し入れの上段に寝転がっていた半透明の濡れた幻覚女が、買い置きのどら焼きを勝手に頬張りながら、振り返って呆れたように玄関先の俺に向かって言い返す。
「ドラ〇もんか、お前は!?」と、ツッコミを入れたいところだが、大方これも俺の中の良心が幻聴となって、自分自身の醜態を嘲笑っているだけなのだろう。
どら焼きがなくなっているのも、知らないうちに俺自身が食っちまっただけで、客観的に見れば錯乱してありもしない幻覚幻聴を見て、黙々とどら焼きを食べている痛い大学生がいるだけ……それが今現在この部屋の中で起きている真の姿だ。
駄目だ、絶対に誰にも言えない。
気持ちを落ち着けるため深呼吸を繰り返してから電話に出る。
「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……」
〝なんでラマーズ法なわけ?!”
ツッコミの幻聴が聞こえるけど無視無視。
「――つーことで、改めて……誰を誘拐したっ!?」
『あたしメリーさん。常識的に考えて愛らしい美幼女のメリーさんが誘拐される側だと思うの……』
釈然としないメリーさんの呟きが返ってくる。その背後からは『ブヒ、ブホ~ッ!』という、豚が喘いでいるような声が漏れ聞こえていた。
「ん? 養豚場にでもいるのか?」
『ある意味近いかも。ちなみに現在の状況を端的に示すヒントは、〝見境のないロリコン”〝地下室”〝ストーカー”……』
同時に『ブヒヒ……』に続いて『幼女萌え~~ッ!!』という野太い叫びがこだました。
「な・る・ほ・ど」
一瞬で理解した。
「……ひょっとして、かなりピンチ?」
『あたしメリーさん。夜だったら死兆星が見えるくらいピンチなの。ちなみにいま亀さん縛り中……』
う~む、確かにこれまでの周りの反応から、メリーさん容姿だけならいいらしいから一部のコアな幼女愛好者の変態には垂涎の的かもしれないが、ぶっちゃけ頭がおかしいから中身はアレだぞ。
とはいえ、性犯罪者の被害者に対して、俺もホトケの心を忘れるほど鬼ではない。さすがにここはフォローを入れる場面だろう。
「えーと、なんだ。まあ野良犬に噛まれたと思ってだな……」
『縛られているのはストーカーのおっさん。四十六歳独身で年齢=彼女いない歴。冒険者で通り名が〝
「お前が縛ってるんかい!!」
『メリーさんが
『ああああああっ! 幼女の罵詈雑言っ、ツンデレ! お、おじさんはもう、もうね……』
『変態なの! ストーカーはこの世から消えるべきなの!!』
『お、おじさんはストーカーなんかじゃないよ。新聞で見た可愛らしいメリーたんに一目惚れをして、振り向いて欲しくて住所を調べ上げ、どこまでも追いかけて、物陰から監視して、逐次相手にその旨を「愛しの〝
『それをストーカーというの! 人を追い掛け回したり、逐一動向を見ていると名前出して連絡してきたり、あまつさえ相手を害するなんて最低なの……!』
「お前にだけは、そのツッコミを口にする資格はないっ!」
電話の向こうから聞こえてきたメリーさんの厚顔無恥過ぎる発言に、思わずそう絶叫していた。
『メリーさんは殺人という明確な目標のための尾行・追跡であって手段でしかないの! こんな欲望にまみれて、人生のアクセル踏みすぎたストーキングとは違うもん……!』
似たようなもんだと思うけどなあ。
「つーかさ、もろ名指しで脅迫状が届いていて、ストーカー被害にあっていたのに警備とかしてなかったわけそのホテル、セキュリティーどうなってるわけ!? あと、同室にオリーヴとかいなかったの?」
『あたしメリーさん。冒険者ギルドはギルド員同士の
「名ばかり? 〝
まあ、冒険者ギルドという組織に属している段階で、すでに『一匹狼』じゃないというツッコミが浮かんだけれど、空気を弁えてあえてスルーする。
『ちなみにその名の由来は、もともとニートで騎士だった親の遺産で食べていたんだけれど、それも食い尽くして現在の生活費は競馬と賭け事が中心。当然やっていけないのでサラ金に手を出し、さらにはそれも無理になってもっぱら闇金で借りているから‥‥…って、冒険者ギルドで聞いたわ……』
「ローン・ナイトって『孤独な狼』じゃなくて『闇金に手を出した騎士の馬鹿息子』の略称か!?」
『そうなの。冒険者になった理由も、生前親に「そろそろ安定した職に就きなさい」と言われたからで、実際の活動実績はなし。あと子供の頃からジャンクフードが大好きで、脂肪と成人病と生活習慣病のかたまり。なおかつハゲでブサメン……風俗店ですら入口で入場拒否られるレベル。口癖は「俺の人生はなんだったんだーっ!」と、受付のお姉さんがそれは詳しく教えてくれたの……』
「なにさっきからブツブツ言ってるのかな、メリーにゃん♪ はあはあ、助けを求めても無駄だよ~ん。この地下室の存在はご近所も知らないし、そもそも近所の連中も親戚も僕んチには近寄ろうとしないからね~」
哀しいボッチ自慢を
先進国の少子高齢化が問題になるわけだ。
『自分でやっておいてなんだけど、ブリーフ一丁で亀さん縛りにした中年変態に迫られるのって、もはや見る暴力なの。狂気のセクハラなの……!』
おおおおおおおっ。信じられん、メリーさんが真っ当な感性を発揮して、変態に拒否反応を示しているぞ!
あり得ない奇跡の場面を目の当たりにした気持ちで、ちょっとだけ感動した。
「官憲だって当てにならなかっただろう? 僕知ってるも~ん」
いい年こいたおっさんが「僕」とか「も~ん」とか使わないで欲しいな……この手の大人子供が増えるから、現代社会は若者を置き去りにしておっさん相手のビジネスやテレビが興隆を誇って、新規の顧客を開拓できずに先細りになるんだ。
『あたしメリーさん。むう、確かにその通りなの。憲兵隊の駐屯所に相談に行っても、「民事不介入」とか「お嬢ちゃんが誘ったんじゃないの?」とか、まるでメリーさんが悪いみたいに言われたの。メリーさん、生まれてこのかた悪いことなんてひとつもしたことないのに……』
「お前と認識の
『そうなの! その上ひどいのになると「ホントは何か悪いことして恨まれてるんじゃないのか?」とか、しつこく聞いてくるし……「メリーさん、他人から恨まれる覚えはないの! せいぜい劇団美少女歌劇団主催の〝ストリップ紅紅歌合戦”のチケット最前列席を買い占めて転売したくらいで……」と、つい口走ったら、「貴様が犯人か~っ! 楽しみにしてたのに、とんでもない高値になって手に入らないじゃねえかあ!!」と、見当はずれの怒りをあらわに、それ以後はメリーさんの訴えを聞いてくれないし……』
あー、それは確かに複数の恨みを買う理由になるな。
「……あれ、てことは誘拐事件が現実に起きた以上、オリーヴとかが捜査を依頼して、いま行方を捜しているところか? メリーさん、犯行現場に『犯人はヤ〇』とか『かゆ……うま』とかのダイニングメッセージ残しておいたり、アジトまで転々とパンくずを撒いて痕跡を残したりしてないのか?」
『メリーさん生きてるし! そもそもコイツがメリーさんを連れ去る犯行現場のホテルの部屋の中に、オリーヴたちたち全員雁首揃えていたもん! それは確かに攫われたときに、備え付けの
……その状況でどうやって犯行に及んだんだ?
悩む俺の背後から、
〝それを言うなら『ダイイングメッセージ』! って、ダメだわ。どっちもボケまくりで気付いてないわ……”
絶望したような幻聴が聞こえたが、幻聴なので当然無視する。
『えーと、ホテルの部屋でゴロゴロしておやつを食べながら、「最近、メリーさん目当ての変質者が徘徊しているみたいだから気を付けて欲しいの……!」って話していたの……』
『「変質者ってどんなのですか?」ってエマに聞かれたので、「メリーさんも良く知らないけど、禿げた中年でメタボのおっさんが、女の子のフィギア持ってハアハア言ってたら、それは紛れもなくコブ――じゃなくて変質者なの……」』
『「……あの~ぉ、いまどきそこまでド直球の変質者はいないのでは?」と、人化しているスズカが小さく手を上げて反論して……』
『「じゃあ家に帰ると寝室に女子の体操服がブルーシートに整然と並べてあるとか……」そう言ったら、今度はローラが、「それはもう泥棒では?」と、口を挟んできて……』
『「ん~、じゃあ春先になると現れる、コートの下に何も来ていないおっさんとか……」で、オリーヴが「どっちかって言うと痴漢だわね、それ」』
『「あと、春だというのに、ビキニ鎧を着て大通りを縦断した痴女集団とかも変態の一種なの……」と、そうメリーさんが言ったら、「「「「好きでやったんじゃありませんっ!!!」」」」と、
そんな風に一応は警戒していたようなのだが――
『ドアがノックされてローラが出たら、籠を抱えたコイツがいてぬけぬけと、「こんちわ保健所の者ですが、ワシ〇トン条約違反のメリーさんが違法に密輸されたとの
【悲報】勇者、ワ〇ントン条約違反で保健所に捕まる。
『許せないの! オリーヴなんて出て行くときに、窓越しに「どうぞどうぞ」ってバラエティ番組のノリで率先してたし、スズカも〝赤い靴はいてた女の子”の歌を歌っていたし、ローラとエマの姉妹も風俗のタイムオーバーした嬢みたいにあっさり見送ってたの! きっと昨夜の夕食で大皿に盛った唐揚げに、メリーさんが勝手にレモンをかけたことを恨んでの裏切りなのっ!』
唐揚げにレモンだと!? お前、いとも容易くえげつない行為を行ったんだな。そりゃ殺されても文句は言えないわ。その罪は七つの大罪を軽く凌駕するってもんだ。滅びよ。貴様の犯した罪と愚かさを悔いて、苦悶の末に無様に屍を晒すが相応しい!!
と、自分がされた場合を想像して我を忘れている間にも、メリーさんの話は続いていた。
『思わず、「ああ、
支離滅裂な割にところどころ日常会話を挟んでいきり立つメリーさんだけど(案外、余裕ある?)、流行に乗って思い付きで始めたその手の連載と、正月から始めた日記は長く続かないのが常だぞ?
『ふひひひっ! なんかよくわからないけど、これからはメリーたんはおじちゃんと一緒だからね。さしずめタイトルは〝仲間に裏切られた幼女が、ロリのおっさんに飼われてズンドコする(BY:ハー〇ルン)”ってところかな』
金髪幼女、裏切り、勇者、復讐、ざまぁ、おっさん、チート……なんか全部盛りで人気取りに行っている感があるな。あれば結構読んでみたいかも……。
「ただし、なんだな。主演がメリーさんという段階で地雷臭が――」
『どーいう意味なの~~っ……!』
『こーいうことだよ~ん、メリーた~~ん!』
『ぎゃあああああああああああっ、来るな、なの! メリーさんロリコンと月曜日が迫ってくるのは大嫌いなの!! ダメだこいつ、もう殺すしかないの――《
瞬時に殺害を選択したメリーさんが、愛用の出刃包丁を装備する。
『正当防衛なの! ロリコン死すべし……なのっ!』
止める間もなく空気を切り裂く一閃の音が響き、同時にパンという柏手のような音が――
『なっ……!? 真(神)剣白刃どり……!!』
『くくくくくっ。プロの追っかけを甘く見ちゃいけないな、メリーたん。これまで相手の親や親父の折檻で何度刃傷沙汰になったことか……。騎士の息子である僕ちゃん、この距離なら余裕で止められるよ~ん♪』
その熱意と才能を、真っ当に騎士として生かす生き方はできなかったのか、お前は!?
そう思わず胸倉掴んで説教かましたくなった。
『あたしメリーさん。信じられないの……メリーさんの硬くて大きくて反り返ったこれを受け止められるなんて……』
茫然と呟くメリーさん。
そんなことをしているうちに事態は佳境を迎えようとしていた。
『とりあえず、バームクーヘンを一枚一枚剥くみたいに、スカートから~!』
『あたしメリーさん。バームクーヘンは丸ごと齧るのが醍醐味なの……!』
『まず一枚~……』
『スカート触るな~~~っ……!』
メリーさんの切羽詰まった悲鳴。
と、うきうきと弾んでいた〝
『な――っっっっ!!!……ば、バカな!? く、黒のレースだとおおおおおおおおおおおおっ⁉! 幼女は白のショーツだろうが! こんな、こんなのは純白を愛する我が騎士一族に対する冒涜だああああああああああ~~っ!!!』
突然に悲痛な魂からの叫びとともに、バタンと重量級の肉塊が倒れる音がした。
『えーと……なんだか良くわからないけど、泡を吹いて完全に気絶しているの……』
メリーさんの気の抜けたような声が、事件の終焉を伝えるのだった。
「…………」
『…………』
しばしの沈黙ののち、
「嫌な。嫌な事件だったな……」
そう俺は万感の思いを込めて嘆息するのだった。
ちなみにこの後、厳重に
さらに腹立ちまぎれに、冒険者ギルドの本部と衛兵の詰め所、ついでに泊まっていたホテルの庭にミントと竹と葛を大量に植えるという非情な植物テロを行ったとか……お陰でこれらは後日、撤去が間に合わなくなり建物を壊して、土ごと移転せざるを得なくなったらしい。
ついでにオリーヴたちも、返す刀で鉱山だかマグロ漁船だかに売り飛ばそうとしたが、本気で泣いて土下座して謝ったので、とりあえずはいまのところタイトル変更はなしになったそうだ。
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