秘密結社ディグニティ・ユニオン その3

「ほう、団結と統合とは?」


 大魔術師ナヒカノは顎を指でさすりながら尋ねた。


 コウジは間髪を入れず返す。


「スポーツを通じて人は帰属意識を高めるでしょう。以前ファーガソン公爵領とコッホ伯爵領とでサッカーの競技会を開きましたが、その時の領民が自分たちの町の代表を応援する姿は凄まじいものがありました。あの一体感はあの場所におられた方なら誰でも感じられたと思います」


 じっとこちらを見つめるナヒカノ。気が付けば周りの人間も皆、コウジとナヒカノのやりとりに耳を傾けている。


 コウジは声をさらに明瞭にして話し続けた。


「そしてスポーツはフェアです。強者もそうでない者も同じルールの下で試合に臨み、互いに全力で戦います。ですが終わった後は遺恨を残さず、互いに健闘を称え合う。スポーツを通じて異なる相手とも打ち解け合うことができるのです。つまり……」


 具体的には。うまくつながる言葉を探す。


「つまり領地、国家、それぞれの単位で帰属意識を高めつつ、異なる共同体とも交流を促す。それがスポーツなのです。鉄道網の発達も進む今日、世界は他国間の協力がますます重要になります。その時にスポーツを通じて生まれた交流は互いに健闘を称え合う者同士、尊敬と親しみをもって接することができるのです。あらゆる人が楽しめるスポーツだからこそ、その実現は可能です」


 言い切ったコウジは若干息切れしていた。それを見てナヒカノは不敵に笑う。


「ふっふっふ、驚いたな。陛下とまるで同じことを考えておられる。陛下は私にこう仰った。スポーツを通じてニケ王国という国体をより強固なものにできると」


 大魔術師の思わぬ発言にコウジは驚いて一瞬にして喉が渇く。


「国王陛下は各地の領主を束ねる存在として君臨されているが、辺境ではその威光も届きにくいこともままある。そこで領地の隔たりを超えた国の代表を集めれば、人々は自ずと国民としての自覚に目覚めよう」


 ナヒカノは自慢の長いひげを弄りながら語る。


「そして国の代表を集めてどうするか。簡単だ、他国の代表と戦わせ、交流と経済効果を生み出すのだ! 陛下の真意はそこだ、各国を巻き込んだ巨大な競技会を開催することなのだ」


 途端、ホールがざわついた。まさか陛下の野望がここで聞けるとは思いもしなかったこと、そしてその内容が実に壮大な理想論であることに驚きを隠せなかったのだ。


 だがコウジはその理想を聞いても動じることは無かった。むしろ無条件に肯定したいと思うほど、深く同意したのだった。


「陛下のお考えには賛成せざるを得ません。私の元いた世界にも、同じような大会はありました」


「ほう、どうだったかな?」


 ナヒカノはまたも尋ね返した。


「はい、国は一丸となって代表選手を応援しますが、時には外国の選手にも声援を送ります」


 4年に1度のスポーツの祭典、オリンピック。世界中約200の国と地域が結集して互いに競い合い、親交を深める。


 つまりビキラ国王陛下の目指すものはそこだ。世界の平和的統合を、スポーツをもって成し遂げるのだ。


「コウジ君、君の目指すものは実に共感できるし、力強い信念を持っている。この場にいる皆もわかっているだろう。君はここに入会する資格がある」


 聞いてコウジは指先まで動きが止まった。入会する資格がある。それってつまり……。


「それでは」


「そう、面接は合格だ」


 良かったー。


 ほっと息を吐いてちらりと隣に立つブローデン外交官とブッカーに目を配る。ふたりともにやっと目と口で微笑みを向け、コウジを祝った。


 だがナヒカノは遮るように話を続ける。


「面接はな」


 三人は固まって大魔術師に向き直った。これだけで終わりというわけではないようだ。


「君は言っただろう、あらゆる人がスポーツを楽しめると。だがフットボールにしろボクシングにしろ、やはり体格に勝る者が強いことに変わりはない。特にこの私のように」


 そう言いながら大魔術師ナヒカノは黒いローブの裾をすっと上げる。


 現れたのは木の脛。大魔術師の右脚は膝から下が義足になっていた。


「これは100年前の戦争で敵の魔法の直撃を受けてしまった名残だ。このおかげで私は走ることはおろか歩くのさえも辛いときがある」


 思い出すように語るナヒカノに、周囲の一同は言葉を失っていた。


「こんな私を含めこの場にいる全員が楽しめるスポーツ教えてくれんか? それができれば君の入会を正式に認めよう」


 ローブの裾を元に戻し、しゃんと背中を伸ばしてコウジに話しかける。


 そうきたか。コウジは目だけを動かして周りに立つ人々の顔を見る。


 茫然と立ち尽くす人々は年齢層も種族も様々だ。彼ら全員をフェアに楽しませるスポーツを提供する。そんなお題、この場ですぐに答えられるわけが無い。


 だが、面接は通ったのだ。ここで挑まずして、いつなけなしの度胸を発揮しようか。


「わかりました。必ずやナヒカノ様のご意向に沿えるスポーツを考案いたします」


 言い切ってやったぜ。周りから驚きの声も上がるが、コウジはピクリともしなかった。


「ふふふ、期待しておるぞ。三日後、またここに来てくれ」




 屋敷を後にしたコウジとブローテン外交官はブッカーのアトリエに誘われ、酒を酌み交わしていた。


 乱雑に置かれたキャンバスを避けながら置かれた小さな机を囲み、年季物のウイスキーがとくとくと注がれる。


 この世界では写実主義がまだ主流なようで、輪郭を描かず絵具を載せていくブッカーの作品は一般ではまだ珍奇な絵として評価されている。


 地球では後に印象派と呼ばれる芸術運動に発展していく予兆はこの世界でもくすぶっているようだ。


「コウジ殿、とんだ難題をふっかけられましたな」


「あんた、手はあるのかい?」


 心配の目を向ける二人に、コウジは腕を組んで考え込んでいた。


「必ずや、とは言ってみたものの、どうすればよいか……」


 三人そろってため息を吐く。蝋燭の小さな炎が揺れ、散らばった物で生まれた影も大きく揺れる。


「マレビトがディグニティ・ユニオンの一員となった前例は無い。革新を目指す一派と伝統と格式を重んじる連中が混在する場だから、ナヒカノ様としても両者に歩み寄った試験を課す必要があったのだろう」


 ブッカーがぐいっとウイスキーを一気に飲み干す隣で、外交官はゆっくりとグラスに口を付けている。


「私もまさかああ来られるとは予想できませんでした、申し訳ありません」


「いえ、謝る必要はありませんよ。いずれにせよ私があの結社に受け入れられるには避けて通れない道なのですから」


「それにしても誰もが楽しめるスポーツか、俺には思いつかないな」


「バドミントンも走り回りますし、高齢の方には辛いでしょう。足の不自由なナヒカノ様は特に」


 三人が再び考え込む。コウジも記憶を隅々まで巡らせ、解決の糸口を探していた。


 魔女カイエの件に結社の件、それに仕事。王都に来て以降次々とのしかかるプレッシャーに、コウジはすっかり困憊していた。

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