報復への序曲

 桃恵が他界してから十日間、俺はベッドの上でぼんやりと天井を見上げながら、何をすることもなく宅配のピザばかり食っていた。


 しかしただぼんやりとではない。あらゆる復讐の可能性を心のどこかでさぐりながら。


 例えばこうだ。桃恵が他界した日に戻り図書館の廊下で待っていた松城を、襲撃前に殺せばどうなるか。もしかして桃恵が、何もなかったように「ただいまー」などと戻ってくるんじゃないか。


 しかしこれは単なる殺人という事になり、俺の美学に反する。あくまで桃恵を殺した松城を葬ってやりたいのだ。


 それにこの方法はねじれがかなり大きい気がする。過去に干渉することになるからだ。殺したはいいが、その瞬間時空の狭間に吸い込まれジ・エンドの公算が高い。


 また、帰ってきた桃恵をどんな顔で迎えればいいのかわからない。幽霊のような存在の桃恵を。


 俺は考えを巡らせた結果、まず拳銃を手に入れなければ話しにならないと思った。


 スマホで裏サイトを探る。しかしなかなかヒットしない。今やネットの規制も厳しくなり、簡単には手に入らないようになっているみたいだった。


 ソファーに座り再び考える。蛇の道は蛇だ。探偵事務所に相談してみる事にした。


 電話帳を開き、興信所の欄を見る。この近くでも結構開業しているようで、五十件近くが載っていた。


 俺は一番上から電話をかけていく。

「こんにちは!渡辺興信所です」

 事務のねーちゃんのハイトーンボイスが二日酔いの俺の頭に響く。

「ちょっと聞きたいんだが、そちらは少し手荒な事は手伝ってくれるのか?」

「少し手荒な事ですか……少々お待ち下さい!」

 やく三分ほどどこかで聞いたことのあるメロディーが流れる。イライラしながら待つ俺。


「お待たせしました。うちではそういう危険な案件は取り扱ってはいないそうです」

「分かりました。失礼しました」


 こうしたやり取りが繰り返される事、二十四件、俺は諦めかける。


 二十五件目、電話に出たのは初老の男だった。


「手荒な案件ねぇ。うちでは取り扱ってはいませんが、いい私立探偵をご紹介しましょうか?」

「是非ともお願いします!」

「幸田探偵事務所、元自衛官で多少手荒な案件でも報酬によっては手伝ってくれると思いますよ。電話番号は……」

 がさごそと机をいじくっている音がする。

「あったあった。電話番号は○○○―○○○○―○○○○です。まあ、あまり無茶をなさらないように。それでは」


 早速電話をかけてみる。テンコールくらいで繋がった。

「はいもしもし、幸田探偵事務所です」

 武骨そうな、顎がしっかりしてそうな声が電話に出る。

「もしもし、こちらはとある興信所の紹介で連絡させてもらっている土門という者です。少々相談したいことがあるのですが……」

「何なりとどうぞ」

「それならズバリとお聞きします。拳銃は用意できますか」


 俺の問いに五秒ほどの沈黙。そして返事が帰ってきた。

「報酬によりますが、込み入った案件のご様子、一度こちらに来られてはいかがでしょう」


 俺は住所を聞き、スーツに着替えてマンションを出た。




 幸田探偵事務所。それはこじんまりとした雑居ビルの中にあった。俺は深呼吸をすると、ドアをノックした。


「どうぞ」

 返事に誘われ、ドアを開けた。身長百八十はあろうかというガタイのいい男が、笑顔で事務所に招いてくれた。


 事務所の一角が面会コーナーになっていて、そこに通された。俺は腰を降ろすと、キョロキョロ周りを見る。電話を置いたデスク。仮眠をとるための簡易ベッド。ちいさい冷蔵庫にレンジ、簡単な食事ができるコーナーなど、完全に一人で営業しているふうの一部屋。


「お茶をどうぞ」

 濃い緑茶だ。俺は短髪に刈り上げた、意外に端正な顔立ちのその男を見て、茶をすする。


「早速ご相談をうけたまわりましょう。拳銃をご所望とか。よろしければその背景などを伺う事はできませんか」


 俺は意を決してこの男にかけてみようと思った。


「妻が殺されたんです。ある警官に。その警官には前から付け狙われていて、私を撃つ時妻が間に割って入ってきて……」


 俺は松城との確執を出会いの時まで遡って伝えた。幸田は真剣な顔をしてそれを聞いている。


「なるほど、復讐ですか。あなたがそうお決めになったことに対して、当方はいっさいやめろなどとは申しません。それなりの覚悟がおありでしょうから。拳銃はご用意できます。ただし、ここには置いてはおりません、危機管理上の観点からです」


 幸田も緑茶でのどを湿らす。


「入手確実な裏サイトを知っているのです。一丁、情報料込みで百万円からです。二百五十万円のオートマチック、ベレッタM102が信頼性も高くておすすめですが」

「じゃあそれを貰おう」


 俺はめずほ銀行のカードを幸田に渡す。幸田はゴールドカードを切り、大きめのスマホを取りだし咳払いをする。


「それでは注文いたします」

 スマホをなにやら弄くっていると、拳銃の写真を俺に見せる。

「このタイプになりますが」

「それでお願いするよ。弾は二十発で」

「分かりました……ここにカードナンバーを入力してください」

 俺は言われた通りにする。

「今、決定ボタンを押しました」


「ふう」

 二人して緊張を解いた。


「届くのは明日の夕方四時以降になりますので事務所には、五時に来ていただければ確実かと」


「分かった。ところで…」

 幸田の眉毛がピクリと動く。

「改めて仕事を依頼したい。復讐の手伝いをして欲しいんだ。なに、殺しの手伝いまでしろとは言わない。拉致するところまででいい」

 幸田はまた茶を飲む。色んな算段をしているのであろう。

「報酬は……」

「手付金として、五千万円、成功報酬として五千万円、計一億円出そう」

「い、一億……」


 幸田は明らかに喉をゴクリと鳴らす。拉致幇助は最悪でも懲役三年程度だ。幸田は一億と三年を秤にかけている。


「一日考えさせて下さい」

 幸田はそういうと、どこか遠くを見つめていた。


 俺はその夜、久しぶりに街に繰り出し豪遊と決め込んだ。桃恵に渡すはずだった金塊を銀行に引き取ってもらったのだ。六十年たった今でもキャバクラは健在で、俺は二人のお嬢をつけて機嫌よく飲んでいく。流石に開けるボトルは一本十万円ほどに抑えたが、それでも大満足だった。


 しかし家に帰れば桃恵が写った写真ボードをみて、さめざめと涙した。いつか突然「ただいまー」と言って帰ってくるような気がしながら。


 次の日、幸田探偵事務所に拳銃を受け取りに行った。基本的な取り扱い方法を教えてもらい、右のポケットにしまった。


 その時幸田の答え。

「復讐を手伝わせてください!」


 情と利、この二つが揃えば人は必ず動く。


 幸田は五千万円、俺のゴールドカードを切った。




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