遠くへ
「桃恵ー!!!」
俺は桃恵を抱き上げた。松城 は他人を撃った事に対して動揺したのか、すぐに逃亡した。
俺は直ぐに救急車を呼ぶと桃恵の状態を見た。腹に二発と、胸に一発。どうやらこれが致命傷のようで、桃恵のマタニティーウェアにどくどくと血が溢れだしてくる。
「桃恵ー!」
俺は再度叫ぶが目をカッと見開き、俺の腕の中でガクガクと痙攣している。
首を回し俺の方を見ると俺を見つめ一言
「あい…し…て……る…」
そして伸ばした手が力なくだらんとなると、息が止まってしまった。
「桃恵……桃恵ー!」
俺は力一杯抱き締めた。しかし彼女の魂はお腹の赤ちゃんと一緒に遠くへと旅立っていってしまった。
不思議な事に悲しい感情は沸いてこなかった。ひたすら松城に対する怒り、怒り、怒り。
俺の心はそれだけではちきれんばかりだった。
救急車が到着した。直ぐにストレッチャーにのせられ最寄りの救急病院に運ばれる。俺も乗り込み、救命活動を見守る。
病院に到着すると、すぐに手術室に運ばれ救命活動は続く。
二十分もしたころ手術室から医者が出てきた。
「残念ですが、助かりませんでした。しかし拳銃で撃たれていましたので、事が事だけに一応警察に通報いたしました」
今の俺にはそんな事はどうでもよかった。頭の中は、先ほどの松城とのやり取りが何度もフラッシュバックしている。
――絶対に殺してやる!
俺は決意を固めつつあった。
警察がサイレンを鳴らしてやってきた。どうやら一般の警察のようだ。いざという時に備えてタイムマシンを一年前にセットした。
俺は廊下の長椅子に座り、医者が警察に経緯を説明している所をぼんやりと眺めている。
警察官が近づいてくる。
「失礼ですが、お名前は?」
「……土門秀志です」
「ご住所と電話番号は?」
「○○県○○市○○町○○番地です。電話番号は……」
「大変恐縮ですが、任意で事情聴取をお願いしたいのですが」
「分かりました。行きましょう」
「それと、事件性が高いのでご遺体は司法解剖にまわします。三日以上かかりますがご了承下さい。ご遺体の受け渡しなどはこちらからご連絡致します」
この展開は覚悟していたので、俺は素直に応じた。手術室から離れていく。桃恵との永遠の別れ。俺は首をたれ警察の車輌に乗り込み長いため息をつく。
警察署に到着すると、すぐに取調室に通された。しばらくした
それから、長い取り調べが始まった。俺は菜々子の失踪した日から正直に、時系列にそって話していった。奇想天外なこの時間旅行の顛末をなるべく分かりやすく、そして松城の腕を撃ったところだけは暴発したとごまかし、丁寧に説明していった。
「あなたがあのタイムマシンの発明者ですか。しかし時系列に沿ってお話をしていただいてもよく分からないところがありますね」
俺は少し緊張する。
「ふーん」
刑事が腕を組み、考え込んでいる。
「一点だけ」
刑事が松城らが逮捕状をとり、俺が逃げ出したところに引っかかる。
「私は時空警察の者ではないのでよく解りませんがあなたが未来の自分と違う人生を生き始めたのは彼女の妊娠と深い関わりがある様子。不可抗力と思われますがなぜ逃走したのでしょう」
「一瞬、捕まってそれを主張しようかと思いましたが、体が勝手に逃走したんです。今では至らなかったと反省をしています」
長い取り調べが終わった。俺はようやく開放された。時計を見ると午後八時、警察の話では松城を逮捕する方向で検討するという。しかし一般警察では逮捕出来ないであろう。もう過去に帰っている筈だから。俺がこの手で殺すしかない。
未来は不変ではない。それはこの身をもって知った。あの時桃恵が、前に出なかったら……恐らく俺が命を落としていた事だろう。
俺は桃恵のタイムマシンを受け取り、マンションに帰る。誰も迎えに出てこない。ここにきてようやく悲しみが頭をもたげる。
「桃恵……うおーっ!」
号泣につぐ号泣だった。おれはソファーに倒れこみ、なおも泣き続けた。
「桃恵……ひっく、桃恵……」
図書館で借りてきた絵本の数々、幸せな日々が来るんだと信じて疑わなかった日々。
桃恵がハンガーにかけてあったマタニティーウェアを見て、また涙が溢れ出る。
「必ず殺してやるー!待ってろよ松城ー!」
俺は涙ながらに叫びまくった。
いたたまれなくなり俺は黒ビールをあけた。立て続けに三本飲むと、また悲しみがぶり返してくる。飲めども飲めども悲しみは癒えない。十本ほど飲んだところで俺は
午前一時、俺は目が覚めた。体内時計を会議に合わせているので自然と午前二時前には起きてしまうのだ。
まだ酔っている。その状態でモバイルをセットし、会議の時間を待った。
開口一番、俺は切り出した。
「俺の妻が撃たれて死んでしまった。彼女がいなくなると働く意味もない。俺は取締役から退こうと思う」
皆一瞬絶句をしていたが、なぜ撃たれたのか、質問攻めにあった。
「理由は……言えない。分かってくれ」
それだけ言うと俺はスイッチを切った。
ジェイコブにも電話をかけ、同じように退任を申し出た。ジェイコブにはもう少しつっこんで松城の事も話した。
「それこそ時空警察に訴えるべきですよ、お父さん!」
「身内びいきをするよ。逆に俺の方が逮捕されるかもしれない。そんな危険を犯したくはない」
「どうするつもりですかお父さん……」
「俺とはもう縁を切ってくれ。ジェイ。短い間だが、世話になったな。俺は奴に復讐する!」
「酔っ払っているからですよお父さん。まずは酔いを覚まして、また会社に復帰する事を願ってますよ」
「それじゃあな」
俺は一方的に電話を切った。
四日後、ようやく桃恵は帰される事になった。俺は葬儀社に連絡して通夜は行わず葬儀場に直に運んでくれるようにたのんだ。
参列者は俺一人の寂しい葬儀となった。
世の中の全ての人間が敵に見えて、読経する僧侶の頭までが憎々しげに見える。火葬場へ行き、桃恵の骨を見たとき、お腹の辺りに赤ちゃんの骨まで見えるようだった。
……もう、この世にはいないんだ……
そう思うと、また涙が溢れでてきた。俺は骨壺に桃恵の骨を入れていった。あの身重な体がこんなにも小さな壺に納まるなんて。
泣きわめいて壺を地面に叩きつけたい衝動にかられた。
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