第8章① 海上封鎖
マルクヴァルト邦国とルペン共和国の軍事同盟が締結された事により、西大戦洋地域に於いて、両国が支配する新秩序が成立した。
しかし、その地域秩序は、新たな列強である日本国の存在を考慮していない不完全な条約であった。
大陸国家である両国は、ひとまず、エリザベス王国に侵攻した外国勢力への対処を後回しにしたが、大陸国家と言えども、海洋秩序の影響は受ける訳だから、もう少し対外政策の資源を対日政策へと割り振るべきだった。
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ルッテラント連邦:海上封鎖部隊
かつての海上帝国は、少しも衰えてはいなかった。覇権国家ではなくったけれども、産業革命によく順応したルッテラント連邦は、国力を増大させていた。連邦は、エリザベス王国海軍第3艦隊に対抗すべく、軍艦の増勢を続けている。
連邦政府は、邦国と共和国の軍事同盟に対して、懸念を抱いている列強諸国の一つであるが、共和国総統から非公式に公国への援助を打診された件を利用し、両国の同盟関係に亀裂を入れるべく画策していた。
大陸極東部の良港を擁する公国の併合は、邦国が海上覇権競争の戦列に加わる事を意味する。海洋国家を自認する連邦にとって、公国の併合は受け入れ難いものだったが、陸上戦力で圧倒的に劣る連邦は、シルヴァニア侵攻を座視する他はないはずだった。
しかし、邦国・公国と国境を接するラホイ王国が、共和国の対公国援助工作に加わった事で、陸軍力の劣勢は、多少なりとも改善された。邦国と共和国の二ヵ国が相手では勝ち目はないが、邦国一ヵ国だけを相手にすれば良いのならば、連邦にも取り得る手段はある。
連邦政府は、エリザベス王国第3艦隊に対抗する海上戦力をメルケル=ルッテラント海峡(メルテ海峡)に差し向けた。
邦国唯一の海岸線は、南部にあり、連邦と海峡を隔てている。当然、邦国海軍の海軍基地は、南部に集中しており、海峡の封鎖は、邦国海軍の軍事行動と邦国企業の海上輸送を著しく制限できる有効な軍事オプションであった。
しかし、連邦にとっては、海峡向かいの大陸国家よりも、エリザベス王国などの海洋国家に対する軍備が最優先であったから、メルテ海峡の封鎖が実現する見込みは低かった。
それが、王国海軍の権威が低下した事で、列強諸国の海軍は行動の制限が緩くなり、活発化し始めている。列強諸国は、植民地帝国の死肉を食い荒らそうと試みていた。
連邦海軍は、自国防衛に2個戦隊、海上封鎖部隊に2個戦隊、予備部隊に2個戦隊を充てた。戦隊の数だけならば、王国第3艦隊に匹敵するが、軍艦の性能や艦隊戦術能力は少し劣るのが現状だった。
それに、その戦力で第3艦隊に対抗しようとしても、王国海軍の6個艦隊から増派されれば、対抗するどころか一方的に撃滅されるだけに終わるだろう。
一国の軍事力に相当する海上戦力を6個艦隊も維持できるエリザベス王国の国力がどうかしているのであって、6個戦隊を維持する連邦は十分に海軍力があると言える。
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ルッテラント連邦:海上封鎖に関する政府発表
連邦政府は、諸外国に対してメルケル=ルッテラント海峡の封鎖を通告した。
①海軍は、船籍を問わず、臨検を実施する。停船命令に従わない場合、警告射撃を実施する。臨検に際して、必要と思われる権限を行使する。
②マルクヴァルト邦国海軍及びその船籍は、如何なる理由であれ、捕獲する。捕獲により獲得した財産は、本国の捕獲審判所の管轄とする。国王は、捕獲品に5%の捕獲税を課す。
③連邦政府は、邦国のシルヴァニア侵攻に反対する。併合の正当な根拠は何ら無く、邦国の領土拡張政策であるのは言うまでもない。シルヴァニア公国の独立と主権は、尊重されなければならない。
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メルテ海峡:マルクヴァルト邦国海軍部隊
邦国政府は、公国政府が領土分割に抗議した際に採った対応の様に、連邦の海上封鎖宣言を無視した。シルヴァニア侵攻の主力は陸軍で、邦国海軍の出る幕ではない。わざわざ、海洋国家の哨戒線を突破して、公国海軍を攻撃する必要はないと見ていた。
公国海軍との海戦が止むを得ない状況とは、海上輸送体制を破壊する必要に迫られた事態ぐらいのものだ。邦国政府は、軍事同盟に挑戦してまで公国との貿易を継続する様な国家があるとは考えていなかった。
これは、大国が小国を併合するという歴史の繰り返しに過ぎない。政府首脳部と軍部の高官が脳内に思い浮かべるのは、圧倒的な軍事力を誇る大国が小国を蹂躙するという絵図だった。
しかし、彼らは歴史を思い起こすべきだ。確かに、大国が小国を併合した歴史は多いけれども、一方で、侵略に抵抗し、国土を防衛した小国も少ないが存在するという事を思い出すべきなのだ。
そして、国土の防衛に成功した小国の殆どは、奇跡的な戦術の成功に頼ったのでなく、自然の地理を障害として、戦略的に利用した事を忘れてはならない。
どんなに軍事技術が発達しようとも、地理は軍隊を縛る第1条件である。自然は、それを忘れた人類に対して、鉄鎚を下してきた。勿論、邦国軍の高官は馬鹿でも無能でもないから、邦国と公国を隔てる山脈を如何にして攻略するのかという方策を張り巡らしている。
例えば、山脈や麓で生計を立てる山岳民族を取り込んだり、現地民以外には知られていない山道を活用したり、あるいは山に穴を穿ち、山中にトンネルを掘削するという手段を模索していた。
これに対して、公国政府は、非常時に山道やトンネルを封鎖・崩壊できる様に準備しており、山岳民族に使者や交易品を送って友好関係の樹立に努めようとしていた。旧来の伝統的な生活様式を維持しようとしている山岳民族からすれば、両国は厄介な相手であった。
そもそも、彼らは周辺諸国から迫害された民族や種族が肩を寄せて暮らしていた集落に起源を発する。その経緯があるから、国家間の問題に巻き込まれる事を極度に恐れていた。
大国と小国の戦争に、それよりも更に弱小の勢力が被るというのは、何とも形容し難い不条理があるが、両国の態度は国家理性の要求に過ぎないのだから、どちらがより善悪なのかは判断できない。そもそも、政治には善悪など存在しないが。
邦国海軍は、連邦の海上封鎖が本当に実効性のあるものなのか、それとも単なる脅迫に過ぎないのかを見極めようとしていた。海軍司令官(王子・海軍元帥)は、君主に直訴し、海上封鎖部隊を挑発し、連邦政府の意図を正確に測るべきだと意見具申した。
王子は、シルヴァニア侵攻に不満を抱いていた。海軍が戦争の隅に追いやられているからで、海軍では陸軍に対する鬱憤が蓄積している。君主は、海軍の要求に難色を示した。そもそも、邦国はクーデターによって立憲君主制に移行しており、君主大権は大きく制限されている。
宣戦布告などの戦争権限は、国軍最高司令官である君主に属するが、その行使には、大書記官長の助言が必要で、勅令にも国務大臣の副署がなければ、効力を発揮しない。新しい君主は、政治に関与しようとはせずに、政治家や官僚から意見を求められても、消極的な態度を崩さなかった。
だから、王子から海軍の活躍を訴えられても、その要求を呑もうとはしなかった。政治にしろ、軍事にしろ、臣下と臣民に託したのだ。君主がいちいちしゃしゃり出る事は、政治改革の理念に反する。
期待を裏切られた海軍と海軍省は、商船隊をけしかけて、海上封鎖部隊に拿捕させ、それを口実に、海戦に持ち込もうと画策していた。自国船籍の保護は、海軍の使命であるのだから、それを利用しない手はない。
もしも、この時代に沿岸警備隊が設置されていれば、国家間の緊張状態を緩和できたかもしれない。しかし、この時代の海軍にとって、特に大陸国家の海軍にとって、沿岸警備隊の役割は海軍の役割そのものであった。
海洋国家の海軍ならばともかく、大陸国家の海軍に期待されている役割とは沿岸防衛と自国船籍の保護に他ならない。邦国海軍は、政府と陸軍に介入されない様な大義名分を掲げて、存分に戦争ができるだろう。
海軍司令官は、自ら旗艦に乗り込んで、甲板に水兵を集めた。
「諸君、戦争をしようじゃないか。何はともあれ、戦争だ。存分に戦って、敵軍を打ち倒そうではないか!!敵軍は強大である。しかし、それ以上に我が軍の士気と勇気は無限である。
私は恐れない。諸君も恐れない。水兵にとって恐れるべきは、天候と神の気まぐれだけである!!しかし、女神は我が軍に味方する。女神は、我々に口づけを与えて下さるだろう!!
それは、我々が最も敬虔で、最も勇猛な戦士であると女神が認めているからだ!!諸君、命を祖国と女神に捧げよ!!勝利を我が手に!!!!」
王子は、ボトルの蒸留酒を飲み干すと、海水に投げ捨てた。それが合図となって、水兵らは最後の晩餐になるかもしれない宴に取り掛かった。
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メルテ海峡:ルッテラント連邦海軍・海上封鎖部隊
連邦海軍がメルテ海峡に派遣した海上封鎖部隊は、2個戦隊・36隻の軍艦を誇る。36隻の軍艦は、戦列艦24隻・フリゲート8隻・臼砲艦4隻で構成されており、エリザベス王国海軍の編制とは大きく異なっている。
王国海軍のフリゲート戦隊は、その名の通り、フリゲートを主力とする海上部隊で、戦列艦は6~8隻しか配備されていない。
これは、両国の海軍思想に端を発し、王国海軍は広大な植民地帝国を維持する為に、機動力を重視し、連邦海軍は王国海軍を最大の仮想敵とする為に、火力を重視しているからである。
王国海軍の基本的な戦術は、足の速いフリゲート・武装商船・連絡船隊を警戒海域に展開させて、敵軍を捕捉し、火力に優れた戦列艦を急行して撃滅を図るという、広域を守備する上で生まれた必然の要求だった。
一方、その他の海軍は、王国の優れた造艦能力と保有艦船数に大きく差をつけられており、1個戦隊に独自の高速船隊を配備・維持する様な余力は少ない。西大戦洋地域最大の海洋国家である王国は、徴用できる武装商船のトン数も桁外れなのだ。
王国海軍の1個戦隊は、それぞれ独自に非公式な海上部隊を抱えている場合も多い。母港の漁船を一時的に借り受けたり、通報艦として活用したりする事で、哨戒範囲を拡げている。
正直に言って、連邦海軍には余力がない。王国第3艦隊に対抗できる海上戦力を維持するだけで、財政に多大な負担を掛けているのが現状だった。王国海軍の真似をして、民間船舶を海軍に組み込もうとしても、そもそも絶対数が少ないのだから、哨戒範囲は限られてしまう。
軍艦のライフサイクル・コストは、陸軍とは比較にならない程に費用が嵩む。非常に高価な戦列艦を多数維持しているものだから、海軍予算は常に枯渇しかけている。かつての海上帝国がこうであったのだから、他の海洋国家がどの様な苦労を掛けて海軍を維持しているのかは、推して知るべし。
海上封鎖部隊は、メルテ海峡に邦国海軍・商船隊を封じ込めるべく、邦国海軍基地の近海に展開していた。船籍を問わず臨検すると宣言したものだから、武装商船や漁船への臨検が続いて、目標海域にまで到達するのに時間を浪費してしまった。
これは海上封鎖政策の難点で、実際に想定している仮想敵の艦船と脅威の低い外国船の区別ができるのかという問題である。被封鎖国は、封鎖国の友好国の軍旗や国旗を偽装して、わざと臨検させたり、友好関係にかこつけて臨検の不当性や免除を訴えたりしてくるからだ。
軍艦が掲揚する海軍旗の真偽は、結局の所、信用によるしかない。この信用を前提とした航行と入港は、平時では機能するが、有事になると機能しなくなる。
そういった背景があるから、一見、友好国の艦船に見えたとしても、実際に臨検してみなければ船籍は分からない。尤も、偽装艦船でなく、単なる便宜置籍船(FOC)の可能性もなくはないが。
海上封鎖部隊は、邦国の沿岸海域に達すると、警戒を厳としつつ、防備が手薄な邦国海軍基地を目指した。部隊の攻撃目標は、邦国最大の海軍基地でなく、あまり重視されていない小さな海軍基地だ。
海上封鎖を有効に機能させる為には、艦船を母港に閉塞するのが一番良い手段だが、全ての港湾を閉鎖できる程の隻数は不足している。
そうなると、閉鎖する港湾を絞らなければならないが、軍艦の消耗を避けたい連邦海軍は、軍事的抵抗力が低い海軍基地を破壊する事で、取り敢えず海上封鎖政策の功績とする事にした。
もしも、最大の海軍基地を攻撃すれば、邦国政府が連邦を征服すべく上陸作戦に踏み切る恐れがあった。
大陸国家と言えども、その国力を総動員すれば、海洋国家に対抗できるだけの海軍を整備するかもしれないし、その強化された海上輸送能力によって、上陸部隊が大挙して侵略して来るかもしれない。
陸上戦力に乏しい連邦にとっては、敵軍に上陸作戦を決心させない程度の攻撃を与えるのが望ましい。連邦政府は、エリザベス王国海軍に対抗できる艦隊を維持する為に、陸上戦力を大幅に削減してまで、費用の捻出に窮している。
邦国陸軍が連邦の本土を踏むのならば、相応の陸軍を用意する必要があるが、そうすると、どうしても海軍予算が不足する。従って、現状の海上戦力を維持しようとするのならば、上陸作戦は阻止しなければならない。
勿論、敵軍の海上輸送部隊を海戦で撃破するという戦術も有効だが、それには自軍の損害という危険を覚悟すべきで、その決心がつかない連邦政府は、何とも中途半端な海上封鎖政策を採った。
結論を言えば、この海上封鎖政策は、失敗に終わる可能性が高い。
※※
マルクヴァルト邦国南部・沿岸海域:海上封鎖部隊
連邦海軍の誤算は、邦国海軍が積極的な索敵と海戦を志向している事だった。海上封鎖部隊司令官(海軍中将)は、旗艦の司令官公室にて、戦況が加えられた海図と睨めっこしていると、自身の副官が艦長を伴って報告した。海軍中将は、簡潔に尋ねた。
「何か発見したか?」
「はい。旗艦から8時の方向に、第5戦隊所属のフリゲートがマルクヴァルト邦国の商船旗と社旗を掲揚した商船隊の姿を認めました。
商船隊の護衛として、武装商船及び邦国海軍のフリゲートも随伴している模様です。商船40隻以上、武装商船4隻、軍艦2隻の構成です」
「それで、対応は?」
「敵目標を発見したフリゲートが、直ちに停船命令を発しました。商船隊は、停船命令には応じましたが、臨検の要請には応じていません。我が軍は、如何致しましょうか?」
「臨検はしたいが…、少し厄介だな。隻数だけを見れば、我が軍を越えている。臨検するにしても、数が足りん。敵戦闘艦は、武装解除に応じると思うか?」
「臨検要請を無視している以上、武装解除には応じない構えでしょう。ですが、そうなると何故、停船命令には応じたのかという事になりますが…」
「言うまでもなく、戦闘艦が少ないからだろうな。停船命令を拒否すれば、撃沈の理由を与える事になる。
尤も、それでいて臨検を拒否するというのだから、我々には見られたくない商品を運んでいるのかもしれないぞ?」
「見られたくない商品ですか?」
「例えば、武器とか、兵士とかが順当な所だろう。我が国の哨戒線を突破して、シルヴァニア公国を海岸から攻撃するという手段がない訳ではない。まぁ、実現可能性は限りなく低い軍事手段だが。
あるいは、我が国に対する上陸作戦の準備かもしれん。とにかく、臨検してみない事には、何も分からんな」
「つまり、臨検を実施すると?」
「そうだ。敵戦闘艦の武装解除を最優先で強行しろ。応じなければ、沈めても構わん。敵戦闘艦の武装解除が完了した後、直ちに商船の積み荷を確認しようではないか。何が出るかは、神のみぞ知るという奴だな」
「…積み荷が兵士でない事を祈るばかりですね」
「その時は、臨検部隊ごと撃沈するしかないな」
海軍中将は、冗談と変わらない口調で、味方を撃つという。敵兵が、わんさか商船に詰め込まれているのであれば、臨検を担当する各艦の海兵隊では、かなり荷が重いだろう。船上での接近戦が発生すれば、一転して不利にもなりかねない。
※※
メルテ海峡の海戦:連邦海軍、邦国海軍
連邦海軍の海上封鎖部隊は、邦国の商船隊に対する臨検を強行した。臨検部隊の乗船を渋る邦国商船隊に対して、連邦海軍は、警告射撃を以て対応を急かした。「撃沈か、さもなくば臨検か」を突き付けられた商船隊は、不本意ながらといった体で、海兵隊の臨検を許可した。
50隻弱の邦国艦船を強制臨検している海上封鎖部隊は、多数の艦船に横付けする形で海兵隊を乗船させており、その結果として、大きく陣形を崩していた。
周囲を警戒している水兵が、大規模な艦影を視界に認めたのは、臨検で若干混乱した状況の最中の事だった。警戒担当の戦列艦は、手旗信号で各艦に「艦影、見ゆ」と連絡した。
第1章でも指摘した事だが、この惑星の水平線は地球の6倍以上(対等水面上であれば27km以上、高台から60km以上)であるから、海戦の有視界距離は、地球とは比べ物にならない程に長い。従って、軍艦が全周警戒を怠っていない限りは、砲戦に移る前に、敵艦隊を発見できる地理条件にある。
悪天候や、地理上の障害物でも利用しない限りは、互いに姿を認識しながら、海戦を準備する事が常であった。この惑星の水平線を越える有視界外攻撃を加える事ができる国家は、現在登場している国家の中では、日本国のみである(※今後、スタンドオフ攻撃能力を持つ国家が登場する可能性はある)。
邦国海軍2個戦隊規模の敵艦隊を認めた時点で、海上封鎖部隊司令官(海軍中将)は、臨検を中止せざるを得ない事を悟った。彼我の戦力に、さほどの違いはない。こちらも全力で応戦しなければ、臨検で陣形を崩した艦隊に対して、敵艦隊は簡単に火力を投射できるだろう。
海洋国家の海軍が、大陸国家の海軍に敗北するなど、海洋国家の威信に懸けて阻止しなければならない。
商船隊には、まだ一部の臨検部隊が乗船していたが、彼らに船内の統制を任せると、敵艦隊の単縦陣に対して、艦隊をやや斜めに単横陣へと変形した。
敵先頭に対して、4隻の臼砲艦を配し、臼砲艦部隊を中心として、戦列艦・フリゲートが続く。敵艦隊の火力投射を回避しつつ、斜線方向の艦隊運動によって、敵艦隊の側面に肉薄する算段だった。
邦国海軍は、練度に難があるのか、陣形の転換に手間取っている様子だが、対する連邦海軍は、手慣れたもので、素早く陣形を整えた。
戦列艦には、投射火力が艦体側面に集中し、艦体前後からの火力が投射できないという、どうしようもない欠点があるが、臼砲艦であれば、艦体の前面にも火力を投射できる。連邦海軍の中央に配置された臼砲艦部隊は、その前面火力によって、邦国海軍の先頭艦へ攻撃を加えた。
本来、臼砲艦は艦隊の対地火力を担うが、海戦に於いては、敵艦隊の先頭艦に対する攻撃も担う。撃沈するには至らなかったものの、敵海軍を混乱させるには十分だった。単縦陣を崩し掛けている邦国海軍に対して、連邦海軍は、斜線の単横陣を大きく回転させて、敵艦隊側面に進出しようとしていた。
しかし、その陣形転換を遮る艦影があった。商船隊の艦船だった。非武装の商船は、連邦海軍に突っ込もうとしている。連邦海軍は、回避運動を取らざるを得なくなって、こちらも陣形に乱れが生じ始めていた。
商船隊は、初めから連邦海軍の動きを束縛する為に、わざと臨検に応じたのだ。邦国海軍にとっては、幸いな事に、連邦海軍は無防備な側面を晒している。海戦は混戦とし始めた。彼我の艦隊の距離はより近くなり、味方艦への誤射も頻発するようになった。
メルテ海峡の海戦によって、両艦隊は互いに損害が大であった。邦国海軍が用いた商船隊による捨て身の突撃は、連邦海軍の足並みを乱れさせ、少しだけ邦国海軍へ幸運が傾いた。
しかし、連邦海軍は海洋国家が誇る精鋭である。混乱を収束しつつ、陣形を整ると、何とか応戦し、邦国海軍にも多大な損害を与えた。
両艦隊の損害数だけを見れば、引き分けと言える。しかし、連邦海軍は、海上封鎖の目的を達成する事ができず、邦国海軍は、連邦の海上封鎖を実力で阻止する事に成功した。邦国海軍は、多大な犠牲を払いながらも、自国の戦略目標を達成した。
邦国海軍は、依然として、連邦海軍に対して、海上戦力で劣るが、メルテ海峡を越えた西部には、エリザベス王国海軍第5艦隊が控えている。この第5艦隊の圧力を踏まえれば、連邦海軍は、当分の間、予備の2個戦隊も自国防衛に回さざるを得ない。
海上戦力の1/3を喪失した連邦海軍は、温存されている第5艦隊と比較して、どうしても見劣りする。結局、連邦海軍は、自国の沿岸海域にまで哨戒線を後退させるはめになった。
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