第135話 不吉を告げる音
「かばんちゃん、本当に大丈夫…?」
「大丈夫だよ、サーバルちゃん。ほら、どこも怪我してないでしょ?サーバルちゃんこそ大丈夫?」
「私は大丈夫…。 …ごめんね。私、あの時何も出来なくて…」
「謝らないで?サーバルちゃん達が無事で良かった。それに助けに来てくれて本当に嬉しかったよ。ありがとう」
「…私こそ、ありがとう、かばんちゃん…」
山を下りバスに乗って走っているのは、かばん、サーバル、リカオンの三人と、かばんの腕に巻かれたラッキービースト。春慈と桂華の襲来にあった二人は、改めてお互いの心の状態を確認し合い、ぎゅっと手を握り締め合っていた
リカオンは周りへの警戒を解かず、常に追っ手がいるかどうか確認をしていた。耳を動かし、匂いを追い、特に問題がないことを確認すると、ため息を一つ吐いて座席に座り直した
「私もすみませんでした。受けたオーダーを遂行出来ませんでした。コウさんがいなかったら、今頃どうなっていたか…」
「…リカオンさんも気にしないでください。こうやって皆無事なんですから」
「…ありがとうございます」
キングコブラやヒグマ達から受けた任務は、目を覚ましたコウが解決した。役目を果たせなかったリカオンは落ち込んだが、かばんが直ぐにフォローした為、それ以上気にすることはなかった
しかし、リカオンの表情はまだ暗かった。その原因は、あの時に見たコウの様子にあった
コウが春慈と桂華に向けていた感情が、過去に彼から向けられた以上に強い殺気だったからだ。下山する前にかばんがコウに届けた言葉と合わせ、彼が何をしようとしていたのか理解してしまったのだ
「リカオンさん、コウさんが帰って来たらパーティーをしませんか?」
「…え?パ、パーティー、ですか?」
「はい。皆で新年を祝うんです。沢山料理を作って、沢山遊ぶんです!」
「なにそれすっごくたのしそー!私もお手伝いするね!」
「うん!よろしくね、サーバルちゃん!」
そんな不安をかき消すかのように飛んで来たかばんの提案。彼女もまた、コウのしようとしていたことを知っていた。そして、リカオンがそれについて考えていることにも気づいた
『彼がどんな選択をして帰って来ても、いつも通り笑顔で迎えよう。彼は僕達の恩人で、大切な友達だから』
そんなかばんの想いを感じ取ったリカオンは、笑顔で静かに頷き、その提案を肯定した
「…あっ!この先に誰かいるよ!」
暫く進むと、サーバルが微かな足音を捉えた。フレンズを驚かせないように、かばんがラッキービーストへゆっくりバスを走らせるよう指示をした
バスのライトが、少し前を歩く二人のフレンズを照らした。それは彼女達にとって見慣れた背中だった
「ヒグマさん!キンシコウさん!」
「リカオン。それとかばんにサーバル。無事だったんだな」
「はい、もう大丈夫です。ご心配お掛けしました」
「全くだ。相変わらず無茶をする奴だよお前は…」
三人が合流したのはヒグマとキンシコウ。かばんとサーバルの様子を見たヒグマは、呆れながらも内心ホッとしていた
「アライグマとフェネックはどうしたの?」
「あの後直ぐに起きて港に行った。本当に元気な奴等だよ」
「相変わらずだね~あの二人」
「船のことを聞いていたようで、お宝を見つけると言って走っていきました。他に来た人間はいないので問題はないとは思うのですが…」
「なら、僕達は二人の元に行きますね」
「そうしてやってくれ。その方が安全だ」
どうやら春慈が使用したスプレーは効果の持続時間が短かったらしく、安全な場所に連れていく途中で目が覚めたようだ。その後は持ち前のタフさで走っていったアライグマを、フェネックはいつも通り追いかけていった…とヒグマとキンシコウは説明した
「…その前に、皆さんにお伝えすることが1つあります」
「なんだ?」
「火口にあるはずの、オイナリサマの結界が失くなっていたんです。恐らく、僕が来るずっと前からです」
「っ…それって…」
「はい、皆さんが考えている通りかと。フィルター自体は、コウさんが来てくれましたから今は大丈夫だと思います。ですが、何かが起こっているのは確かです」
「…そうか、あいつ無事だったか。それなら山はあいつに任せよう」
「私達はそのセルリアンの対処ですね」
「次から次へと、本当に厄介ですね…」
全員の脳裏に浮かんだのは、コウから聞いた本のページを再現したセルリアンのこと。結界の件に加え、これまでに起こった事例からして、それが関与している可能性が高いことは確かである
「…! カバン、ミズベノステージ付近デ、多量のサンドスター・ロウヲ検知シタト連絡ガ入ッタヨ」
「っ…早速か…!」
嫌な予感は意外と当たる。話し合いの答え合わせと言うかのように、ラッキービーストからの報告が入った
「みずべには私達が行く。お前達は港に行ってくれ」
「かばんさん達は他のフレンズさんへの呼び掛けをお願いします」
「分かりました。皆さんお気をつけて…」
「貴女達も気を付けてください。ではまた」
「また後でね!」
ヒグマ、キンシコウ、リカオンはみずべへ、かばん、サーバル、ラッキービーストは港へ向かうために別れ、どちらもスピードを上げて走り出す
問題を解決するために。問題を未然に防ぐために
*
「…なんだ、これは…?」
「セルリアン…なのでしょうか…?」
「それにしては匂いがしませんが…」
森を抜けて、ヒグマ達がついたのはみずべのステージ。その壇上にあった物体を見て困惑しながらも、三人はそれを警戒しつつ観察をし始めた
それは、本に出てくるような大蛇の形をした巨大な黒い物体だった。佇んでいるだけでも相当な威圧感を放っていたが、動く気配は全くなかった
そう思っていた矢先に、その物体に急激な変化が訪れた
『ギャオオオオオ!?!?!?』
「っ…キンシコウ!リカオン!一旦離れ……!?」
突如内側から光を発したかと思えば、苦しそうな雄叫びを上げてそれは粉々に砕け散った。空中へ消えていったサンドスターを、ヒグマ達は黙って見送ることしかできなかった
「…結局なんだったんだ?」
「私にも分かりません…。ですが、警戒するに越したことはないかと」
「そうだな。いつ変なやつが現れるか分からない。周囲にもまだ何かあるかもしれn」
「あの~…」
ヒグマとキンシコウがセルリアンについて考えている中、リカオンは何処からか来たラッキービーストを抱いていた。緊張感がないように見えたのか、ヒグマは呆れた顔でため息をついた
「リカオン、こんな時にまでボスを…」
「違うんです!このボス、何かおかしいんです!」
差し出されたラッキービーストを、不審な瞳で見つめるヒグマとキンシコウ。最初こそそうだったが、よくよく見るとおかしな所に気づき、二人の目付きが鋭くなった
「…ボスは、こんなに黒かったか?」
「いいえ、ボスはもっと綺麗です」
「それに、目がチカチカ光ってますね」
「たまに光るのは知ってますが、ここまで激しいのは初めて見ます」
そのラッキービーストは所々黒ずんでいて、瞳が忙しなく点滅を繰り返していた。時々何かを引っ掻くような不快な音も鳴り、それが一層三人に不信感を抱かせた
「これ、かばんさんに見せた方がいいですよね?」
「そうだな。それに一緒にいるボスなら、何か分かるかもしれな…」
『──。────』
「…ん?」
『────!──!?────!』
「…なんでしょうか?」
先程までとは明らかに違う音に、三人は更に首を傾げる。ラッキービーストが発した音は籠っており、通信も途切れ途切れで何の音か判別することが出来なかった
ただ、野生の本能からか、ハンターとして培ってきた経験からか、何か嫌な予感がするのは確かだった
音は流れる度に、段々とクリアになり繋がっていく
そして、ついに聴こえた音は──
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『さてさて…
山から飛び去ったスカーが辿り着いたのは、遊園地に出現した石板の前。それに手をかざし、白く光っている円を順番になぞっていく
『…うん、いい感じだね。黒ラッキー!こっちに来てー!』
なぞられた場所は、徐々に光を強くしていく。一つ強くなれば、連動するかのように隣り合わせの円も強く光っていく。成長しているとも言える現象にスカーは口元を緩ませると、黒く染めたラッキービーストを呼んだ
石板を背にし、黒ラッキービーストを弄るスカー。瞳が点滅しピキーン!と音が鳴ると、パークの景色が分割して映し出された。きちんと映っていること、そこにいるフレンズがラッキービーストを見ていることを確認したスカーは、嬉しそうに両手を広げた
『レディース&ジェントルメーン!皆様今宵は如何お過ごしでしょうか!?ただいま遊園地から中継を繋げておりまーす!』
突如、大声で語り始めたスカー。音声は届いているのか、画面の向こう側にいるフレンズは、こぞって不可解な顔をした
『僕の名前はスカー!以後お見知りおきを!早速なんだけど、もうすぐ皆の前には特殊なセルリアンが現れるよ!それは皆への【
セルリアンという言葉に、フレンズ達は焦りを見せ周りを警戒し始めた。リーダーである子達が他の子になにやら指示をしている様子に、スカーは一層嬉しそうな表情を浮かべた
『因みにどんなのか説明しとくね!まずはいつもの黒セルリアンと天使型のセルリアンを各ちほーに用意したよ!それとここ遊園地には【
「──光符『ソルフレア』!」
『──へ?』
スカーの頭にあるキツネの耳が捉えたのは、真上からしたコウの攻撃宣言。その名の通り、太陽のように眩しく輝くレーザーが、石板とスカーに降り注いだ
慌てて逃げていくスカーを尻目に、コウは光のレーザーで容赦なく石板を貫く。石板はガラガラと大きな音を立てて崩れ、破片はセルリアンのようにパカァーン!と砕け散った
『あっ…あー!?嘘でしょ!?まだエネルギー充電中のもあったのにー!?』
「そうか、間に合ったみたいだな」
『間に合ってないよー!どうしてこんなことするのー!?』
「しない方がおかしいだろうが」
『うぐぐ…折角ステージとへいげんにも設置してたのに…。【
「これ以上増やされてたまるかってんだよ」
『うぅ~…』
石板が準備を終える前に破壊されたからか、どうやら2体のセルリアンが動く前に砕けてしまったようだ。その結果がスカーに伝わったのか、それはがっくしと肩を落とした
『てかなんでここにいるのさ!?あの三体は特別製だから
「答える必要も意味もない」
『もう!そうやってまたいじわるする!なら自分で見るもん!黒ラッキー!』
コウのレーザーを避けながら、もう一体の黒ラッキービーストを触手で弄くるスカー。映し出された映像はぶれぶれであることに加え、砂埃が舞っている為火山の様子はハッキリとは見えなかった
だが、その中でスカーの瞳は三人のシルエットを捉えた。それは自身の記憶の中にある、とある人物の姿と一致した
そして目の前には、あちこちに擦り傷や汚れている所があるものの思っていたより消耗していなく、思っていたよりも速く駆けつけたコウの姿。その二つの要因から、スカーは答えを導き出した
コウの姉達が復活し、今火山で自身が生み出したセルリアンと戦っていることを
にわかには信じられない奇跡が起きたということを
その事実は、スカーの心を今までにないくらい昂らせていた
『アハハ!そんなことがあるなんて!やっぱり
「そんなものいらねぇよ」
『そう?なら特典映像だけでも見てってよ!こちらをご覧下さい!』
スカーが指差したのは、先程まで演説に使っていた黒ラッキービースト。流れている映像が切り替わり、ろっじ、図書館、温泉宿から少し離れた、開けた場所が映し出された
それぞれの場所には、黒く巨大な異物が佇んでおり、その近くには数人のフレンズ達がいた
「あれは…くそっ…!」
『気づいたみたいだね!けど残念、もう遅いよ!』
パチンッ!スカーが両指を鳴らす。それを合図に、セルリアンの瞳には光が宿り、大きな雄叫びを上げて起動した
『おっ、問題なさそう!どう?クオリティ高いでしょ──ってだからまだアナウンス中なんだよ!?』
「だからなんで待つと思ってるんだ?いい加減に学べ」
『もう!本当にせっかちなんだから!でもこれだけは言わせてもらうよ!』
右手に赤く光る剣を携え、剣先をコウに向けて、スカーは上機嫌で叫ぶ
『さぁ皆、始めようか!フレンズとセルリアン、お互いの存亡を賭けた──
「滅ぶのはお前達だがな!」
コウの白く光る剣と、スカーの赤く光る剣が交わる
敵は自分自身。それを告げる音が、遊園地に響き渡った
──────────
「どうやら、コウさんが戦ってるやつが親玉らしいですね」
「あの感じだと、他のちほーでも同じようなことが起こってるみたいですね」
「ラグナロクっていうのがなんかのかは知らんが…私達はこいつらの相手にしないとな」
黒いラッキービーストから聴こえた音。それは遊園地で対峙している、コウとスカーと名乗る謎のセルリアンの会話だった。その通信が切れると、ヒグマ達は臨戦態勢に入った
『グモモモモ…!!!』
『クフフフフ…!!!』
ステージの影から姿を現したのは、ヒグマ達と同じくらいの大きさの黒いセルリアンが数体と、ボール型の黒セルリアンが数体。前者は天使が付けているような輪が頭の上にあり、胸には核である石が埋め込まれていた
「二人とも、準備はいいな!?」
「勿論です!」
「いつでもいけます!」
「よし!ならさっさと片付けるぞ!」
武器を構え、拳を構え、三人はセルリアンに突撃していく
全てを巻き込んだ戦いが、今幕を開けた
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