第117話 源泉と温泉と


「コウ、今日は…その…温泉旅館に行かないか?」


ハロウィンが終わり、片付けに1日を使い、その次の日の朝。キングコブラさんがそんなことを言ってきたので、俺は即『いいよ』と返事をした


「かばんちゃん、私達も温泉行こう!」

「うん、行こうサーバルちゃん!」

「フェネック!アライさん達も行くのだ!」

「アライさんに付き合うよ~」


四人も行くようだ。旅の疲れを温泉で流すのはいいかもね


「温泉!アオイさん!私達も行きませんか!?」


「ミドリ…これは旅行じゃないんだぞ?」


「まだゆきやまちほーの調査はしてないじゃないですか。それのついでですよつ・い・で!」


絶対ついでって想いじゃないわあれ…。ミライさんも一緒にはしゃいでるし…。そりゃ父さんも頭抱えるよ…


「はぁ…。なら今日じゃなくてもいいだろ?二人の邪魔に」

「ならないと前にも言ったぞ?一緒でも別にかまわん」


キングコブラさんの援護射撃によって更にはしゃぐ母さんとミライさん。女性にこういうこと言うのは失礼だって理解してるけど、もうそんな風に喜ぶ歳じゃないと思うんだ。いや見た目は凄い若いけどさ


「…分かった分かった、行こう」


結局折れた父さん。多分どう転んでもこういう結果になったと思う。だって父さんだから


「フフフッ…楽しみね」


キュウビ姉さんがボソッと呟くと、顔を少し赤くしたキングコブラさん。まさかまた変なことを言われた結果がこの提案なんじゃ…今回は一体何を…


…だけどもし、本当に彼女の意志で行きたいと言っているなら、それを無下にはできない。唯でさえデートは中断されているようなものだから、出来るだけ彼女の要望には答えたい


…いざとなったら、オイナリサマに助けを求めようかな。そんなことあってほしくはないけどね



*



「えっ?お湯が出ない?」


「そうなのよ。たぶんだろうけど…」


旅館に着いたのも束の間、ギンギツネさんはそう言った。彼女が言うとは、おそらく源泉にある機械に湯の花が詰まっているのだろう。そのせいでゲームもできないのか、キタキツネさんの表情は絶望に染まっている


そしてそれを聞いた母さんとミライさんのハイライトが消えた。入りたかったのは分かるけどそこまでなの?


「源泉か…私達が見てこよう。ちょうど調査をしなければいけないしな」


「あら、ならお願いするわ」


「ええ~…山頂に行くの辛いです…」


「…なら、ミドリ達は旅館の周辺を頼む。終わったら先に戻ってていいから」


「分かりました!頑張って即行で終わらせますね!」


母さんは本当にパークの研究員なの?よくそんなんで上にいけたなって…。父さんも苦労人だ…



*



グループ分けは、母さん、ミライさん、キュウビ姉さん。俺、キングコブラさん、父さん、オイナリサマ。かばんさん達は旅館でキツネ二人と話している


早速山頂へ歩き出す。オイナリサマ曰く、今日は吹雪にはならないから心配しなくていいらしい。流石神、天気予報すらしてみせた。俺もできるようになりたい


「大丈夫?寒くない?」


「大丈夫だ。お前こそ、雪で滑って転ぶなよ?」


「そんなドジはしないって」


軽い足取りで俺とキングコブラさんは進んでいく。白い息が現れては消えていく。繋いだ手から伝わる温もりで寒さは気にならない


「…」


「アオイ?何かおかしなことでもありました?」


「ん?何も問題ないですよ。正常範囲内ですし、セルリアンも見かけません」


「…それは何よりですね」


調査も順調に進んでいるのか、相変わらずよくわからない機械で何かを記録している。聞く限り問題あるちほーはないみたいなので、俺が心配することはないだろう


「ここが源泉か…。またゴツいなこれは…」


キングコブラさんが驚くのも当然だ。ここには明らかに自然に不釣り合いな機械がある。かなりデカいのに問題なく動いているのは、ラッキーさんとギンギツネさんの普段の頑張りのおかげだろうか?


「では私達は見てきますので、それまで自由にしててください」


オイナリサマは父さんと湯の花の詰まりを見に行った。自由にしててと言われても、待っている間特にすることがない。工場見学でも…いや、いいのがあった


「匂いからして…こっちかな?」


「何かあるのか?」


「近くに足湯があるはずだよ。入っていこうか」


足湯という聞きなれないワードに首を傾げるキングコブラさん。何気に彼女は体験したことがなかった


【足湯】

名の通り、足だけを入浴する。膝下だけお湯に浸かるけど、全身を温めることができるのだ。普通の入浴とはまた違った気持ち良さがあるので、是非一度試してほしい


また未知の体験ができると分かりワクワクしてるので、早足で向かいましょう。ここを曲がれば足湯があるはず──



『グモモモ…』プカー

『グモモモ…』ザブンッ

『グモモモ…』バシャバシャ



──先客がいた。セルリアンも入るんだぁ…。温かいから仕方ないかぁ…



「…仕方ないわけねぇだろぉがァ!」ボコッ!×3



パカァーン!×3



「ふざけるなよ!なんでセルリアンが浸かってんだ!ここは全身浸かる場所じゃないんだよ!」


「いやツッコむ所はそこではないだろ!?ほら他のも早く倒すぞ!」


いたのは三体だけじゃなく、ひょこっと顔を覗かせるセルリアンも複数いる。彼女と協力して片っ端から倒していった


「もう雪の上でも問題なさそうだね」


「これくらい出来なくては、王として失格だからな」


ヤマタノオロチさんとの修行の成果なのか、足場が雪でもスムーズに戦えていた彼女。得意気な顔をしているのが可愛い


「あっ、ここにいましたか」


「オイナリサマに父さん。さっきセルリアンが…」


「ええ、いましたね。でも大丈夫ですよ」


調査と復旧が終わったのか、二人はこっちに来た。どうやら向こうにもセルリアンが出たけど、オイナリサマの前にはあまりにも無力だったようだ


「…父さん?どうかしたの?」


「いや、少し驚いただけだ。さぁせっかくの足湯、入っていこうじゃないか」


「…? そうだね」


何か悩んでいるような…そうじゃないような…あまり良い顔はしていなかった気がした。問題はないと言っていたから、深くは聞かなかったけど


その後、セルリアンがいないことを確認したので、俺達は存分に足湯を堪能したのだった



*



「本日はようこそおいでくださいました」

「どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ」


「…どうしたんですか二人とも?」


「復興した時の為の練習よ」


「あぁ、成る程」


旅館に戻ると、玄関で待ち構えていたキツネ二人。ここはキョウシュウの目玉スポットになるだろうしね。オイナリサマは二人を女将にする気なのか?キタキツネさんはともかく、ギンギツネさんは似合いそうだ


部屋を案内するのも練習の一つ、ということでしてもらうことに。俺達の部屋は皆がいる部屋とは少し離れた場所。変な気を使われている気がするけど、邪魔はしないという意思表示だと受け取っておこう


「さぁ温泉にはいr…温泉の調査をしましょう!」

「入りたいだけだよな!?」

「入るのも調査です!ほら二人も誘って行きますよ!」


外から騒がしい声が聞こえてきた。どうやらこっちに来ているらしいね。先に入ってなかったのは律儀というかなんというか…


「どうする?行く?」


「行こう。身体も冷えているからな」


なら決定。彼女も随分と温泉を気に入ったものだ。そんなとこも可愛いんだけどね


決断と同時にドアが開かれ誘われたので、二つ返事でそれを受け温泉へ向かった


…その前に、お昼のジャパリまんを食べないとね





「じゃあ、また後で」


「ああ、また」


コウと別れ、キングコブラは脱衣所へ入る。慣れた手つきで服を脱ぎ、身体にタオルを巻いてドアを開けようと手を掛けた



ガラッ



「…ん?」

「あれ?」

「どうしたぁ?…って、キングコブラ?」

「ツチノコにスナネコ?お前達も来てたのか」

「まぁな。こいつが来たいって無理矢理な…」

「ノリノリでしたよね?」

「なっ!?ち、ちげぇよ!」


向こうから開けたのはスナネコ。どうやら先に旅館に来ていたようだ。ツチノコの長風呂に付き合っていたスナネコだったが、流石に飽きて出るらしい


「コウとは二人で来たのか?」


「いや、他にもいる。ほら」


後ろを指差し、同行人の紹介をするキングコブラ。といっても、かばん一行は元々知り合いであり、ヒト二人もハロウィンの時に沢山話をしていたのでその必要もなかったのだが


「ボクゲームが気になります。早く行きましょう」


「あっ! …すまん、また後でな」


そそくさと二人は出ていった。何とも忙しい奴等だとキングコブラは思ったが、今この場ではその行動は正解だとも思った


「フレンズさんと温泉…!フレンズさんと混浴…!うふふふふ…!」

「「ミライさんよだれよだれ!」」


何故なら、後ろにいるミライが、暴走寸前だったからである



*



浴槽に入る前にきちんと身体を洗い、髪を洗う。サンドスターがどうこうしてくれるのでその必要はないのだが、入る前のマナーとしてやっておく


洗い流して、浴槽に脚を入れ、ゆっくり温泉に浸かる。丁度良い熱さで、外で味わった寒さが何処かへ吹っ飛んでいきそうなくらいの気持ちよさを、全員が心から感じていた


「かばんさんどうしたのだ?元気ないのだ」

「どうしたの?何処か痛いの?」

「そんなことないよ… うん…そんなことない…」

(…あぁ、成る程ね~…)


とある部分を見て一人落ち込むかばん。フェネックは何かを察したようだが、口に出すことはなかった


「さぁキングコブラさん、今日こそは聞かせてもらいますよ!」


「…一応聞くが、何をだ?」


「勿論、貴女とコウくんの馴れ初めです!」


そんなことはいざ知らず、ミドリはキングコブラに問いかける。隣にも聞こえそうなくらいの高く大きな声が響き渡る


「いいじゃない、減るもんじゃあるまいし」


「…私達の精神がすり減るんだが?」


「この先ずっと同じ質問を繰り返されるよりかはいいんじゃないかしら?」


「っ…むぅ…」


キュウビキツネからの提案は、キングコブラの思考を鈍らせる。似たような経験があった為だ


「…分かった。だが、話したことはコウには言わないでほしい」


「そこは心配いりません。私、こう見えても口固いので!」


ハッキリと宣言するミドリに不安を持ちながら、コウへの罪悪感を覚えながら、キングコブラはゆっくり話していくのだった





「…何やら、お前達の話をしているようだな?」


「やめて…恥ずかしい…」


こちら男湯です。何を話そうかと悩んでいた俺達のところに、女湯から大きな声が聞こえたのでつい耳を傾けた。その内容は、俺とキングコブラさんの間柄の話だった。もう恥ずかしいったらありゃしない…


「彼女のこと、大切にするんだぞ?」


「何回も聞いたよそれ…。分かってるよ、そんなこと」


「どうだろうな?お前は昔から無茶をするやつだったからな。私達の所に来た当初も、その後の日々も、あの日も…」


あの日、という言葉で、俺達の会話は止まった。聞こえるのは、女湯からはしゃぐ声、波打つお湯、ポタポタと蛇口から落ちる水の音。ゆっくり時間が流れている気がした


父さん達が来てから、既に一週間は過ぎている。その間に話せることは話してある。俺の向こうの世界での生活や、ここでの生活のこと、この力のこと…



──そして、リル姉さんとヨル姉さんのことも



初めて話したとき、母さんは静かに泣いていた。父さんは堪えていたけど、きっと一人で泣いていたに違いない。二人にとっても、大切な家族だったんだから


「…私は、あの二人を誇りに思う。私の願いを聞いてくれて、最後までお前を守ってくれたんだから。本当に自慢の娘だ。お前もそう思うだろ?」


「…うん。自慢の姉だよ。それに、今も俺の中で生きていると思ってる。俺の力が、その証だよ」


今日のけものプラズムである、長い長いヘビの尻尾を浴槽から出し、左右に軽く振る。それを見た父さんは少し笑った


「だからさ…次来る時に、北欧神話の本持ってきてよ」


「本? …分かった、約束しよう」


流石父さん、それだけで俺の考えていることを理解してくれたようだ。それをしたところで、会える可能性は限りなく0。だけど完全に0じゃないのなら、試す価値は十分にある


「…父さん、改めて言うけど…俺は、この力があってよかったよ。だって、これのおかげで皆に会えたんだからね」


確かに、辛いことがあったのは事実。だけど、これを生んだ父さん達を恨んではいない。むしろ感謝してる


だから、もうこのことで父さんが思い悩む必要はないんだ。『パークを守る存在がほしい』という父さんの願いは、俺にとって重荷でも何でもない。俺がしたいからしているんだから


「…そうか。ありがとう」


「どういたしまして」


お礼を言われるようなことはしていないけど、取りあえずそう返しておく。それが一番いいなら俺はそうする


そこからはまたお互いの話。時間を忘れて、俺達は他愛ない話を続けていった



*



温泉から出ると、まだキングコブラさん達は出てきてないみたいだ。女の子のお風呂は長いらしいからね


…まぁ、どんな理由で長くなっているかは、あんまり考えたくはないけど…


「コウ、ゲームをしないか?」


「ゲーム?別にいいけど」


「よし、決まりだ」


コーヒー牛乳のビンを渡されたので、飲みながらゲームコーナーへ向かう。その間に、俺はここにあるゲームを説明していく


「なんと…そんなに復旧したのか。キュウビキツネさんに感謝だな」


「種類はあるからどれで対戦する?」


「なら…そうだな。お前の得意なカードゲームでいいぞ」


「できるの?」


「問題ない。それにここだけの話、仲間内で一番強かったのは父さんなんだ」


マジ?すっごい意外な一面…。人並みにゲームをやるのは知ってるけどそれは知らなかった


でも…凄く楽しみだ。父さんの実力は未知数…その腕前、見せてもらおうじゃないか!

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