第103話 新しい朝
パラパラと屋根に雨が当たる音が外から聴こえる。廊下からはドタバタと走る音と、それを注意する声と、それを笑う声が聴こえる。足音を鳴らすのは4人、音の大きさはバラバラだ
その中の1つが、俺の部屋の前で止まる。それに対して何かを言う声が3つと、それに適当に返事をする声1つ。適当なんて言ったら、彼女に失礼かな?
ドアノブが回り、ガチャ…っとドアが開く。部屋にある物には目もくれず、一直線に俺の寝ているベッドに近づいてくるのが分かる。俺を起こしに来てくれたんだね
だけど皆さんお察しの通り、俺は大分前に起きているんですよね。起き上がって着替えようとしていたんですよね。本当だよ?二度寝しようなんて今日は考えてなかったよ?
「コウ、起きろ。朝だぞ?」
ユサユサと布団の上から俺の体を揺らして起こそうとする彼女。ここで素直に起きてもいいんだけど、俺のいたずら心がその考えを消してしまった
という訳で、折角なので寝たふりをしてみようと思う。どうやって俺を起こしてくれるのか興味があります。ごめんね?でも少しだけさせてね?
「ふむ…起きないか。どうするべきか…」
考えてる考えてる。真面目に考えている姿を見たいがそれは想像で我慢だ。…想像すると表情が崩れそうになるからこっちも我慢だ
「折角朝御飯作ったのだがな…」
「…あれ?もう朝?」
そんなこと言われちゃあ寝てらんないね!早く起きないとせっかくの彼女の手料理が冷めてしまう!そんなこと絶対にあってはならない!だけど元気よく起きるのもあれなのでゆっくり起きます!
…って
「おはよう、コウ」
「お、おはよう…」
彼女は俺に微笑んでくれている。いつもの可愛い笑顔だ。これだけだったら別に問題はない
なのに俺の体は冷や汗を発している。彼女の言葉には若干棘がある気がする…気がするじゃないこれあるわ絶対
「寝たふりしてただろ?」
「な、なんのことやら?」
「素直に言わないとおかずが無くなるぞ?」
「してましたごめんなさい」
くぅ…しっかりバレていたか…。最近鋭さに磨きがかかってきている。いや俺のポーカーフェイスの強度が下がってきているのか…?
「耳が動いていたからバレバレだったぞ」
「うげっ…そんなところでバレるとは…」
物音に敏感だったのもこのキツネ耳のせいか。表情隠して耳隠さず…何言ってんだろ俺
「ほら、そんな顔してないで早く支度しろ。皆はもう集まっているのだからな」
「は~い」
そうだね、こんなことで貴重な時間を消費してはいけない。早速着替えをして…
「あの…」
「なんだ?」
「着替えるから…ね?」
「…あっ!す、すまない!」
慌てた様子で彼女は部屋から出ていった。つまずかないように気をつけてほしいね
さて、顔を洗ってから向かいますか
*
ここはろっじの厨房。ここには食べるスペースもあるので、ご飯の時間にはここに泊まっているフレンズも呼んで皆で食べている。一種の名物になっていて、これ目当てに泊まりに来る子も最近増えてきた
改めて、ここの住人の紹介でもしておこうか
「今日もおいしいわね!箸が進むわ!」
元気いっぱいにご飯をかきこんでいるのは『アミメキリン』さん。
「そんなに慌てると喉に詰まりますよ?ゆっくり食べてくださいね」
キリンさんに注意をしたのは、ろっじのオーナー『アリツカゲラ』さん。なんか母親のような感じになってきている
「キリンのその表情…いいね、頂き!」
箸を鉛筆のように持っているのは作家の『タイリクオオカミ』さん。食事中に鉛筆を持つことはしなくなって本当に良かった
「来たな。どれくらい食べるんだ?」
「そうだね…多めにしてもらってもいい?」
「分かった。ほら」
ホカホカのご飯が盛られたお茶碗を受け取り、席につき食べ始める。ご飯の水加減はちょうどよく、味噌汁の味も濃くもなく薄くもない。アジの匂いも香ばしくて食欲を更に引き立てる
「おかわりいるか?」
「ください!」
彼女にお茶碗を勢いよく差し出すと、笑いながら受け取ってまた同じくらい盛ってくれる。これだけでも何杯でもいける気がしてくるね
そんな彼女の名前は『キングコブラ』。元々はじゃんぐるちほーに棲んでいたんだけど、俺が誘ったことでここに棲むようになった
さて、紹介はこんな感じかな?いつものメンバー、いつもの朝。いつもの食事…
…って訳でもなく
「朝から見せつけてくれるわね」
「相変わらず新婚さんみたいですね?」
「そのやり取り描かせてくれないか?」
「なっ…!?///」
三人がニヤニヤした顔でそんなことを言うもんだから、キングコブラさんの頬が少し赤く染まる。動揺してるのが目に見えて分かる、だって持ってるしゃもじがプルプルしてるもの
「まあまあ、気にせず食べよう? 皆もそんなこと言ってないで箸を進めてね」
「…なんでお前はそう澄ました顔でいられるんだ?」
「今更って感じだしね」
「…なんか納得いかないのだが」
「フレンズで得意なことは違うから」
その答えに対しても納得してなさそうな顔をしながらも、彼女は渋々と食事を再開する。食べてる内に機嫌が治ってきたのか段々いつもの顔になってきた
なんで彼女がそんな態度を示したのか、俺がそんな返しをしたのか。その理由はとても簡単だ
俺とキングコブラさんは、恋仲なのだ
そして、そのことをここの三人は知っていて、こうして何かにつけては言ってくるのだ。俺は慣れたんだけど、彼女はまだ慣れないらしい
それにしても新婚…新婚かぁ。将来本当にそう言われる時が来るのかな?今のパークだと結婚式なんて概念なさそうだし。でもあの人達は指輪して…あれ?してたっけ?まぁあの感じだとヒトが戻ってきてる世界線だろうし、こっちもそうなる可能性はあるか
「私としては君にも慌ててほしいんだけど、どうやら耐性がついてしまったようだね?」
「そりゃあつくさ。だって──あれから、3ヶ月以上は経つんだからさ」
そうだ、3ヶ月経つんだ。 …結構経ったな。その間に、大きな出来事があった
━━━
七夕祭りから大体1週間が経った、とある日のこと
「じゃあ、私達は行きますね?」
「気をつけて。…寂しくなるね」
「それは私達も同じです」
ここはろっじではなく、キョウシュウエリアの港『日の出港』。海には船…ではなく、小屋がついたイカダが浮いていて、マーゲイさんと俺の職員権限で集めたジャパリまんが乗っている。ぺぱぷが引っ張って泳げば海の上もスイスイ進む
何故ここにいるのか、何故こうなったのか。その理由は──
「でも思い切ったね。パークを出るなんてさ」
「私達もステップアップしないとね。帰って来た時には、私達はもっと進化してるわよ!」
──彼女達が、キョウシュウエリアを出発するからだ
それは、実質的なぺぱぷの休止宣言。次のライブの日も、帰って来る日も未定。そして、その旅の最終目標は、全員自身の『ソロ曲』を自分だけで作ること。とてつもないミッションだけど、楽しみに待っておこうと思う
ひょんなことから彼女達と生活するようになり、毎日賑やかで楽しかったろっじ。だからこうやっていなくなるのは寂しいものだ
だけど、新しい目標に向かって前に進むんだ。友達として全力で応援する。彼女達が帰ってくるまで、俺はこの場所を全力で護るんだ
「それに…今まで通りの大人数だと、ゆっくりできないとも思いましてね?」
「「うっ…」」
俺とキングコブラさんのことをジェーンさんが小悪魔のような笑顔で見てくる。便乗して他のメンバーも同じように見てくる。博士と助手も姉さん達も見てくる。やめてください
「ゴホン!…無理はしないようにね?」
「貴方もですよ? …では、行ってきます」
「いってらっしゃい」
━━━
そして今に至る…というわけだ。だから今ろっじにいるのは俺達五人だけ
『辛くなったら帰って来るのですよ』と博士は言っていたけど、よっぽどの事がない限り帰っては来ないだろうな…。彼女達の無事をただただ祈るばかりだ
そこからの生活は…まぁ、お察しの通りと思ってもらって構わない。耐性がついた理由の半分はこのオオカミさんの
事あるごとに俺とキングコブラさんのことを弄ってきたのだ。アリツカゲラさんは最初こそ強く注意してくれたんだけど、途中から半々になってきた。キリンさん?彼女はいつも通りだ
長二人やキュウビ姉さんが加わる時もあった。まさに地獄である。その度に顔を赤くした俺達。ドキドキとロマンティックが止まらない
そんなことが続くもんだから、俺は耐性が嫌でもついてしまい、大抵の事だったら流せるようになってしまった。良いのか悪いのか分からん…多分良いんだろうけど
だけど彼女はまだ照れくさいようで、俺との関係を聞かれると誤魔化すこともしばしば。俺は特に気にしてないし、そんな純粋な乙女心を忘れない彼女がとても可愛くて好きです。でもやり過ぎて羞恥心から暴走した時があったので皆ギリギリを攻めるようになった。いややめてやれよ
「十分いい顔頂いたからもういいでしょ?」
「確かに中々の数を頂いたけど、肝心なものを頂いていないんだよね」
「肝心なもの?」
「二人の子作りについてさ」
「「ブッ!?!?!?」」
「うわっ!大丈夫ですか!?」
ゴホッゴホッ!いきなりやべー話題さらっとぶちこんでくるんじゃねぇぞこのオオカミィ!思いっきり飲んでた水吹いたわ!キングコブラさんも吹いたし!
「オオカミさん!その話はしてはいけないと言われたじゃないですか!」
「その反応…もしかして、まだしてない…?」
「キリンさん変な推理をしてはいけません!」
流石にこの話題は止めてくれるようだ。ガミガミショボーンしている間に、俺達二人はテーブルを拭く。目が合うと彼女はまた赤くなった。俺もだ
ぶっちゃけ言うと、そういうことはしていない。その…雰囲気というか、ムードというか…もそうなんだけど、えと…まだ早いんじゃないかな~とか思ったり…ね?
…ヘタレ?き、聞こえんなぁ~…(震え声)
でも二人きりでいる時に聞き耳立ててくる皆も悪いと思うんですよ。アリツカゲラさんでさえ一回やってるからね。そうなったらもう警戒心MAXですよ俺は
アリツカゲラさんのお説教のおかげでこの話題は終わり、食事も終えてそれぞれ持ち場に戻る。やることはいつもとそう変わらない。遊んで仕事して休憩して
『みんな自由に生きている』
その通り、楽しく過ごすだけさ
*
「ん~…今日分の課題は終了…っと」
背伸びをするとポキポキと骨が音を鳴らす。長い時間座りっぱなしは体に悪いから軽いストレッチをしようか
ふと外を眺めると、雨は弱くなっていた。これなら明日は晴れるだろう。結局、今日はずっと雨が降っていて、外での活動は何もできず。こんな日があってもいいのかもしれない。…やっぱり嫌です
コンッコンッ
「どうぞ~」
ガチャッ
「すまないな、こんな遅くに」
「別に気にしなくていいよ」
訪れたのはキングコブラさん。俺がベッドに座ると彼女も隣に座る。このやり取りも何度もしてきたけど、今日の彼女は少しそわそわしていた
「何か悩み事?」
「いや…その…」
言いづらい話題なのか歯切れが悪い。そこでなんとなく予測ができた、きっと今朝のことについて話に来たんだと。あの話題を女の子からさせるのはあれだし…かといって俺がするのもなんかあれだし…
…そうだ
「キングコブラさん、明日から長期デートしよう」
「えっ!?デ、デート!?長期!?」
「嫌だった?」
「い、嫌じゃない!嫌じゃないが…急にどうしたんだ?」
「こういう関係になってさ、ゆっくりパークを廻ったことはなかったなって思ってね。だから行こう、何時かしてた約束を果たすよ」
『また一緒に旅をさせてくれ』
彼女が言ったお願い。なんだかんだでそれはまだ果たされていない。それを果たすのはこれからだ
お互いまだ知らないことなんていっぱいあるはずだ。一緒に行った所、行ってない所。そこに行って、色んなことを体験して、俺のことをもっと知ってほしい
君を、もっと知りたいんだ
「…そうだな。なら今日は早いが寝ることにする。お休み。楽しみにしてるぞ?」
「お休み。任せといてよ」
部屋を出ていく彼女の足取りは軽く、期待しているのがよく分かった。その期待に応えるために、俺はもう少しだけ机に向かう
「先ずはここかな?次は…最後はここにして…」
彼女がどんな顔をしてくれるのか。どうやったら喜んでくれるのか
考えるだけで、俺もワクワクしてくるね
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