第102話 夜空に願いを
「お願い事は決まった?」
「いや、まだだな。お前は?」
「実は俺もまだなんだ」
屋台廻り、演劇、ライブと、お祭りの大きな行事が終わり、俺はキングコブラさんと図書館にいる。短冊に書く願い事を考えている最中だ
短冊と鉛筆を持ってはいるけど、さっきからお互いに一文字も書いていない。適当に書いてもいいんだろうけど、いざ書こうとすると意外と思い付かないものである
「皆の見てみようか?何か思い付くかもしれないし」
「勝手に見ていいのか?」
「大丈夫だよ。それに見られて困るお願いなんてないだろうし。
「おい今小声で」
「気のせい気のせい」
吊るす性質上誰もが自由に見れるから、そこまで恥ずかしいものは書かないはず。というかそんなお願いがある子がいるのかは知らないけど
一旦外に出て笹を見る。吊るされた短冊は、最初に見た時と比べて沢山ある。今もフレンズが吊るしているので更に増えるだろう。色も沢山あって大変カラフルだ
「さてさて、どんなお願いがあるかなっと」
一番始めに目に入ったそれを手に取る。隣からキングコブラさんが覗いてくる。なんだかんだで興味はあるらしい
「『ジャパリまんいっぱい食べたいでーす!』…これは分かりやすいな」
「これはパフィンさんのだね」
裏面を確認するとパフィンさんの名前が書いてあった。分かりやすくとてもシンプルで彼女らしい。隣にあるエトピリカさんのも同じだった
「これも分かりやすいぞ?ほら」
「どれどれ…『名探偵に、私はなる!』か。これはキリンさんだね」
某海賊漫画のような台詞になってるけど、探偵って言ったらあの子くらいしかいない。裏面には名前の隣に、『オオカミ先生の名に懸けて!』って書いてある。それ違う探偵漫画ですやんか
「『コウと本気の勝負をして勝つ!』…とあるな」
「うげぇ…」
これはヘラジカさんだなぁ絶対…。と思ったら案の定である。正直乗り気しないなぁ…。確かに俺も修行になるから悪いことじゃないんだけど、一回受けたら際限なしにさせられそうでなぁ…
「こっちにも似たようなお願いがあるぞ?」
「えっ? …うわっ、マジだ…」
「まぁ、無理をしない程度に考えてやれ」
「…そうだね」
バリーさんにフォッサさん、ハンター組にジャガー姉妹…。勝負好きが意外と多いこのジャパリパーク、俺の体力とサンドスターは果たしてもつのだろうか…
*
そこからまた少し短冊を眺める。『お客さんが増えますように』『新しいゲームがほしい』のように普通のお願い事があれば、『私より強い奴に会いに行く』『いい声がもっと聴きたい』『普通になる』というような何とも言えないものもあった
「それぞれ個性があっていいな」
「たまに変なの混じってるけどね。さて他には…あっ、これは…」
キングコブラさんの背より少し高いところに吊るされていた、青・赤・黄・ 白・紫の五色で仲良く飾られた短冊が目に入った。チラッと見えた名前はよく知っている人だ
「これは…ぺぱぷのやつか」
「そうだね。皆何をお願いしたのかな?」
『もっと輝くアイドルになる!』
『頼れるリーダーになる!』
『女優になりたいです!』
『更にロックになるぜ!』
『もっと美味しいもの食べた~い』
順番にプリンセスさん、コウテイさん、ジェーンさん、イワビーさん、フルルさんのだろう。それぞれが らしいものを書いていると思ったけど、キングコブラさんは気になるものがあったらしい
「女優…?」
「お芝居をする女性のことだね。演劇で興味が出たってところかな?」
間近で見て、実際にやってみて。色々あったけど、こうやって彼女の中で目標の一つになっているのなら、それはとても良いことだ
「お前も目指してみたらどうだ?そういうの得意だろ?」
「…抱き合うシーンとか今日みたいな告白シーンとかもあるけどいいの?」
「……」
ポカン…とした顔をした。頭の中からそういうのが抜け落ちていたらしい。俯いたのでもう一回聞くと、無言で首を横に振ったので、俺は笑って頭を撫でた
*
「あら、ここにいたのですね」
しばらくして来たのはオイナリサマとキュウビ姉さん。二人もお願い事を書きに来たらしい。てか神様や妖怪もお願いするの?むしろ叶える方では?
「どうですか?短冊の方は?」
「もう大体の子が書いたと思いますよ」
吊るすフレンズも、お願い事を書いてるフレンズも数えるほどしかいない。皆また屋台の方に行っているのか、向こうからはまだ賑わいの声が聞こえてくる
「…もう、大丈夫みたいね?」
「…うん、心配かけたね」
「…成る程。二人とも、おめでとうございます」
「「ありがとう」ございます」
姉さんは瞬時に理解したようだ。俺の隣にいるキングコブラさんが、俺にとってどういう存在になったのかを。それがオイナリサマにも伝わったのか、彼女もまた俺達を見て微笑んでくれた
「記念に私もお願い事書こうかしらね。…あっそうだ。キングコブラ、ついてきてもらってもいい?」
「む?何か用か?」
「ちょっとね」
キングコブラさんを連れて図書館に入っていった姉さん。何か企んでいるのか、はたまたそうじゃないのか。多分前者かなぁ…
にしても記念にお願い事って。そうやって書くもんじゃないと思うんだけど。てか何の記念だよ
「それにしても良かったです。大切にするんですよ?」
「分かってますよ」
「ならよろしい。
「…一芝居?」
「えっ?あっ…」
「…そういえば、先輩は今どこにいるんですか?」
「えっと…」
珍しく目が泳いでますねオイナリサマ?しまったという表情ですねオイナリサマ?汗が凄いですねオイナリサマ?
「おっいたいた。準備は出来たの…か…?」
そこに来た当事者のジャイアント先輩。右手にりんご飴、左手にわたあめを持って明るく元気に小走りでこっちに来た。とてもじゃないが体調が悪そうには全然見えなかった
そして、俺とオイナリサマを交互に見て顔がひきつった
「ごきげんよう先輩?元気そうですね?」ニッコリ
「や、やぁ少年。お前も元気そうだな?」
「ええ、貴女のおかげですね。ありがとうございます」ニッコリ
「そ、そんなに怖い顔するなよ?な?」
「怖い顔?そんな顔してますか?それともそんなふうに見えてしまうくらい後ろめたいことでもあったんですか?まさか教えてくれないなんてことはないですよね?」ニッコリ
なんとなく予想はついてるけど圧をかけてみる。冷や汗を大量にかいた彼女達は、ポロポロと話をしてくれたのだった
*
「…というわけだ」
まとめるとこんな感じだ
1つ:先輩の体調不良は嘘だった
2つ:俺の気持ちを確定させるために役を交代した
3つ:キュウビ姉さんもオイナリサマもぐるだった
俺とキングコブラさんとジェーンさんのお祭り廻りを偶然(本当か?)見かけた先輩は、俺の心がまだ揺れていることに気付き、あの流れにする為にオイナリサマ達にも協力を仰いだ。なぜ気づいた…?
先輩は俺の為というよりは、あの二人…特にジェーンさんの為に動いたらしい。可愛い後輩を助けるのは先輩として当然だ、とのこと
「すみません、黙っていまして…」
「すまん、だがふざけていた訳じゃないんだ」
「分かってますし別に怒ってないですよ。むしろありがとうございました。そのおかげでこうしていられるんですから」
もしあのまま先輩と演劇をしていたら、俺はまだ迷っていたかもしれない。そして、今以上に二人を傷つけていたかもしれない。そう考えると、彼女達には感謝してもしきれない
それと同時に、俺はまだまだ子供なんだと実感したよ。サポートしてもらわないと自分の心すら分からないなんて…なんて情けないのだろうか…
「そう落ち込むな。今回は私が勝手にやったことだからな。その結果、お前の気持ちが定まっただけだ」
「それに貴方はよくやっています。ですが、自分だけで解決できないのなら相談していいんですよ?」
「…はい」
とは言ってくれるけど、悔しいのは変わらない。もっと頑張らないとなぁ…。あの子の為にもさ…
「ただいま」
「あっ、お帰り…って、キングコブラさんどうしたの?」
「いや…別になんともないぞ…?」
何ともなくない気がするんですけど?だって貴女顔赤いですし。もしかしてまた姉さんが何かしたのか?
「コウ、私の短冊も一緒に吊るしといてもらってもいい?」
「いいけど…自分でやんないの?」
「私達はやることあるから。じゃあまた後でね」
「…? 分かった」
一旦別れの挨拶をすると、三人は何処かへ行ってしまった。やることって一体何をするんだ?もう準備してた出し物はほぼ終わったのに
「てか姉さんの短冊受け取ってないんだけど…。キングコブラさんが持ってたりする?」
「えっ!?い、いや持ってないぞ!?」
ワタワタと右手を振るキングコブラさん。左手は後ろに回している。まるで何かを隠しているかのようだ
後ろに回ろうとすると、彼女も回って背中を見せないようにしている。近づこうとすると彼女は距離を取ろうと後ろに下がる。それはちょっとショックだったので敢えて遠ざかってみたら、離れるのは嫌なのか一定の距離まで近づいてきた。かわいい
「…あっ!」
「むっ?」
「隙ありっ!」
「しまっ…!?」
明後日の方向を指差し、彼女が釣られた瞬間、俺は即行で彼女に近づいて左腕を掴む。握られていた短冊を引き剥がし、くしゃくしゃになったそれを広げる
「短冊、ゲットだぜ!」
「まて!それは見るな…!」
見るなと言われたら見たくなってしまうものなのだよ!そこまで拒否する内容、一体どんなことが書かれているのかなぁーっと!
『早く二人の子供が見たい キュウビキツネ』
「…はぇ?」
「…だから見るなと言ったんだ…///」
「…ごめん…///」
「ま、まぁ…気にするな…///」
うわぁ~お顔真っ赤…。人のこと言えないんだろうけど…
くっそぉあんの愚姉ぇ…!とんでもないこと書きやがって!皆が見れるんだぞこれ!伝播したらどうしてくれるんだ!?特に某漫画家がとてつもなく食らいついてくるぞ絶対!
それに子供って…俺まだ未成年だし恋人同士になってまだ数時間しか経ってないしそういうこともしなきゃいけないし…待て待て待て今それ考えるな!問題はそこじゃない!
…そう、本格的な問題はそこじゃない。だって、俺は…
「…また難しい顔をしているぞ」
「うっ…ごめん…」
「全く…。…そうだな、これは言っておくぞ」
彼女に照れた様子はなく、真剣な表情で俺を見た
「…絶対、なんてことはないはずだ。本当にそうだとしても私は気にしない。二人の時間を、ゆっくり楽しめるからな」
「…っ」
そんなことを言うってことは、もしかして、その事も姉さんから聞いたのかな…?
でも…素直に嬉しい。気を使っているわけでもないのは分かるから。君の笑顔が、本物だと分かるから
でもいつか、俺の口から言うから。だから今はまだ、君の優しさに甘えさせてほしいな…
「…ありがとう」
「お礼なんていい。それに…その時は、私も、が、頑張るからな…///」
「~~っ!?!?!?///」
な、なんかもう、いろいろだめになりそう…
*
粗方見終わり、再び図書館の中へ。他のフレンズももういない。全員書き終わったのかもしれない
「結局、なにも思い付かなかったな…」
「まぁ無理に書くものでもないからいいんじゃない?」
参考になるかと思ったけど、全部なんかコレジャナイ感がしてお互い白紙だ。短冊の色は赤と紫だけど
「もう一回屋台廻らない?お腹すいちゃったんだ」
「…お前らしいな。よし、行こうか」
彼女の手をとって外に出ようとしたその時──
ヒュウゥゥゥ…ドーンッ!!
──大きな音が、パークに響き渡った
「なっ、なんだ!?」
「今の音…まさか!?」
外に出て夜空を見上げると、そこには綺麗な花が咲いていた。次々に打ち上がるそれは、このパークを照らし輝いている
「花火…」
あれはきっと、職人が作ったものじゃない。人がいなくなって10年以上経つんだ、綺麗に保存なんて出来ているはずなんてないだろうから
だからあれは、姉さんとオイナリサマが何かを打ち上げているものだ。サンドスターを花火のようにして打ち上げている…そんなところか。流石神獣だ
「綺麗だな…」
「うん…本当に…」
だけど、それは本物と遜色なかった。大きな音にビックリするかと思ったけど、彼女もあの美しさに心を奪われていた
そんな彼女の横顔は、花火なんか目じゃないくらいに輝いていた
俺の視線に気づいたのか、彼女も俺の方を見る。視線が重なると、お互いに何も言わずに近づいて
俺達はまた、唇を重ね合わせた
「好きだ」
「私もだ」
そしてまた、お互いの気持ちを伝え合う
「願い事、決まったぞ」
「奇遇だね、俺もだ」
二人で短冊に書いて、一番上に吊るす。同じお願い事を書いていて、照れるけど凄く嬉しかった
『好きな人と、ずっと一緒にいる』
時間はいっぱいあるんだ。また一緒にパークを廻るもよし、ろっじでゆっくりするもよし。君と一緒なら、どんなことだって楽しいはずだから
彼女を抱き寄せ、ぬくもりを感じ合う
この先もずっと、こうやって君の隣にいる
夜空を見上げ、俺は心の中でそう誓った
『幻想の けもの 第二章』 ~ 完 ~
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