第96話 風邪の日、看病の日


「…さて、そろそろ戻らないと…」


「『みずべ』ニテ特殊セルリアン発生!直チニ向カッテ下サイ!」


「…このタイミングでか」


まだそこまで遅い時間じゃないけど、それでも夜に出てくるのはやめてほしい。しかもこんな気まずい状況だと出かける挨拶なんて出来やしない。そしてラッキーさんはいつの間に来たのだろうか?


まぁ、行かないっていう選択肢はないんだけど




*




「あーもう面倒くさいなぁ!」



ボゴンッ!パカァーン!



発生したセルリアンは、海洋生物…これはバージェス動物群モチーフを再現したのか。1メートルくらいのが8体、2メートルちょっとのが2体。そいつらを再現しても海には入れないのか浜辺でめっちゃうねうね動いてる。正直とても気持ち悪い


そして一体一体が妙に粘り強い。俺はモンスター扱いだから効果は受けないってか?さっきから物理攻撃しかしていないぞ


硬いし攻撃方法も多彩だった。爪を飛ばしてきたり足が伸びたり噛みついてきたりと意外と厄介だった


最初の奇襲が決まって減らせたのは幸いだった。今残っているのはでかくて特に強い二体。あれはアノマロカリスとオパビニア…か?なんにせよ、速く倒して帰りたい…けど…!


『グロロロロ!』

『カラロロロ!』


ブンッ!ガァン!


「ちぃ…っ!」


シュルルルル!


「くそっ…!」


元がシナジーがあるだけにコンビネーションも抜群ってか…!カリスが硬い手をハンマーのように振り回して近接攻撃をし、オパビニアが遠距離から口(っぽい触手?)を伸ばして俺を捕らえようとしている。鬱陶しいことこの上ない…!


「いい加減…割れろや!」



──雷弾『とある魔術の超電磁砲レールガン』!──



ドシュッ!


『ガロロ!?』


ボッ!パカァーン!


今回はヤタガラス特製の太陽光熱付きだ。威力は十分、カリスの口の中にぶちこんだら石を砕いてくれた。このままオパビニアにも…


『シュロロロ!』


ガブッ!


「いっ…!しまっ…」


ブゥン!バッシャーン!


「げほっげほっ…」


ブゥン!バッシャーン!


「カハッ…」


ブゥン!バッシャーン!


「…」


ズバンッ!スタッ!


「ハァ…ハァ…」


『ゲロゲロゲロwww』←見るからに上機嫌


ブチッ💢


「…覚悟しろよ、この不思議生物が」




*




「あー最悪だ…」


腕に噛みつかれるわ、海面に叩きつけられるわ、馬鹿にしたような声で笑われるわで散々だ。なんで海に触れたのに溶岩化しないんだよ。そこだけ水属性なのズルいだろ


ムカついたからタコ殴りにしてやった。ようやく割れてページを出したかと思えば一枚だけ。その中に10体の絵がギチギチに詰め込まれていた。こんな風にするなら2ページに分けてくれよ


「へっくし! ぅぅ…ちくしょう…」


風も強くなってくるしびしょ濡れで寒いし踏んだり蹴ったりだ。もうやだ泣きたい…


「頑張れ俺…頑張れ…」


急いでろっじに戻ったけど、気まずさが甦ってきたのと、疲れたし色々忘れたかったので、本当に申し訳なかったけど、俺は一足早く部屋に戻ってすぐに寝ることにした







ドウシタッテ♪ケセナイユメモ♪トマレナイイマモ♪ダレカノ…


ピッ!


「うぅ…」


疲れがまだ残っているのか、体がだるくて仕方ない…。だけど昨日は何も言わずに出てって、帰って来ても何も言わずに寝てしまったからな…。何があったかとかあの後の事とかちゃんと話さないと…


ああ…気が重い…。頭が回らない…



*



いつもの場所にいたのはいつものメンバーと、昨日来たイタリアオオカミさんとニホンオオカミさん。今日は…何してるんだろ?


「…おはよう」


「おはよう…って、大丈夫か?」

「おはようございます…って、大丈夫ですか?」


「ん…大丈夫だよ…」


キングコブラさんとジェーンさんが同時に聞いてくる。これくらいなら直ぐに治るだろうからそう答えた


「とてもそうには見えないが…?」

「体調悪いんじゃないですか…?」


「そんな…ことないよ…?」


ちょっと頭が痛くて体がだるくて気が重くて目眩がして寒気がしてボーッとするだけだから…。こんなのは気持ちの持ちよう…だよ…



だから…だいじょうぶ…



だいじょう…



だい…






*





「…?」


「起きたのね。おはよう、いいタイミングだわ」


コウは辛うじて聞こえた声に耳を傾け、首を少し動かして見る。視界がぼやけていた為ハッキリと顔は見えなかったが、輪郭や僅かに識別できた服の色で、誰がいるのかは分かった


「…キュウビ…ねえさん…?あれ…?ここ…」


「あなたの部屋よ。説明は後。早速だけど、これ飲める?」


彼女に支えられながら上半身をゆっくりと起こす。手渡された二つのカプセルと水の入ったコップを何とか持ち、それぞれを口に入れていく


「んぐっ…」ゴクン


「飲めたわね。まだ辛いでしょうから、今は寝てなさい?」


再び横にさせ、濡れたタオルをコウのおでこに乗せ、頭を優しく撫でるキュウビキツネ。それが心地好かったのか、コウは直ぐに夢へと旅立った






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『ぅ~…』

『38.5度。完全に風邪だな』

『昨日は寒かったからね。仕方ないよ』

『おかいもの…いく…』

『駄目だ。そんな調子で行けるわけないだろう』

『今日は家で大人しくしてなきゃね』

『なら…ねえちゃんたちだけでも…』

『行かない。私達も家にいるぞ?』

『今日は三人でお留守番だよ?』

『だって…げんていおかし…』

『また出たらでいいの!』

『次買えればいいさ』

『…うん』

『お粥作ってくるね。どんなのがいい?』

『…ふつうの』

変なアレンジをするなサンドスターを入れるな…ということだな』

『うっ…分かりました…』




…また懐かしい事が夢に。あれは、があの家に来て初めて熱を出した日。二人は一日中付きっきりで看病してくれたんだっけか…


確か、あの後食べたお粥は──






━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「ぅぅ…」


「あっ、起きました?」


「…ジェーン…さん…?」


コウの顔を覗き込んできたのはジェーン。認識できたということは、少しは回復したということなのだろう


「調子は…まだ少し辛そうですね」


おでこに乗ったタオルを冷水につけて絞り、また彼に乗せる。ひんやりとしているのが良いのか凄く気持ちよさそうな表情をしている


「お粥持ってきたんですけど、食べますか?」


お盆に乗っていた鍋の蓋を開けると、梅干しの乗った、日の丸弁当のようなシンプルなお粥が見えた。所々虹色に光っているのはサンドスターが入っているからだろうか


「すこし…たべる…」


「分かりました。では失礼しますね?」


今度はジェーンに支えられながら体を起こす。その拍子に落ちた濡れタオルは、再度冷水の入ったボウルに入れた


ジェーンは梅干しをほぐし、お粥と一緒にスプーンで掬う。フーッ…フーッ…と少し冷まし、コウの口元に運んだ。普段であれば断りそうなものだが、思考が鈍っているのか彼は拒否する仕草をしなかった


「はい、あ~ん…」


「ん…。…おいしい」


「良かった。私もお手伝いした甲斐がありました」


どうやらキュウビキツネと一緒に作ったようだ。シンプル故に食べやすかったのか、もう一口、もう一口と食べていくコウ。ジェーンは、まるで雛鳥にご飯を与えているみたいだと思った


「…ありがとう、すこしげんきでたよ」


「どういたしまして。他にやれることはありますか?」


「…またねるからだいじょうぶ。それに、うつっちゃうといけないから」


隠し味(?)のサンドスターのお陰か、思考力が少し戻ったコウは、たどたどしくも会話が出来ていた


「…分かりました。おやすみなさい」


少し寂しそうな表情をしながらも、ジェーンは言われた通り部屋を出ていく。それを見送ったコウは、再び眼を瞑り意識を手放した









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『ゲホッ…ゲホッ…』

『あぁもう!こっち向いて咳しないでよ鬱陶しい!』

『ご…ごめんなさい…』

『謝るくらいなら最初から風邪なんて引かないでちょうだい!全く本当に面倒くさい子ね!』

『…ごめんなさい』

『チッ…出掛けてくるから勝手にくたばらないでよ!そうなったら色々と大変なんだから!』

『い…ってらっしゃ…い』

『ふん!』


バタンッ!


『…ごめん…なさい…おかあさん…』







なんで思い出したんだ。なんで今見せるんだ。こんな、あんな奴なんかとの記憶


お粥を作ってくれたことなんてなかった。タオルを替えたりなんてしてくれなかった。薬を飲ませてくれたことなんてなかった


隣にいてくれたことなんてなかった。頭を撫でてくれたことなんてなかった。手を握ってくれたことなんてなかった。優しい言葉を掛けてくれたことなんて、一度だってなかったんだ



に居場所なんてなくて、いつも一人だった



辛い 悲しい 苦しい 寂しい



誰でもいい。少しの間だけでもいい



誰か、の手を──



ギュッ…



「コウ」



──だれ…?



「私はここにいるぞ。お前が望むなら、ずっとそばにいてやる。こうやって手を握ってやる。だから泣くな。お前はもう、一人じゃないだろう?」



その人は、両手で僕の手を包んでくれている


その手は柔らかくて、とても暖かくて、安らぎをくれて


その言葉は優しくて、心に染み込んできて



『──うん…』



涙は止まっていて、おれは気がついたら、その手を強く、握り返していた






━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「んぅ…」


大分楽になった…かな?さっきまでの辛さはもうない。天井の色も分かるし、外を見れば、夕日が沈もうとしているのが分かる。結局、今日は殆ど寝て過ごしてしまった


夢…何か、懐かしいような、それでいて初めてのような…不思議な夢を、見ていた気がする


「…起きたか」


タオルを乗せてくれたのはキングコブラさん。不安そうな表情を一瞬したけど、直ぐに優しい表情に戻った


「もう大丈夫なのか?」


「もう少しってところかな…」


「そうか。リンゴ剥いてきたんだが食べるか?」


「食べる」←即答


どうやら食欲も戻ってきたらしい。お皿に乗った一口サイズに切り分けられたリンゴを見て、俺の口は勝手に喋っていた。彼女は苦笑しながら、爪楊枝をリンゴに刺して俺の口元に持ってきた


「ほら、口を開けろ」


「…やっぱり後で食べる。風邪移っちゃうから、部屋から出た方がいいよ?」


「ここにいる以上、そんなことは今更だ。だからほら、な?」


…これは譲らないって顔してるな…。正直昨日の今日で凄く恥ずかしい。さっきのジェーンさんとの事も思い出してしまって二倍恥ずかしい。誰か来てくれ


ガチャッ


「コウ、調子はどう?」


ドアを開けたのはキュウビ姉さん。ナイスタイミング、ノックしなかったのには眼を瞑ろう。このまま部屋に入って…



「…邪魔したみたいね?ごゆっくり~」



待って行かないで。風邪移したくないけど行かないで




*




「36.4度。熱ハ下ガッタネ」


「でも油断はしちゃ駄目よ?」


「分かってるよ」


治りかけが一番危ないからね。今日はゆっくり寝させてもらうよ。…まぁ、もう十分寝た気がするけど


皆が一度顔を見せに来てくれた。昨日あったことを説明すると、安心した様子で戻っていった。明日からまたいつも通りになるだろうけど、また心配をかけてしまったから、改めてお礼とお詫びをしなくては…


自分のせいで俺が飛び出していったと思ったのか、ニホンオオカミさんが謝ってきた。凄く申し訳なさそうにしていた姿に、申し訳なくなってしまったので誤解(?)を解いておいた


姉さんが何か言ってくれたのか、他の皆もあの質問に対しては何も言ってこない。何を言ったのかは気になるけど、これは聞かない方がいいのかもしれない


朝のことを聞くと、あの時俺は意識を失って、倒れかけた所をキングコブラさんとジェーンさんに支えられたようだ


丁度ここを訪れた姉さんがそれを見て瞬時に状況を理解。後は流れるように看病に入ったみたい。熱も高くて焦ったとか。本当にありがとうございます…


「どうだった?あの二人の看病は?」


「…お陰で元気になりましたよ」


「なら良かったわ。それでどう?あなたの心は」


「…それ、今聞くの…?」


「丁度いいかと思ってね。まぁ察するに、恋心があるのは自覚したってところかしら?ほらほら白状しちゃいなさい?」


…バレてる。これは逃げられないな…


…仕方ない



*



「…成る程、そんなことがあったのね」


と、昨日の出来事を全て話した。きっと俺の顔は真っ赤になっているだろう。熱が下がったのにまた出ちゃうんですけど…


「そんな顔しないで?その答えを出せそうなものを持ってきたから」


そんな便利なものがあるのか?という疑問を飲み込んで、俺は彼女が取り出したその物に目を通す


「どう?きっかけにはなると思うのだけど」


「…そうだね。やらせてもらうよ」


俺はそれを承諾した。今から心臓の鼓動が速くなるけど、大きなきっかけが欲しかった俺にとっては丁度いい。覚悟を決めろ、前に進む為に












そして、この出来事で、俺の恋心に決着がつくことになる

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