第8話 暴走 後編


目の前の光景が信じられなかった


あの時感じた空気に似ていたけれど


あの時見たものとは全然似ていなくて


あの時の頼もしさは見当たらなくて


今の彼の姿は、フレンズではなく




ただの、怯えた獣のようだった







「「リカオン!」」


ヒグマとサーベルタイガーが同時に叫ぶ。今まさに、牙がリカオンの首へ突き立てられそうになっていた


獲物を仕留めるには絶好の機会。しかし、彼は動きを止めた。視界の端に映る彼女達に意識が向いた


正確には、この場で一番の危険生物に



──ビリッ…!



彼の殺気が、再びヒグマへ向かう。その一瞬、腕を抑える力が緩む



「…っ!こんのぉぉぉ!」


『ガッ…』



その一瞬を、リカオンは見逃さなかった、頭突きで怯ませ、蹴りで拘束を解いた。すかさず、キンシコウ、ヒグマ、サーベルタイガーはすぐに彼女に駆け寄る


「大丈夫か!?」


「いてて…なんとか、大丈夫そうです。まさしく首の皮一枚繋がりましたね」


「…冗談を言えるくらいには、大丈夫そうですね…」


「…冗談言わなきゃ、保てないんですよ」


首を抑えるリカオンは震えていた。セルリアンを相手にする時とは違う恐怖。捕食され、動物に戻るのではなく、命そのものを奪われそうになることは初めてのことだった


「まだいけるか…?」


「こうなったら、最後まで戦いますよ。こっちは四人ですから」


「…そうね。でも…」


サーベルタイガーが、一歩前に出る。彼女は戦いにきたのではない。彼女は、彼を止めるためにここに来た


「サーベルタイガーさん!?危ないですよ!?」


「大丈夫、私に任せて」


「…信じてますよ」


皆に頷き、サーベルタイガーは彼に歩み寄る。武器であるサーベルは、出していなかった



「…初めまして。私はサーベルタイガー。君を、もっと知りたいな」







生きたい


生きていたい


まだ死にたくない


お前が俺を消そうとするのなら


その前に俺が消してやる



「こんのぉぉぉ!」



…まだ、俺の邪魔をするのか



次で終わらせて──




「初めてまして。私はサーベルタイガー。君を、もっと知りたいな」




──おまえ…は…?







「わかるかしら?ついさっきのことだから、忘れてないと思うんだけど」


サーベルタイガーが彼に話しかける。優しい声で、語りかけるように


「さっきはありがとう。あなたのおかげで、私は今ここにいる」


一歩ずつ、近づいていく


「私だけじゃない。あそこに住んでたフレンズも、また平和に過ごせるわ」


真っ直ぐ、彼を見て


「あなたのその力に、救われたのよ?」


そこに、恐怖は微塵もなく


「よかったら、お友達にならない?」


心からの、彼への想いを紡ぐ







いま…なんて…いわれた…?


おともだちに、ならない?


なにを……いって……?


あ……れ……?


おれは……なにをしていた?


おれは……なにをみていた?


かのじょは……おれの……


あ……


ああ……



あああああぁぁぁぁ……!?







『アアアアアァァァァ……!?』



突如彼が叫びをあげ、彼はハンター四人に背を向けて走り出す。まるで、彼女達から逃げるように


「…!?まって…!」


「あ…!サーベルタイガー!?」


「ヒグマさん、私たちも!リカオン、立てますか!?」


「大丈夫です…!行きましょう…!」


サーベルタイガーが跳び出し、三人が後を追いかける


「なぜ、いきなり背を向けたのでしょうか…?」


「わからん…。だが、あいつにとって、サーベルタイガーは私たちとは分類が違うのは確かだろうな」


「分類…ですか」


「あいつがサーベルタイガーを助けたらしい」


「…!ということは…!」


ヒグマが無言で頷く。言いたいことは二人に伝わったようで、二人の表情が険しくなる


「…なら、なおさら止めないといけませんね。多分、あの人もそう望んでいるはず」


「ああ…そうだな」



*



(速い…。いったいどこに向かっているの…?)


ヒグマ達の前をいくサーベルタイガーは、彼の背中をしっかり見据えていた


(…この音…水が流れている…。確か、この先は滝……まさか!?)


嫌な思考が駆けめぐる


それだけはさせない。させてはいけない


そんな悲しい終わり方なんて認めない


彼女は、スピードをあげて追いかける


彼等の瞳に映るのは、先程対峙した滝


四人は思った。『ここから、飛び降りるのではないか』…と



彼が一歩踏み出す。その先に道はない



「待って…!そんなことしなくていい!しちゃいけない…!あなたは、私の…皆のヒーローなんだから…!」


サーベルタイガーが叫ぶ。それでも彼は止まらない。まるで、聞こえない振りをするように無視をする


「この…いい加減に…!」


少し苛立ちながらも、彼を止めようと近づく


「…だめ…だよ…」


追い付く前に、彼がこちらに体を向け話し出した。さっきまでの殺意は、その瞳にはなかった


まだ話せる。まだ引き返すことができると、サーベルタイガーは彼の言葉を待った


「おれ…は…。ひー…ろー…じゃな…い。きみた…ちを…きず…つ…けた。ころそ…とし…た」


まだ声がうまく出ず意識もはっきりしていないのか、話し方がぶつ切りになる


「おれ…は…きみた…ちと…ともだち…に…なるし…かくは…ない。おれに…ここに…いる…しかく…はない。いては…いけない…」


「ちがう!」


ヒグマが声を荒らげる。今にも泣きそうな顔だった


「お前は、悪くないんだ!私がもっと冷静でいれば、こんなことにならなかった!私が悪いんだ!だから…!そんな悲しいこと…言わないでくれ…!」


「ヒグマの言う通りよ…。友達になれないなんて、そんなことは絶対にない。私は、あなたと、友達になりたい」







なんで、そんなことがいえるんだ


なんで、そんな真っ直ぐ見れるんだ


なんで、こんな俺を、信じてくれるんだ


さっきまで俺は、君たちを疑っていた


俺は、信じていなかったのに



…一緒にいていいのかな



でも


また暴走する可能性があるから


また傷つけてしまうから


やっぱり、ダメだよ



『ガオオオオオォォォ…!!!』



…この、声は…?



ズガァァァンッ!!







サーベルタイガーが話終わった瞬間、空から何かが降ってきた。それは大きな音を立てて足場を壊し、彼と一緒に滝へ落ちていく



四足のケモノ型セルリアン。自分をも犠牲にして、彼を滝へと突き落とした



(…そんな、こんなこと…!)



目の前で彼が落ちていく。突然乱入してきたセルリアンも一緒に。完全に対応が遅れた。武器を出しても間に合わない。少し前に出ていたヒグマも、サーベルタイガーと同じ考えをしていた


「なら…跳べば…!」


駆け出し、サーベルタイガーとヒグマは彼を助けようとする。セルリアンを倒し、落ちていく瓦礫を跳び移っていけばダメージを抑えられるかもしれない




ヒュッ…カツゥン…



(なっ…!?石が、飛んできた…!?)




そう思った矢先、それは飛んで来た。それは、彼が下から投げた、小さな石だった



怯んでいる間に、彼はもう小さくなっていた




「この…バカヤロオオオオォォォ!」




叫んでも手を伸ばしても、もう届かなかった




*




「そんな…」

「嘘…こんなこと…」


キンシコウとリカオンが茫然とする。目の前で落ちていったことも、助けを求めなかったことも、何もかもが理解できなかった


「私は…私は…!」


歯を食い縛り、拳を握りしめるヒグマ。心の中で思ってしまう。あそこまで追い詰めなければ、結果は変わったかもしれない。滝から落ちることもなかったかもしれない



私が、死なせたようなものだと



「…どうやら、よくない方に転んだらしいな…」


バリーとタヌキが合流する。状況を見て、何があったかはだいたい理解した


「それで、この後はどうするんだ?」


「…私は、ハンター失格だよ。もう…」


「ふむ…」


(無理もない。助けられず、あやつに心の傷を負わせてしまった。しまいには、自分が死なせた。そう考えているのだろう…だが…)


「情けないな。そんなことで諦めるのか」


「…は?」


「まあ、いいのではないか?そんな奴に守られても不安しかないからな。それであれば、あやつは無駄に傷ついただけだな」


「バリー!お前…!」


ヒグマがバリーの胸ぐらを掴む。周りはただ見ているしか出来なかった


「あいつは私が死なせたようなもんだ!守るべき存在をだぞ!それなら、私にフレンズを守る資格なんて…!」


「だからこそ、他のフレンズを守るんじゃないのか!お前達を巻き込まなかったこと、その意味が理由がわからないお前ではないだろう!?」


「それは…」


セルリアンと落ちていく彼が最後に見せた表情は、笑顔だった


『犠牲になるのは自分だけでいい』と、そう言っているようにも見えた


「それに、まだ死んだとは限らないだろう?」


「でも…この高さだと…」


「お前たちを追い詰めた力だぞ?ひょっこり生きているかもしれないがな。そこに荷物がある。あやつのかもしれない。もし生きていたら無いと不便だろう」


サーベルタイガーがそこにあった荷物を拾う。中身は見てもよくわからなかったが、大切なものが入っていることだけはわかった


「さて、改めて聞くぞ…。この後はどうするんだ?」


(…どちらにせよ、私がしたことは許されない。だったら…)


「…ありがとう、バリー。私はこれをあいつに届ける。あいつが生きていると信じて。…一緒に来てくれるか?」


「もちろん。私たちにも責任はあります」


「ヒグマさんだけには背負わせませんよ」


「…ありがとう」


「…私も探すわ。荷物は任せたわよ」


「わ、私も手伝います、サーベルタイガーさん」


「タヌキ…頼りにしてるわ」


「決まったようだな。ならまずは、下に降りて確認してみよう」



全員が頷く。今できる最善をつくす。それが彼女達の選択



奇跡を信じて、彼女達は山を降りた

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