第28話 【徙】

 朱禍が物置小屋の扉を開く。其処にはグッタリとしていた白髪の青年、みそぐの姿があった。


「おやおや、コレは随分と酷い有様じゃな」


 朱禍はどっこいしょと声を漏らしつつ、みそぐの横へと座り、先ほど台所から拝借してきたお神酒の栓を開けた。


「ほら、起きろ」


 そう言ってその酒をドバドバとみそぐの頭の上から流し込む。

 白い髪が酒を被ってしんなりと濡れていった。


「ゴホッ……ゴホッ」


 流れた酒が鼻か口を伝って気管へと入ったらしく、みそぐは苦しそうに咳き込みながら起き上がった。


「おはよぉさん」


 その様子をみて愉快そうに朱禍は笑い、何処からか真っ赤な盃を取り出して酒をその盃に注いでいく。


「お前さんも飲むかい? うまいぞぉ?」


 朱禍がみそぐに酒を勧めると、彼は静かに首を横に振った。


「そうか、残念じゃのぉ」


 朱禍は眉を下げ、残念そうな表情を見せる。


「まぁ、あまり虐めすぎてもお前の姉さんに後で叱られるだけだから、これぐらいにしておこうか」


 朱禍はそう呟きつつ、盃の酒を勢いよく口へと運び流し込んだ。


「やはり、酒は格別じゃのぉ」


 景気よく、自らの膝を叩く朱禍。


「……さて、茶番はここら辺にして本題に入ろうか」


 機嫌のよい顔から急に真顔になる朱禍。


「ここ数日、この神社をうろついている怪しげな二人組がいる。名前を弐沙と怜と言う双子……いや、アレは恐らく、兄弟ではなく赤の他人だな。その二人はこの神社について調べようとしているみたいだな。恐らくは、朱糸守のまじないについてだ。いずれ、その正体を掴もうと、ここへとやってくるだろう。その時は、その二人を……」


 朱禍はみそぐの耳元へと近寄り、こう囁いた。


「消せ」

「……エ?」


 何かの聞き違いかとみそぐは朱禍に聞き返す。


「その二人を消せ。このまじないは永久に連鎖していかないといけない。そうしないと、お前ら姉弟の幸せは続かないぞ? それでもいいのか?」

「ダメ……ネエサン、シアワセニ……」

「そうだろう? お前は姉さん思いだからな、その答えを待っていたよ」


 朱禍は目を細めつつ、盃に二杯目の酒を注ぎ始める。


「お前さんの姉さんの願いでお前さんを無傷で守ったのは、お前さんを生きさせているのは、お前さんとお前さんの姉さんの幸せを作り上げているのは一体誰なのか、よく思い出すんだな」


 其処の言葉に、みそぐは朱禍に向かって土下座をする。


「……アリガ……トウゴザイマス」


 まるで苦虫を噛み潰したように顔を歪ませながら悔しそうに言葉を紡ぐ。


「ハッハッハ、愉快愉快」


 土下座の様子を高笑いで観賞する朱禍。


「さて、そんなお前さんに一つ、朗報だ」

「ロウ……ホウ?」


 みそぐは朗報と聞いて顔を上げた。


「一つ、俺の頼まれごとを完了してくれるのなら、こんな地獄のような日々から開放してやっても良いぞ?」


 ニヤリと朱禍は口角をあげる。


「その二人を消す前に、弐沙という青年の方へお前に“植えられている”核を移動させることが出来たら、お前がはれて自由の身だ」

「ホント……ホントウニ?」

「あぁ、俺は嘘なんて付かないさ。これで姉さんとも幸せに暮らせるぞ」

「ワ……ワァ……」


 余りのうれしさに、みそぐの両手はガタガタと震える。


「コンナ……コンナジゴク、ハヤクオワラセルン……ダ……」


 そんな高揚感を胸に、みそぐは床へと倒れこんだ。


「おや、寝てしまったか」


 冷ややかな目でみそぐを見る朱禍。


「まぁ、この地獄から解放されたとしても……だ」


 朱禍は盃の中にみそぐを写しこむように構える。



 盃の中には青年ではなく、なんともおぞましい異形の姿が映りこんでいた。



「こんな姿に成り果てたお前をかなえは果たして愛せるのかな?」


 フッと嗤って、朱禍は二杯目のお酒を流し込む。


「さて、二人の様子でも伺ってこようか。何を調べていたか果たして聞きだせるかな?」


 スッと朱禍は立ち上がって、盃と酒を持ったまま物置小屋を出て行った。

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