雪が解けて
彼女が分かれて数日、とうとう裁判の日がやってきた。当日は、整理券を持っていないと裁判所に入れないほどの人の列があった。それもそのはず、彼女の人気はとてもすごくなったうえに、その前に出ていたテレビ番組で彼女は、
「この裁判で平塚アマネちゃんの無念を晴らすことができるでしょう」
と発言したのだ。この発言からか、さらに彼女の注目はすごいものとなった。そのため、今回は、裁判を傍聴するのは難しいと思われたが、俺は何とか整理券を入手することができた。これも、彼女との縁であろうかと思わざるをえない。彼女のせいで、俺は職を失い、こんなところまで来ている。まるで嵐で家を失ったかのようになっているというのに。おまけにこんな雪の中裁判所まで行くなんて我ながらどうかしている。
彼女が証言台でウソを語るさまを見るためだけに、こんなところまでくるのだから、きっとあのときから彼女の美しさにほれ込んでしまったのかもしれない。そうこう考えているともう開始時間ぎりぎりだ。俺は、席について彼女たちが現れるのを待った。
裁判官たちが現れ、続いて顔見知りのレインたちが入ってくる。裁判官が話をして、裁判が始まる。事実確認などが終わり、いよいよ証人としてレインが立たされた。彼女の話を固唾を飲んで見守った。
「私は…」
彼女がそう言いかけると急に彼女の体から水蒸気が出始め、彼女を包み込んだ。一同がその現象を驚きながらも何もできずにただ見ている。そして、水蒸気が次第に消えはじめて、レインの姿が再び現れる…と思われたが、
「アマネ…?」
その姿を見て、平塚コウガが思わず娘の名前を口にする。それもそのはず、我々の目の前には、死んだはずの彼女がいるのだから。
これは、何かのマジックか。それとも、誰かの思いが見せる幻か。誰も説明できるものなどここにはいなかった。
「私…ママに殺されたの」
彼女の一言が、空間の時間を一瞬止めてしまった。それほどまでに、衝撃が強かったのだ。
「ママは…いつも私に厳しかった。バレーで一生懸命がんばっても一番じゃないと怒っていた。それに、周りの子たちは、私がお金持ちなことやバレーの先生が優遇していることとかをねたんで私のことをいつも仲間はずれにした。私はそれが、悔しくて悲しくて。家に帰るといつもマコおねえちゃんに八つ当たりしていた」
「マコさんは、君に何もしなかったのかい?」
裁判長は、アマネの姿となったレインに問いかけた。
「うんうん。おねえちゃんは、やさしかったよ。どんなに八つ当たりしても、私が泣いているときは、お菓子をくれたしお話しもしてくれたもの。だから、おねえちゃんは悪くないの」
「アマネちゃん…」
マコさんから少し涙がこぼれる。
「ちょっと待ってくれ。これは、何かのトリックだ!彼女は、アマネでもなければ、レインさんでもない!アマネによく似た子役だ!誰が仕向けたかは知らないが、こんなの茶番だろ」
「原告は黙っていてください。あなたが答える時間ではありませんよ」
裁判官がコウガにするどく言い放つ。それに、口惜しそうにして着席した。
「あの事件が起きたときのことを教えてくれるかな」
先ほどとは、打って変わってやさしい口調で裁判官は、アマネに尋ねた。
「あの日、ママはいつもより激しく怒っていたわ。私は、それがこわくてただただ泣いていた。そんな姿を見たママはされに私を、激しく責めた。いつもなら、お尻をたたくだけだったけど、その日は、私は床に強く投げつけられた。私は、その時、自分が生きてちゃいけないのだと感じた。そのとき、ママが拳銃を持ってきて、「あなたこれで死んでくれない?」そう言ったの」
「もうやめて!」
傍聴席にいたクリスが激しい悲鳴をあげるように言い放った。
「私は、あの時どうかしていたのよ。私が悪いわけでも、アマネが悪いわけでもないのよ。あの日、知らないバカ女と楽しそうにいたあなたを見かけて…」
「お静かに。これ以上騒ぐのでしたら退室願います」
裁判官がそういうと、クリスはむせび泣いてしまった。一方、コウガは少し気分が悪そうに頭をかいているのだった。彼女の発言で、今まで隠していたことが次々と明るみに出てしまった。このことが、きっとこの事件の解決するだろう。
実際、この裁判から数日後、クリスは逮捕され、児童虐待などの罪で起訴されることとなった。この事件を見事解決まで運んだレインは、裁判の後姿を消した。彼女の失踪は当時話題となったが、それも数週間すれば人々から忘れ去れた。
あの日、裁判所から出ると、先ほどまでの雪が嘘のように空が晴れていた。俺は、レインが、雨の日に現れ、晴れの日に消えたことは不思議とも自然とも考えられた。彼女は一体何だったのだろうか。その答えは未だ出る気配はない。ただ、裁判所の上に大きな雨雲があるとまた彼女に出会える気がしてならない。そう思うこの頃である。
クラウディアン @tairin
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