サテライトを放つ
SMUR
1章 あなたを彩るだろう
1
ナイフで掘られた文字を、虫でもすり潰すみたいに指でなぞった。
『ここは危険』
『逃げて』
声に出して読み上げてみて、私はたちまち馬鹿馬鹿しい気分になった。こんなイタズラ書き、真に受けるだけ贅沢というものだろう。頭ではそうわかっているが、不思議と目を離せない。
この施設には、心を病んでしまった人もいた、と聞いた話を、頭の片隅で思い出す。何かに追い詰められた人間が書き残した、誰に伝わるのかわからないような得体の知れない文字列を読んでいると、途端に自分があまりに孤独だと言うことを、嫌というほど感じてしまって、書き手に同情心のようなものを覚えた。
そもそも、こんな宇宙の真ん中で、何処に逃げるのが最も適切なのだろうか。地球への脱出ポッドだって、私では勝手に指紋をつけることすら難しかった。この母星との、見えているのに辿り着けない、まるで淡い片思いのような関係に、少しばかり反吐が出る。
下らない。
とりとめもなく下らないことを考えている自分を無視した。
まだ寝ぼけている。頭がハッキリしていない。机の下で四つん這いになっていた私は、ゆっくりと身体を起こした。床に押し付けた膝が、鈍く痛くなってくるほどに、この変な落書きを凝視していたらしい。自分の寝相が悪い事を実感した。
変なことで時間を取られてしまった。できればこのまま、また眠ってしまいたかったが、私と言えども、予定がないわけでもなかった。そのことを考えると、胸の奥が重たくなって、憂鬱な気分になる。
起きたばかりで、身体に血が通っていないままに、私は軽く身支度をする。寝間着と言うには、いささか派手すぎる衣類を脱ぎ捨て、地球では着慣れた、至って活動的な装いに、吐き気を抑えるように唾を飲み込みながら、渋々と袖を通した。それでも何処か身体が軽い。重力が違うのだろうか。
そして携帯端末を開く。指輪の形をした本体に、押し心地の悪い起動ボタンがついている、最近流行りの形式だ。最近の同年代の人間は、これを携帯していることが基本となっていたが、私にはどうしてもこれがさほど利便性があるようには思えなかった。
その利便性の悪い端末の起動ボタンを押すと、目の前に画面が投影された。空中に画面が浮いているという光景も、もはや当たり前になってしまった。
時刻は朝の八時半。八月二十八日。
といっても、日の上り沈みがない宇宙空間では、時間や午前午後なんて、単なる決め事にすぎない。
鏡を覗く。完璧なくらいに準備は出来ている。肩までを想定して伸ばされた髪は、速やかに解きほぐして整えてあるし、人好きの良い香料だって、不愉快にならない程度に振った。化粧も目立たないくらい、尚且見苦しくないように薄く施した。上着はそこそこ名のあるブランド品を、嫌味にならないように。足回りはそれを生かすように、落ち着いた色合いに。スカートはとにかくシルエットに気を使い、手荷物の柄さえ私は掌握していた。
そこまでした。コーディネートとは、私にとっては他人に対する武装だった。そうだ。そこまでして、誰も私を嫌うはずがない。お前は誰にも嫌われていない。そう心に言い聞かせた。不安は退かない。自分の言葉なんて、宇宙で一番、信じるに値しない。
深く、呼吸を整える。
今すぐ胃の中のものを戻したくなる感覚を、平常心で押さえつけた。
大丈夫……、
私は、当たり障りのない人間。
嫌われることはない。
好かれたいとも思わない。
ただ穏便に乗り過ごしたいだけ。
それだけ。
本当に、それだけのことを、私は流れ星に祈るような真剣さで望んだ。
『ここは危険』
『逃げて』
さっき見た落書きを思い出す。確かにそうかもしれない。ゼミ合宿なんて、私にとっては、裸で空を飛ぶような、耐え難い苦しさを伴うものなのかもしれない。
それでも、私の中の何かが、私を真人間にしようとしている。
こんな気持ち、私にはふさわしくないと知りながら。
「頑張らなくちゃ……」
声に出して読み上げてみて、私はたちまち馬鹿馬鹿しい気分になった。
何故そんな強迫を感じるのか、不思議だった。単なるゼミ合宿で、なんでここまで大切な神経を、すり減らさなければならないのだろう。
消えない不安感に付きまとわれて、また私はため息を安物の煙草のように、そして私を鎮静するある種の儀式のように、長く吐き尽くした。
2
ゼミ合宿がある、という信じられないことを告げられたのは、出発の数週間前だった。
教授からのメールで、そのことを知ったのは覚えている。そういう催しにはなるべく参加してこなかったので、流石に気が動転してしまって自宅で飲んでいた飲み物を床にこぼした。
……そんなこと、聞いてない。
いつもの私だったら、間違いなく辞退していたが、頭の固いあの初老の教授は、ゼミ生全員を合宿に参加させることにしか興味がなかった。彼の熱意と、強引さと、図々しさに、半ば泣きそうになりながらへし折れてしまい、私という協調性のない人間も、無理矢理こんな場に連れ出される事になったのだが、更に驚いたのは合宿地だった。
宇宙ステーション。
近年は民間の宇宙ステーションが多数打ち上がっており、書籍で読む昔の時代と比べて、ある程度は気軽に宇宙旅行を楽しめる時代になったとは言え、わざわざそんなところへ何をしに行くのか、私には甚だ疑問だった。
教授曰く、趣旨は「調和と成長」だと述べた。
控えめに言えば最悪だった。
別に普段から仲良く会話をすることもなく、人としての興味だって少しも湧いてこない同窓らと、一週間もの気の遠くなるような期間、考えられる限りに一番閉ざされた場所で、朝から晩までを共に過ごすことなると、言いようのない吐き気がこみ上げてきた。
そう、私は他人が大嫌いだった。
生きている間、他人という存在に、なるべく関わりたくなかった。
理由は特になかった。どうしようもなくそういう性癖だから、仕方がないといえばそうだった。
そんな人間だから、ゼミ合宿に連れてこられること自体があまりにもストレスだった為に、さほど快適とも言えないスペースジェットに乗っている間、とんでもなく酷い酔い方をして、到着した際に行われるステーション職員らとの顔合わせもほどほどに、先にあてがわれた自室でずっと寝込んでいた。
そして迎えた次の日、私はどんな顔をすれば良いのだろうか。
ただでさえ好かれていないというのに、変に目立ってしまった。
廊下は静まり返っていた。宇宙なのだから、当然といえば当然だったが、少々気味が悪くなった。
教授はここに何が目的だと言っていたっけ。確か、データ書籍でない、紙で出来た物理書籍が多数納められているからだ、という講釈を垂れていた覚えがある。そんな事を言って別に、昨今物理書籍のほうが、内容的に優れているというわけでもないだろう、どうしても合宿に参加したくなかった私は、そういう悪態を百個は思いついた。まだひねり出そうとすれば出来そうだ。
施設の、何らかの金属で作られたであろう床を踏む。小気味の良い音が鳴るが、見た目よりも滑りが悪くて躓きそうだった。
自分の足音が、窓の外、地球の方にまで響いているようだった。廊下は縦方向に高く、横方向にも十分広い。キャッチボールくらいなら出来そうだったが、やる相手はいない。照明は過剰なまでに焚かれているが、なにせ外が一面真っ暗なので、少しも明るいとは思わない。
民間医療施設。教授はそう述べた。確かに薬の匂いが漂っている気がして、少し落ち着かない。宇宙では換気も出来ないだろう。立地としては最悪だった。
そうして、少し迷いながら、誰ともすれ違わず、エレベーターに乗って、昨夜メールで「朝九時に何処に集まれ」と示された部屋に入ると、開口一番に声をかけられた。
「
と教授の優しいのか媚びているのか、それとも叱っているのかわからないような声色で、いきなり私の、あんまり好きじゃない名前を呼ばれた。
時間を見ると九時を回っていた。少し迷っていたのが悪かった。
談話室、と書かれていたその部屋は、一階の自室がある区画から、エレベーターに乗って三階(宇宙に上も下もないだろうが、重力の方向として上階)で降りると、すぐ目の前だった。中はそれなりに広く、扉から右手奥にはキッチンまであった。食堂のような、集団が食事をするスペースなのだろう。原色で塗られた黄色い椅子とテーブルが数組設えてあり、なんだか目がチカチカして、あまり一服したいとは思わなかった。
教授の周り、思い思いの所に、他の生徒らは腰掛けていた。一瞬、入ってきた私を侮蔑するような目で見たが、一秒後に何事もなかったかのように、自分たちの雑談にしか聞こえないような会話に戻っていった。
「はい、すみません……」私は釈然としないであろう返事をして。頭を下げた。
「で、具合は?」
「あの、悪くは、ないです……」
「そうか、じゃあ適当に座ってくれ」
と言っても、腰を下ろす位置には困ってしまう。あまり同窓らには近づきたくなかった。
結局、他の数名からやや離れた席に落ち着くと、それを見計らって、教授は話し始めた。
初老の、考えは古いがその人柄の良さで、大凡の生徒から人気のある教授だった。名を「
私が彼のゼミに入ろうと思ったきっかけは、単純に生徒数が多そうで、自分の存在が相対的に軽視されそうだったからだが、蓋を開けてみれば、思ったほどの頭数がいなかったことは、私の心臓に悪い事実だった。同窓らとその先輩の会話を盗み聞きするに、とにかく課題に厳しいのが、生徒が少ない理由だということを後に知った。
今この場に来ているだけで、私を含めて生徒は五人しかいない。これでは人気がないと言われても、言い訳できない規模だった。
「さて、今回のゼミ合宿の目的だが、小ケ谷君はわかるか?」
小ヶ谷と呼ばれた生徒は、姿勢良く腰掛けていた椅子から、跳ねるように立ち上がった。
長い髪がなびき、服の皺がピンと伸びる。自分に自信があり、凛として、隙があれば助骨をへし折りたくなるような、そんな佇まいだった。
「はい。『調和と成長』というスローガンを元に、皆で協力して、今後の自分のあり方を確認していくという、要するに卒論の糧ですね」
彼女は標本のような話し方で答えた。
「まあ身も蓋もないことを言ってしまえば、その通りだ」
満足そうな顔をして、小ケ谷は席に戻った。動画を戻した時のように、ズレのない動きだ。
同じゼミである私も、彼女のことは何もしないでも知ってはいたが、贔屓目に見ても彼女からあまり好かれていないらしく、出来れば死ぬまで関わりたくない側の人間だった。
何より彼女の、心の底では人を見下すような、冷ややかな視線が癇に障った。
これは私の推測の話だが、彼女は自分を、この世の中でも二人としていないほど価値のある人間だと、本気で思い込んでいるらしかった。
吐き気を催して、少し息を吸い込んで止めた。
特に嫌いな人間と、卒論の話なんて出来るか、と私は嘆きたくなった。
「小ヶ谷君は、卒論のテーマは決めているか?」
「いいえ、まだ決めあぐねています。今回の合宿で、何か自分に合ったものを見つけられれば良いんですけど……」
鼻につくような台詞を、考える間もなく、すらりと吐く彼女。
「せっかくなので、この施設に関係する記述も、大いに入れ込みたいところですけどね。ねえ、友里絵さんは考えています?」
そう呼ばれて、小ケ谷の取り巻きである、
久利は、小ヶ谷に比べれば大人しい気質ではあったが、日頃から小ヶ谷に、自分の身を全て捧げるような、ある種の献身、ある種の自己犠牲のような言い草が解せなかった。
「私は、そうですね、響子さんの研究を手伝たいと思っています」にっこりとした表情を見せて言う久利が、私は心底不気味だった。「ユノもそうよね?」
頬杖をつきながら、気怠そうに唸った後、彼女は言う。
「まあ、良いんじゃない。私だってまだテーマ決まってないし、丁度いいよ。響子も、私らずっと一緒にやってきたし、その方が上手くいくんじゃないの?」
彼女は久利とは対象的だった。挽地ユノは、小ヶ谷響子の隙を、何処かで狙っているような節があった。例えるなら、暗殺者か性格の悪い参謀だろうか。
そう考えると、私が小ヶ谷に抱く感情と、挽地が小ケ谷に抱く感情は、遠いものではないのかもしれない。挽地に親近感を抱かなくもないが、彼女は私のような人間は、多分嫌いだろうと思って、小ヶ谷同様に距離を取っていた。
この三人組ともう一人、ゼミには唯一の男子学生がいる。
沼山イツヲ。彼のことは、普通に学生生活を送っていても、あまりいい噂を聞かなかった。軽薄、薄情、そんな言葉をよく耳にする。
三人組の傍に座って、会話を挟める瞬間を、ずっと見計らっているようだった。小綺麗な格好は他人に媚びているようで、そしてわざとらしくゆったりとした話口調は、異性を意識したものだった。さして男女恋愛に興味がない私ですら、その程度は理解できた。
私以外を巻き込んで、話は進んでいった。卒論、テーマ、研究、果は大学生活、好きな生徒、恋愛、性生活……私には馴染みのない話題だった。
居心地が悪い。
ガリッと奥歯を噛み締めた。座っている椅子が、随分と硬いもののように思える。
結局いつもこうだ。私は、いつも輪に含まれない。周りが盛り上がっているのを、羨ましそうに見ているのが私の定位置だった。
なにが成長と調和だ。
どうせ私は嫌われ者。嫌われているのだから、嫌い返すのが道理。
そう開き直っていると、教授が私の方を向いた。
「そうだ加賀谷君、君は何をテーマにしたい?」
「私、ですか、えっと……すみません、まだ」
「まあゆっくり考えてくれ。留学のこともあるんだから、しっかり取り組んでもらわないと。みんなも合宿なんだから、意見をぶつけ合ったり、助け合ったりするのが目的だ。加賀谷くんの研究を手伝ってやってくれないか」
耳が痛い。
小ヶ谷が私を睨んで、平静な口調で言った。
「加賀谷さん。あなた留学の話があるの?」そこには小馬鹿にしたような笑いが含まれていた。「あなた、そんなに成績に一目置かれるような、飛び抜けて優秀な生徒でしたっけ?」
包丁で心臓を抉るようなことを言われた気がした。
「それは、その……」
「私にだって、そんな話が来ていないというのに、なんであなたが?」小ヶ谷は何か気に入らない様子だった。「教授、この娘の研究を、本当に手伝う必要があるんですか? さぞ優秀で、私達の助けなんて必要ないんじゃありませんか?」
「そうですよ、響子さん。第一この人、コミュニケーション取れないでしょ」久利が加勢する。小ヶ谷に乗っかったのだろう。「そうだ、知ってるんですよ、私。この人と同じ講義取ったことあるんですけど、協調性もない、挨拶一つ出来ない、それで何を言ってるかはっきりしない、一体何をしに大学に来ているのか、全然わからないような人でしたよ」
覚えのないようなことまで言われ、私は何も言えなくなった。
定石だった。小ヶ谷響子を敵に回した瞬間、こういう仕打ちを受けるのは、自然の摂理といって差し支えなかった。
そんな私を見て、鬼の首を取ったように久利が続けた。
「ほら、すぐ黙んまりじゃないですか。そんな態度取って、卒論を手伝ってもらえるなんて、どう考えても図々しいでしょ」
「別に俺は手伝っても良いけどな」と沼山が意外な助け舟を出した。
「は、どうせあなた、女の子なら誰でも良いんでしょ」
「そんなことない、顔ぐらい見てるよ」
まじまじと私を見る沼山に思わず顔を伏せた。頑張って小綺麗な格好をしてきたのが、間違いだった。
くだらない雑談にか、たまりかねた教授が、流れを断ち切った。
「おいおいまあ待て、そんな邪険にするな。彼女は我がゼミの中でも特に優れている。小ケ谷くんも十分に凄いが、彼女はなんていうか、考え方が月並みじゃなくてね。小ケ谷くんといい勝負だと思う。故に、私は彼女の研究に期待してる。再三頼むが、彼女を手伝ってやってくれ。加賀谷くんも、そこをわかってくれよ」
頼み込むようにそう言った教授の、不躾な熱意には鼻で笑う程度に感動はしたが、小ケ谷響子は私を睨みつけるばかりだった。
彼女にはもう、私のすべてが気に入らないみたいだった。彼女は自分よりも優れていると評される人間に、対抗意識を燃やす癖がある。それに余計な加勢をするのが久利、黙って楽しそうに見守るのが挽地。このグループはそういうシステムで可動している。入学から一年経った頃にそう理解した。
小ヶ谷響子は、私への視線をそのままにして、最高のライバルを見つけた時のような、少し楽しそうな口調で言った。
「ならあなた、立派な研究テーマを持ってきて、私を納得させてみなさい。それから手伝うかどうか考えてあげるわ。それでいいでしょ?」
「小ヶ谷君……」教授が呆れたように言う。「いいか、テーマづくりから、君が協力すればより良いものになるじゃないか。なにがそんなに嫌なんだ」
「教授、私は、私が価値があると認めたことしか、やりたくありません」小ヶ谷はきっぱりとそう告げた。「もっと興味深い…………そう例えば、昨日お会いしたあの患者の女性、彼女くらい強烈に興味が惹かれなければ、根本的に食指が動かないんです」
言いながら、まるで恋をした時のように、呆けた顔の緩みを見せる彼女。小ヶ谷が人を認めているような発言をするのは、意外千万だった。私は驚く。
彼女にこうも言わせるなんて、どんな人間だ。幸いなことに、私は昨日体調を崩していたので、初日の顔合わせには参加していない。小ヶ谷響子がこれほど興味を寄せるということは、よほどの天武の才か、見たこともないような変人だろう。
「響子、あんな人に興味あるの?」不満そうに、挽地が口を挟む。「あの人、ちょっと怖いっていうか、近寄りたくないんだけど……」
「何言ってるの、ユノ」すかさず久利が言った。小ケ谷に同調しただけの、極めて薄い意見だった。「あの人は素晴らしい、こんな宇宙の隅に置いておくには、とても惜しい人材だったとは思わない? 響子さんの目が信じられないの」
「それはそうだけど、なんか、あの人、気味が悪いっていうか」
「彼女の特殊機能よ、ユノさん」継いで、小ケ谷響子が述べる。特殊機能という普段はあまり耳にしない単語に、私は少し意識を惹かれた。「あなたも地球で、少しくらい目にしたことがあるでしょう。身体の一部を機械化して、身体的なハンディの克服やアドバンテージを得ている人たちを。彼女は、そうなのよ」
「……まあ、見かけるけどさ、なんていうか、異常じゃない? あの性能は」
「私は、彼女のそのずば抜けたの能力に、言い知れない好奇心を覚えたわ。もっと話を聞きたい、自らの研究に反映したい。昨日からそればかり考えています。ねえ、教授、私は聞いての通りです」
再び私を睨みつける小ケ谷。美しい造形の、鼻につくぐらい純粋な眼で、鉛筆をそのまま刺したくなった。
そうは思っても、身をすくめた。なにか悪いことをして、怒られているようなつもりになってきた。
「こんな人の研究を手伝っているほど、私は暇ではないんです。もっとあの人のことを知って、あの人を分析したい。そこにしか興味が無いんですよ。そもそも加賀谷さん、あなた何が出来るっていうんですか。優秀らしいけど、テーマに対する明確なビジョンもない。まともにコミュニケーションも取れないから、あなたという人物に、私は魅力の欠片も感じない。それで手伝ってもらおうなんて傲慢よ。宿題すらしないただの子供と変わらないんじゃないんですか」
「それは……」
「何が違うっていうんですか? 加賀谷さん。自分の普段の行いを、考えたことがあります? 私、覚えてますよ。私の挨拶を無視したことあるでしょ。今まで他の生徒たちと仲良くしようとしてこなかったのは、ずっとあなたの方じゃないの。私、意味なく人を嫌ったりしませんよ? 他の人も同じ。ずっと孤立していたのは、元々あなたに原因があるんですよ」
撃ち抜かれる。
「おい小ヶ谷君、何をそこまで目の敵にしているんだ」教授は叱りながらも、自分にはその実関係ないという態度で彼女をたしなめた。「そんな態度は感心しないな。まあ、君が無理というなら仕方がないが、ここは本人の意見も聞いてみるべきじゃないか?」
「この加賀谷さんに限って、『是非やりたいです』なんて可愛らしいことを言えるとお思いに? まあさっきも言ったとおり、高尚な研究テーマがあれば、その時は私の方から是非ともお願いして差し上げます」
「加賀谷さん、感謝なさい? 響子さんは慈悲深いお方です」久利が加勢する。
もういい、
そこまで言われて、私はこの場にいることが、耐え難いものになった。
のそっと、立ち上がると、小ヶ谷は眼を丸くした。
「ちょっと、待ちなさい。どこへ行くの?」
「……あなたなんかに、手伝ってほしくないですし」
教授から、待てと言われたが、後ろも見ないでドアから出ていった。
ばたん、と閉じる。
空気が変わり、一気に、静寂が辺りを包み込んだ。
そうして、私はいつものように自分を蔑む。
ちょっとでも仲良くしようなんて、思ったほうが間違いだった……
蔑んだのは、彼女らと、そして回りに打ち解けてこられなかった、今までの自分自身。
私は他人以上に、自分のことを誰よりも殺してしまいたかった。
3
悔しいと言えば悔しい気持ちを抱えながら、とぼとぼと廊下を歩いていた。
――どうすれば、私は他人に認めてもらえるのだろうか。
そんな、世界の終わりまで引きずるようなことを、ずっと考えている。
そもそもそうだ、小ケ谷の鼻を明かすような研究テーマを見つけ出せば、額を擦り付けてお願いされることまでは無いとしても、解せない文句を言われ続けることは、綺麗になくなるのではないかと思った。
なにか、思案にいい場所はないだろうか。小ヶ谷を打ちのめす研究テーマをひねり出すのに丁度いい……
そう思ってウロウロしている内に、一階の自室がある区画から伸びる廊下の先にある、大きな扉が開いていることに気がつく。
この先はなんだっけ。昨日教授から見取り図のデータを貰っていたので確認すると、倉庫だと記されていた。この区画の一階部分全てが、倉庫として使われているらしかった。贅沢だな、と感じる。
あまりこういう所でこそこそしていると、職員から注意を受けそうだ。面倒に巻き込まれるのも嫌だったので、急いで引き返そうとするが、見取り図に気を引かれる単語が一つだけ載せられていた。
『図書室』
教授が言っていた言葉を思い出す。この施設には、最近では減ってしまった、紙の書籍が多数収められていると。こんな場所をゼミ合宿の地としたことの動機の一つに、そんな要因があったことを思い出した。
手探りの、手がかりが何もない状況よりずっと展望的だった。自分の足は自然と、無数の本を求めていた。倉庫の奥に無骨なエレベーターあり、それに乗った三階が、私の目指す図書館。奇妙なところにあるものだと思ったが、そんな些細なこと、今の私にはどうでもよかった。
――待ってろ小ヶ谷響子。
私の気は大きくなる。
神経が高ぶっている。
散らかったガラクタや、得体の知れない箱、小物入れ等が散乱している、薄暗い倉庫を、早足で通り抜け、奥に備え付けられている、少し大きめのエレベーターに乗り込んで三階へ向かった。
しばらくして分厚い扉が開くと、紙の古臭い匂いが鼻をついた。
無意識に、深く呼吸をしてしまうくらい、物珍しい。
紛れもないくらいに、そこは図書室だと言えた。
昔の資料の写真でよく見るような紙の本が、本棚に一つ一つ納められ、信じられないくらい贅沢に立ち並んでいる。これでも少ないくらいだと教授は言うが、私にとっては口から息が漏れていくくらい、滅多に見られない景色だった。
大きめの本棚が数個、平行に四列置かれており、その通り抜けた奥を、談話室で見たような趣味の悪いテーブルセットが占領していた。壁はところどころ窓が備え付けられ、地球の切れ端や、散りばめられた星々が、わざとらしいくらいイラストのように室内を彩っていた。
なるほど、宇宙にも来てみるものだ。
一瞬だけ、本気で目を奪われた私は、偽りなくそう感じた。
室内には人の気配がない。こんな倉庫の奥にあるエレベーター、誰も乗るわけがなかった。まるで私への褒美のように、この空間が用意されているみたいだった。傲慢にも私はそう思わずにはいられなかった。
さて、まずは本棚を物色して、研究テーマの方針でも決めようか――
と、思っていたのだが、
一番奥に片付けるのも面倒になりそうなほど、本が積まれていることに気づく。
その空間に目をやると、
女の人が、椅子に座っていた。
びっくりして、心臓が蹴り上げられたみたいに跳ねた。
何の気配も、息吹も、精魂も感じられなかった。
誰だ?
職員だろうか。勝手に入ったと知られたら、怒られるかもしれない。
罪悪感を帯びながら、少し近づいて、本棚の隙間からよく目を凝らす。
たしかに彼女、長い髪をした女の指は、本を気怠げにめくっていた。蟻をつまみ上げる時のように、煩わしそうな動作だった。
その所作が、美しかった。
私はその場に立ち尽くし、杭を打たれたように動くことすら出来ない。まるで澄んだ空気に投影された、高解像のグラフィックでも見ているみたいに、そこに彼女が存在しているのか疑わしいくらい綺麗だった。
さらさらとした、長く伸ばされた髪の毛、ドレスのように形の良いロングスカート、つま先は素足が見えており、指先で履物を弄んでいた。人工的に作られた重力さえ、彼女を彩るための道具のひとつにすぎないのかもしれない。
顔はよく見えないのが悔しかった。覗き込んで見るべきだろうか。それとも、何処かに彼女を映し出している映像装置を探した方が早いのだろうか。しかし、どこにもそんなものは見当たらなかった。
程なくして開かれた彼女の口から、彼女が本当に実在していることがわかった。
「何見てるのよ」
響きのいい声で、その上うえ一度もこちらを見ないで、不機嫌そうに、そんな不躾なことを言われた。
容姿を褒めちぎったことを、少し撤回したくなった。
「す、すいません……」
私は頭を下げる。
「……誰?」彼女はようやくこちらを向く。「聞き覚えがない声ね」
揺られた髪が、彼女の動作に付随していく。
正面。
ため息が出るくらい、作りが良い顔面。
小ヶ谷響子も容姿だけは良いのだが、彼女はそんな範疇ではない。
そんな瞳に睨まれると、どうしたら良いのかわからなくなった。
「何呆けてるのよ。本読みに来たんでしょ?」
「あ、えっと、はい。卒論の研究で、ちょっと……」
「そうか、昨日からいる、大学生の連中だっけ。もう一人ってあなたのこと?」勝手に長々と話すことが好きそうな女だった。「散らかってるけどご勝手に。そこのごっそり空いた本棚の中身は、私が持って来てここに積んでるんだけど、見たいものがあるなら、勝手に持っていって良いわよ。単に片付けが面倒なの。ああ、でも破れているページもあるから、扱いには気をつけて」
「はい、すみません……」
言われてみると、真隣の本棚が空だった。
女はそのまま私を放って、書の世界に戻った。すでに興味を失ったみたいだった。
さらに彼女に近づいて、言葉に甘えるように、彼女のそばに積み上げられている本の山を探してみたが、気を引かれるタイトルの書籍はなかった。大体、方針さえ決めていないのだから、当然の帰結だった。
というよりも、傍で本を読んでいる彼女が、ずっと気になって仕方がなかった。
こんな存在感の女、地球上でもあまり見かけることがない。比較対象が小ヶ谷響子なのは癪だったが、彼女は小ケ谷よりも人の気を惹く体質だと推測された。
「なに怖がってるのよ」
先程のように、顔も上げずに彼女は言った。
「いえ、別に……」
「嘘。さっきから呼吸が荒いわ。空気を吸い辛いのね。それに何か物音がする度に、息が止まってる。歩き方もわざとらしくてぎこちないし、なにより声がはっきり出てない。何を恐れてるの? 宇宙ステーションが信用できないとか? そんな急に墜落なんてしないわよ」
「はあ……?」
冗談みたいなことを、平然と言う彼女。
なんでそんな私の体調等を、如何にもわかった風に言うのか知らないが、確かに言われてみれば今朝の談話室に行った時からずっと、心拍数はおかしかったし、この得体の知れない女のことを少し恐れてもいる。
気味が悪い。
この女、一体何者だろう。
「申し遅れたわ」女は突然本を閉じ、顔を上げて、椅子からめんどくさそうに立ち上がり、こちらを見据えた。親しみやすそうな口調とは裏腹に、表情はあまり豊かではなかった。「『
私の方へ手を向ける、茅島ふくみと名乗る女。
「あ、はい、えっと……加賀谷、彩佳、です……」
「加賀谷さんね。あの教授さんが話してたのがあなたね。評判だけは飽きるくらい聞いたわ。こんな死にかけのモルモットみたいな人だとは思わなかったけど」
はっきり言って失礼なことを、ずけずけと無表情で彼女は述べた。
少し苛立っていた。奥歯を噛んでしまう。
「何よ。何か気に入らない? 表現にアヤがあることは認めるわ。で、あなた結局何を恐れてるの? さしずめ何かあったって顔だけど、そんな顔されちゃ不愉快だわ」
なんでこの女、そんなことがずっと気になっているのだろう。
「……いえ、別に……」
「嘘。あなた、嘘をつく時に一瞬だけブランクがあるわ。嘘を付くことに罪悪感があるの。絶対に何かあったし、それはあまり知られたくない。よし、しょうがないわね。当ててみせるわ」
女は深呼吸を始めると、そのうち息を止めて、耳の後ろに手を当て、目を凝らし、私の全身という全身を、舐めるように観察する。
変な脂汗が出てくる。
まるで、肉の裏側までめくられているみたいで、気持ち悪い。
程なくして、茅島さんは口を開いた。
「……そうね、私が考えるに、何もなければゼミ合宿、それも実質初日だと言うのに、こんな所に一人では来ない。朝だし、来て日が浅いうちは、ゼミ生で集団行動が普通でしょ。いきなり自由行動なんて、普通は考えられない。施設の勝手もわからないし、誰か職員が案内するという話もあったわ。でもあなた一人だけがここにいる。絶対に何かあったとここに仮定します。あなたの様子は、観察するに、神経が衰弱している。つまり怒られた後の子供みたいな状態ね。あなたの人格は、声色や発声の筋力のなさから判断するに、普段人とあまり話すことがない。いいえ、皆無に近い。コミュニケーション不全、協調性がない、そんな人間ね。だとすると、その人格では集団行動は苦手。つまり、その所為で仲間と揉めた、もしくは爪弾きにされた、っていうところが妥当な線かな。恐怖心を抱いているところから察すると前者。さらに、見ず知らずの何も知らない私に対しても、恐れの感情が全く消えないってことは、どうしても他人のことが好きになれない、理解者以外に心を開くことが出来ない、狭い世界に生きている人間。だけどその過度な恐れが証明するように、人に嫌われることを誰よりも気にしすぎているし、自分から人を好きになれないくせに人には嫌われたくないという身勝手な欲求がある。そんな人間が招くのは、単なる衝突、自己嫌悪、そして逃避。そんなところよ。簡潔に説明すると、嫌われ者のあなたは、他のゼミ生に叩きのめされて邪険にされ、泣くような思いで一人でここに逃げてきた」
――。
吐き気。
「あ、その様子じゃ図星と言ったところね。なるほど。いえ、ごめんなさいね、私、ちょっとした特殊機能があってね」
「そんなことで……人を見透かした気にならないで下さいよ。ガキですか」
憎しみが篭った言葉が、口をついて出た。
それが引き金。
「……なんですって?」
「そんなことで、調子に乗らないでくださいよ。だからどうしたっていうんですか」
私は、この女がとにかく不気味だった。
なんで、ずっと気にしていることを、こんな得体の知れない、気味の悪い人間に、追い打ちをかけられなければならないのだろう。
吐きそうだ。
「本気で怒ることないでしょ。こんなの芸の一種じゃない」茅島の方も、ムスッとした顔を見せた。「否定されても、あなたの反応を見れば正解だってことくらい歴然よ」
「そんなの……あなたに、なにがわかるんですか、ペテンで適当なこと言わないでください」
「誰がペテンよ」
茅島が私に詰め寄った。
「私、ここの患者だって言ったでしょ。そもそも何の施設だか知らない? 大学で何を勉強してるのか知らないけど滑稽だわ。私はね、治療として耳を機械化してるの。あなたの呼吸、体重移動や動作、そんな些細な音波が拾えたのはその機能よ。勝手にペテンだなんて決めつけないでくれる? お仲間から嫌われるのも無理ないわ」
「うるさい!」
つい叫んでしまった。
茅島はそれでも私をずっと睨んでいた。
「あなたに言われる筋合い、ない……」
「……教授の話じゃ、もっと面白そうな娘だったのに」
「……黙れ」
「黙るわよ」
茅島は私から興味を失ったように、ひらりとエレベーターの方へ歩き始めた。
「出る時は電気を消して」
言い残して茅島は図書室から、捜し物のように消えた。
そして急激に、何も聞こえないことが、うるさくなった。
気に障る。
あの女の言うこと全てが、私の気に障った。
だけどそれは、いつも胸の内に秘めている考えと、あまり変わらないもの。秘密にしていることを、嫌いな人間に面白おかしく暴露された時のような、恥ずかしさも入り交じる怒りがこみ上げていた。
あの女……
この怒りを彼女のせいにすることで、心が安らぐことは知っていた。
それは現実に目隠しをする行為と似ていることも、どこかで気付いていた。
もうどうでも良い。
あの女の読んでいた、意味のわからない本を、憂さを晴らすように床に投げ飛ばした。
衝撃でページがめくれて、破れている箇所が見えた。
それが、私とあの女の関係を表しているみたいで腹立たしくなった。
……。
彼女の消えていった道を辿って、エレベーターに戻った。
電気を消して。
4
自室で、倒れ込むようにして、ベッドに横になった。
教授には、気分が悪くなったので部屋にいます、とメッセージを送った。
そして、布団に潜りながら自己嫌悪に陥る。仮病のつもりだったが、本当に気分が悪くなってきた。
ゼミ合宿だって言うから、みんなと協力なんて言うから、少しくらい私だって、張り切っていたのかもしれない。
結果がこれでは、失敗という呼び名しか付けられなかった。
調和と成長。
そんなスローガンが、読みもしない注意書きのように、無意味なものになっていく。
顔見知りはおろか、初対面の人間にも愛想つかされる。
茅島の言っていたことが、ずっと頭を巡っていた。
――他人のことが嫌いだけど、他人に嫌われたくない身勝手な人間。
その通りだよ、別に。
枕を茅島に見立てて殴ってみたが、軽い音が響いただけだった。
私だって、こんな自分が大嫌いだった。
少しでも変えようと努力はしたかった。その機会が今回かもしれないと思った。
それでも過去の行いが、私の足を引っ張った。
綺麗さっぱり自分を洗い流すなんて、無理なことなのだろうか。
宇宙には雨も降ってくれない。
汚れた身体は、どう磨けば拝まれるのだろうか。
地球を眺めた。私を追い出して、心地よさそうに自転を続けていた。
きっとまだ、疲れている。
寝て覚めれば、違う私になっているのかもしれない。
さようなら、私。
さっさとこの宇宙で、粉微塵にでもなって欲しい。
茅島。
あの女だけは好きになれない。
そうして眠気
5
呼び鈴が鳴り、目が覚めた。
怠い体を起こしてドアの方へ行く。
誰だろう。私に来客なんてあまりに珍しい……
横開きの自動ドアを開けると、知らない女が立っていた。
勘弁して欲しい。初対面の相手なんて、茅島だけでもう疲れた。
一瞬しかめた顔を、見られたのか知らないが、女は微笑みながら口開いた。
「こんばんわ、住ノ江ですけど、えっと、加賀谷さんですね」
……もうそんな時間なのか。
彼女の名前よりも、そっちのほうが気にかかる。明らかに昼寝という限度を超えていた。気分は優れなかったが、身体はどこまでも健康だった。
「あ、はい……加賀谷彩佳ですけど……」
住ノ江、と名乗る女に見覚えはなかった。丁寧にまとめられた髪、当たり障りのない小奇麗な服装。それでいて異様に身長が高く、全体的に細長い。人に見られる仕事をしているのかと思うくらい、身体の均衡が取れていた。親しみやすい笑顔が特徴的だった。年の頃は私よりも十歳ほど上、だろうか。
茅島とは大違いの人間だ。職員だろうか。同じ屋根(宇宙に屋根はないが表現として)の下に暮らしているとは思えない。
「えっと……どちらさまですか」
「あれ? 昨日、挨拶しませんでしたっけ? あら、いけない……」住ノ江さんは頭を掻いた。「そっか、顔合わせの時、あなただけいなかったんですね。すみません、私、住ノ江ナキと言います。ここで働いている者です」
住ノ江さんは地面を指差した。こことはつまりこの施設ですよ、という意味であると示したかったらしい。
「加賀谷彩佳さん、でよろしかったですか?」
「あ、はい……加賀谷です……」私は頭を下げた。「それで、何の用でしょうか……」
「晩御飯が出来たので、呼びに。今日は会食ですよ。職員もみんな集まって、料理は私も結構手伝ったんですけど」
「会食、ですか……」
身の毛もよだつ単語だった。
できれば絶対に会いたくない人物が二人ほどいた。
「悪いんですけど、ちょっと体調が……」
「あら?」住ノ江さんは私の顔を見つめた。「泣いてたんですか? 何かありました?」
慌てて目をこすった。なんだか少し、目が充血している感覚があった。
きっと、小ケ谷や茅島にいじめられる夢でも見たのだろう。
「……何かありましたら、相談に乗りますよ」
「いえ、寝起きなので、そんな、なにもないです……」
「もう、遠慮はいりませんよ」住ノ江さんが笑顔を作った。「慣れないことばかりでしょう? 心細かったんですね。どうですか、ご飯時にでも一緒に話ししませんか」
頼る人なんて、今まで一人だっていなかったから、私は少し揺らいだ。
「いえ、すみません……ありがとうございます」
たとえ彼女が、誰にだってこういう相談役だったとしても、私にはそれでもよかった。心細い、助けて欲しい、私を認めて欲しい。嘘でもいいから誰かに認めて欲しい。そんなわがままを、一時的にでもぶつけたかった。
「行きましょう? みんなで話すと、友だちができるかもしれませんよ?」
彼女に手篭めにされる気分だったが、悪くない。そういうのも、たまには悪くない。
流石に腹の虫も空いてきたこともあって、私は会食へ連れ出された。
大丈夫、私のことが嫌いな人たちなんて、
無視すればいい。
そうしていつも痛い目を見るのが自分だということを、私はまた忘れて。
6
連れ込まれた先は、今朝にゼミで集まった忌々しい談話室だった。
朝には全く見かけなかったような人数が、この広めの部屋に押し込められていた。まるで一見すると大きな催しのようだ。思ったよりも賑やかで、華々しい。その雰囲気に逃げ出したくなる。見ると、地球ではあまり食べられないような変わった料理が、各テーブルに並べられている。色も鮮やかで、漂う香りが食欲を適度に突き刺した。偏見だろうが、医療施設で食べられるような範疇を超えていた。
腹が鳴った。思えば、朝からロクに何も食べていなかった。
私と住ノ江さんは、入り口からほど近い席に座った。他の連中は各々グループで集まっていたから、ここは空席だろうと判断した。こういう椅子とテーブルのセットが、ざっと数えて五つほど置かれてある。
「まだ全員揃うまで、料理に手はつけないでくださいね。飲み物は……用意できてないので、キッチンの方から好きなものを」
住ノ江が指を指して説明する方向には、小ケ谷とその友人らが陣取っている。喉が渇いたときのことを考えると、気が滅入った。
それはそうと茅島はどこだろう。気をつけていなければ、変な目で私を監視するかもしれない。
小ケ谷の近くのテーブルには、見慣れない成人が三人ほどいる。ここの職員だと住ノ江さんは説明したので私は納得する。昨日見かけたような気はしていたのだが、なにせ気分が酷く悪かったから覚えていなくても無理はない。
その隣のテーブルには、住ノ江さんがよく面倒を見ているという、患者の子達が二人。そこには空席が一つ。茅島が来るのだろう。中高生くらいの少年患者が、勝手につまみ食いをしていたが、住ノ江さんには黙っておいた。
そして私達からほど近い席には、教授が腰掛けていて、一人で端末を触っている。向かいには誰かもう一人が座れるように整えてあった。それだけが、作りの良い、叩いても壊れそうにないくらい丈夫そうな椅子だった。
「あら、院長、まだ来てないんだ」
その椅子を見て、住ノ江さんが呟く。
院長。名前を立沢と言ったか。施設の名前にも冠されているので、そのくらいは覚えている。肉体を直接見かけた記憶はなかったが、パンフレットやインターネットの施設の公式ページに、その顔写真が出ていて、見たこともないのに知っているという奇妙な既知感があった。
住之江さんは頬杖をついて、私の正面でふう、と落ち着いていた。全員が揃うまで暇なのだろうか。
私もゆっくりと椅子を引いて、恐る恐る臀部を押し込んだが、段々むず痒くなる。
「院長って、やっぱり忙しいんですかね……」
そう相槌を打ったが、落ち着かなくなった私は、彼女に尋ねた。
「住ノ江さんは、ここでいいんですか?」
「ああ、私は患者の子たちの面倒も見ないといけなかったんだけどね、ふくみちゃんが『今日は私が彼らの面倒見ますんで、ゆっくりして下さい』って言ってくれて。食事の準備以外は暇なんです。あ、ふくみちゃんには会いました?」
ピンとこなかったが、その名前にはどこか聞き覚えがあった。
どこで聞いたっけ、と記憶を辿っていくと、苦虫を噛み潰した気分になった。
「茅島、ふくみさん、ですか」顔をしかめながら、私は答える。
「そうそう。会ったんだ。どうですか彼女、面白いですよね」
無邪気そうに笑う、住ノ江さんを見ていると、申し訳なくなって来た。とても「お昼ぐらいに仲違いをしました」とは言えなかったし、仲良くなりました、という嘘をつくほど彼女のことは好きではなかった。
「ええ、まあ、そうですね……」
「彼女、ここでは一番新人なんだけど、誰よりもお姉さんって感じで、私も助けてもらってます。とても昔の記憶がないなんて思えないくらいで……」
今、琴線に触れる一言を聞いた。
「あの人、記憶がないんですか?」
「ええ、そうなんですよ。ふくみちゃん、ここへ来る以前の記憶は殆ど無くて……。耳の病気と、精神疾患とで運び込まれたんですけど。でも今はすっかり元気ですよ。耳の調子も良いし、退院ももうそろそろなんじゃないか、って言われてるんですけど、記憶喪失がネックなんですよね……」
「そうなんですか……」
とてもそんな風には見えない、と言えば失礼に当たるのだろうが、彼女の立ち振舞いからは、記憶喪失や精神疾患なんて、もっとも結びつけづらい単語だった。もっと自分に自信があり、自分の過去にも自信があり、自分の選びとったことに対して後悔するような事なんて微塵もなさそうな、完璧で、私なんかでは触れるだけで溶けてしまいそうなほど、格が違う人間だと思っていた。
彼女も、なにかに追い詰められるようなことがあったのだろうか。
同情するつもりはなかったが、理解はしようという考えがちょっとくらい湧いた。
「ふくみちゃんね、口癖があって、なんでも『究極の静寂』を探してるんですって。何言ってるのかわからないけど、あの子、耳のことで心まで病んじゃったと思うんですよね。ふくみちゃんの機能は知ってます?」
「よくわからないですけど、まあなんとなく」
「凄いわよね、あの聴力」
「……私の噂話ですか、ナキさん」
と、
私が言い終わらない内に、頭上から私を押さえつけるような声が降り注いだ。
「あら、あなた、いたの?」
首を回すと、話題の人物、茅島ふくみが私をじっと見ていた。
先程観察した時と、寸分の狂いもないくらいの造形美に、私は威圧される。記憶がないとかそんなことは、彼女の人格や立ち振舞に、何の影響も与えないようだった。
「……いましたよ」
「ナキさんは、誰にでも優しいんですね」嫌味のように、呟く茅島。
「ふくみちゃん、丁度良かった。今ね、あなたの話をしていたの」住ノ江さんが、彼女に言葉を返した。「ところで院長は?」
「見てませんね。仕事かしら」茅島は首を振った。
「そうですか。料理も冷めちゃいますし、そろそろ始めますか」
住ノ江は席を立った。
私はそうして一人取り残される。
茅島が来ておおよそ全員が揃ったので、料理に手をつける許可が降り、職員や患者らの挨拶があった。
職員は住ノ江さん含め四名。
女性が二人で男性が一人、それに院長が加わるらしいが、忙しいらしく顔を出していない。女性は、患者の食事や薬類の担当である
患者は御存知の通り茅島ふくみ。そして男の子、という側面の強い
一人で、職員の紹介も話にも興味がなく、とにかく空腹だった私は、一番に料理に手を付けた。みっともない人間だと思われても、そんなことは構わなかった。
そんな中で、茅島の挨拶というのは、特に人目を引いていたように感じた。まるで民衆を陽動する演説に近い。あの小ヶ谷響子でさえ、彼女の一挙と一言を舐め尽くすように鑑賞していたし、その後の小ケ谷の挨拶は、どう見ても茅島に影響されたものだった。
類まれなる人材。
茅島ふくみの、そんな明らかな実力。
自分の紹介を、ほとんど適当に済ませて気が抜けた私が、黙々と咀嚼をしていると、挨拶回り等を終えたらしい住ノ江さんが戻って来た。私のことをまだ気にかけてくれるらしい。
「あら、お酒飲めるんですね。ビールですか」
私の眼の前に置かれた缶を認めると、彼女は嬉しそうに言った。少し恥ずかしいところを見られて、私は顔が赤くなった。アルコールの所為ではない。
料理に気を取られていたが、周りを見ると、小ヶ谷も楽しそうに自慢話をしているし、教授も職員と親睦を深めていた。茅島は、図書館で本を読んでいる時のような平穏さで、患者の子二人を見守っていた。
会食は始まっていた。誰よりも先に食事に手を付けたが、そんな事に気づいたのは誰よりも遅かった。
「お腹減ってたんですか?」楽しそうに住ノ江さんが尋ねる。
「まあ、食事は好きなんです……特に外食が」
「へえ」住ノ江さんが私の前にまた腰掛けた。「もう何年も外で食べてないな、地球に降りることもなくて。なんで外食が好きなんですか?」
「それはまあ、お金払った分だけ、私でもちゃんと人間扱いしてくれるっていうか……」
「あはは、なんですかそれ」彼女は微笑んだ。「地球で美味しいお店あったら教えて下さいね」
しばらく会話が弾んでいく。
楽しそうに笑ってくれる、住ノ江さん。
こんな体験は、初めてとは言わないが久方ぶりだった。
私の話で彼女も笑い、彼女の話で私も心が温まった。人と触れ合うことは、傷付くばかりでもないのか。そんな馬鹿みたいに当たり前のことを、世紀の大発見のように心に刻みつけた。
私だって、人と仲良くなれるのか。
やがて料理を平らげ、お酒も飽きるほど飲んだという時に、ふと気になって私は住ノ江さんに訊いた。気持ちよくなっていたから、きちんと発音できていたのかは知らない。紛れもないくらいに酔っていた。
「ねえ、住ノ江さん、さっきの話……」
「なんですっけ?」
「えっと、茅島さんの話なんですけど」
ちらりと茅島を見ると、何故か、小ケ谷響子のグループと話していた。いつものめんどくさそうな態度だったが、対して小ケ谷の顔は真剣だった。本当に興味があったみたいだ。
「ああ、彼女のね」住ノ江は手を叩く。「途中で切れちゃったっけ。そうそう、彼女面白いんですよ、なんか事ある毎に『究極の静寂が欲しい』とか言って。変わってるでしょ」
そこだけを聞くと単なる変人だった。実物を見ればもっと異様な人間だが。
「それは、耳が良いから、ですか?」
「そうみたいなんですよね……聞こえすぎて、疲れちゃうみたい」
なんだか、私の全てを見透かすようで気持ちが悪かった、ということだけを覚えていた。耳が良いという話だから、そういう機能なのだろう。
「知っての通り、ふくみちゃん、耳が機械化されていてね、普通の人の何倍も耳が聞こえるんですって。私、最初に会った時びっくりしたんですよ。術後だったんだけど、呼吸から疲労度や肩こりなんかも指摘されたんですよ。耳が聞こえるだけで、そんなことまでわかるんだって」
「なんていうか、私もそれは驚かされましたけど……」
あの性格はなんとかならないんですか、と言いかけて飲み込んだ。
「あなたとも、仲良くなれると良いんだけど。彼女、私達とは打ち解けてはいるんだけど、どうもまだ心に不安があるみたいなんですよね。よっぽど辛い目に遭ったとか、人に裏切られたとか……よくはわからないんですけど」
「仲良くは……なれるかわかんないですけど、まあ、がんばります」
「うん、ありがとうございます。ふくみちゃんも同じ年代の子と触れ合う機会、なかなかないと思うから、復帰のためにもお願いしますね」
屈託のないような、彼女の笑顔が脳裏に焼き付いてしまった。
そんな期待をされても、私には荷が重い。
心の中でそう嘆いたが、彼女の笑顔は保たれたままだった。
7
しばらく住之江さんとどうでも良い話をしながら、
お酒が回ってふわふわしていた私を、否応なく現実に引き戻したのは、グラスがパリンと割れる音だった。
なにかステーションが事故でもしたのかとも思って、急いでテーブルの下に潜ろうと身を構えたが、どうやら違うらしい。首だけを回すと、小ヶ谷響子のテーブルが騒がしかった。騒がしかったと言っても、食事の楽しげな雰囲気ではなく、糸が張り詰められたような、微動だに出来ない空気感だった。
「――――」
久利が何か怒っている。
顔を真っ赤にして、子鬼のようだった。
相手は挽地ユノ。彼女らは、表向きには仲がいいという事実を通していたが、私の見立てでは、挽地と久利は、小ヶ谷を挟んでいがみ合っている格好にあった。膠着状態、と言えば、嘘にはならなかった。
小ヶ谷はうんざりした様子で、時々言葉を挟んでいるが、久利には通じていないらしい。
何も、普段から隠し通してきたのだから、こんな所で爆発させなくてもいいじゃない。
なんて思っている私の考えとは裏腹に、言い争いは激しくなっていった。
「――!」
「――、――!」
何を言っているか、全然聞き取れない。私が酔っているからだろうか。
周囲も、彼女らに注目している。騒がしかった環境が、火を消したようにしんとしていた。
「ねえ」
そんなことなど、すこしも気にしないような調子で、耳元に声をかけられる。
振り返ると、何故か茅島ふくみが、別に興味もクソもないような顔を突き出して、久利を指差しながら、小声で尋ねてくる。
「あの三人、仲悪いの?」
「……なんで私に訊くんですか」
酔いを乱されて機嫌が悪かった私は、昼間のように彼女をあしらった。
「はあ? ほんと性格悪いわね、あんたって」眉をひそめる茅島。「彼女らの同窓に訊くのが手っ取り早いでしょ」
「得意の耳で探ればいいじゃないですか」
「……もういいわよ」
茅島は久利達のところへ行った。説得するつもりだろうか。
茅島を加えてしばらく話していると、やがて久利が飛び出していった。あの茅島のことだ。きっと究極の静寂の邪魔だ、とかいう理由で、騒ぎの種である久利に向かって、わざと気に障ることを言ったのかもしれない。
やがて、エネルギーが減衰していくみたいに、団欒が取り戻されていく。
それでも久利の話題で耳が一杯になった。
喧嘩を止めに行ったのか悪化させに行ったのか知らないが、茅島は元の姿勢と同じように椅子に戻り、小ヶ谷は挽地と真剣な顔で、話し込んでいた。
なんだったんだ。
飲んで一息つこうとしたが、缶ビールの中身がないことに、感を逆さにした時点で気付いた。
住ノ江さんは、争いは何も聞きたくないという様子で、端末を触っていた。
飲み直そう、という気持ちでキッチンの敷居を跨いだ。
お酒がなくなったら、勝手に冷蔵庫から取っても良いと、住ノ江さんから了承を得ていた。もし冷蔵庫にも好みのものがなければ、下の階にある冷蔵室から取ってきて足しておいて欲しい、とも言われていた。つまりは合法だった。
四畳ほどの広さを持ったキッチンの床は汚れていた。白い彩色が、ところどころ染まっている。料理の後だからか。よほど急いで用意したのかもしれない。反面、私の自宅のキッチンは、あまり汚れもなかった事を思い出した。
奥には冷蔵庫と流し台、そして簡素なテーブル。宇宙と言えども、地球とこういう設備の作りは変わらないようだ。そんなことに対して、私は喜んだり悲しんだりした。
さっさと冷蔵庫を開けると、ひんやりとした空気が、優しく顔を撫でた。身を任せたくなるくらい心地よかったが、中に目当ての缶ビールはない。自然と、舌打ちがこぼれる。機嫌が悪い、ということを自覚した。
ビールなんて、私や教授、それにあと沼山ぐらいしか口にしていないのに、どうしてなくなるのか、私には信じられない。宇宙でわざわざビールを口にする方が、常識的ではないのだろうか。
あまり勝手に物色するのも失礼だったので、私は諦めて、下の冷蔵室にでも行こうかと思っていると、缶ビールが敷き詰まっているらしい、目ぼしいボックスが、流し台の側にあるテーブルの足元に、ひっそり積み上げられているのを見つけた。
どうせ減るのだから、補充しておいたほうが良い。
しかしそのためには、ボックスの上に乗っている、別のお酒が入った箱(ラベルを読む限りではウィスキーだろう)をどうにか動かさなければならなかった。
手で持ち上げようとしても、私には力がないので、動かすには少々難儀だった。酔っているので、危険であることには否定できない。ひっくり返して、迷惑をかけたくもない。
さて、どうしたものか。教授でも呼べば、たちどころに済む話ではあったが、昼間のことから、なんとなく話しかけたくない。ゼミ生や茅島は以ての外だし、住ノ江さんもこれを苦もなく動かせるような腕力があるとは、見た目からは想像できなかった。
面倒だし諦めるか……
そうまでして喉の渇きを癒やしたいわけではなかったが、悔しさを感じながら立ち去ろうとすると、人とぶつかった。私は体勢を崩しそうになったが、相手の方が転げた。
咄嗟に謝ろうとしたが、相手の言葉のほうが早かった。
「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか?」尻餅をつきながら彼は言った。
「あ、いえ、こちらこそ、すみません」
あまり普段耳にすることのない、少年のような声色。私は身構えて相手を観察してしまう。
背が私よりもやや低い、所謂『男の子』だった。
本人は真面目でいるつもりでも、ハタから見れば締りがないような顔付き、これから大きくなるという期待感を思わせる体躯。あまり、私の生活の範囲では、見かけることすら少ないその生物。
この子は確か、患者の、
「ふくみ姉さんの知り合いですか?」
起き上がりざまに、私じっとを見て、そんな不躾なことを訊いてくる。
「……は?」
「え、違いました? さっき喋ってたような……」
「向こうが勝手に話しかけてきたんだよ」
そう言って、私はため息をつく。
相手が目上の人間や、同窓や、茅島ふくみではない限り、相手の目を見て落ち着いて話せることは、自分でもよくわかっていた。卑しい人間だと思う。
「君は、確か患者の……えっと……」
「貞金です。貞金雄一郎」
名前を聞いたような気がしたが、少しも覚えていなかった。患者であることは間違いなかったらしい。
「加賀谷彩佳だよ」
「よろしくお願いします。ふくみ姉さんがお世話に」
「……まったくだよ」
「でも、姉さんはあれで悪い人ではないですからね。良い人ですよ、ちょっと、人より変ですけど」貞金くんでさえそんなことを言った。よほどおかしい人間らしい。「おっと、ふくみ姉さんにお酒を頼まれてるんだった」
「ビールならないよ。ちょっと今は、取れない」
「いえ、ふくみ姉さんビールは嫌いなんです。もっぱらウィスキーしか飲んでません」
お酒の好みまで合わないらしい。私は鼻で笑った。
「加賀谷さんは、ビールですか? でも無いって……」
「うん、冷蔵庫にないんだよ。補充しようにも、取るにはちょっと……面倒というか邪魔というか……」
私は指した。積み上がったお酒の入ったボックス。その様子を見ると貞金くんは「じゃあ僕に任せてくださいよ」と、胸を張りながら得意げな顔をした。
力に自信があるようには、到底見えないのだけれど。
「大丈夫? 手伝うよ」
「いえ、心配には及びません」彼は腕を見せた。細い。「僕の機能、知っていますか?」
「……ああ、そうか」
そこまで言われて初めて思い至る。彼も患者の一人。身体の何処かが肉以外の人工的な物質で出来ていて、常人を凌駕するような機能が搭載されていることは、最早当たり前の話だった。
「もしかして、とんでもないパワーが出る、とか?」
「そうなんですよ。僕の機能は、腕力を数倍にすることです」と嬉しそうに微笑む彼。「あんなの、簡単ですよ」
早速ボックスに手をかける彼。不思議と、その背中が頼もしく見えた。
茅島のように、異常な感覚を持つだけが、機械化の恩恵ではないのか。こういうわかりやすい機能だって、必要とする人間には、ずっと大切なことだった。
期待して見つめていると、急に彼が手を離す。
邪魔な荷物は微塵も動いていない。
「……おかしな」
「どうしたの、調子悪い?」
「いえ、腕は作動しているはずですが……おかしいな……うーん」
彼は自分の腕を見つめていた。
「……住ノ江さんか、ほら、あの男の人に見てもらったら? 不調かもしれないよ」
彼の方を叩いた。
貞金くんは頭を掻きながら呟いた。
「そうします……おかしいな……」
「メンテナンスでもサボってた?」
「……バレましたね」
は、結局子供か。
彼の魂胆。どうせ、私より優れているところを、わざわざ見せたかっただけだろう。そういう人間は、この世に山のようにいる。
子供のくせに、生意気だと思った。
おかえり、と同じ場所に座っていた住ノ江さんに迎えられる。
私も席に戻り、さっき患者の貞金雄一郎くんと話した、と他愛もないことを告げると、彼女は我が子を想って慈しむような顔を浮かべた。
「彼ね、一番年下だけど、でも一番入院歴は長いし、他のお姉さん二人と一緒にいて窮屈じゃないかなって、時々思うんですけど、彼を見る限り大丈夫そうですね。上手くやっています。ふくみちゃんも優花ちゃんも、彼女たちなりに、雄一郎くんのことは弟みたいに思ってるので」
「……彼の腕っていうのは」
「ああ。確か、事故で失っただけですよ。代わりに義手を付けてるんです。見分け、つかないでしょ? 軽量化と肉感の再現もバッチリの最新型でね……」
グラスを口に運ぶ住ノ江さん。透明で水のようだった。日本酒だろうか。
「ふくみちゃんもそうだけど、機械化と、それを隠す技術ばかりが進歩していて、法整備なんか、まだ杜撰じゃないですか。あと術後のメンテナンスも手間がね。雄一郎くんもよくサボるんですけど、とにかくお金も時間もかかるんですよね」
「そういうものなんですか」
「ご存じない?」
「ええ、すみません」
「大学って、そういう勉強をするものじゃないんですか?」不思議そうに尋ねる住ノ江さん。「てっきり機械化技術の勉強でこんなところに来ているんだと思っていましたけど」
「いえ、一応しますけど、なんか実感が……」
「あ、いけないんだ」子供のように悪戯っぽい顔をする彼女。酔っているのか、口が軽くなっているし、話にも脈絡が薄い。「これから機械化の患者はどんどん増えていくと思いますよ。今でこそ、治療という名目で施されることが多いですけど、将来は単に能力を得たいがために肉体を改造する人が出てきたって、それは絶対おかしくないじゃないですか。これから儲かりますよ、機械化技術って。院長も早々に宇宙に施設を移して、溢れかえる前に患者数を絞ったんでしょうけど。でもそうだ、地球だと治安の問題で、機械化を施した人たちって、あんまり良い扱いされないっていうか。そんな人達のために、こんな辺鄙な宇宙に病院を構えたのかもしれませんね。あまり人に知られないで、手術を受けられる場所なんでしょうね、ここって」
「ま、適切でしょうね」
現在でも、そういう話はたまに聞く。都市部の犯罪の半数が、機械化で得た能力を悪用した者の末路だという見解が、あったりなかったりするらしいことは、私のような人間でも危惧するくらいだった。
私の父が身体改造の類を嫌っていたので、そういう事件が起きる度に嫌な舌打ちをしていたことを思い出したが、心底どうでも良いので忘れた。
「ねえ、ふくみちゃんとはどうですか?」
「どうって……」
さっきされたようなことをまた訊かれる。
「仲良くできそう?」
「…………やっぱり、苦手ですね」言おうか迷ったが、正直にそう答えた。「なんていうか、あんまり仲良くできそうにないんです。向こうも多分そう思ってますので……」
「あー、そうですか。まあ、無理もないですね。ふくみちゃん、打ち解けているようで、でも人から距離置きたがってるし……」住ノ江さんは、視線を茅島の方へ向けた。茅島は疲れたのか、患者の面倒も程々に、ずっと端末を触っている。「せっかく、ふくみちゃんにも同年代の友だちができると思ったんだけどな……」
「小ケ谷さんたちとは、話が合いそうじゃないですか」
「彼女らは……うーん。ふくみちゃん好みじゃないかな。彼女って、ぐいぐい来られると嫌がるんですけど、小ケ谷さんって、気に入ったら勢いよく行く性質だと思うんですよ」
意外なほど、住ノ江さんはよく分析をしていた。たしかに、小ケ谷は一度目をつけたらぐいぐいと粘着質の嫌がらせを繰り返す人間だった。
テーブルの上に、いつの間にか置かれていた水だか日本酒だかを飲み干す私。喉を挿すような熱量がなかった。水らしい。身体が少し冷やされる。
「……茅島さんって、貞金くんとはどうなんですか」
「優花ちゃんほどじゃないけど、仲がいいし、可愛がって面倒も見てくれてますよ。そうそう、雄一郎くん、多分ふくみちゃんのこと好きなんだと思うわ」
「……好き?」
「恋ってこと」
反吐が出る言葉の響きだった。
一瞬舌を出してしまったことを、見られていなければいいが。
「……あんな女……いえ、たしかに、顔はすごい美人ですけど、そんな恋するような間柄、ですか」
「わからないけど、彼が誰かに恋心を抱いているのは確かみたいですよ。たまに雄一郎くん、図書館にいるを見るんですよ。そこで恋愛や性愛に関する心理学の本ばっかり読んで……私はふくみちゃんの気を引きたいんだと思うけど」
「……そうですか」
急に身体が震えた。気味の悪さの所為だけではなかった。
「あ、寒いですか?」
「ええ、少し……すみません、ちょっとトイレに……」
「ああ、どうぞ。キッチンの隣だけど……」
私は会釈をして、席を立つ。
言われた一角へ足を運ぶが、トイレは使用中だった。ノックをするのも面倒なので、そのまましばらく待っていたが、先客が出て来る気配もなく、私は仕方なしに、二階にあるトイレへ向かうことにして、踵を返してエレベーターに乗った。
エレベーターにかかる重力が、ふわふわした身体を弄んだ。
8
会食からおよそ一時間くらい。
エレベーターで二階まで降りると、暗闇の中に投げ出され、慌てて電灯のスイッチを探して入れると、正方形のフロアに、私を取り囲むようにして患者らの自室が軒を連ねており、目的のトイレは、その部屋と部屋の間に一つだけあった。個室にトイレはないのだろうか。
宇宙と言えども、キッチンと同じように、トイレの機能は、地球のものと変わりがなかった。利用者が少ないだけ、幾分か美しい気さえした。
用を足してから、私は魔が差して、茅島の部屋でも盗み見てやりたくもなったが、厳重にロックの掛かった扉に書かれた、その忌々しい名前を見るだけで、気が竦んでしまったので、足早に私は退散した。
歩いていると、酔いが覚めてきた。
少し、肌寒い。
院長の部屋も、この階にあるという話だった。食事もせずに、何をしているのだろうか。何処にあるのか見渡してみると、エレベーターの真正面、奥の方に構えられていた。小窓もないので、電気が点いているのかどうかさえ、私にはわからなかった。
まあ仕事が忙しいのだろう。
そのまま上に戻ろうかと思った。だけど、エレベーターの脇にある、長く伸びる廊下を見つける。一階にある、倉庫への廊下と同じような作りだった。考えてみればあそこから丁度真上に位置する。
隅にかかっているプレートを見る。
『冷蔵室』
そっか。ビールがなかった。そんな文字列を見て、私は思い出す。同時に喉の渇きを覚え、足は冷蔵室へ向かっていた。
廊下の途中にある貨物エレベーターを通り過ぎて、大きな入口を前にすると、ひんやりとした空気が、身体を通り抜け始めた。つま先まで、まるで自分のじゃないみたいに、強張っていった。
思いの外、綺麗な取っ手を掴んだ。鍵はかかっていない。体重をかけると、呆気ないほど簡単に、横方向へスライドしながら、冷蔵室はそのがま口を開けた。
漏れてくる冷気に、思わず身体を抱いた。そのまま自分が、何処かへ連れ去られるような、浮遊した感覚を覚えないこともなかった。
予想に反して、冷蔵室はあまりにも整えられていた。
広いスペース、暗い照明、そして壁際に陳列された保存ボックスが無数。出し入れされた形跡がないほど片付いている。悪く言えば生活感がなかった。当たり前か。床も心なしか凍っているみたいで、踏みしめるのが怖かった。
早くビールを取って出よう。あまり長居したいとは思わなかった。
幸いにも、入り口にほど近い所に、上にあったタイプと同じようなボックスが、複数縦に並べられていた。「ビール風飲料」などと惜しげもなく表記してある。昔からの製法で作られた本物のビールは、私の手の届かないような値段に跳ね上がっていることは、生まれる前からの常識だった。このビール風飲料は、人工的に似た感触を、化学物質で再現した、所謂イミテーション。茅島が飲んでいたウィスキーや、日本酒もその類だった。本物とされるビールは、以前に一度だけ飲んだことがあるが、あまり違いはわからなかった。私が味音痴なのだろうか。
ボックスを開けて、礼儀よく納められている缶ビールを、数本取り出して腕に抱えた。十分に冷えている。十分すぎる。腕が痛くなってきた。吐く息も真っ白。呼吸をするのも肺が痛くて辛い。寒さは昔から、否応のない孤独を突きつけられたみたいで、暑さよりもずっと苦手だった。
さっさと退散しようとした。
だけど、私の視界の隅は、何か違和感を捉えていた。それを無視できるような、私でもなかった。
暗いながら、床に何か模様があるのが見えた。もともとの設えではないだろう。あまりにも不規則すぎる。
なにかこう、
――液体――
を垂らしたような……。
止まっていたように緩やかだった心臓が、私を誤魔化すように動き始めた。
私は、ビールを抱えたまま、ゆっくりとしゃがんだ。寒さは、その時だけはすっかりと、落とした財布のように頭から抜け落ちていた。
赤黒い模様。
指でなぞる。
指先に、模様が削ぎ取られる。
なんだ?
とにかく考えてみた。冷蔵室。食材がいくらか納められている。そういう類のなにか液体だと思うけど、この感触は、
――血。
そういう結論しか、私の頭には浮かばなかった。
血?
何の?
誰の?
そんなバカみたいな回答しか出ない私の頭は、大量のアルコールに浸されて、どうかしてしまっているのかもしれない。もっとよく観察しなければ、バカな自分を、鵜呑みにしてしまうところだった。何事も悪い方に考えるのは、私の悪い癖だって、昔からわかっている。
模様、もとい血痕は更に続いていた。
それを辿っていくと、奥のドアの中まで。
私を遮るそのドアに手をかける。冷凍倉庫だろうか。
がこん、という音を立てるが、ドアは些細な隙間も、許すことはなく。
寒い……。
気が抜けたのか、少しだけ冷静になった。
どうしよう。誰かに伝えたほうが良いのだろうか。
それともこんな模様なんて、昔からあるのだろうか。
そんなことは、住ノ江さんに訊くのが早い。
私にしては随分と早く、他人に頼ることを考えた。
「住ノ江さ……!」
談話室へ戻った私は、真っ先に住ノ江さんのもとへ向かったが、邪魔な先客がいた。
「どうしたんですか、そんなに急いで」
そう尋ねる住ノ江さんの目の前、
「あなたでも急ぐことってあるのね。ビール飲みたかったの?」
茅島ふくみが、よりによって、私の席で住ノ江さんと話していた。退くつもりはないらしく、座ったままの姿勢でこちらに首だけを向けた。
不機嫌だった私は、抱えていた缶ビールを、彼女の前に嫌がらせみたいに置いた。
「もう、悪かったって、席なんか取りゃしないわよ。ちょっとナキさんと話してただけだから」
そうは言うものの、まだ立ち上がる気配のない茅島。
まあ、こいつがいてもいいか……。
私は茅島のことを無視しながら話す。
「あの、住ノ江さん。下の冷蔵室に……血みたいな跡があったんですけど、あれって、一体……」
「血? 誰か怪我でもしたのかしら……」
彼女は首を傾げた。覚えはないのだろうか。
「はい。なんか、結構出血してるみたいな量だったんですけど……」
「怪我なんかしてる人はいませんでしたよ」茅島が口を挟む。「冷蔵室も、今朝だったか雄一郎くんが、隅々ではないでしょうが掃除しました。それ、ケチャップかなんかじゃないの?」
「……そんな感じじゃないです」口を曲げながら、私は言う。
「あなた、本物の血痕は見たことある?」
「ありますよ」
そう自信満々に言い切ると、意外そうに茅島も鼻を鳴らした。
「ナキさんどうしましょう。もしかしたら、シャトルからネズミでも紛れ込んでて、中で死んでたりしたら心配ですよ。誰か見に行ったほうが良いですよね」
「そうねえ……調べましょうか……」
ようやく茅島は立ち上がる。早速冷蔵室へ向かうのかと思っていたが、職員らと教授が集まっているテーブルへ歩いて行った。
しばらくして、彼らと話し終えると、また私の席に図々しくも戻ってきて、
「さて、あとは責任のある大人に任せましょう」
と、他人事みたいに呟く。
見ると、職員らと何故か一緒にいた教授は、ぞろぞろとエレベーターの方へ移動した。彼らが冷蔵室へ向かったのだろう。そう茅島ふくみが頼んだらしい。
意外だ。彼女のあの口ぶりなら、自分が率先して見に行くと思っていたが……。
「……行かないんですか?」
私は何処か煮え切らない思いで尋ねた。
「なんで私がそんなことをしないといけないの」いつの間にかテーブルの上に広げていたスナック菓子を頬張りながら、彼女は面倒くさそうに答えた。「面倒よ。別に責任者でもないんだから」
「その通りですよ、加賀谷さん。ちょっと見てくるだけだから」自分は行かないのか、住ノ江さんまでそんなことを言う。「でも死骸なら片付けるのがちょっと面倒かな……変な病気がないか調べた方がいいし……」
「ほら。座ってぼーっとお酒でも飲んでるしかないわよ」菓子を流し込むように、茅島はウィスキーを口に運んだ。「味薄……」
「でも…………気になるんです」
「なによ。あなたって、そういう変なことはことには、妙にこだわりがあるのね? もっと無責任で人任せな人だと思ってた」
「だって、単なるネズミっぽくないっていうか……」
「根拠は?」
「……なんとなく」
「なるほど」茅島はバカにしたように笑う。「そこまで言うなら、私まで共感して気になってきたわ。気まぐれで、あなたの暇つぶしに付き合ってあげる。行きましょう。ほらナキさんも」
「そうよね、饒平名さん、たしか動物苦手だったし……」
一転して楽しそうに、茅島と住之江さんは立ち上がった。
まさかそんな答えが来るとは思っていなかった。私は面食らった。
「……良いんですか?」
「私、冷蔵室の空気、澄んでいて好きなの」
私は嫌いだった。
9
再び冷蔵室。
職員ら、つまりは下向さん、岩脇さん、饒平名さん、そして住ノ江さん。さらにうちの教授が加わって、凍った床をライトで光らせながら見渡していた。教授と住之江さん以外の職員全員が、厚着をしていて羨ましかった。
「なんの汚れです?」
低い室温を、まるで遠い国の、どうでも良い出来事のような顔をして、気にも留めていない茅島さん(以下敬称)が、近くにいた住ノ江さんに声をかけた。
「よくわからないんだけど……うーん、ケチャップではない、かな」
「これは血だね」立ってライトをずっと照らしている、饒平名さんが訂正した。「そういう固まり方だよ。時間はそう経ってないみたいだけど、こんな暗いところで、よく見つけたね……」
やっぱり血なのか。
「あの変な汚れでいいの?」下向さんが現在屈んでいる辺りの床を指しながら、茅島さんが私に尋ねる。
「はい、確かに」
「量はまあ少なくないって感じだけど、やっぱりネズミかなんかじゃない?」
「どうなんでしょう……」
下向さんが立ち上がって、茅島さんに言う。
「ネズミから出た血液にしては、跳ね方が大きいんじゃないか。もう少し高い位置から床に零れてる」
「どれですか」
偉そうに、茅島さんは顔を突き出して床を眺めた。下向さんが示すと、彼女は頷いた。
「なるほど……たしかに、血に見えます。見る限り冷凍室に続いてるわ。中に入ったんでしょうか」
「……仮に鼠だとしても、変に死骸が腐ったりしたら困るな。ここを開けるか。誰か、鍵持ってるか」
下向が他三人にそう尋ねたが、誰も首を縦に振らなかった。鍵までするくらいだから、あまり使わない箇所らしい。
「そうか……どこにあったっけ」
「院長が持ってるんじゃないの?」岩脇さんが言う。「この奥って、確か保存用の臓器とか、そういうのが仕舞ってあるんだっけ」
「まあ、必要ないから開けたことはないが……」
「私、院長に借りてくるよ」
饒平名さんが、そそくさと出ていった。私も凍えそうだったので、一緒にここを後にしたかったが、茅島さんにバカにされそうなのでやめた。耐え凌ぐほうがずっとバカだったと二秒後に気付いた。
「そう言えば院長、ずっと仕事だっけ」と岩脇さん。「あとでご飯ぐらい持っていってあげようか」
「あの人、普段あんまり食べないしな」手をこすりながら、下向さんが、半ばどうでも良さそうに答えた。「仕事のほうが大事なんじゃねえの。別に俺だって会食なんかしてる暇ないんだけど」
「すみませんね、わざわざ付き合ってもらって」教授が深く頭を下げた。彼が提案したのだろうか。余計なことを思いつく人だ。
「なに、生徒さんのためですから、良いんですよ。それに、柿林さんが院長の古い知り合いとなるとね」
「柿林教授って、院長のお知り合いなんですか?」
いつの間に親しくなったのか茅島ふくみが、教授にそう尋ねると、院長は昔を思い出したのか、一転してリラックスした表情を見せた。電子タバコの煙を吐き出す時に似ていた。
「そうだな。私が大学生の時の友人でね。未だに頻繁に付き合いがあるのは、狭い交友関係の中で彼ぐらいだよ。度々ここにお世話になってるのは、彼の好意でね。って、茅島くんは、最近ここに入ったんだったかな」
「こんなに楽しい会合なら、毎月来てくれても私は構いませんよ」
「光栄だが、それはそれで生徒が嫌がるしなあ……」
廊下の向こう方から、機敏な足音が聞こえてきた。振り返ると、饒平名さんが戻ってきた。手には鍵束。院長の姿は見えない。そういえば、この扉は電子ロックではないのだろうか。わざわざ冷蔵室に備え付けないのかも知れない。
「お待たせしました。だけど教授はいなかった」
ぽいっ、と饒平名さんは鍵を投げた。
「いない? どうしたんだ、トイレか?」下向さんが受け取る。「サボるんだったら会食に来りゃ良いのにな」
悪態をつきながら、下向さんは鍵穴に差し込む。
「どっちに回すんだっけ?」
「もう、時計回りじゃない」岩脇さんが手元をライトで照らした。
「時計回りって……どっちだ?」
「えっと……たしか右回り?」
ああ、そうだった、と下向さんが手首をぐるりと回すと、開いたのかわからないような程に小さな金属音が、私の耳にも届いた。
さっき私がしたように、手を引っ掛けると、今度はきちんと、正常に扉が開いた。錆びたような音すら、ひとつとしてしなかった。
「ここって、電子ロックじゃないんですか?」私は住ノ江さんに訊いた。
「ああ、えっとね。教授ってアナログ主義的っていうか、前時代的っていうか、本当に大事なものは、金庫とか倉庫に、物理的に鍵をかけるっていうポリシーがあって――」
――悲鳴がした。
急に、話が途切れさせられた。
首だけで、その方向を見つめる。
誰の悲鳴かを確かめると、岩脇さん。
なんだ、なにがあったのだろうか。
岩脇さんは、蹲って、扉の中から目をそらしている。
下向さんも、強張ったまま、中には入ろうとしなかった。
何?
歩み寄る。
滑りそうな靴裏のことしか考えられない。
「加賀谷さん……これ……」
茅島さんが私の耳元で、珍しいほど固くなった声で、呟く。
そして私の身体を、逃さないように掴んだ。恐れているのかも知れなかった。
寒さなんて、些細な問題だった。
逃げたい。
「一体誰が……」
いつの間にか瞑っていた目を、無理やりにでも開いた。
扉の向こう、
そこには、私達が飲み食いしている間に、少しも気にも留めていなかった人物が、誰に助けを求めるわけでもなく、人の記憶から徐々に薄れていく時のように、
ぐったりと絶命していた。
院長。
死んでいたのは院長であることを、真っ先に確認したのは、職員である下向さんでも、岩脇さんでもなく、長年の友人らしい柿林教授だった。
扉を開けて、空間の一番突き当り。まるで単に生きる気力を失った人が、そのまま天に吸収されたかのような無防備な格好で、院長が壁に寄りかかっていた。冷凍保存された臓器や、その他の施術で使うのであろう諸々に囲まれた、医者の死体。
息を荒くしながらも、死体を調べる余裕のあった教授が、数分経ってからようやく言葉を発した。
「…………だめだ」
それが何を意味するのかは、私にだってわかる。
沈黙が、冷気と一緒に流れていく。
そんな空気を切り裂いたのは、他でもない茅島ふくみ。
彼女は死体に歩み寄ると、動かすことをやめてしまった教授の背中に声をかけた。
「見せてもらっていいですか」
「…………見てどうする」
「教授に変わって、私が他殺かどうかを……」
「…………いや、冷静だよ、私は……。明らかに他殺だ、これは」教授はよろよろと立ち上がった。「胸を刃物で刺されている、見てわかるだろう。他殺となれば、むやみに現場を弄る訳にはいかない、このままにして、警察を呼ぶのが妥当だろう」
「はい、私も賛成です……」
死体の部屋の扉を鍵もせずに閉じて、重い足取りを引きずりながら、私達は冷蔵室から出る。
息をついた。
まだ肺の奥が痛いような気がした。
なんでもないような常温が、肌にまとわりつくようだった。
「クソ…………誰がこんな……」下向さんが息を荒げながら、壁を殴った。「誰が…………畜生……」
冷静さを失った岩脇さんは、饒平名さんに抱えられている。
「落ち着きなさい……我々ではどうすることも出来ない」と教授が窘める。「ひとまず警察を……外部との通信はどこからだ?」
「ああ…………えっと、中央エレベーターから通信室へ行けるはずだ……」
「じゃあ私たちは、談話室にいる生徒さんたちに伝えてきます」饒平名は人よりも平気そうだった。「紗里も辛そうだし。住ノ江さんは?」
「私も、談話室に戻ります……」
「じゃあ、連絡は任せてくれ」教授が言う。
女性職員三人と別れた。私と茅島さんは戻るタイミングを失っていたので、なし崩し的に教授たちに着いて行った。というより、茅島さんに戻る気配がなかった。悔しいので私は彼女に着いて行った。それでも、下向さんや教授に咎められることもなかった。
「とんでもないものを見つけたわね、あなた……」
歩きながら茅島さんは、苦悩を抱えたような顔をしていた。
「……トイレに行って、ビールを取りに行った時に……」
「ビール取りに行って、死体を見つけるような人、初めて見たわ」
「すみません……」
「いえ、別に謝ることじゃないけど」茅島さんはため息を付いた。「究極の静寂から遠のいたわ……」
「……何ですか、それって」
「別に、私が理想とする環境のことよ」
「はあ……」
「ま、あなたには理解できないわ」
それっきり、茅島さんは黙ってしまった。お前に話す価値なんてないと言われているみたいだった。
中央エレベーターは、この棟のエレベーターで一階まで降りて、倉庫を経由した先にあるもう一本の廊下を抜けて中程にあった。如何にも入るな、使うな、帰れ、と言いたげな、厳かな雰囲気だった。
談話室へ行く際に使うエレベーターよりも、二回りほども小さい内部。それに乗り込み、下向さんが、思いの外不慣れな手付きで、階層ボタンを押すと、エレベーターが動き始めた。あまり通信室には出入りしないらしい。
「……この先です。柿林教授、通信端末の操作は?」
「まあ、人並みと言ったところかな。難しいのか?」
「俺は、こういう機器はどうも苦手でね……」
不意に、周囲を取り囲んだガラスに、満開の星々が浮かび上がった。
宇宙。
どこまでも真っ暗で、どこまでも広くて、どこまでも静かな、そういう寂しさが垂れ流されたような空間だ。
私はつい、ガラスに額を付けて見入ってしまった。この施設で、落ち着いて宇宙が望める場所は、自室と、図書室と、まあそのくらい。しかしここのように、全身を星々に取り囲まれることは、遊泳でもしない限り滅多にない。
私は宇宙のことが好きなのか、なんて思ってもみないことを覚え始める。幻惑されている、という実感はある。
「すごい……」
「宇宙に興味あるの?」と茅島さん。
「……そういうわけじゃないですけど」
「素直に好きって言いなさいよ」
呼吸を聴かれたのかもしれない。慌てて私は息を止めた。
そして、こんなに恥ずかしいほど何もない宇宙で、孤独に死んでいった院長のことを考えて、現実に引き戻された。
通信室というので、少なからず期待はしていた。
エレベーターが開き、押し出されるように室内へなだれ込むと、私は落胆した。
広さは四畳半、天井も低い。しかしその中にハイテクノロジーな機器が敷き詰められているのかという期待を両手に抱えていたが、単なる据え置きのコンピューターが一台が、部屋の最も奥まった所に、静かに備えられているだけだった。マイクとスピーカーも、それらしく大きめの物が付属されていたが、想像より大きく劣るという事実をいまさら覆さなかった。
こんなもので、地球と連絡が取れるのだろうか。
コンピューターを挟んで、左右の方向に部屋があった。書いてある文字を信じるなら、左が制御室、右が休憩室だった。そして、コンピューターの背面はエレベーターのようにガラス張りになっていて、広い宇宙が嫌になりそうなほど顔を見せていた。もう飽きた。茅島さんには悟られたくなかった。
「通信用端末は、これかね」教授がコンピューターに指を向けて尋ねる。
「ええ、そうです。立ち上げます」
下向さんが施設に張り付いたディスプレイを触ると、画面が光る。家庭用にあるものとは全く違う表示が現れる。本当に通信しか出来ないらしい。
「あなた、機械は?」
後ろでうろうろしていた茅島さんに、突然そんなことを訊かれた。なんだかんだ言って、私のことが気になるのか、それとも単に虐めたいだけなのだろうか。
「……得意じゃないですね。プログラミングとかはさっぱり」
「そんな顔してるわ」
「どういう意味ですか」
「これから勉強するっていう顔」
貶されたのか、よくわからなくなった。
「茅島さんは、どうなんですか」
「インターネットで下らない事を調べて時間を潰すのが趣味なんだけど、逆に言えばその程度しか扱えない」
「楽しいんですかそれって」
「人の楽しみにケチ付けないでよ」
やっぱり変な女だ。ますます彼女との溝が深くなっていくのを感じた。
画面をずっと触っていた下向さんが、急に唸り始めた。単にコンピューターを立ち上げるにしては、えらく時間がかかっていた。専門機器だからだろうかと思っていたが、どうも違う。
「おかしいな……」
首を傾げた下向さんに、隣で待っていた教授が寄る。私達も後ろから覗き込みに行ったが、何一つ解読すら出来ない。
「どうした?」
「いや、認証されないんですよ、パスコードも、指紋も、顔も……」
「何? 調子悪いのか?」
「何度やっても上手くいきません……」
下向さんがパスコードを教授に教え、それを彼が丁寧に入力しても、当たり前のように通らない。画面に赤い表示が出て「パスコードが違います」とそういうゲームのように繰り返されるだけだった。茅島さんもやると言ったが、結果は目に見えていたので教授が止めた。
おかしな話だ。
コンピューターはずっと海の底に投げ込まれたように、沈黙を続けていた。
「……きっとこれ、パスコードが、変更されてるんですよ……」下向さんはそう結論づけた。「おかしい、なんだ、どうなってやがる……緊急起動コードも認証しない……」
「その、パスコードを知っているのは君と、他には?」冷静に教授が訊いた。
「他の職員です。俺、紗里、饒平名、住ノ江、それとまあ院長、かな……」言いながら、下向の顔色が悪くなって行った。「誰かがパスコードを勝手に…………でもあいつらがそんなことするわけ…………あいつらの中に……」
「落ち着き給え。考えすぎだ。機械側の何か不調だろう。だが、外部と連絡が取れない以上、これ以上ステーションにいるのは危険だ」
「……ああ、人殺しなんかといられませんよ」
「それもあるが、考えても見ろ。現場を荒らすわけにはいかんだろう。いらぬ疑いを私達にかけられるかもしれんからな」教授は頭を抱えた。「……脱出用のポッドはあるか?」
「あったはずです。確か一機……搬入口に……」
「よし、そうと決まれば、さっさとここから去ろう。長居は無用だ……」
エレベーターに向かう教授に、私たちは黙ってついて行った。こういう時は、すこしだけ、教授を責任者として認められる。
そしてたどり着いた搬入口でも、私たちは絶望する。
備え付けられている脱出ポッドの起動コードすら、認証しなくなっていた。
大きなハッチの直ぐ側に、船のようなロケットのような何も言えなくなる形をした、私達を乗せて地球へ帰るべきその機体は、嫌がらせでもするように、沈黙していた。
「どうなってやがる畜生!」下向さんはポッドを思い切り蹴った。中は空っぽだった。そういう軽い音が辺りに響いた。
「……搬入ハッチの開閉さえ効かない」
操作端末を触りながら、教授がそう呟いた。
「そんなのはおかしい。昨日は難なく使えましたよ。じゃなきゃ、あんたらだってここにはいないはずだ……」
「それもそうだな……」
酷い船酔いだったが、私とてはっきり覚えていた。この空間の中に、私達が乗ってきたシャトルが接続されていた光景を。
「それ、本当に動かないんですか?」と不躾なことを、茅島さんが尋ねた。「間違ってません? 起動コードが認証しないって、普通は考えられないですよ」
「疑ってんのかお前……!」
部外者のような女にそう言われて下向さんは、苛立った顔を茅島さんの方へ向けた。
「何の意味があんだよそんな嘘。俺を犯人だとでも思ってんのか? いい加減にしろよお前。大体お前こそ何食わない顔しやがって、俺をあざ笑ってんじゃねえのか?」
「……何を恐れてるんですか?」
「見透かしてんじゃねえぞ!」
彼は茅島さんに掴みかかる。
私は無意識に、足を使って距離を取った。
私には関係ない……。
「お前らずっと、俺達を殺そうと思ってたんだろ」
「落ち着いて下さい、動悸が上がってますよ」
胸ぐらをつかまれながら、そんなことは些細な問題とも言う風に、茅島さんがそう言うと、下向さんは舌打ちをして彼女を投げ飛ばした。
地面に打ち付けられる彼女。
肉と骨が、硬い地面にぶつかる音がした。
「茅島さん!」
一応私は駆け寄った。
「…………大丈夫、よ」
痛そうに顔を歪めながら、彼女は上半身を起こした。
下向さんはずかずかと足音を立てて、入り口から出てった。その背中に、声をかけて止めることすら憚られる雰囲気だった。教授でさえただ呆然と見ていた。
あんな人間に関わるべきじゃない。私の本能がそう告げていた。
茅島さんに恩を売るために彼女を助け起こすと、彼女は眉をひそめた。
「痛……なんなのよ、あいつ」
汚れたのか、茅島さんは服を手でパタパタ払った。潔癖なまでに磨かれていそうな床は、そう汚いようには見えなかった。
「怪我はないですか?」
「……ないわ。ありがとう。あなたって、人を思いやることも出来るのね」
「私を何だと思ってるんですか」
「茅島くん、なにか下向くんと君の間にあったのかね」教授が恐る恐るそう尋ねた。彼でなければ、多分私が訊いていた。「彼、様子がおかしかったが」
「……知りませんよ。何怖がってるんだか、私には知ったことじゃないです。まさかあんな奴だなんて、一緒に生活してて少しも思わなかったわ」
「その……彼の言っていた話は本当か?」
「殺す気だとかどうとか言うやつですか? そんなの真に受けないでください。あの人は今、神経がすり減ってる状態です。そんな中で精神安定に使う材料といえば、自分たち以外のカテゴリーの存在。つまり普通の人間じゃない、私達患者の所為にしておけば、とりあえずその場は偉そうな顔ができる。ってことですよ。そんな程度のしか考えられない人間なんでしょう」
「……なんとか彼に落ち着くように説得してみよう」未だ下向さんを気にするように教授は呟く。見れば、教育者の顔をしていた。「ここから早く逃げ出さないと、もしかするとまだ人殺しが……」
人殺し。
胸の中で復唱して、その現実感のなさに、私は失笑する。
10
談話室に戻ると、気の沈んだ顔をした連中が敷き詰められていた。
「おかえりなさい」と私達を見てから、住ノ江さんが言った。真横には患者の二人が座っていた。私はその前、つまりは元の席へ腰掛けた。離れていた時間が長かったのか、無機質な温度の椅子が酷く冷たく感じた。
「駄目でした……」
「パスコードも、緊急用の起動コードも認証されないので、通信と脱出ポッドが使えません」茅島さんが補足した。彼女は私の後ろで、立ったままだった。
「ええ、下向さんから聞きました。でも彼、みんなの仕業だって……」
「それはないです。信じて下さい」
「うん、そうするわ……」
教授が、職員連中と大きな声で話し始めたのが、ここからでも聞こえた。下向さんはさっきと同じように、相変わらず気が立っている。他の二人は、それをなんとか抑えようと苦心している様子が胸に痛かった。
殺伐、そういう雰囲気だった。
身をすり潰される直前みたいな。
気に病んで、目の前でぬるくなっている缶ビールを、じっと見ていることさえ嫌になる。住ノ江さんの空になったグラスとは大差だった。
教授の声は、流石に教鞭をとるような人間だけあって、こんな状況でも震えひとつ、狼狽えすら少しも感じさせなかった。
「なんとか通信機能を起動出来ないか。緊急時なのに使えないのは、どう考えても欠陥だろう。何か方法はないか」
「ない」下向さんが断言する。「何度もやった、全部試した、緊急用のコードだって試した、だけど全部反応がねえんだよ」
「本当に全部か?」
「あんたまで俺を疑うのかよ! ちゃんと動かねえって言ってるだろ!」
椅子を蹴り上げて、乱暴に立ち上がる彼。
…………。
「落ち着け。こんな状況で争っても……」
「馬鹿野郎、これ以上茶番は無しだ。犯人はわかってるんだよ」
一瞬、訪れた静寂。
なんの根拠もないような自信を振りかざして、下向さんは、私達の方を指差した。
「お前ら患者だろ、俺達を陥れようとしてるのは……」
「ちょっと何言って……」と岩脇さんが抑えようとする。
「黙れ。いいか、あいつらはな、人間じゃねえんだ。人間にはあっちゃいけねえ機能が備わってるんだよ。そんなものを植え付けた俺達を恨んでるんだ。なあ、お前、澄ましてんじゃねえぞ、おい茅島」
「――なら、」
茅島ふくみが、身体を彼に向けた。
怒っているのか、拳を握りしめていた。
「証拠を出しなさいよ。あんたらなんか陥れるほど、興味ないですよ」
「貴様!」
下向さんが飛びかかる。
それを押さえつける医者たちと教授。
「殺してやる! 許さねえぞ! こんなことしやがって!」
「みんな、こっち来て……!」後ろで住ノ江さんが患者らを連れて行く。
泣きたくなってきた。
なんでこんな事になってるんだ。
こんなところにさえ来なければ、私は今頃地球でのんびり……
「あなたも、部屋へ帰りなさい」
そう茅島さんが私に告げると、
図ったような、
あまりにも仕組まれたようなタイミングで、
部屋の照明が落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます