第995話 織田信忠

1632年10月末




深紅に染まった山々の合間の袋田の滝を一人で織田信長は静かに眺めていた。




ただ静かに、一日の時を過ぎるのを待つかのように。




そこに血相をかいて森力丸が、




「太上皇殿下、御大将、悪い知らせにございます。信忠様、旅先にて病死」




膝を地面に落としがっくりとした姿を見せた力丸、電信での知らせで、黒海クルーズを同行していた柳生宗矩が看取ったと書かれていた。


間違いない知らせだった。




「で、あるか」




織田信長の言葉は短かった。




「・・・・・・安土に俺、行きましょうか?」




「必要なかろう、秀信と信琴に任せておけば良いのだ。老体は最早時の流れに身を委ねるのみ」




杯になみなみと酒を注いだと思うと、杯ごと滝に向かって投げた。




「信忠も異国を楽しんだのだ、文句もあるまいて。だが、儂は文句があるぞ、先に死ぬとはな」




織田信長の投げた杯は、別れの杯だった。




「真琴、安土には一枚手紙を書く」




そう言って書かれたのは、織田信長のひ孫、俺の孫である『吉法師』元服名『吉信』に、袋田に来るのを命じる手紙だった。




「吉信を呼んで、どうするんですか?」




「馬鹿か?」




「だから、昔っから変わらないですけど、信長様説明はしょりすぎ、言葉短すぎるんですって」




「ふっん」




と、一回大きな鼻息を出すと、




「儂の最後を看取らす役目、織田宗家の者が良いであろう?黒坂家の者では後々織田家と黒坂家でつまらぬ争いの火種になりかねぬからな」




「そう言うものですか?」




「遺言などどたわけた事を言い出す者をつくらぬようにせねばと考えていたのだ」




「そんなことを考えて滝を見ていたのですか?」




「そうだ、未来に望みがあるなら、未来永劫平和な世であって欲しいではないか?未来で復活してまた戦乱だったらつまらん。最期をいかに綺麗に終わらせるか、この美しき滝を見てひたすら考えていたのだ」




「まぁ、そうですけど・・・・・・」




「真琴、死期はもうすぐなのであろう?昨今、城の寺社で修行に励んでいる毎日、陰陽道も極めたのであろう?」




俺は、この1年以上の日々を城の寺社で己の精神を高める修行をしていた。


それと平行して、陰陽道の力を使った占いや、佳代ちゃんに力を借りながら、おおよその年表で地震や火山噴火の歴史を思い出しながら書物にするよう着々と進めていた。


苦手だった占いも会得している。




「率直に申し上げます。信長様の亡くなる日は・・・・・・で、ございます」




うなだれていた力丸が、大きく目を見開いて俺の顔を見たが、




「で、あるか」




そう静かに織田信長は受け入れていた。


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