第745話 信海の縁談
翌朝、朝飯を食べ出立の準備をしていると、徳川秀忠の家臣で三代目の服部半蔵が使者として訪れた。
「父上様、徳川殿からの使者なのですがお会いなられますか?」
徳川家康を一時期毛嫌いしていた俺だが、関東の乱の後、徳川家は常陸国の開墾治水で世話になっている。
邪険にする理由はなく、会うことにした。
服部半蔵、小柄な青年だが、目尻はつり上がり鋭い目つきをする男。
間違いなく恐ろしい力を秘めている男だろう。
「突然の登城お許し願います。常陸様が御帰国と言うのは聞いてはいたのですが、電光石火の如くあちらこちらに行く物ですから、使者が間に合いませんで、このようにお約束もなく申し訳ありません」
と、丁寧に謝った。
確かに、日本列島を慌ただしく動いているのだから仕方がない。
「構いませんよ。で、御用のおもむきは?」
「はい、我が主、徳川秀忠の娘を信海様に嫁がせたく、御用を賜って参りました」
「秀忠殿の娘を?」
「はい、お嫌でしょうか?」
と、言うので信海を見ると少々困った様子で何かを訴えようとしている目線を送ってきた。
信海は結婚を一度失敗している。
佐々成政の娘を娶ったが離縁した。
そんな信海の視線。
「服部殿、少々席を外していただきたい」
と、服部半蔵に席を外して貰い親子二人だけで話すと、
「父上様、私にはその心に決めた者がおります」
「そうか、好いた女子がいるのか?ならその娘も結婚すれば良かろう」
「も?はははははっ、あははははははははっ、父上様ならそう言うと思っていましたよ。ですが、『も』となると、徳川殿の娘も貰えと言っているように聞こえますが、父上様はかねてより好いた惚れたの当人同士で決めよと、してきたではございませんか?」
「それは今でもそうだ。だから、頑なに拒否ではなく見合いをして決めろと言っているのだ」
「なるほど、器量好しなら結構な話と言うわけですね」
「そうだ、結婚なだけに結構な話」
「父上様、笑えない駄洒落ですよ」
うん、最近、年の所為か駄洒落が言いたくなってきている。
これは困った病かもしれぬ。
「徳川殿の娘とは常陸に来る道中に駿河で見合いをしてからすれば良かろう。断るもよし受けるのも良し、信海に任せる。それより好いた女子はどのような者なのだ?」
パンパン。と、大きく手を叩くと廊下を急いで走ってくる音がした。
「殿様、どないしはりました?」
と、関西系のイントネーションで話す娘。
言葉の上品さとは裏腹に髪型は崩れ、着物にたすき掛け、今の今まで忙しく働いていた様子の娘だった。
「三代目今井宗久の娘で都
みやこ
と、言う娘です」
と、言うので視線を向けると、廊下の板にこすれんばかりに頭を下げていた。
「これ、都とやらそうかしこまられては顔が見えぬ」
と言うと、
「大殿様の拝謁などもったいないでおます」
「父上様は我が嫁の顔を見たいと申しておる」
「え?」
と、都は驚いたように顔を上げ真っ赤に顔を染めていた。
「信海、もしかして求婚はまだしていないのか?」
「殿様の御正室様なんてとんでもなきことにございます。私めは殿様のおそばにお仕えできるならそれで良いのです」
と、都は言う。
「信海、しっかりと求婚はしなさい。言葉に出さねばわからぬ事もあるからの」
と言うと、信海は廊下に向かっていき、都の手を握りしめると、
「俺の正室になってくれ」
と顔を真っ赤にして言った。
「もったいなきお言葉。いつまでも殿様のそばにいさせていただきます」
息子のプロポーズを目の前で見せられる親になるというのはなんとも気恥ずかしい物である。
こっちまで頭のてっぺんまで赤くななったかのようだ。
服部半蔵には、徳川秀忠の娘は第二夫人としてなら見合いをすると返答したが、それは想定済みの事だったらしく、駿河での見合いの段取をすると帰って行った。
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