第527話 領内巡察・水戸街道の茶屋

 穏やかな春の日差しの中、水戸街道を馬で南下する。


水戸街道は馬車を使うことを想定して作らせているので道幅は広く、街路樹には実を付ける物を優先して植えさせたので、梅と桃が華やかに花開いていた。


その街道をお初と10人の手勢で身分を隠し馬に揺られる。


手勢の中のリーダーは真田幸村家臣、佐助。


田畑では田おこしが始まっている。


「真琴様、農民が何も心配せずに田畑で働ける領地にならましたね」


「あぁ、目標の一つは達成したな」


「目標の一つですか?」


「これが続く領地にしたい」


「なりますとも」


「なるように俺達が励まねばな」


そんな会話をしていると、道脇に茶屋が見えてきた。


「ここで昼にするか」


「御大将、いけません。このような所で飲食など、もう少し行けば牛久宿、しかるべき飯やが御座います」


「いや、庶民の店を見聞するのも大事、このような茶屋で何を出されているか見なくてはな」


「御大将~」


俺は佐助の言うことを聞かずに馬を降りる。


お初も気にしてはいない様子だった。


「いらっしゃいまし~」


っと30後半くらいのお姉さんが出てきた。


お茶を出そうとしていた手が震えだすのが見えた。


「え?どおした?」


お茶はお盆にこぼれるくらいに震える、お姉さん。


佐助達が不審がり刀に手を置いたとき、お姉さんは土下座をした。


「お殿様、お初の方様、なぜこのようなところに?」


「え?」


「え?」


俺はお初と顔を見合わせ驚く。


身分がわかるような物は見せてはいない。


印籠など腰にぶら下げてはいない。


「わかるの?」


「わかりますとも、常陸国立茨城城女子学校卒業生で御座います」


なるほど、常陸国立茨城城女子学校の者は城に出入りする。


また、お初は授業もする。


「あ~あなたは、確か慶次殿の家臣に嫁いだ、菊野ですね」


お初は顔を覚えていたようだ。


「覚えていてうれしゅう御座います」


「それなりの石高の家に嫁いだはずですが、なぜにこのような茶店を」


常陸国立茨城城女子学校で学業はその他もろもろを学びそれなりの年齢になったら、良家と見合いをさせて嫁がせる結婚斡旋をしている。


学校卒業と言うだけで、女の出身身分が低くても縁談の話は引く手あまたになる。


「夫と上手く行ってないのか?」


「いえ、我が夫は良き人で御座います」


「なら、どうして茶店を?」


と、お初は菊野と呼ぶ女性の手を取り立たせながら聞いた。


「はい、単純に働くのが好きになったからでございます。学校直営の食堂で働きお客様が笑顔で帰って行く経験はなによりもの経験にございました。ですので、夫の許しを得て昼時だけ店を開いております」


女性が好きに商売を出来る世の中も、俺の目標の一つだった。


それがこのような形で実現していた。


「そうか、好きで働ける。それは何よりだ。で、何が食べられる?」


「はい、食堂で学びましたラーメンを出させていただいてます」


「お~ラーメンか、食べたい。人数分頼む」


「はっ、はい、すぐに」


「御大将~」


と佐助は困り顔をしていた。


「自分で開いた学校の生徒を信じられずどうする」


「しかし、御大将」


と、佐助は続けるが、お初が


「彼女は大丈夫ですよ。彩華の子守を任せていた時期もあったくらいの信頼出来る人です」


彩華は俺とお初との間にできた娘で、三法師に嫁いだ。


「そうか、彩華を任せていたのか?」


「彩華だけではありませんよ。他の子だって・・・」


そんな話をしていると、丼が湯気がゆらゆらとだしながら運ばれてきた。


「お待たせいたしました」


と、出てきたラーメンはシンプルで汁が透き通った黄色で、鶏肉の煮た物と茹でた菜っ葉が乗っていた。


「美味そうだ、いただこう」


「御大将、お待ちを~」


と毒味を先にしようとしていた佐助より先に手を着ける。


「うっ」


「御大将?」


「うっ、美味い」


引っ張られていた緊張の糸がプツンと切れたかのように、前に転ける佐助。


ドリフじゃないんだから。


ラーメンは鳥と魚介類の出汁が効いたさっぱりとした塩味のラーメンだった。


お初も喜んで食べる。


「自分の味を作り出したな。菊野とやら、美味いぞ」


「有り難き御言葉」


と、涙を流している。


「戦で両親を殺され行く宛がなくなり、人買いに売られそうになったところを学校に入れていただき、いろいろ学ばせていただき、良き夫まで。そして、今日はお殿様の有り難き御言葉、なんて言って良いやら」


本来の目的が機能している事例に出くわせて逆に俺のほうが嬉しかった。


「また、食べたいと思える味だ。是非とも続けてくれ」


「ありがとうございます。ありがとうございます」


お初も満足げに見ていた。


私が育てた生徒よ!と、言いたいのが伝わってくる。


「そうだ、看板を書いてやろう。板はあるか?」


「え、こんな物しか有りませんが」


と、出された板は、まな板だ。


急遽だから、仕方がないだろう。


そこに俺は筆で「黒坂右大臣公認ラーメン店・菊野」と書き、俺じゃないとまず書かないだろう萌な美少女を両はじに書く。


戸塚と小町。・・・・・・一人は美少女ではないな。


俺の料理上手は有名、学校直営食堂が有名だからだ。


「もったいない。こんな素晴らしい看板、ありがとうございます」


金はいらないと言うが、しっかり払い店を後にした。


「あの店、きっと大繁盛いたしますよ」


「なるだろうな、いや~世辞を抜きにしても美味かったからな」


「はい、美味しゅうございました」


と、にこやかなお初に対して佐助は、


「御大将、今回はたまたま良かったわけですが、せめて毒味なしはおやめ下さい。我が主に知られたらきつく叱られます」


「ははは、幸村なら笑い飛ばすさ」


今回の領内巡察は嬉しい旅として終わった。


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