第255話 御所

 俺は信忠と一緒に参内する。


御所は天正13年11月29日に発生した地震により損傷激しく、信長により再建された。


まだ新しい木材・畳の良い匂いのする御所に信忠と参内して帝・後陽成天皇に拝謁が許された。


信忠が形式的な新年の挨拶をする中、俺はただただ頭を下げ続ける。


「面を上げて帝に顔をお見せせよ」


と、関白・近衛前久が帝と俺たちの間に座り向かい合っている。


俺は顔をあげ、


「黒坂真琴と申します。ご尊顔の栄誉賜りまして誠にありがとうございます」


と、言うと、関白・近衛前久が、


「早速だが、料理を御献上せよ」


と、言うので俺はいったん退室し台所を借りる。


台所では俺の指示を待っている小糸と小滝が支度をしていた。


御所の料理人に見守られながら、早速始める。


今日の献上御献立は、海老、蟹、鮭、牡蠣、帆立、のフライに玉子と砂糖・鱈のすり身を混ぜて焼き上げた伊達巻きに、海豚と牛蒡の味噌煮、そして鯛を丸々一匹だしとして使ったさっぱり塩ラーメンだ。


下準備はしてきたので一時間ほどで作り上げて膳に乗せ運ぶ。


三人分の膳を運ばせる。


帝と近衛前久と織田信忠の膳だ。


運ばれると俺は元の位置に着座し、


「申し訳ございませんが毒味として、信忠にまずは食べていただきます。料理から盛り付けまでは御所の料理人が見ていたので皆、同じであるものと証明できるかと」


と、言うと


「うむ、見慣れぬ料理、まずは食べて見せよ」


と、関白・近衛前久が言う。


「では、お毒味失礼いたして」


信忠は俺の料理は宴席などで食べているので躊躇なく食べ、


「大丈夫にございます。この者の料理は温かいうちが美味しゅうございます。どうぞ」


と勧める。


信忠は帝の前でも緊張などしていない様子、肝の据わっているところは父親、織田信長に似ていた。


そうすると帝が箸を取り、食べ始める。


「なんとも、不思議な食べ物、いとうまし」


高貴な声、高貴な気品の声の感想が聞こえてきた。


関白・近衛前久も食べ始める。


「噂に聞く獣の肉は使っていないとのだな、御所に持ち込まぬだけ常識はあったか?これからは、獣を食すことをやめる常識を持ってもらいたい」


と、言う。


「申し上げます。獣、獣と申しますが、本日お出しした海豚もまた海に住まう獣にございます」


「なにを申している。海豚は魚ぞ」


と、関白・近衛前久。


「豚や牛などと変わらぬ生き物、哺乳類とされる生き物にございます」


「たわけた戯れ言を」


「いいえ、鯨や海豚は海で生きる形に進化した元々は陸の生き物、魚ではないのです」


「ええい、そのようなことどうでも良い。これからは豚や牛などを食べるなと言っているのだ」


「どうしてにございます?」


「天武天皇の時代から決まっていること、穢らわしい」


と、関白・近衛前久は俺をさげすむ目で見ながら叱責する。


それを帝は黙って見ている。


「ですが、牛や豚などは栄養価が高く、人にとってとても良き食べ物」


と、俺が説明をしようとすると


「ええい、まだ言うか。どこの馬の骨ともわからぬ成り上がり者、信長の力で大納言にまで上り詰めた者は口の利き方すらわからぬと見える。このような者が大納言とは嘆かわしい。帝、進言いたします。この者、大納言の器にあらず、剥奪を」


と、近衛前久が言っていると、廊下の方が何か騒がしくなる。


「ええぃ、邪魔をいたすな、まかり通る」


聞き慣れた声がけたたましく聞こえてきた。

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