第154話 お籠り
近江大津城に帰ってきて俺は鹿島神宮から分祀して奉っている城内の神社に籠った。
籠ったと言っても誰とも接しないわけではなく食事や着替えを運んでくる茶々やお初達とは顔を合わせている。
南光坊天海、久慈川の合戦で受けたというか身にさらして憑いてしまった悪い気を、神社に籠り浄化している。
朝は清らかな水を浴び、神殿で祝詞(のりと)を唱え、昼に清らかな水を浴び、また祝詞を上げる、夕刻にまた清らかな水を浴び祝詞を上げる。
夜になれば神殿でそのまま寝た。
俺が祖父から教えられた陰陽道は、神仏融合型で修験道に近い物で、真言も唱えれば、祝詞も唱えた。
そして、俺が信仰しているのは鹿島神宮の武御雷大神。
そんな日々が数日続くと心配したのか、お初が朝から晩まで見張っていた。
ただ、運ばれてきている食事はちゃんと食べていたし夜になれば休む、その姿を見れば安心もするだろうと、気にしないで自分自身のルーティンを繰り返している。
「御主人様、って本当に不思議よね、ボケーとして冬になれば寒い寒いと言って閉じこもるのに、こんな冷たい水を浴びては拝み続けてるし、聞いているわよ、伯父上様が危うかった本能寺に突如現れたのでしょ?姉上様は何やら知っているみたいなのだけど、御主人様、いや、真琴様、何か隠しているでしょ?」
と、祭壇に向かっている俺の背中に向かって静かに言ってきた。
「ああ、隠している。俺、自身を守る為、俺と深くかかわる者の為に隠している。知っているのは信長様と、森三兄弟と、茶々だけだ」
「私だって、真琴様の側室なんですけど、話なさいよ、私だって姉上様に負けないくらいあなたの事、・・・・・・好きなんだからね」
と、聞こえるか聞こえないかの声で言ってきた。
俺はその言葉に振り向いた。
美少女側室、お初が顔を真っ赤にして床板を指でもじもじしている。
「今からいう事は物語りとして聞く、そして他言しては駄目、それがこの祭殿の神に誓えるなら話してあげる」
と、俺は言うと、お初は祭殿の前に座り直して深々とお辞儀をして拝んだ。
「誓うわよ、真琴様、あなたのすべてを受け入れて、私だって姉上様みたいに支えたいんだから」
と、言う。
俺は覚悟を決め、未来から神隠し的な物でこの時代に現れ、もともと持っていた陰陽力で本能寺の変の明智光秀の謀反から織田信長を偶然的にも救い出し、その後、未来の知っている知識を提供することを仕事として客分として雇われ、今の地位にあることを説明した。
「神隠し、未来、陰陽力、・・・・・・で、未来に帰りたいの?」
少し悩み戸惑った表情をしながら俺の目をしっかり見つめて訴えるように言う、お初。
「ははは、もう5年くらい過ぎちゃってるしね、今更帰ってもね、ははは」
お初の不安げな表情の前に少しふざけたように笑いながら言うと、
「帰ったら許さないんだからね」
と言って、突如、飛び掛かるように抱きしめられた。
体重は軽いながらもその勢いに後ろに倒れてしまった俺は、
「ははは、大丈夫、帰るつもりはないから、お初、ここ神聖な神殿だから離れてよ」
と、言うとお初は飛び起き離れた。
お初、ちょっと乱暴で暴力的だが実はすごく、可愛い、そして愛は重い。
愛の物差しや量りなどはなくても、俺を本当に好きでいてくれているのは知っている。
そんな者がいるのに、帰ろうなどと思うはずもない。
離れて少し恥ずかしそうにしている、お初の頭を軽くポンポンと叩いてなだめていると、神殿の戸が開けられた。
「マコ~いる?大納言になれって使者きたよ~」
「へ?」
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