第134話 御使者
遠江の浜名湖と天竜川の間のあたりで、陸に近づけ停泊する南蛮型鉄甲船。
海岸線には人だかりができ始めていた。
「大砲弾込め!」
と、命令する信長を俺は止めた。
実は大砲の弾には秘密があり、今は使いたくはない。
「信長様、空砲を放てますか?」
と、海岸線を見ながら言う俺。
「出来るがどうする?」
「しばらく放っていてもらえませんか?俺が上陸して使者となります」
と言うと、驚いた顔をする信長。
「行くのか?浜松城に」
「はい、徳川家康、知らぬものではございません、何度も会っております。北条と内応していたとしてもまさか斬ったりはしないと思います」
「家康ならその心配が薄いであろうが、・・・・・・お市に常陸の事をくれぐれも頼むと言われている、またお市を泣かせるようなことはしたくはないのだが」
義母、ありがとう。でも、たぶん大丈夫だろう。
「動かないとならない時くらい自分でもわかっていますよ、必ず家康を連れてくるので御安心を」
と、言うと信長は腕を組んでしばらく考え、
「蘭丸、力丸、付いて行け、必ず常陸を生きて返せ、良いな」
と、命じると蘭丸と力丸は
「かしこまりました」
「この命を身を盾に変えましても必ず」
と、答えた。
出会ったときは美少年だった二人は今では美青年、そんな二人に守ってもらうのは少し申し訳ない気がするが。
俺が小舟に乗り移ると、大砲は火を噴いた。
ズドーン。
ズドーン。
ズドーン。
ズドーン。
空砲ではあったが、大きな音、耳をふさいでいないと脳がしびれそうな轟音が鳴り響くと海岸線にいる野次馬が蜘蛛の子を散らしたように逃げて行った。
空砲作戦は、幕末に来たペリー提督と一緒だ。
海岸線から離れている浜松城からだって聞こえるはず。
大砲で脅して出させる。
血を出さないで徳川家康を動かせることが重要なのだ。
俺と蘭丸、力丸、他兵士5人が小舟に揺られ砂浜に着岸した。
すると、物陰から待っていたように見事な甲冑を着て、手には鋭く光り輝く槍を持つ人物が現れた。
「本多忠勝と申します、以前、大津中納言様の屋敷に我が殿とお邪魔したことがありますが覚えておいででしょうか?」
と、言う人物。
確かに一度見ている。
二人で訪ねてきたことがある。
「上様の使者として、家康殿に拝謁を願いたい」
と、蘭丸が言うと馬が用意され浜松城へと入った。
まだ敵対しているわけではなく丁重な案内だった。
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